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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第八章 聖域の仮面

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8-4 トレラハビット?


「じゃあ……行ってくるよ、ペールさん」

「──ああ、気をつけて行けよ」


 ルナが登場した後、タケルたちは一度荷物を下ろした。ルジュが提案した軽食を摂ることにしたためだ。出発前の高揚感は形を潜め、妙に緩んだ雰囲気が漂うなか、ルナの奇抜な行動や声は際立っていた。


 宣言通り葉物野菜しか口にしないルナには、”魂食み”を禁ずる風習のなかで育ったタケルですら目を点にした。「肉を食ったら妖になる」と言えば不思議がられたものだが、その上を行く光景にはタケルだけではなく誰もが思考を一時的に停止していた。


 遅れて来たハロディとルナは、レオの案内で”裏口”を通って来たようだった。二人を裏口から招き入れたペールは、普段利用するラ・カーヴァ幹部とあまりにかけ離れた人物を目の前にして柄にもなく驚いていたらしい。


 食事にはペールも同席し、いつも客入りが少ない三つ星亭の席はほぼ満席状態となった。ルナが加わり、最も賑やかとなったタケルたちのテーブルの背後でルジュとペールは向かい合い、静かに食事を摂った。内容までは把握できなかったが、タケルには二人が言葉少なに、それでも小さく笑い合う声を聞いていた。


 しばしの団欒を終え、使用した食器を片付け、再び旅を目前に控えた緊張感が蘇る。店の扉を出る寸前、最後尾だったルジュはペールを振り返り、ペールと再度挨拶を交わす。ペールは店の前で腕を組み、タケルたちが中央通りまで向かうのを見送った。北門方面へ道を折れる際、タケルはペールに手を振り返し、カレンとヴァルターは会釈を返した。アルトとガウリー、ルナは振り返らずに進み、最後にルジュが軽く手を上げ、一行はとうとう旅への一歩を踏み出した。


「な、なぁ……なんか、じろじろ見られてないか?」

「え、ええ……気のせいではなさそうですが……」

「そんなもの、この変態研究者のせいでしかないだろう?」


 街の人々の視線が刺さり、北門までの距離がとてつもなく長く感じたタケルは思わず同意を求めるように尋ねた。カレンも同感らしく、苦笑を湛えて周囲を見渡している。二人に対し、ハロディは容赦無く直球に言い放ち、硝子容器の音を立てながら大荷物を背負い歩くルナを指差した。日差しを反射し、まるで発光しているかのような白い装いがセントラルの街で浮いている。だが当の本人は、全く意に介さずである。


「ヒヒヒ、何じゃ何じゃ、不躾に眺めおって! 地上の人間は相変わらずいけ好かんのう!」

「声がでかいってルナ。お願いだからせめて門を出るまで黙っててくれよ。歩いてるだけで目立つんだから」

「さ、先が思いやられるんだが……」

「ま、まあまあ。道中は賑やかになりそうじゃないか」


 向けられる視線にルナがぎょろりとした銀の瞳を向ければ、慌てて視線を逸らす人々。その反応が面白いのか、ルナは肩を揺らして笑う。出発前から疲れ切ったような声で嗜めるハロディの傍で、ヴァルターが眉間を押さえて溜息を吐く。他人の振りを決め込んで外方を向くアルトとガウリーの隣で、ルジュが苦笑する。──少なくともこの先の旅は、賑やかになりそうだ。妙な居心地の悪さを抱えながら、一行は北門前のキャリッジハウスへと向かった。






 馬車と馬を受け取り、管理人に支払いを済ませ、北門を抜ける。モルによって破壊された扉は大方復活し、出入りする人々のために解放されていた。そのため門番の数が増やされており、挨拶を交わしてアルマを出発する。外は一見、以前と変わらない広大な平原だった。


 人目に付く場所で平然と、まるで野生動物かのように動き回っていたモルは、その数を減らしていた。暴れ回る個体もいない。ただ異様な姿をした動物が生活をしているかのような、穏やかにも見える光景。街道から遠く離れた位置にいるモルの動きを警戒しながら、御者台で手綱を握るハロディは胸を撫で下ろした。


「急場しのぎの街道整備が役立ったのか、はたまた別の理由があるのか──街を出たら戦闘続きになるかと思ってたけど、予想外だったな」


 ハロディの呟きが馬車内に届く。中に居るのはカレンとヴァルター、ルジュ、そしてルナだ。いつもは後方を眺めながら後部ステップに座っているガウリーはルナに席を奪われ、馬車の脇を歩いている。アルトは例によって幌の上で胡座をかいており、タケルはハヤテの傍を歩きながら周囲を眺めていた。


