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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第八章 聖域の仮面

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8-8 謎めく情報屋



「嫌ねぇ。何よ、揃いも揃って化け物でも見るような反応して」


 リリーはいつもの白いシャツと臙脂色のスカート姿ではなく、旅姿でカウンターに座っていた。白いファーが施された黒いフード付きの外套に、臙脂色のシャツ、細身の黒いホーズにロングブーツ。腰にはコルセットを締め、ベルトには短剣や鞭を装着している。見慣れていた格好とは違うだけで、まるで歴戦の旅人にすら見えるリリーに、思わずタケルは口をあんぐりと開けた。


「化け物っていうか……まあそれに近いものはあるけど」

「……何ですって?」

「ああ、うそうそ! ──ていうか君、一体なんでここに? いつから? 僕らがアルマを出る前日までは酒場で働いてたよね?」


 同じく茫然としていたハロディが思ったままを口にすると、リリーは目を細めてハロディを睨みつける。慌てて両手を振り、ハロディは誤魔化すように話を変える。だがその問いかけは誰もが頭の中に浮かべている疑問だった。


 リリーは肩に垂れた髪を指先で後ろに払うと、口の端を片方持ち上げてニヤリと笑う。そしてカウンターに置かれていたグラスを手に取り、一口だけ口にする。


「──……ちょっと、野暮用でね」


 含みある答えだった。野暮用というには距離が遠すぎる。酒場の給仕が何故こんな北の職人街に用があるのか、皆目見当がつかない。ハロディでさえ開いた口が塞らずにいる状態だ。


 もうひとつ疑問がある。途中の宿や野営で夜をやり過ごしたとはいえ、タケルたちはほぼ最短で街道を進んだはずだ。だが出発時にも道中も、彼女とすれ違うことはなかった。いつもと風貌が異なるため見逃したという可能性もあるが、旧知のハロディたちが気付かないはずもない。


「あんた、一人か?」


 タケルは思わず尋ねた。リリーは一人でカウンターに座っていた。八人で旅をし、モルと戦いながらようやくここまで来た自分たちと違い、仲間らしき者の姿も無い。リリーが事もなげに「そうよ」と答えるので、タケルは目を見開いた。


「あの……、リリー様がこちらにいらっしゃるということは、ネリ様はお店を一人で切り盛りされているのでしょうか?」


 カレンの遠慮がちな質問に、タケルやヴァルター、ハロディは顔を見合わせた。確かにそうだ。レオの店とはいえ、ロワーサイドの酒場にネリ一人はいささか気がかりだった。だがそれにも余裕の表情でリリーは即答する。


「大丈夫よ。心強い助っ人がいるからね。ていうかアタシ、今までだって野暮用で店に出ないことたまにあったでしょ? そんなに驚くこと?」

「いや、だって……流石にファーブラー自治区は遠すぎるだろう」


 リリーは肩を竦め、ハロディは困ったように力なく息を吐く。まるで弄ばれているかのような質疑応答の間、アルトはそそくさとカウンターから別のテーブル席へと移動した。


「……知り合いかい?」

「うん。ロワーサイドの酒場の人」


 ルジュがタケルに身を寄せてひっそりと尋ね、答えを聞いて目を丸くする。夕食がてらに今後の予定を立てようとしていた一行は、予想だにしなかった遭遇に大いに混乱していた。






 店員が食事を運び、困惑の空気漂う夕食が始まる。リリーはタケルたちの反応を楽しみながら手にしたグラスを回し、琥珀色の液体を揺らめかせた。


「──情報屋の仕事でね。アナタたちが自治区の話をしてたからもしかしたらって思ってたけど、予想より早い再会だったわ」

「どうやってこっちまで来たんだ?」

「あら、街道だけが旅のルートじゃないでしょ?」

「そりゃそうだけど……よくもまあ一人で来られたもんだ」


 生命線となる街道は異変が起き始めてから新たな魔法の整備が施され、頻繁にモルに襲われることはない。しかし外れてしまえば、場所によってはモルの巣窟だ。どう近道をしてきたのか不明だが、彼女はどうやら一人で切り抜けて来たらしい。タケルは”情報屋”という仕事の幅広さに虚を突かれた。リリーは旅人風の格好をしているが、アルトやガウリーのような、戦うための装いには見えなかったからだ。


 彼女の言う”野暮用”とは何なのか、それを聞くことは叶わなかった。逆にタケルたちは彼女からの質問責めを喰らい、これまでのことを大まかに打ち明ける。すると、リリーは情報を吟味するようにしばし顎に手を添えて考え込むと、また不敵に微笑んだ。


