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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第八章 聖域の仮面

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8-11 塗りつぶされた仮面



 扉に手をかけたハロディは、取っ手を引く前に小窓から中を覗き込んだ。タケルはその後ろを通り過ぎ、店の窓からそっと顔を出して、同じように中を覗いた。二人は同時に気づく。──明かりのついた店内は、無人だ。


「あれ、誰もいない……?」

「何だと? 奥に引っ込んでいるんじゃないのか?」


 ヴァルターがハロディの脇から手を伸ばし、取っ手を引こうとする。しかし微動だにしない。


「な、……施錠されているのか?」

「おかしいですわね……? 休憩中なのでしょうか?」

「だとしても、施錠まではしないような気もしますが……」


 カレンが首を傾げる。暗闇の路地裏で客を呼ぶように明かりが灯っているのに、店は施錠され、店内は無人。妙な状況だ。扉から手を離したヴァルターの代わりにハロディが再度取っ手を引こうとするが、やはり無理だ。扉はハロディの力に従ってわずかに動くのみで、その振動に従って、扉の内側に取り付けられているであろうベルの音が小さく鳴るだけだった。


「……保存食って、余ってたっけ?」

「腐らせては危険だからな。オレがきっちり管理して既に使い切っている」

「だよなぁ……」


 タケルはわずかな希望に賭けてヴァルターに尋ねたが、期待した想定外は打ち砕かれる。落胆の溜め息が漏れた。


 その間にもハロディは扉をノックし、小さな声で店内に呼び掛けた。だが沈黙が返るだけだった。


「某は断食など慣れておるぞ。修行中は茶飯事だった故」

「断食とか言わないでくれよアルト。たった一食なのに余計に腹が減ってくるだろ?」


 アルトはさも当然の如く曰い、ハロディが呆れたような溜め息を吐く。ガウリーはその背後で黙して平然と佇んでいるが、組んだ腕の指先は小刻みに跳ねていた。


「はぁ……、ま、今晩は仕方ないけど諦める? 明日の朝食はちょっと奮発してさ」


 ハロディの一声で一行が夕食を諦めかけた時、店内から物音が鳴った。足音が響き、扉の取っ手が向こう側から引かれる。中から顔を覗かせたのは店員のジューだった。


「なんだ! よかった、やっぱり開いてたんだ」

「こんな夜に誰かと思えば、……昼間のお客さん方じゃありませんか」


 ジューは歓喜の声を上げるハロディを一瞥すると、タケルたちをぐるりと見やって口角を持ち上げた。格好は昼間と同じ、白いシャツに黒いベスト、黒いホーズに革靴を纏っている。異なるのは、襟元をループタイで整えていることだ。真鍮の留め具に収められた宝石は、彼の瞳の色と同じ、深い蒼だ。


「──もしかして、夕食にありつけませんでした?」

「そうなんだよ。……僕らにとっちゃ夜も始まったばかりのような時間に、街中の店が閉まるなんて思ってもみなかったんだ」

「……旅人の方がアルビオンを訪れると、必ず陥る事態ですね。滅多にないことなので、失念していました」

「──というわけで、ここは開いてないかって一縷の望みに期待して来てみたんだ。君はなんだか……他の住人とは違う気がしたし」

「…………ええ、どうぞ」


 ハロディがそう言うと、ジューは小さく肩を竦めた。そして扉を開き切ると、一行を店内へ促す。昼間と同じように席に着くと、タケルは安堵の息を吐いた。夜は昼間よりも気温が下がり、太陽も無いので余計に寒く感じたのだ。おまけに腹も減っていた。


「何だか、突然押しかけてしまってごめんなさい」

「いいえ、構いませんよレディ。ここは旅人など、街の事情を知らない人のためにあるような店でもありますから」


 カウンター内から、茶葉を蒸す湯気と香りが漂い始める。タケルたちはメニューを眺めながら注文をまとめ、キッチンで調理の準備をするジューに伝える。相変わらずメモも取らずに了承すると、彼は早速調理に取り掛かった。


 料理を待つ間、カウンターに座ったタケルやカレン、ヴァルターとハロディは、パースの街についていくつかジューに尋ねた。教会のことや、街のルール、それから住民の人柄について。ジューは手を止めず、冗談を交えながらそれらに答えてくれた。


