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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第六章 災厄を呼ぶもの

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6-9 異端の茶会



 木組みの宵灯亭を後にしたタケルたちは、立体木造区画を抜けてさらにロワーサイドの奥へと進んだ。初めて訪れた時よりも早い時間帯であるはずなのに、それでも奥まった場所は陰鬱な空気が流れ、鍛冶場の喧騒を遠くに感じる。欠けた石煉瓦の積まれた、背の高い建築の間を縫うような細い路地。人気の無い場所でも見られているような緊張感が拭えないが、それでも以前ほど体が萎縮しないでいられるのは、リムや、アンスールからここまでの旅路のおかげだろうか。タケルは、あの時観察出来ずにいた周囲の状況を見渡しながら、先導するハロディに続いて足を動かす。


 すると、突然背後から短い悲鳴が聞こえた。振り向けば、驚いた様子のカレンが見知らぬ誰かを見上げている。どうやら脇に伸びている路地から誰かが現れたようで、その人物は闇に紛れるような長いコートの裾を翻し、訝しげな表情でカレンを見下ろしていた。


「おい、貴様──」


 出会い頭にぶつかったのか、背後に控えていたヴァルターがカレンを背に庇い、その人物に食ってかかろうとする。だがそれは、突然彼の首筋に突きつけられたナイフによって遮られた。


「……何だ、お前は?」


 掻き上げた金髪の下で、真紅の瞳が鋭く細められる。その人物は、刀を抜こうとする後列のアルトをひと睨みで制すると、さっと視線を巡らせた。


「──ハロディのところの連中か」

「ごめん、うちのお客なんだ。だからあんまり、脅かさないでくれ」

「……フン。客をこの場所に入れるのは構わねぇが、ちゃんと教育しておくんだな」


 先頭のハロディが慌てて弁明すると、構えていたナイフを慣れた手つきで懐に戻し、その人物はそう言い残して踵を返し、タケルたちとは反対方向に消えていく。ハロディが溜息を吐くと、ナイフを突きつけられたままの態勢で固まっていたヴァルターが思い出したように動き出し、何度か咳払いをした。


「だ、大丈夫ですか、ヴァルター?」

「え、ええ。──それよりカレン様、お怪我はありませんか?」

「ええ。少し肩が当たっただけですわ」


 カレンが心配そうにヴァルターの顔を覗き込む横で、タケルはその人物が消えた路地の先を眺めながらハロディに問いかけた。


「あの人、知り合いか?」

「知り合いっていうか……あれがラ・カーヴァのアンダーボスだよ。ライオネル・グレイヴ。通称レオ」

「えっ……と、あんだーぼすってのは、さっき言ってた……つまり偉い奴ってことだよな?」


 複雑な表情で振り返ったタケルにハロディは眉を持ち上げると、小さく笑った。


「ボスが一番偉くて、アンダーボスはその下だね。彼はラ・カーヴァのボス、ロドベルク・グレイヴの一人息子で、ロワーサイドの治安担当って感じかな。──確か、君とそう歳は変わらなかったはず」


 ハロディは悪戯っぽい笑みを浮かべ、胸を押さえて息を吐いていたヴァルターに視線を送る。するとヴァルターは眉間に皺を寄せ、再び咳払いをした。


「……成程。あの男が先程の酒場のオーナーでもあるわけか」

「そうそう。開店前だし、様子見に行ったんじゃないかな? ──さっき彼が出てきた路地の先にファミリーの拠点があるんだ。君らが単独で出歩くことは無いと思うけど、あっちにはあんまり近づかない方がいいよ」


 宵闇のコートを纏った人物、ライオネルが出てきた路地の先を指差してハロディが忠告する。だが、同じような路地の景色ばかりが続くこのロワーサイドの中で、こんなにもひっそりと他と混じり合った路地を記憶に留めておくのは難しい。


「こんな場所、俺たちだけで出歩くわけがないだろう。……大体、今あの風変わりな研究者を訪ねに行くのも、お前だけで行けばいいことだっただろう?」

「まあまあ。ついでだって言ったじゃん?」


 そう吐き捨てるヴァルターに心の中で賛同しながら、タケルは件の路地を覗き込む。ランタン一つ灯されていない暗い路地は先が見えず、まるで深淵が手招いているようだった。


「さ、とにかくさっさとルナの用事を済ませよう。そしたら情報収集して、この先のことを決めないと」


 小気味よく両手を打ち合わせ、ハロディが強引に空気を切り替える。タケルは尚も暗い路地に視線を残しながら、小さく頷く。カレンは、気難しい表情を浮かべるヴァルターを微笑みで励ましつつ先を促す。殿のガウリーからは、苛立ちを含んだ盛大な溜息の音が届いた。





 ロワーサイドの最奥は、相変わらず日陰に蟠った闇の帳だった。点滅するルビライトが入ったランタンがちらちらと灯るだけで、日中でも夜のような静けさに満ちている。


 そんな一角にある、石壁に埋められた堅牢な鉄扉。相変わらず湿り気を帯びて、妖しさが漂う佇まいである。


「ルナ、いるんだろ?」


 拳で扉を叩きながら、ハロディが中に呼びかける。すると中からけたたましい音が漏れ、扉を叩く手が止まる。タケルたちは肩を跳ねさせながらも互いに顔を見合わせた。


 何かの気配を感じ、ハロディが扉前から後ずさる。即座に鉄扉が勢いよく開かれ、彼は間一髪で衝突を免れた。


「おお、ハロディではないか! いつ戻るのかと心待ちにしておったんじゃぞ!」


 飛び出すように現れた、痩せこけた長身。腰まで伸びた白髪に、蒼白とも言える肌。何より彼を象徴する、ぎょろりとした目の下に刻まれた派手な隈と、うなだれるようなひどい猫背──ロワーサイドのファントム、ルーメン・ナーダは、眼球と混じってしまいそうな白い瞳を爛々と輝かせ、一行を出迎えた。


