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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第七章 想いの証

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7-6 禁域の回廊


 ギルドに戻ると、挨拶もそこそこにロイはカウンターの奥へと消えていった。最後まで不遜にも見える堂々とした振る舞いを見せていたが、あっさりと下がって行く背中はどこか虚しさを帯びており、事情を知らないカレンやヴァルターは首を傾げた。


 それは、カウンターの中で両肘をついて彼らを迎えた受付──ヴェラと呼ばれた女性も同様だったようだ。彼女は背後の扉がロイを吸い込んで閉じられるのを見送ると、わずかに目を丸くして振り返った。


「──教会へ行って来ただけなんだよねぇ?」

「ええ、まあ……途中、タケル様と外に出られてはおりましたが……」


 カレンが答えると、ヴェラは切れ長の半眼をタケルに向ける。タケルが考えあぐねていると、背後から答える声があった。


「家の方向へ向かって行ったようだよ。──その先で何があったかは知らないけど」


 そう言って、変装姿でベンチに収まっていたハロディがシャペロンを頭から外し、頭を振って肩を落としながら大きく深呼吸をする。外套に収まっていた手足を解放し、背もたれに寄りかかって足を組む。カウンターからそれを見下ろしていたヴェラはさして驚きもせず、呆れたように吐息を漏らした。


「──あちゃあ、そりゃあ……何があったか想像に難くないってもんだ」

「おい、お前──」


 躊躇なく姿を晒したハロディに対し、焦ったヴァルターが声を上げる。しかしハロディとヴェラは意味深な視線を交わし合うと、ヴァルターを見遣って小さく笑った。


「ハロディを目の敵にしてんのはウチの坊ちゃんだけさ。……今回の依頼を受けたのはあたしの悪戯みたいなもんでねぇ。ソイツがハロディだってのは分かってたから、坊ちゃんを差し向けてやったらどうなるか見てみようと思ったんだけど……結果的に、面白半分で余計なことしちまったみたいだねぇ」


 頬杖をつき、ヴェラが苦笑する。ついでに流し目を向けられたタケルは居心地悪そうに口元を歪め、眉根を寄せた。


「ま、細かいことは聞かないさ。あの様子だと坊ちゃんもしばらく姿見せないだろうし、今回の詫びにひとつ、何か手助けしてあげようか?」


 ヴェラは頬杖をついたままハロディに向き直る。常に口の端を持ち上げ、それでいて瞼を半分伏せ、そこから三白眼を覗かせる──胸の内に二心も三心も抱えていそうなほどに怪しいのに、慈愛に満ちた穏やかな声音を併せ持っている、不思議な女性だ。


「手助けはいらないかな。──でも、そうだな……アリアベルっていう修道女について、何か知ってることがあったら聞いておこうか。もちろん、この事はここだけの話ってことで」

「ほうほう、アリアベル……ああ、ユージー家のお嬢さんかい」


 ヴェラはカレンたちをカウンター脇のスツールへ促すと、頭の中の情報を吟味するように顎を摘んだ。彼女の人となりを知っている唯一の人間であるハロディにその場を任せ、カレンとヴァルターは大人しく成り行きを見守る。タケルもそれに倣ったが、頭の片隅ではロイとの出来事を

反芻していた。


「まあ、そうだねぇ……これだけは言っても大丈夫だろう。──彼女には縁談が来ているようでね」

「「「縁談?」」」


 タケル以外の三人の声が重なる。タケルはハッとして話の輪に意識を戻すと、脳内を切り替えた。


「そうだよ。エレヴァンの当主、アーミル家の若様とね」


 タケルたち四人は思わず互いの顔を見合わせた。






「いやぁ、参ったな。想像以上に面倒な依頼だった」


 三つ星亭に戻ると、四人はタケルとヴァルターが借りている部屋に陣取った。テーブルの側に置かれた対の椅子にはカレンとヴァルターが腰掛け、両脇の壁に沿ったベッドにはそれぞれタケルとハロディが座る。ハロディは背後に両手をついて天井を仰ぐと、心底面倒そうに長い息を吐いた。


「アーミル家のご当主といえば、リアム様ですわよね?」

「ええ、カレン様。──あの腹の底に二物も三物も抱えていそうな、いけ好かない若当主ですね」

「……ヴァルターったら、何故そうもリアム様を敵視するのです?」


 カレンが客船事業を掲げ、最初に寄港した港湾都市エレヴァン。その領主がアーミル家だ。前当主によって事業の許可を得、カレンたちは最初の客として前当主夫妻を乗せて出向した。奇しくもそこでブルーフォールの大穴が開き、そこから異形が現れ、船は荒波に揉まれた。その混乱の最中にタケルが突如として現れ、一撃のもとに異形を打ち倒すも船は致命傷を受け、辛くもエレヴァンに帰港した。現在も、客船ベンダバール号はエレヴァンのドックにて修理中だ。そのドックの管理者はアーミル家であり、現当主リアムによって修理費は大幅に支援してもらう形となった。リアム自体は表面的には親しみやすく、礼儀を重んじた好青年だったが、ヴァルターは当初からカレンに注意を促していた。