 まず、街は大きく二つのエリアに分かれているということだ。奥まった場所の中央にある聖アルビオン大聖堂を中心とした周辺は聖域と呼ばれ、壁と門に隔たれている。聖域内に入れるのは教会の上層部と、高額なルメルクを収めた教徒のみ。すこしでもルーメルに近い場所で祈りを捧げたい教徒は、ルメルクという奉納を惜しまない。首を傾げるタケルにハロディが「要は一般人は金を多く支払わないと聖域に行けないってこと」とかいつまんで話すと、ジューは苦笑した。


 そしてパースの住民は等しく、熱心なルーメリア教の教徒であるということ。彼らは質素で慎ましい生活に身を置くことで、その精神を信仰に捧げている。それ故に罪の意識に敏感で、自らの罪や他者の罪にも厳格なのだという。教会の懺悔室に訪れる罪の告白者が絶えない大きな理由は、ジューから言わせれば”神や他者からの糾弾を恐れるが故”らしい。


「懺悔室で罪を洗っておかなければ、教徒はその人物を……まるで人が変わったように敬遠します。ここの平穏は、そういった相互監視のもとに成り立っていると言っても過言ではありません」

「じゃあ、何か悪いことしたと思ったら……懺悔室でそれを告白しないと街中の人から責められるってことなのか?」

「罰を与えるのはあくまでも女神ルーメリアですよ。教徒はただ、はぐれ者が罰されるのを遠くから待つだけです」

「なんか……それも怖いな」


 タケルが率直な感想を漏らすと、ジューはひっそりとそんな彼を盗み見て喉奥で笑う。彼から提供されるアルビオンの情報は、どれも純白の印象とはどこかかけ離れている。タケルやカレンが素直に眉を潜める傍で、ヴァルターやハロディは怪訝そうな眼差しをジューに向けていた。


「ご存知とは思いますが、このアルビオンを統べるのは──女神ルーメリアのお声を聞き、我らにお伝えくださるルーメルです。ルーメルを支えるのは”五芒聖”と呼ばれる五人の枢機卿。その下には大聖堂を取り仕切る白冠大司教、さらにパースの教会を取り仕切る緑冠大司教がいらっしゃいます。白冠大司教より上の方とは大聖堂でしかお会いすることはできません。とはいえ緑冠大司教も、祭事以外でお姿を現すことは滅多に無い」


 カウンター席をはじめ、テーブル席にも出来上がった料理が並べられていく。昼間もそうであったが、彼の料理は、店で出されるものと言うにはいささかざっくばらんだ。旅の途中で味わった、知識のみに頼ったヴァルターの料理によく似ている。タケルはそんなことを思いながらも、目の前に出された皿に目を輝かせた。


「──お客さん方は異変について調査していると言っていましたが、もしよければしばらく滞在して、ルーメルのお告げを聞いていかれては? お告げがある日はどんな者でも聖域内に入れますから、もしかしたら……普段はお会いできない人物に近づけるかもしれません」

「しばらくって、どのくらいかな? 僕ら、そんなに悠長にしてる余裕は無いんだけど」

「次のお告げは確か……二日後だったと思いますよ」


 日取りを聞いたハロディが「まあ許容範囲内かな?」と肩を竦める。話とともに料理がすべて出揃うと、ジューは腰巻きを外してカウンター扉に引っ掛けた。


「じゃあみなさま、後はごゆっくり。俺は奥に引っ込んでますので、何かあったらこのベルでお呼びください。あ、お代は先にいただいておきますね」


 カウンター内に置かれた用紙に羽ペンを滑らせ、ジューは昼間支払いを行ったヴァルターにそれを提示する。ヴァルターは金額に目を走らせると、懐からヴァルクを取り出してきっちり支払いを済ませる。だが、その表情は怪訝そうに歪んでいた。──食事中に店員が姿を消すのは異例すぎる。


「──確かに」


 ヴァルク紙幣をさっと確認すると、ジューはそれを懐に仕舞い、本当に奥の扉の向こうへと姿を消した。店内に一瞬の沈黙が漂う。それぞれが自然と視線を交わし合った。


「え、何これ、僕ら放置なの? 無用心すぎない?」

「信用されている、と言えばそうなのだろうが……」


 ハロディとヴァルターはあからさまに眉を顰める。タケルも不思議に思ったが、特別疑うようなことはしなかった。それよりも、目の前の食事である。


「他の店は閉まってるし、特別に開けてくれただけなんじゃないか?」

「お一人で切り盛りされているようですし、ずっとお店に立つのは大変なのでしょうね」


 タケルの言葉にカレンも寄り添う。背後のテーブル席では、ガウリーとアルトがさっさと食事を開始している。年長者二人は互いに視線を交わすと、疲労混じりの溜め息を吐いた。






