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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第八章 聖域の仮面

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8-5 解釈違い


 モルが馬の頭を擡げたまま、鉤爪の四つ足で馬車へと突進する。草陰に隠れていた小動物や小さなモルたちが道を開けるように逃げていき、あちこちで小さな鳴き声が飛び交う。羽毛にまみれた胴体には小さな両翼が隠されていたが、それを開いても空を飛ぶ素振りは見せない。鳥の頭は進行方向を告げるように鋭い視線をこちらに定め、甲高い鳴き声を上げた。


 近づけば分かる。その全長は、セントラルを襲ったモルと同等だ。野生動物にしては大きすぎる図体に毎度目を瞠るが、これがこの先日常になるとすれば厄介極まりない。


 モルの猛進に立ち向かったのはアルトだ。音も無く走る彼女が通れば、草が一瞬遅れて揺れる。左手で腰に刺した刀の柄を握ったまま、一直線に相手へと向かっていく。


 馬の頭からは一本の歪な角が伸びていた。細長いそれに、アルトの居合抜きが衝突して火花が散ると思いきや、彼女は進行方向を急激に変える。首を持ち上げ、角を振り下ろした馬の頭部がアルトの姿を見失うが、鳥の頭部は逃さない。素早くアルトの姿を捉えると、無理矢理動体を捻らせる。馬が嘶き、蹄が地面の土を抉る。


 モルがそうして体勢を崩した瞬間、ガウリーの持つ杖の先端が青く光った。横なぎに振られた杖から白い靄が吹き出したかと思うと、周囲の空気が瞬間的に冷気を帯びる。ガウリーの目の前から現れたのは水流だ。水が草を浸らせるほど急激に大地を洗い、モルの足元を掬う。アルトは素早く飛び退るが、モルは一瞬にして泥と化した大地に鉤爪を捕われる。翼を激しく羽ばたかせ、泥濘から逃れようと足踏みした。


 馬の頭が再び嘶いた瞬間、アルトは疾風の如くその隙を突く。頭部に向けて瞬く間に踏み込むと、一閃が首元に放たれる。勢いに任せ、その先にある鳥の頭部を足場に距離を取ると、馬の首がだらりと垂れ下がった。


「おお、やるもんだねぇ!」


 馬車から二人の戦闘を眺めていたルジュから場にそぐわない感嘆の声が上がる。その傍には、剣を抜いて待機するハロディの姿があった。御者台はヴァルターに任せたのだろう。


「見てみい! まだ戦いは終わっておらんようじゃぞ?」


 しっかりと首根っこを掴まれたまま、ルジュの傍から同じように顔を覗かせるルナ。彼が指差した方向を見れば、だらりと力を無くした馬の首を無視し、鳥の頭部が嘴を大きく開けて高く鳴いたところだった。


「あっ──?」


 タケルは思わず声を上げる。馬の首が沈黙した瞬間、モルは翼を羽ばたかせ、空を飛んだのだ。遥か頭上を旋回するモルはその場を離れず、いつこちらに向かって下りてくるか分からない。とはいえ攻撃しようにも、アルトやガウリーでは届かない。


「チッ、めんどくせぇ……」


 悪態をつき、ガウリーが再び杖を構える。アルトは足場になるようなものが無いかと視線を走らせるが、馬車の荷台しか発見できない。タケルは息を大きく吸うと、細く吐き出しながら番えた矢を天に向けた。


 風を読み、相手の動きを読む。同じ場所を旋回するモルは、一見優雅に空を泳いでいる。こちらの様子を窺っているようだが、下りてくる気配は無い。


「距離が遠すぎる……」


 タケルは歯噛みした。このまま矢を放ったところで風が勢いを攫い、難なく躱されることだろう。だが、それで追い払うことが出来ればこの難は防げるかもしれない。一か八かで狙いを定め、弓を引き絞る。そんなタケルの意識をモルから外させたのは──ルナだった。


「このままでは埒が明かん! どれ、ワシが手伝ってやろう!」


 ルナはそう言うと、颯爽と馬車から飛び降りた。足首まで覆う長さの白衣を掴むと、足元部分を大きく捲る。呆気に取られたタケルが思わずそちらを見やると、ルナが白衣の内側に潜ませたいくつもの細いガラス容器のうち、三本を一気に抜き出すのが目に入った。