 ともかくカレンが改めてハロディに経緯を打ち明けると、彼は喉の奥で小さく唸った。


「まあ……ヴァルター、君が若領主をいけ好かなく思うのも分かるな。アーミル家ってのは男爵家で、ユージー家は伯爵家だから──」

「フン、やはりオレの目に狂いは無かったか。あの男、胸の内に野心を飼った曲者に違いない。男爵家が伯爵家の娘と婚姻を結べば、陞爵も望めるだろうからな」

「しかも伯爵家って、侯爵家と婚姻を結ぶことがほとんどなんだよ。──つまり、騎士の家と繋がりを持ちたがる。……今回の話、どっちから持ちかけたものなのか知らないけど、結構不穏だね」

「しかもそこに、下層地区を牛耳っている闇組織の幹部が絡んでいる……不穏だの面倒だのを通り越して、厄介でしかないぞ」


 ヴァルターが眉間を押さえて盛大な溜息を吐く。タケルにとっては耳慣れない単語の応酬で話が理解出来ないが、とにかく年長者二人の表情が、今回の依頼の性質を物語っていた。


「なんかこう……単純にさ、叶わぬ恋の終止符……みたいな甘酸っぱい依頼かと思ってたんだけど」

「下手をすれば辛酸を舐めさせられるぞ」

「…………かなわぬ恋? そんな話だったのか?」


 ハロディとヴァルターのやり取りに、カレンが眉尻を下げる。しかしそのどんよりとした空気を一掃したのは、素っ頓狂なタケルの一言だった。


「え、タケル君それ……本気で言ってる?」

「…………?」


 自らの膝に両肘をついて身を乗り出し、ハロディが目を丸くする。しかしタケルはそれでも不思議そうに眉を捻る。それを見ていたヴァルターは目を伏せ、呆れたように首を振った。


「タ、タケル様。その……一般的に、異性へ何か贈り物をするとき、それは想いを告げる手段であることが多いのです。それが装飾品であれば、尚更のことですわ」

「お待ちくださいカレン様。そもそもタケルは師とたった二人の山育ち。”恋愛”という概念すらあるのかどうか、疑わしいものです」


 確かにタケルは、カレンの説明を聞いてもいまいち理解出来ずにいた。続くヴァルターの発言が自分に対する何か含んだ言い方なのは理解出来たが、それ以上は分からない。頭に疑問符を浮かべながらも不快な表情を見せるタケルに、ハロディは乾いた笑いを漏らした。


「ま、この話は置いといて、話を変えようか。──で、カレン様の方は教会の中で一体何があったんだい? 君らのことが心配で後をつけたけど、教会の敷地内までは流石に入れなかったからさ」


 カレンとヴァルターが顔を見合わせる。ヴァルターが咳払いをひとつしたことで、緩んだ空気に緊張が戻る。


「──実は、あの後……」


 内心では納得しきらぬ様子のタケルを置いて、カレンは教会内での出来事を話し始めた。






「こんにちは。お待たせいたしました、本日ご案内を努めます、アリアベルと申します」


 そう言って、教会の旗と同じ紋様の装飾品を胸元に掲げ会釈したのは、奇しくも今回の目標であるアリアベル本人だった。カレンとヴァルターは密かに視線を交わす。早速本題というわけにもいかず、カレンたちは自己紹介を済ませると、アリアベルの案内に従うことにした。


 純白のローブとヴェールに全身を包んだアリアベルは、布擦れの音すらも気遣う足取りで礼拝堂の側廊を進み、奥の扉へと向かう。その先は、庭を囲む回廊だった。内側は何本もの柱で支えられ、外側の壁面には一定の感覚で壁画が描かれている。扉を閉じたアリアベルはその場で足を止め、カレンたちに向き直った。