 夕食を終えると、ヴァルターがポットに入れられていたハーブティを全員のカップに注ぐ。ポットが置かれていた台座にはルビライトが使われているようで、ランタンなどと同様にじんわりと光ながら温度を保っていたようだ。天井に消えていく湯気を見上げ、タケルはカップで両手を温める。故郷では熱いお茶を淹れるたびに火を焚いたものだ。魔法の力には毎度のことながら驚かされる。


 傍ではハロディとヴァルターが二日間の予定を相談していた。時折カレンも会話に混ざり、タケルは思わず背後を振り返る。別々のテーブルに座ったガウリーとアルトは、それぞれ黙って寛いでいるようだ。意識の片隅でハロディたちの相談を耳に入れながら、タケルはぼんやりと店内を見渡す。


 よくよく見れば、これまで訪れた食事処の中で最も狭い店だ。カウンターの棚に並ぶ、茶葉が保存された瓶の数々も見慣れない。キッチンも小さく、皿やカップの装飾もまちまちで、それらが妙にタケルの目を惹いた。


 天井から吊るされた室内灯や、カウンターに置かれたランタンの明かりは最低限だ。外から見たほど店内は明るくない。目が慣れてしまえば眠気を誘うような心地いい薄暗さ。腹が満たされれば体も温まり、それが眠気に拍車を掛ける。


 タケルは欠伸を堪えることもせず大口を開けると、不意に扉の方を見やった。そこで妙なものが目に入り、唐突に欠伸が引っ込む。思わず自然を装って視線を外し、ハーブティで喉を潤し、横目で再び扉の様子を窺う。すると、目にしたはずのものは幻のように消えていた。


「タケル様、どうかされました?」


 一人で忙しない仕草を繰り返すタケルにカレンが気づく。タケルは逡巡し、声を潜めた。


「──なんか、誰か来たっぽいなと思ったんだけど……いなくなってた」

「まあ、お客様でしょうか? わたくしたちがいて入りづらかったのかも……お呼び止めした方が」

「いや、それが……ちょっと怪しくて。なんか、黒いのかぶって顔がよく見えなかった気がするんだ」


 タケルとカレンの話に気づき、ハロディとヴァルターが相談を中断して二人の話に耳を傾ける。


「黒いのを被ってた? 外套のフードかな」

「それは……確かに客と言うには少々怪しいな」

「ですが……こちらのお店にご用がおありだったのなら、わたくしたちの存在が邪魔になってしまったのかもしれませんわ。ジュー様をお呼びした方がよいのではないでしょうか?」


 一気に神妙な顔つきになるハロディとヴァルターを横目に、カレンがベルを取ろうと手を伸ばす。しかし彼女が手にするより先に、ハロディによってベルは奪われた。


「待った、カレン様。ちょっと僕に考えがあるんだけど」

「?」


 口元で人差し指を立て、ハロディはそう言ってタケルに視線を投げた。カレンは小首を傾げたが、黙ってハロディの言葉を待つ。タケルは、何やら企み顔のハロディに嫌な予感を覚えつつ、固唾を呑み込んだ。


「ベルで彼を呼んで、食事が終わったことはどのみち伝えよう。……けど、怪しそうな来客については気づかなかったフリをするんだ」

「──どういうつもりだ?」


 カレンに代わり、眉間に皺を寄せたヴァルターが問い掛ける。するとハロディは不敵な笑みを浮かべた。


「僕らはしれっと店を出る。出た後、アルトとタケル君でこっそりその怪しい影の気配を追ってくれないか? もしこの店に用事があったなら、もしかしたらまだ近くにいるかもしれない」

「──ええ?」

「む」


 タケルは思わず素っ頓狂な声を上げた。突然名指しされたアルトもぴくりと片尻を跳ねさせる。


「だってさ、僕ら教会で妙な情報を手に入れたじゃないか。”ゾル”と”黒い悪魔”。──もしかして、タケル君が見たのは黒い悪魔って可能性はない?」

「えっ、じゃあ俺……なんかされるのか?」


 ハロディの報告では、”黒い悪魔に裁かれる”という情報があった。自分の告白は、懺悔室で”罪ではない”と言われたはずだ──そう思うのに、そこはかとない恐怖に身震いする。顔色を変えたタケルに、ハロディは苦笑した。