「こっちに戻って来たときは、そんなにひどかったのかい?」

「ひどいひどい。炙り出されたみたいにモルがその辺うろうろしてたから。暴れまわってるし、掻い潜って来るのが一苦労だった」

「その度にタケル様たちが追い払ってくださったのですが、数が多すぎて──ハヤテに全力で走っていただいたこともありましたわ」

「ハヤテってのは……馬の名前かい? 変わった名前だねえ」


 そんな会話が馬車の中から聞こえてくる。タケルは耳を傾けながら、アンスールへ旅立った時のことを思い出していた。あの時も、広大な自然を眺めながらのんびりと会話を楽しんでいた気がする。まだ自分が、この世界に馴染めていなかった時──新鮮さと不安が、常に胸の中で入り混じっていた。今は精神的にも状況的にも、あの時とは違う。会話を聞きながらモルを警戒する余裕がある。


「──”トレラハビット”のようじゃのう」


 街を出た後、黙って馬車内の会話を背中越しに聴きながら外を眺めていたルナが口を開いた。異様な沈黙を訝しみ、警戒していたヴァルターがいち早く彼に振り向く。


「”トレラハビット”?」


 カレンの鸚鵡返しと同時に振り返ったタケルは、話が気になって歩幅を緩め、後方へ近づく。ルナは足を投げ出したまま、上半身だけを捻って馬車内を振り返った。


「人間にもあるじゃろう? 例えば病を患って完治する──すると、同じような病には罹りづらくなる。人間の魔力が無意識に、体内を蝕むものを排除しようとするんじゃ。もちろん全ての病が対象ではないぞ。魔力が及ばぬ場合は死に至るし、魔力が弱ければ同じ病を何度も患う。そのために薬があるんじゃがな」


 ルナは実に面白そうに、あの独特で奇妙な笑いによって肩を揺らしながら続ける。


「じゃがその薬にも限界がある。怪我の絶えん輩がその度に同じ鎮静薬を使用すると、いずれ効力を失う場合があるんじゃ。すると薬師は薬草の調合を変えねばならん。薬を体内の魔力が打ち消してしまうんじゃよ」

「──つまり、耐性がついたり……慣れみたいなもんが出てくるってことかい?」

「そうじゃそうじゃ! お前さんらは揃いも揃って病魔や薬とは無縁に見えて非常に残念なことじゃが、医師や薬師の間では一般的な知識じゃよ」


 まるで実験対象を値踏みしているかのような言い草にヴァルターが顔を顰める。一方で、そんなことは気にせず単なる日常会話の一環として受け応えするルジュは潤滑油のようだった。


「──で、その”トレラハビット”が何だって?」


 御者台のハロディが問いかける。タケルは難解な話に頭を捻らせるしかない。会話の進行は放棄し、仲間に任せることにしてただ耳を傾けた。


「このトレラハビットを応用して、毒耐性を養う方法があるじゃろう? ──まずは少量、敢えて体内に取り込ませる。するとその毒に魔力が過剰反応を起こし、一時的に体は毒に倒れる。ここで魔力が毒の浄化に成功すれば、以降はその毒の対処法を体が覚えていく。……これを繰り返すことで、その毒に対する完璧な耐性を得ることができる、という寸法じゃな」

「毒が効かなくなるってことか?」

「そうじゃぞタケル。しかも素晴らしいことに、熟達者は毒を受けながら浄化し、その種類を判別出来るようになるんじゃ! 人間の神秘だとは思わんか?」

「──そうは言うが、それをやるのは要人警護の従者くらいだぞ」


 体を捻り、ルナがタケルに向き直る。その勢いに慣れずわずかに身を退け反らせながら、タケルは何度も頷く。ヴァルターが苦言を呈し、ハロディはそんな背後の様子に苦笑を零したが、ふとその表情が引き締まった。


「……つまりお前は、このアンスールの大地が──”モルの存在する場所”として変化してるって言いたいのかい?」

「一時的にモルが増えてそれが減ったと言うんじゃったら、その現象はトレラハビットに似とると思うただけじゃ。──見てみい、あっちのモルなぞ病を体現したような姿をしとるじゃないか! 何じゃあの頭、複数の動物がかけ合わさったような合成獣──キメラのようじゃ、ヒヒヒ!」