「本来、ここから先は神に仕える者のみが立ち入りを許された禁域でございます。ですがお客様をお迎えするとき、教会の者を伴っていればその限りではございません」


 どうぞ、とアリアベルがゆるりと足を進める。カレンたちもそれに続き、日差しを浴びた中庭の緑や井戸、廊下に描かれた壁画を眺め、しばし目的を忘れて目を奪われた。


「私たちのいる西側区画は”宵月院”といって、修道女の区画です。東側は修道士の区画で”暁光院

”。壁画には同じものが描かれており、男女どちらの案内役でも同様のご説明が出来るように造られています」

「──失礼、では私が今宵月院に立ち入っているのは、問題なのでは……」

「この回廊までは、お客様であれば問題はございませんよ。あくまで、私たち教会の者の戒律ですから」


 控えめに咳払いをして問いかけたヴァルターに、アリアベルは淡々と答える。鈴の音のような声に、うたかたの花のような出で立ち。ヴェールから覗く白皙の相貌とプラチナブロンド、アンバーの瞳は全体的に霞のようで、それがアリアベルを無機質に見せる。口角は上がっているのに感情の見えない瞳に、ヴァルターは内心たじろぎながらも頷いた。


「こちらの絵画は、何が描かれているのですか?」


 カレンがにこやかにありアベルを見上げ、壁画へと近寄っていく。アリアベルの視線が自分から外されたことにどこか安堵し、ヴァルターがほっと吐息を漏らす。カレンの物怖じという言葉を知らぬ天然さには、救われることが多い──そんなことを思いながら、女性陣の会話に耳を傾けた。


「この回廊に描かれているのは、女神ルーメリア様とその五人の御子のお姿です。──かつて、この大陸が暗闇に閉ざされた荒地だった時、天から舞い降りた女神ルーメリア様によって光が齎されました。そして、女神から生まれた五人の御子たちによって、大地が整えられたとされています」


 アリアベルは壁に沿って進み、壁画ごとに足を止めながら六枚の絵を指し、創世神話について語り始めた。


──


 遥か昔。大陸は闇に閉ざされ、ただ静かな荒地だけが広がっていた。その大地に、天の彼方から雲間を割り、一人の女神が降り立った。


 その名をルーメリア。光と共に現れ大地を照らした女神ルーメリアは、五つの命を身籠っていた。やがて女神は五人の子を産み落とす。子らは母の手を離れ、その神聖なる力を以て大地に恵を齎した。


 長子である森羅の賢者は森を育てた。草花は芽吹き、木々が根を張り、大地は緑で包まれた。


 次子である生命の賢者は大地に命を生み出した。空を舞う鳥、大地を駆ける獣、水中を泳ぐ魚。やがて命は世界を巡り始めた。


 三子である知恵の賢者は大地に自然の源を与えた。やがてそれは魔法となり、知恵の源となった。


 四子である天穹の賢者は空を描いた。雨と風、雲と雪。四季は巡り、世界に時の流れが生み出された。


 末子である泉命の賢者は森の奥に永遠の泉を掘った。泉から湧く水は尽きることなく湧き出で、生命もまた死して巡るようになった。


 五人の子らが大地を整えると、女神ルーメリアは獣の中からヒトを選び、言葉を授けた。やがて文明が栄えると、神々は雲間を割って天へと姿を消した。


 しかし神々の恩恵は悠久の時を越え、今日の自然の中に残されている。


──


「──とても神秘的なお話ですわね」


 語りが止まると、目を輝かせて聞いていたカレンが感嘆の声を漏らした。そんな彼女の様子にアリアベルは僅かに微笑みを零す。


 回廊をゆっくりと直進しきると、突き当たり部分の中央には神話の神々の像が静かに並べられていた。そのひとつひとつ精巧に彫られた石像を見上げていると、庭の方から鳥の囀りが届く。そこはまさに街の賑わいから閉ざされた、静寂と清澄の禁域だった。


「私たちヒトは、神から”言葉”という知恵を授かった唯一の生命。いかなる文明を築こうと、神々が創り上げた豊かな大地を汚すことなどあってはなりません。澱みなき大地の上、澱みなき心で生きること。それこそが私たち人間の使命であり、神々の恩恵を受ける器たるべき姿である──これが、ルーメリア教の教えなのです」


 アリアベルはそう言うと、手にしていた金の装飾品を持ち上げた。鎖の先に旗の紋様と同じ、歯車のような形をした飾りが付けられたものだ。


「これは、ルーメリア教の者が持つ”プレカリオ”という物です。女神ルーメリアが天から舞い降りた時、大地に降った光の粒を象ったものとされています」

「光の粒……雪の結晶のようにも見えたのですが、確かにこうして見ると、小さな光の結晶のようですわ」


 日差しを受けたプレカリオの煌めきが、カレンの瞳にちらちらと反射する。子供のような好奇心を見せる彼女に、アリアベルは微笑んだ。


「……可愛らしいお方ですね」


 そんな言葉を呟いたアリアベルの瞳はわずかに伏せられ、慈愛の色を含んでいた。カレンの背後に控えていたヴァルターが口元に拳を当てて小さく咳払いをする。カレンは弾むように肩を竦ませ、苦笑した。