「いや、それは無いと断定することも出来ないけど……因果も無いよ。だからとりあえず僕が二人に頼みたいのは、タケル君が見た人物の正体と、何の用事があってここに来たのか──それをちょっと探ってもらうこと」


 もしかしたら、それが何かの情報に繋がるかもしれない──と、ハロディは言葉を添えた。ルーメルのお告げとやらを待つのもいいが、ただ待っているだけなのも非効率だ。少しでも情報は手に入れたいのだと彼は言った。


「僕らの中で身軽なのは君ら二人だからね。おまけに夜目も利く。ささっと屋根上にでも飛び乗ってもらってさ」

「──そんな、無茶な」


 タケルが弱音を吐こうとすると、ハロディは挑戦的な眼差しをアルトに向けた。


「無茶かな?」

「……造作もない」


 アルトは自信たっぷりに即答し、タケルはがくりと肩を落とす。その隙にハロディは「じゃあ決まり」と話を切り上げてしまった。


──食器をあらかた纏め、ベルを鳴らしてジューを呼び戻す。しばらくすると、彼は宣言通り扉の奥から現れた。


「ごちそうさまでした、ジュー様。とってもおいしかったですわ」

「……それは何より。もし滞在なさる予定なら、次からぜひとも、用事は日中にお済ませくださいね」

「ええ、そういたしますわ。ありがとうございます」


 カレンを筆頭に挨拶を済ませ、一行は何事もなく店を出る。冷えた外気が肌を粟立たせるが、路地裏には変わった様子は見られない。タケルとアルトは、通りに向かって歩き始めるカレン達とは逆方向に進み、暗い路地裏の先まで進んで周囲を警戒する。気配が無いのを確認すると、軒先に積まれた木箱に足をかけ、ポーチの屋根や窓の庇を伝って建物の屋根に軽々と上る。途端に視界は広がり、開放感が二人を包んだ。


「なんか、何かと俺たち組まされてるな」

「まったくだ。──して、黒い外套の人物であったな。どちらに向かったか分かるか?」

「えっと、確か通りの方だった」

「承知した。ではそちらを探ろう」


 二人は屋根伝いに、カレン達が向かった通りの方へと足早に進んだ。タケルは、音もなく足を運ぶアルトに倣いながらなんとか彼女に並走し、程なくして通り沿いで屈み込む。アルトは屋根の縁から僅かに顔を覗かせる形で通りに視線を走らせ、すぐに気配を突き止めた。


「タケル、ハロディたちが通り過ぎた路地を見ろ。影に何か潜んではおらぬか」

「──見てみる」


 タケルは通りを進んでいくカレン達の後ろ姿を確認すると、そこから視線を巡らせる。アルトの言う通り、路地に潜む影に目を止める。黒い外套に黒いフードを被った人物だ。顔は隠れて見えないが、体格からして男性だろうと予想がつく。男はそっとカレン達の後ろ姿を見送ると、路地から姿を現した。


「来たぞ」

「うん」


 二人は頷き合って男の足取りを視線で追う。男は足早にジューの店がある路地裏へと滑り込む。少しして控えめな扉の開閉音と、ベルの音が耳に届いた。


「降りるぞ」

「分かった」


 音を立てないよう、上った時と同じ要領で路地裏へと降り立つ。そのまま忍び足で店の前まで近づくと、二人は窓を挟んで屈み込んだ。

 

 目で合図を送りあい、そっと窓の端から中を覗き込む。二人はそこで、妙な光景を目の当たりにした。


 黒い外套の男はジューと何やら言葉を交わしていた。食器を片付ける手は止まっている。来客にしては妙だ。席に着く様子がない。


 少しして、ジューは片付けもそこそこに男を扉の奥に招き入れた。カウンターの奥の扉だ。二人が姿を消すと、店はそのまま放置される。それからしばし観察を続けるが、扉の奥から再び誰かが姿を現す気配は無い。