「誘き寄せてやるから、その隙に仕留めるんじゃぞ!」


 ルナはタケルにそう言い放つと、三本の容器を片手の指に挟み、一気に蓋を外す。そして中身を周囲に巻き散らすようにして振り撒くと、その途端、爆発したかのように蒸気が辺りを包む。


「うわっ⁈ な、何だこの匂い──」


 蒸気からは甘ったるい香りが漂い、風に消えることなくその場に留まり続ける。視界はわずかに霞み、タケルは思わず咳き込みながらも上空を睨みつけた。


「ほれほれ、奴が来るぞ!」


 興奮したルナの声が言う通り、旋回していたモルが蒸気に向かって突然急降下を始めた。狙いが定まり、タケルは息を止めて矢を放つ。甲高い音を立て、矢は片方の翼に突き刺さった。


 モルがバランスを崩して地面に落ちる。衝突の衝撃で大地が揺れ、ハヤテが嘶く。モルは泥濘んだ土を羽毛に纏わせながら暴れた。泥が飛び散り、悶え苦しむモルの呻きが辺りに響く。


 隙をついて突進したのはアルトだ。モルが起き上がる前に、もう片方の翼に一閃を食らわせる。モルは更に悲鳴を上げ、よたつく足で起き上がりながらのたうち回った。


 タケルが次の矢を番えると、ガウリーの杖が琥珀色に光った。彼が杖を地面に叩きつけ、そこから大地が盛り上がり、モルの体を突き上げる。モルは負傷した翼を尚も乱暴に羽ばたかせ、周囲に風が巻き起こる。羽ばたきによるものにしては強すぎるそれに、タケルたちの動きが止まる。


「火を吐く狼みたいに、何かしら魔力を持ってるのかもしれない!」


 ハロディが風に翻弄されながら叫んだ。同時に、よたついたモルの体が馬車に近づく。風に倒れそうになった馬車を支えたのはルジュだった。


「よっ……と! ホラ、捕まえたよ!」


 ルジュはなんと、荷台を片手で支えながら、もう片方の手でモルの翼を掴んで止めた。風が半減し、再びアルトとガウリーが次の動きに入る。


「忝い!」

「今度は仕留めろよ、ソレガシ!」


 ガウリーが杖を振りかざし、幾重にも突き出した岩でモルを囲む。ルジュが掴んでいた翼は岩の突き上げを受けて更に負傷し、解放された後は力を失う。


 岩場に凭れるようにして倒れ込んだ胴体に、アルトの居合が炸裂した。続いてタケルが、モルの眉間目掛けて矢を放つ。モルはひときわ高く鳴くと、今度こそ動きを止め、黒い靄と共に消滅した。


「はぁ……とんだ災難だった」


 ハロディが剣を収めながら額を拭う。静かになった大地には、ガウリーによる魔法の残骸だけが残されていた。


「みなさま、ご無事ですか?」


 荷台から顔を出したカレンが心配そうに問いかける。すると思い出したように、タケルはえずきそうになって胸を押さえた。


「うっ……まだちょっと臭い……」


 モルによる風で多少拡散されたとはいえ、甘ったるい残り香が鼻や胃を刺激する。タケルはさっさと弓矢を元に戻すと、襲いくる吐き気と戦った。


 目尻に涙を浮かべながら顔を上げると、ハロディやアルト、ガウリーも鼻を摘んでいる。カレンも口元を押さえ、珍しく眉間を寄せていた。


「こりゃあ、ネクタの実の香りだね」


 平然と鼻をひくつかせるルジュ。誰もが顔を顰めるなか、風上のヴァルターやハヤテ、そして元凶のルナだけが何事もなく、戦い終わりのひと息を吐いていた。






 御者台を再びハロディに任せ、馬車は再び北を目指した。一度通った道ではあるが、人里を離れると見慣れない物が目についた。街道に残された関所跡──旅人が野営に使う場所に、その場を囲むようにして奇妙な標が刺さっていたのだ。