「すみません、初めて見聞きするものばかりで……少しはしゃいでしまいましたわ」

「異国からいらしたのでしょう? 謝ることなどございません。貴女のような素直なお方は、ルーメリア様もきっとお好きなはず」


 アリアベルはプレカリオを下げると、中庭の空を指差した。


「──ルーメリア教の聖地は、遠い北の地にございます。そこは、女神ルーメリア様が降り立った地……彼の地で修行をすれば、神の器とされるルーメリア様の代弁者が目醒めるとされています。彼の地にはその神の器──聖地である聖アルビオン並びに、ルーメリア教全ての支柱である”ルーメル”様がいらっしゃいます」


 微風になびいた花の香りが舞う。甘いだけではない、心の波を撫でるような爽やかな香りだ。アリアベルが手を下ろすと、それは魔法のようにその場に留まった。


「ルーメル様は、純真無垢、清廉、慈愛の象徴たる御方と云われております。私はお会いしたことがございませんが、きっと、貴女のような御方なのではないかと思いました。貴女の瞳を見ているとなんだかそんな気がして……不思議な感覚ですが」

「そ、そんな……わたくしはそのような御方と並べられるような人間では……」


 慌てふためくカレンに、アリアベルは今度こそくすりと笑った。その目がちらりとカレンの背後を一瞥する。そこには腕を組んで深く頷くヴァルターの姿があり、アリアベルは楽しそうに目を細めた。


「──さて、簡単なご案内は以上となります。ご希望でしたら教典やプレカリオをお渡しすることも出来ます。心ばかりの寄付を頂くことにはなりますが……」


 わずかに和らいだ空気の中、案内を切り上げようとするアリアベルに、ヴァルターが再び小さく咳払いをした。すっかりルーメリア教に興味心を奪われていたカレンはハッとして周囲を見回し、誰も居ないのを確認すると唐突にアリアベルの両手を取った。


「あ、あの──?」

「アリアベル様! わたくし……ルーメリア教への興味が尽きないのも本当なのですが──ですが、それ以上に忘れてはならない用件がございました。……実は、貴女にお渡ししたいものがあるのです」


 人目のつかない場所があるかとカレンが尋ねると、アリアベルは戸惑いながらも中庭の一角へ二人を案内した。薬草と植木に挟まれたその場所は、確かに天だけが覗ける場所だった。


 カレンが懐から、レオの預かり物を取り出す。細い鎖に繋がれた、銀と真鍮のタリスマン──アリアベルの持つプレカリオよりも小ぶりな装飾品だ。さらに戸惑うかと思われたアリアベルはしかし、そのタリスマンを目にすると表情を固くした。


「アッシュ様というお方からお預かりしたものなのです。もし教会で貴女にお会いできたら、渡してほしいと」


 アリアベルの手を取り、その掌の上にカレンは丁寧にタリスマンを乗せる。握らせようとアリアベルの手を包もうとすると、今度はアリアベルがカレンの手を取ってそれを止めた。


「…………アッシュ様から、というのは……本当ですか?」

「ええ、確かにそうおっしゃっていましたわ」


 声は一段落とされ、震えているようにも聞こえた。カレンは意外な反応に驚き目を瞠るも、もう一度掌の上の物を握らせようとする。しかし二度目も拒まれた。


 アリアベルはタリスマンに落としていた視線を持ち上げた。無機質ながらも楽しげな色を見せていた瞳は力なくカレンを見返し、首を横に振る。そしてカレンがしたのと同じようにタリスマンをカレンの手の中に戻し、自らの両手で閉じ込めた。


「──……アッシュ様からのお預かり物でしたら、……お受け取とりすることは出来ません」

「えっ……?」

「どうか、そうお伝えし……こちらは彼にお返しください」

「でも──!」


 カレンが食い下がろうとする。しかし返されたタリスマンを包む両手を両手で強く握り込まれ、言葉に詰まる。アリアベルの眉間は僅かに寄せられていた。頑なな様子に閉口を余儀なくされる。


「アッシュ様の物を、私は受け取るつもりはありません。──決して」


 静かな宣言。押し通してまで彼女にタリスマンを押し付けるべきか、カレンは迷う。しかしアリアベルから滲み出る苦悩にも似た眼差しがそれを諦めさせた。背後に控えるヴァルターも、アリアベルを説得しようとしない。つまりはそれだけ、彼女の意志は固かった。


 結局、カレンたちはタリスマンを持ち帰るほか無かった。教会での別れ際、アリアベルは祈るようにカレンたちの退出を見送っていた。


 そして教会を出た二人は、姿の見えないタケルとロイを待ちながら、途方に暮れていたというわけだった。


 

全話AI補助利用作品です。

利用範囲:イメージイラスト作成・名称のアイデア出し

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