「──戻るぞ」


 アルトが囁いた。タケルが頷くと、二人は忍び足で路地裏を出る。通りを走って宿に向かいながら、タケルは妙な既視感を覚えていた。


 黒い外套に身を包んだ人物──その姿が、記憶にあるアンスールやアルマで対峙した黒づくめの人物と被ったのだ。


 宿に戻ると、カレン達は再び大部屋に集まって二人を待っていた。


「どうだった?」


 椅子に座って寛いだ様子のハロディが欠伸混じりに尋ねてきたので、タケルは近くのベッドに腰掛けながらそれに答えた。


「店に入ったよ。──で、奥の部屋に入って行った。あのジューって人が促してた感じだった」

「話までは聞こえなかったが、顔見知りのようであったな。ただの客ではなさそうだ」


 アルトは扉前の壁に寄りかかって腕を組む。報告を受けたハロディやヴァルターは眉を顰めた。


「──ただの客っていうか、それってそもそも客なのか?」

「顔見知り……友人というには不可解な動きな気もするが」


 二人が揃って首をひねる。奥のベッドではガウリーが早速寝そべっているが、耳はこちらに傾けているようだ。ヴァルターの隣にある椅子に腰掛けていたカレンも、不思議な状況に首を傾げている。タケルは会話が途切れたのを利用し、意を決して身を乗り出した。


「俺、ちょっと気になったことがあるんだけど……」


 アンスールで対峙した闇魔法の使い手──そしてアルマで遭遇した、妙なことを言っていた黒づくめの人物。怪しい人物が黒い装いで身を隠そうとするのはよくある事なのかもしれない。……だがタケルの中では、妙にそれらが噛み合っているように感じる。そう思ったことを、打ち明ける。


「確かに、アンスールで対峙した人物と似通った装いではあったがな」

「わたくしとヴァルターがアルマで見かけた黒い影も……頭から爪先まで黒い外套で覆っていたように見えましたわ」

「ですが、正体を隠している者の典型的な装いとも言えます。これまで見た人物と関わりのある者だと断定するのは早計かと。──両方と明確に対峙したのは……タケル、お前だけか」

「うん……まあ、そう」


 アルトもカレンもタケルの言い分に頷いたものの、ヴァルターの意見も最もだ。両方の姿をはっきりと見たのはタケルのみ。しかも、どちらも正体までは定かではない。自分だけが知り得ることだと改めて言われると、記憶に不安が募る。


「──ひとつ、言えることはあるかな」


 タケルが言葉を詰まらせたとき、ハロディが神妙な声でそう言った。全員の視線が彼に集まる。


「僕からしたら、教徒の信心深さ自体が異様にも見えるけど……特に罪の意識に対する潔癖性は明らかだと思う。なのに一方で、ジューみたいな擦れた人間も存在する。で、黒い装いの一見怪しい人物と、あの──カウンターの奥へ続く扉。あの店は正直、普通じゃない。となると予想がつくのは──」


 ハロディは人差し指を立て、声を一段低くした。


「──この聖なる場所には、”裏”があるんじゃないかってこと」


 タケルは心臓が静かに重い音を立てた気がした。これまでも見てきた、街の”裏側”。アンスールのリムは街の地下に明確に隔たれ、住民から危険視されていた。アルマのロワーサイドは下層の特定区域として指定され、レオも所属するラ・カーヴァという組織が罪人や荒くれ者を管理していた。どちらも国全体から認知されていた場所だ。


 聖アルビオンは、街並みから教徒の装いまでほとんどが純白に統一された場所だ。神々しく整い、清廉潔白な気配に包まれている。──そのような神聖な場所にすら、”裏”が存在し得るのか。だとすれば、住民には認知されていない”裏”となる。


 世の中とはこうも表裏一体なのかと、タケルの心に言い知れない恐怖が芽吹く。同時に、裏に隠された秘密が何か鍵を握っているのではないかと探りたくもなる。


「調べてみる価値はあるよ。宝は障害の先にあるものだから、もしかしたらデルカの情報に繋がるかもしれない。それに、もし闇魔法の使い手が絡んでるんだとしたら……彼らは”裏”の情報に精通してる。道標の在り処を知ってる奴がいてもおかしくない」

「では、”お告げ”とやらまでの滞在期間、ゾルという人物とジューに焦点を絞って調べてみるか」


 ハロディの推測にヴァルターが頷く。アルトとガウリーは黙ったまま、異論は無いようだ。カレンも両手を組んで笑顔で了承の意を示した。


 さしあたり目標は決まった。この場所に潜んでいるかもしれない秘密に触れること。それが美しい表の姿に隠された裏側なのだとしたら、もしかすると誰かが苦しんでいるのかもしれない。──これまで出会ってきた人たちのように。


 タケルは、いつの間にか心の奥底から顔を出し始めた”使命感”のような芽に気づかず、そっと拳を握りしめた。



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