 それは細い杖のようにも見えた。蔦のような、枝にも似た支柱の先端には透き通った鉱石が埋め込まれている。レオの報酬で受け取ったルミナイトだ。


「なるほど。これはアンスール製のやつだね。あのいけ好かない参謀が大穴に使ってた、結界の支柱と同じ物だろう。──魔法道具ならアルマでも造られてるけど、流石……専売特許の国は精度が違うみたいだ」


 ハロディが苦々しげに呟く。先を急ぐ旅ゆえ、関所跡を通過しようとした彼は、高揚した声に引き止められた。


「待て、止まれハロディ! あの標とやらをワシに観察させるんじゃ!」

「ええ⁈」

「ああ、──何だい、まったく……見かけによらず元気なお方だねぇ」


 突拍子もない声にハロディが手綱を引き寄せ、ハヤテが足を緩める。途端に馬車から飛び出したルナは、鞄から持ち出した怪しげな器具を片手に転げるようにして馬車から飛び降りた。ルジュの呆れたような溜息とともに、ゆっくりと車輪が停止する。我関せずを決め込むアルトとガウリーだったが、タケルは馬車に歩み寄り、恐る恐るルナの行動を目で追った。カレンとヴァルターも馬車から顔を出し、怪訝そうに白衣の後ろ姿を眺める。手元の器具を操作しては何かを試し、時折大きく肩を揺らして笑うルナに、三人は呆然と顔を見合わせた。


「……さっきまで、静かだったよな?」

「ええ……手帳に何か書き綴っているようでしたわ……」

「静かではあったが無言では無かったぞ。何かぶつぶつと口走りながらペンを走らせ、目も血走らせていた。……ああ、カレン様……あのような輩と狭い馬車の中にご同乗なさる事になるなど……私は常に気が気ではありません。この先の道のりが、気の遠くなるような遥か彼方にも感じられるほどでございます」


 三人はまるで珍獣でも眺めるように遠目にルナを見やっては、ひそひそと言葉を交わす。ヴァルターだけは常に胃を抑え、五秒に一回は溜息を吐いていた。そんな三人の背中を眺めていたルジュは、時折小さく吹き出しながら見守った。


「おーい、ルナ! 何してるんだか知らないけど、さっさとリューデに向かうんだから、適当に切り上げてくれよ! 復興状況次第では宿も取れないかもしれないって言ったよね? そしたら買い物済ませてその先の関所跡までは休めないんだよ!」

「わかっとるわい! 時間が延びるだけじゃぞ」


 ハロディが呆れた声で呼びかける。ルナは背を向けたまま適当な返事をして一本一本の標を見て回り、やがて満足げな表情で戻って来た。思いの外早い段階で素直に切り上げた彼に目を丸くしたタケルたちだったが、本人はさっさと馬車の中に入り込むと、自分の陣地を作り上げて再び書物に没頭する。──”自由”。彼は誰が相手でもどんな状況でも、人目を気にせずただ、”自由”だ。


 手綱の指示に従い、ハヤテが小さく嘶いて足を進める。心なしかハヤテの声も呆れたように控えめだ。しばしその状況が続いたかと思うと、騒ぎはまた、ルナから始まった。


「──実に興味深い現象じゃ!」

「うわっ、びっくりした!」


 馬車の中から大声が上がり、一番近くに座して景色を眺めていたルジュが大きく肩を跳ねさせる。前方で御者台のハロディと語り合っていたカレンとヴァルターたちも驚いて振り返り、肩を竦める。のんびりと後方を歩いていたタケルも突然の声に息を呑み、胸を押さえながら馬車に駆け寄った。


「そんなに大声上げてどうしたんだい、先生?」


 タケルがステップに足を乗せて中を覗き込むと、ルジュが尋ねたところだった。ルナは待ってましたとばかりに手帳を閉じると、口の端を大きく持ち上げた。


「先のモルが風を起こしておったじゃろう? まだ観察の余地はあるが、それはつまり──人間と同じようにナチュラを持っとる可能性がある、ということじゃ。これは野生動物には見られん特性じゃな。そして、まるで複数の獣が混じり合ったような姿──これが異変とともに出現したのならば、異変によって急激に進化したとも言えるべき現象が起こっとるとも言える! もっと色んなモルを見てみたいもんじゃのう! ヒヒヒ」