「なるほどね。……じゃあひとつサービスで教えてあげる。もしデルカに行こうとしてるなら、目的のものは見つからないと思うわよ。あそこは街の人たちがいなくなって、何度も野盗に荒らされてるの。金目のものや貴重品があるならとっくに奪われているはずよ」


 デルカの街に何かがあり、街の人々が散り散りになった後、もぬけの空となった街は野盗に荒らされ、一時は密かに拠点として住み着く者もいたという。事件も起き始め、犯罪の温床になりかけていたところだったが、同じ自治区のトルカやベスカで辛くも追い出すことに成功した。だがそんなことがあったからか、移り住む者も現れずじまいとなり、取り返したデルカの街に戻る者もいなかった。しまいには呪いの噂まで出始める始末で、今に至るとのことだった。


「だからもしデルカで何か探そうとしてるなら……それは聖アルビオン大聖堂か、もしくはそのお膝元──パースにある可能性が高いでしょうね」

「また聖アルビオンか……そしたらまた結構北上しないといけなくなるなぁ」


 情報を得たことによって、目標が遠ざかっていく。ハロディはそんな状況に盛大に肩を落とした。自治区に来れば何か進展すると信じていたタケルも、胸の内で密かに嘆息する。


「その、”あるびおん”ってところは、そんなに遠いのか?」

「ヴェルダ族の住むイルダリアを除いたら、アンスールでは最北の地になるね。北の山脈とエオローの森、そして海に囲まれた寒い場所なんだ。高地だから海側は崖続きで、エレヴァンみたいな港町があるわけでもない。──ま、僕も聞いた話でしか語れないけど、アンスールより堅苦しい所らしいね」

「北の寒冷地だというのなら、我々の国と近い気候なのかもしれませんね、カレン様」

「ええ……さすがに白銀の土地というわけではなさそうですが……」


 タケルが尋ねれば、ハロディが自らの知識を披露する。ヴァルターはカレンに微笑みかけ、カレンがそれに頷き返す。デルカを訪ねようとしていたタケルたちの話題が、アルビオンという土地に固定され始める。──その時、それまで話を聞いていたルジュが声をあげた。


「──アルビオンへ向かうなら、ウチは着いていけない」


 静かな宣言に、会話が止まる。タケルたちは一斉に食事の手を止め、ルジュを見やる。彼女もまた手を止め、自分に向けられた瞳に視線を返した。


「……なんで?」

「──……教会は、苦手なんだ。……どうしても」


 困惑するタケルの問いかけに、ルジュは突き放すような言葉を返す。その表情は迷いを携え、自嘲するような笑みを浮かべている。そのような眼差しを向けられると、タケルはそれ以上のことを聞くのが躊躇われて口を閉ざす。だがルジュは自らに向けられる視線の意味を悟ったのか、肩を竦めた。


「ごめんな。……でも、あんたらがアルビオンへ行ってる間、ウチはデルカを調べてみるよ。やりたい事もあるし……何か、分かることがあるかもしれない」


 彼女の中では、それ以外の選択肢は無いとでもいうような宣言だった。確かな言葉はタケルたちの耳に重く入り込み、反論の余地を抑え込む。普段雄弁なハロディや、突拍子もない発案を繰り出すカレンさえもが黙ってルジュを見つめていた。


 タケルはルジュの顔を盗み見ながら、その瞳にそこはかとない苦しみを抱えているような感覚に触れていた。彼女の抱え込むものはそれほど大きなもので、タケルには到底計り知れないものなのだろう。無闇に口を挟む事も出来ず、ルジュの宣言は無言の肯定を経て受け入れられた。


「ま、仕方ないんじゃないの? アタシの情報だって最新ってわけじゃないし、もしアナタの方で何か分かることがあったら、その情報は買わせて頂戴」


 唯一空気に馴染んでいないリリーが沈黙を破る。彼女は目を細めてルジュに笑いかけると、見せ付けるように足を組み直した。


「で、アナタたち。アルビオンへ行くのなら代わりと言っちゃなんだけど、アタシも同行させなさいよ。ここへは休憩で立ち寄っただけで、アタシの目的地はアルビオンだから」

「──はぁ⁈」


 ルジュに向けられていた視線が一斉にリリーに向けられた。驚きに目を丸くしたタケルやカレン、ヴァルターとは違い、ハロディたちギルドの面々は三者三様に、露骨な嫌悪感を示している。リリーはそれを丸ごとひっくるめて受け取ると、髪を掻き上げて不敵に笑った。