「た、頼むからそんなに楽しそうに言わないでもらえるかい……? いや、ウチも初めて見たけど……不気味でしかないよ」


 丘の向こう側で川面に首をもたげているモルは、馬のような鬣を持つ首からもうひとつ、鋭い嘴を携えた鳥の頭部が生えている。四つ足だが爪先は鳥の鋭い鉤爪で、馬のような胴体は羽毛で覆われている。馬に似た方は穏やかそうなのに、鳥の目は鋭く研ぎ澄まされ、忙しなく頭を捻っている。一体どちらが主導権を握っているのか判別ができない。


「ああしていると、野生動物にも見えるのですが……」


 御者台から顔を覗かせ、ルナが指差す方向を追ったカレンが気落ちしたような声を漏らす。タケルも反射的な不気味さを覚えつつ、水を飲む姿はただの馬のようだと思う。そのまま平和に暮らしてくれればと願うばかりだが、現実はそう上手くいかない。


「──ん? なんか、アイツこっち見てないかい?」


 ルジュの声に目を凝らせば、鳥の頭がこちらを向いたまま静止していた。こちらの馬車の動きに合わせてゆっくりと首が動く。それまで忙しなかったのが嘘かのように。


「無視無視! 無視だよ、ハヤテ。そのままちょっと速度上げようか」


 ハロディがハヤテに語りかけながら手綱を揺らす。ハヤテは鼻を鳴らしてそれに従い、足を速める。馬車の車輪が、街道の石煉瓦が抜けた部分を踏み、ガタンと揺れる。身を乗り出していたルナはバランスを崩すが、その首根っこをルジュが引っ掴んで落下を防ぐ。


「目を合わせるでないぞ。気配を読むのだ」


 幌の上からアルトの声が降る。馬車内の面々は馬車の中へ引っ込み、タケルは慌ててモルから視線を外して前方を睨む。そしてそっと弓に手を触れた。


「何じゃ、見るぐらいかまわんじゃろう!」

「いいから大人しくしといてくれるかい、研究者先生?」

「くそ、何て力じゃ! 全く振り解けん!」

「ルナ様、声を潜めてくださいませ」

「ああ、ルジュ殿……あなたがいてくれて助かった。──いや、本当に」


 馬車内は騒がしい。騒いでいるのは約一名だが、何せ数人分の騒音を発する人物だ。暴れるルナを片手で軽々押さえ込むルジュに、ヴァルターは感謝の目を向けている。外の緊張とは別物の光景に頬を引きつらせながら、タケルは意識をモルに集中させた。


 荷台の幕が下ろされ、馬車内が見えなくなる。すると途端に風の音が耳に入り、気配に集中できた。相手の視線が刺激となってこめかみに伝わる。街道は川から離れるように緩やかに曲がっている。このままやり過ごせば相手の意識からは外れられるだろう。


──が、ここにいるのはそんな暗黙の了解が通じない、規格外の人物だ。


「あ! コラ先生!」


 ルジュの慌てた声が響いたかと思うと、荷台から騒音が響き、飛び出したルナが馬車から転げ落ちた。幕が風になびき、中からカレンたち三人が顔を出す。


「あ、馬鹿!」


 タケルが思わずルナに駆け寄り、その腕を掴む。荷台の面々に出てこないよう目配せすると、立ち上がらせようと力を込める。それでもルナは肩を揺らして笑っていた。


「はあ、奇跡的に振り解けたぞ! ワシはな、モルの生態を確認するのが目的の一つなんじゃ! 万が一襲われても戦える者がおるんじゃから、少しぐらい構わんじゃろうて!」

「いいから静かにしてくれよ! 馬車に戻って」


 声量を抑えないルナに、声を潜めた叫びを上げるタケル。痩身とはいえ、自分より身長の高い人物を起き上がらせるのは至難の業だ。それまで身を引いていたのが嘘のように、タケルはルナを馬車に押し込めようと体を押した。


「オイ、そいつの事はもう放っとけ」


 ずっと黙って歩いていたガウリーから苛立った声が放たれる。タケルが顔をあげると、同時に目に入ったのは──雑草を撒き散らし、鉤爪で地面をえぐりながらこちらに走り迫るモルの姿だ。


「──ああもう!」


 タケルはルナから手を離し、弓を構えた。アルトも幌から飛び降りる。馬車が止まり、ルジュが今度こそルナを捕らえて馬車へ放り込み、その衝撃で馬車が揺れ、馬が嘶く。


「致し方ない、迎え撃つぞ」

「てめぇに指示される云われはねぇんだよ」


 アルトが刀の柄に触れ、ガウリーは持っていた鎖鉄球を地面に落とし、背中に装備していた杖を構える。


「援護する!」


 タケルは高らかにそう言うと、二人の背後で矢を番えた。



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