「”進化”だあ? やめてくれよ」


 身を乗り出して語るルナを肩越しに見やり、ハロディが力ない声で遮る。ルナは目を見開き、再び肩を揺らして笑った。


「新たな能力を得ているのなら、それは進化と言っても間違いではないじゃろう? 強大な体、相応の力に加え、魔力も持つ。そのうえ、一体のモルに複数の動物の”強み”が備わることで、それ自体が確実に脅威となっておる。片方を仕留めても、もう片方が体に指示を送って操れる。これは単純に、一個体の生存率が跳ね上がったとも言える。これが進化でなくてなんだと言うんじゃ?」

「だから、”異変”だろ? で、モルは”異形”。…………ルナ、頼むからこの旅で、変な研究閃いたりしないでくれよ?」


 嗜めるハロディに尚も自論を展開するルナ。二人の意見は平行線を辿ったが、まだ現実をどう解釈するかという段階だ。考察に確証はなく、断言は不可能だが、タケルはルナの積極的な見解に目から鱗が落ちたような気分を味わった。


「あんた、変な奴だけど……なんかすげぇな、色々と」

「当たり前じゃ! ワシの観察眼は一級品じゃぞ?」

「じゃあさ、さっきあんたが言ってた”とれナントカ”っていう毒が効かなくなるやつがあっただろ? あれみたいに、毒を消そうとしてああなったってこともあるんじゃないか?」

「何じゃ小僧、筋が良いのう! じゃが、少ない事象で考察を進めるのは危険でもあるんじゃ。どれ、その辺叩き込んでやるから、ワシの弟子にしてやろうか?」

「い、いや……それは絶対に遠慮するんだけど……俺にはもう、師匠が──」


 言いかけて、別れ際に倒れた轍の顔を思い出す。未だに吹っ切れず言葉を詰まらせるタケルだったが、ルナはそんなことはお構いなしだ。カレンが気遣わしげな眼差しを向けるのを遮るかのように、二人の間をルナの身振り手振りが遮った。


「──まあよい。じゃが、確証が持てそうな事はある。モルがナチュラを持っている可能性が高いからこそ、あの標が効果を発揮するんじゃ。しかもルミナイトが使用されとるところを見るに、モルのナチュラは”闇”なのかもしれん。闇と光は相殺し合わんが、相反する魔力じゃからな。本能的に嫌って近づかん、という説も考えられる。──ちなみに、あの標の効果範囲はかなり広いと見た。関所跡や街に置いておけば、街道や人里の守りは硬くなる。それでも、完璧にとはいかんじゃろうがのう」


 常に同じ調子で意気揚々と語るルナに、タケルは目を瞠った。見た目は幽霊画で、外見通りの変人だが、ふとした冷静さは備わっている。そして何より、全身から吹き出すあくなき好奇心。彼の言葉を聞いていると、不思議と知りたいという欲求が湧いてくるような気がした。──同時に、ある既視感を覚える。


「──……なんか、あんたとハロディって、ちょっと似てるよな」


 タケルが、既視感を思ったままに口にする。すると御者台から盛大に咽せる苦しげな音が響いた。


「──っゴホ、ち、ちょっとタケル君、冗談はやめてくれないか?」

「ワシとハロディが似とるじゃと? こーんなボンクラと同じにされては困る! 風評被害じゃぞ」


 二人が同時に反論し、一拍置いて馬車内に笑いが起こる。それまで黙って聞いていたカレンとルジュだ。堪えきれずにヴァルターも口元を手で覆っている。


「確かに、言い得て妙ではあるな……」

「仲良きことは、素晴らしいことですわね」


 ヴァルターは笑いを堪えているようだったが、タケルとルナの様子を見守っていたカレンは、訝しんでいた思いを拭い去った満面の笑みを浮かべている。そんな彼らの反応に、ルジュは朗らかな笑いを響かせた。幌の上からはアルトの咳払いが、馬車の外からはガウリーの軽い咳の音が微かに聞こえてくる。


「まったく、勘弁してくれよ……」


 一難去った和やかな旅路に、疲労困憊の呟きが力なく転がっていった。



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