「アルビオンまであとひと息だけど、アタシに楽させてちょうだいね」

「な、なんか……僕らお前の手の上で踊らされてないよなぁ……?」


 ハロディが頭を抱え、アルトの重い溜息とガウリーの舌打ちが響く。ヴァルターはそっと隠れるように胃のあたりを押さえ、カレンはきょとんとした表情のままリリーを見上げている。


 タケルはそんななかで、ほっと安堵したような息を吐くルジュを一瞥した。





 宿に戻ると、タケルたちは目的地をアルビオンに据え置き、翌日以降の予定を立て直した。別の宿を取っていたリリーとは店で別れ、昼ごろに集合して出発することにする。


 アルビオンに向かうにあたり、タケルたちはルナにそのことを報告した。嬉々として快諾するものかと思われていたルナはしかし、アルビオンという言葉に興味を示すことはなかった。


「なんじゃ、アルビオンじゃと? そんな場所、ワシは行くつもりはないぞ。ここで待っとるからさっさと用事を済ませて来い」


 宿の部屋を自らの研究室かのように器具で埋め尽くし、その中で何やら研究に没頭するルナは、面倒そうにそう言ってのけた。あまりに意外な発言に、他の面々は思わず顔を見合わせる。


「じ、じゃあ……戻って来るまでの先生の面倒は、ウチが見ておくよ。宿代も気にしなくていいから」


 残ることとなったルジュが申し出たので、ひとまずルナはルジュに任せることにする。旧知のハロディたちですら持て余しているような人物に、ほとんど初対面のルジュが対応しきれるかはいささか不安が残る。しかし背に腹は変えられず、常識人のルジュを信じることにした。


 翌朝。寒冷地に向かうための装備や物資を新調し、リリーと街の入り口で落ち合った。見送りに来たルジュに手を振り、アルビオンへ向かうために北上を開始する。騒がしかったルナと穏やかなルジュが抜け、代わりにリリーを乗せた馬車には謎の緊張感が漂う。リリーはカレンやヴァルターにちょっかいを掛けながら、気まずい空気を一人楽しんでいるようだった。


「な、なあ……アルトたちって、あの人のこと苦手なの?」


 リリーに話しかけられると緊張に支配されてしまうタケルは、気疲れして珍しく幌の上に避難していた。いつもそこで座禅を組んでいるアルトに、手持ち無沙汰に話しかける。するとアルトは片目を開き、難しい顔をして鼻を鳴らした。


「……左様。だが、それも致し方あるまい。ハロディはリリー殿によく煮湯を飲まされていてな。某たちもその度に要らぬ苦労をさせられたものだ。信頼に値せぬ相手なら何ゆえ連むのだと聞いたこともあったが……情報には嘘が無いから厄介らしい」

「ああ……アルトはそれに加えて女の人苦手だしな」

「に、苦手というわけでは……! ただ、女人は何かこう、その、触れづらいであろう」

「──それ、苦手って言うんじゃないのか?」


 妙に咳払いを繰り返すアルトに、タケルは呆れ顔で溜息を吐く。出会った当初から不思議だったが、何故同じ女性同士でこうも苦手意識が生まれるのか、タケルは考えようとしてすぐに諦める。そういう性質なら仕方ない。もしかしたら時間が解決してくれる話なのかもしれない。


 そして、修行好きだというアルトが”要らぬ苦労”と言った事も気になった。ガウリーがリリーと馬が合わなそうなのは何となく理解できるものの、アルトの評価は少し意外だ。そこにリリーという女性の得体の知れなさが詰まっているような気がして、今後の旅路を憂慮する。アルビオンにどんな野暮用があるのか知らないが、同行を申し出てきた時と同様に、いつの間にか何かに巻き込まれたりしないだろうか。


 タケルの心配を他所に、馬車は無事、夕暮れ前には採掘街トルカを通り過ぎた。自治区にも結界標が刺されているからか、そこまでの道のりでモルの出現はほとんど見られなかった。遭遇してもアルトを先頭に、ガウリーとタケルがいれば事足りる戦闘ばかりで、その一切にリリーは参加しようとはしなかった。優雅に後部ステップで足を組み、自らの膝に頬杖をついて余裕の観戦を決め込むばかりだったのだ。「楽させて」と言ってはいたものの、試すような眼差しを向けられているような気がして、タケルは戦闘中、常に妙な緊張を覚えずにはいられなかった。


「デルカは木工街というだけあって、森に囲まれているわ。エオローの森も近いから、どんなモルが出てくるかわからないわよ。……それに、デルカには魔法結界が施されてないらしいから、下手したらモルに荒らされてしまっているかもね」


 道中、リリーはそんなことを言って不穏な空気を呼び起こした。一行は念のため、デルカの直前で野営することにする。遠い道の先に外壁らしきものが霞み見えた頃には日は落ちて、タケルたちは木陰で寝泊りする準備を進めた。その頃にはルジュの料理に慣れてしまっていた一行は、久々の自炊で味気ない食事を済ませる。リリーはほんの少し料理を手伝っただけだった。


「チッ、あの女……本当にただついてくるだけじゃねぇか」

「下手なことをせぬようならよいのではないか?」


 いつもは言い合いばかりのアルトとガウリーも珍しく意見が合うようで、文句を言いながらも肩を揃え、一晩分の木枝を集めていた。タケルはそんな彼らと共に焚き火を準備し、リリーの相手は極力カレンたちに任せることにした。


 明朝早くに出発し、ひたすら街道を北上した。リリーの言う通り、デルカに近づくほど街道は荒れ、自然は深まっていく。するとそこかしこから得体の知れない鳴き声が響き、これにはタケルも幌の上の避難を止め、馬車の脇を歩いて周囲を警戒した。


「ねぇ、坊や──タケル君……だっけ? それ、不思議な格好ね。地図に無い国からやって来たんでしょう? 確か……”アカツキ”、だったかしら。それってどんな所なの?」


 タケルが地上を歩けば、リリーが尋問のように質問を重ねて来た。ずっと向けられている、値踏みするような視線。タケルは居心地の悪さを覚えながらも適当に返事をして受け流す。──モルでも現れてくれたら、この質問攻めから解放されるのに──などという不謹慎な考えさえ浮かんでくる。


 やがて馬車がデルカを目前に近づくと、崩れかけた外壁の向こうに怪しげな影が蠢くのが見えた。タケルは逃げるように幌の上に飛び乗ると、アルトと共に前方を見据えた。


「あれ、モルなんじゃないか?」

「荒地に棲みついたか」

「通り過ぎたい所だけど……ルジュがデルカを調べたいって言ってたし、追い払っておく必要がありそうだね」


 ハヤテの手綱を握っていた御者台のハロディが、幌の上の二人に声をかける。そして、馬車内を振り返った。


「リリー、今度ばかりは手伝ってくれてもいいんじゃない? 手伝えるなら、だけど」

「フフ、必要があるならそうするわよ」


 そう言ったきり、リリーは馬車から出ようとしない。ハロディが肩を竦め、カレンとヴァルターが顔を見合わせている間に、アルトが幌から飛び降りた。ガウリーとタケルがそれに続く。もう恒例となった戦闘の流れだ。


 人が消え、手入れされず放置状態となった街は建物の壁が崩れ、植物が生い茂り、埃と塵にまみれていた。木造家屋は、これから森の一部に侵食されるのではないかというほど蔦が這っている。先行したタケルたちが街中に入ると、その一角の土に穴を掘り、瓦礫や放置された資材を集めて砕き、巣のようなものを作っているモルを発見する。地を這うように動く四つ足の挙動は早い。太く長い尾は高く持ち上がっているが体は平たく、視認しただけでは目や口の位置が分からない。つるりとした肌には細かい鱗のような凹凸があり、その表面は湿り気を帯びていた。


 獣の鳴き声とは異なる高い鳴き声が断続的に瓦礫に反射し、日中であるのに不気味さを醸し出す。黒い全身はまるで大きな影のようだ。得体の知れない大型のモルは、自ら作り上げた巣の中でしきりに体を蠢かせ、広さを調節しているようにも見えた。


「あの巣みてぇなやつ、ぶっ壊して炙り出すか」


 ガウリーはそう言うと、杖を背中に納めて鎖鉄球を手にした。堂々とモルに近づくと、警戒したモルが彼に向かって何度も叫び声を上げる。アルトは近くの屋根に控えて様子を見ているので、タケルも反対側の屋根に飛び乗って弓を構えた。


 モルが威嚇する度、軽い衝撃波が周囲に広がる。ガウリーは持ち前の体幹でやり過ごして射程距離まで辿り着くと、鎖鉄球を振り回して巣らしき瓦礫に叩きつけた。


 驚いたモルはその場から離れ、素早い動きで足を動かし、地を這いつくばる。動きに翻弄されたガウリーは両足を固定し、自分に向けて振り下ろされた尾を長い柄で受け止める。モルは大型ながらも素早く、壁や木までもを縦横無尽に這って移動した。円盤のような頭らしき部分がパカリと横に開き、中から青黒い鞭のような舌が瞬時に出入りする。一連の動きは何とも不気味で、上から様子を見ているタケルは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。


「魔法は⁈」

「──下手に壊せねぇだろ」


 いつもの派手な魔法ではなく、鎖鉄球で戦おうとするガウリー。思わずタケルが問いかけると、彼は舌打ち混じりに短く答える。もう壊れかけの街にしか見えないが、何が隠されているかは分からない。アルマでは咄嗟の判断で魔法を使って巨大モルの足止めをしていたが、あのモルと今対峙しているモルでは素早さが段違いだ。ガウリーの魔法が当たらなければ、その被害は残された街に刻まれる。どうやら、それを避けるための判断らしい。


 すると、街中を這い回るモルにひとつの影が追いつく。──アルトだ。彼女は持ち前の素早さでモルの攻撃を避けながら刀を抜こうとする。だが、あまりにも攻撃が予想外過ぎるからか、決定的な一撃が与えられずに回避に回る。その目まぐるしい動きを追うのに、タケルも精一杯となった。


 タケルはこれまで二人と共に戦ってきて、それぞれの戦い方が少しずつわかるようになっていた。


 アルトはとにかく速い。風のように駆け回り、相手の懐へ飛び込んでは全身を乗せた一撃を叩き込む。一見、攻撃を受けることなど考えていないようにも見えるが、実際はそうではない。まともに攻撃を受ければその身軽さは失われ、一瞬で動きを止められてしまう。だからこそ、アルトは無理に相手に踏み込まない。強行突破を避けながら隙を待ち、一気に仕掛ける。


 一方のガウリーは、アルトとはまるで違う。その場からほとんど動かず、強力な魔法を連発する。魔法が使えない時には長い柄と鎖のフレイルを振り回して相手を近づけさせない。頼りになる反面、その攻撃はどうしても周囲を巻き込む。敵をまとめて吹き飛ばせるのは強みだが、制限のある場所ではそれが弱みにもなり得る。本人も、それを気にしているように見える。


 タケルは無意識にそんな二人の動きに合わせながら隙をついて矢を放ち、相手の動きを封じるのが常だった。だが、今はその隙がなかなか掴めない。大きな体はしきりにうねり、小さな矢など容易に弾き返してしまう。急所を狙おうとすれば、相手が叫ぶたびに衝撃波が襲い、弓の軌道がぶれるのだ。


「くそ、ちょっとでも止まってくれれば……」


 弓を引いて狙いを定めながら、タケルはモルの動きに合わせて屋根の上を移動した。だが壊れかけた街の屋根は足場が悪く、そちらにも気を取られる。高所は有利なはずなのに、その利が生かせない。一度弓を引く手から力を抜こうとした、その時だった。


 モルが苦しげに甲高い声をあげたかと思うと、突然後退り始めたのだ。何とか物陰に身を潜めようと体を壁に擦り付け、弱々しく鳴き続ける。手足はバタバタと忙しなく動くものの、その場で身動ぎするのみだ。タケルは、不思議と訪れた好機に弓を構え直した。


「隙有り!」


 アルトも素早く踏み込み、モルの懐へと一直線に突進する。居合の一撃が喉元を襲い、モルの声がひしゃげて途切れる。彼女の刀は相手を斬らないが、斬ったような衝撃を相手に食らわせる。もんどり打ってひっくり返ったモルの腹に、ガウリーの鉄球がめり込む。大口を開けたその中を狙いタケルが弓を放つと、矢を受けたモルは痙攣し、やがて黒い靄となって消滅した。


「あら、こんなに大きなモルもいるのね」


 静まり返った空間に呑気な声が響く。タケルたち三人が背後を振り返ると、土埃に霞んだ黒い外套姿が浮かび上がる。そこにいたのはリリーだった。


「ハロが手伝えってうるさいから見に来てみたけど……別にどうってことなかったわね」

「あの、さ……さっき、何かした?」

「──さあね」


 屋根の上から飛び降りたタケルはリリーに歩み寄ると、恐る恐る尋ねる。先ほどの不可解なモルの動きの原因を、何か知っているのではないかと思ったのだ。だがリリーは笑って誤魔化すだけだった。ガウリーが鉄球を引き寄せながら舌打ちをする。


「さ、終わったならさっさと行きましょう。ここに立ち寄る必要は無いんでしょ?」


 リリーはそう言うと鬱陶しそうに土埃を払いながら踵を返し、馬車へと優雅に戻って行く。タケルは思わずガウリーを振り返ったが、彼は鼻を鳴らして外方を向くと、大股に馬車へと歩き出した。


「……あまり、深く考え込むでないぞ」


 怪訝そうに首を傾げたタケルの肩を、刀を収めたアルトが何度か叩く。彼女がそのまま馬車へと戻っていくので、タケルは慌ててその後を追うのだった。



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