「……あのねぇルナ、僕らヴェルダ族に会いに行くって話、してたよね? そしたら本来そうそうここに戻らないってことは、分かりそうなもんだけど?」

「そんなものは知らん! ワシはワシの時間の中で生きとるんじゃ」

「またそんな勝手な……」


 勝手な物言いに呆れ果て、ハロディが疲れ切ったように肩を落とす。流石のカレンも彼の勢いには押され気味なのか、微笑みを湛えたまま口を噤んでいる。その隣では、ヴァルターが眉を顰めていた。


 タケルはというと、すっかり慣れたとも言える下層の暗がりの中で、唯一白く浮かび上がるようなルナに身を固くしていた。幽霊画から飛び出してきたような彼に慣れるには、まだ時間が要りそうだった。


「まあいいや。──で、僕に用事があったみたいだけど、一体何なんだい? 長くなりそうなら、中に入れてもらえるかな?」


 溜息混じりにハロディが尋ねると、ルナは元々上がっていた口角をさらに吊り上げた。そしてあの、引きつったような笑いを喉から響かせる。


「そうじゃそうじゃ。──では、中へ招待するとしようかの。茶でも振る舞ってやろう。ヒヒヒ」


 「はいはい」とおざなりに返事をして、ハロディがさっさと扉の中へと入っていく。それを見送ったルナが、促すような視線をタケルに向ける。タケルは背筋がぞわりとひりつくのを感じながら軽く頭を下げ、そそくさとハロディに続く。会釈したカレン、ヴァルターもルナには押され気味なようで、黙ってタケルに続いていく。アルトとガウリーまで入り切ると、ルナは自らも中に入り込んで後ろ手に扉を閉める。その硬質な音が部屋へと続く階段や廊下に響き渡り、思わずタケルは背後を振り返る。


「何じゃ、詰まっとるぞ。はよう入らんか」


 三日月のような口元が開かれ、タケルを急かす。タケルは震えるように肩を竦め、足早に部屋へと足を滑り込ませた。





 古めかしい木製の円卓に寄せ集められた、不揃いの椅子たち。タケルやカレン、ヴァルター、ハロディはそれらに腰掛け、アルトとガウリーはそれぞれ部屋の壁を背にして佇む。見慣れぬ機器や道具が並ぶ棚やカウンターが部屋の周囲に並べられた室内は、冷たい石煉瓦が剥き出しなのにも関わらずじんわりと暖かい。その一角に立ち上る水蒸気と、嗅ぎ慣れない香り──タケルとカレン、ヴァルターは、カウンターの片隅で背を丸めたまま作業するルナの動作を見つめていた。


「茶葉をベースに、こっちの粉末を少々……ゆっくりと馴染ませるようにかき混ぜて……ヒッヒッヒ」


 聞こえてくる怪しげな呟き。水が沸騰する音はヴァルターが茶を煎れる時と同じはずなのに、タケルはつい固唾を飲み込む。やがて円卓に並べられたのは、ティーカップ大の硝子器具だった。タケルたちは目の前に出された空の硝子器具をまじまじと見つめる。


「さて、待たせたのう」


 球状の硝子器具の先に付いた細い筒を摘みながら、ルナはその中身を順に注いでいく。それは、慣れ親しんだ故郷の緑茶とも、ヴァルターが淹れてくれる琥珀色や飴色の液体とも違った色味をしていた。どす黒く濁った液体から発生する湯気は、葉を煎じたような香りと刺激臭を伴っている。絶妙に渇望を唆られない。


「ワシ特製の調合茶じゃ! 飲めばたちどころに疲労が吹っ飛ぶぞい! 何なら、怪我も忘れて歩き出せるほどの効果をも発揮する……はずじゃぞ」


 奇妙な香りが部屋を満たしていく。硝子器具を見つめたまま動かないタケルやカレンたちの背後では、アルトとガウリーがルナの申し出をすげなく断っていた。


「け、怪我をも忘れる……?」

「そ、それは……本当であれば、とても素晴らしいお薬ですわね」

「する”はず”って、言ってるけど……」


 あまりの誇大表現に頬をひくつかせるヴァルターの横で、カレンがわずかに引きつった笑顔を見せる。だが反応は正直で、流石に疑いを隠せないうえに「薬」と言ってしまっている。その隣では、タケルがルナの言葉尻を取って眉根を寄せた。


「──ルナ、僕は気持ちだけ貰っとくよ」


 極め付けに放たれたハロディの言葉。ルナは一つも手を付けられないそれぞれの容器を流し見て、肩を揺らして笑った。


「何じゃ何じゃ、揃いも揃って情けない! のう、そうは思わんか小僧?」


 腰を曲げ、ルナは覗き込むようにしてタケルを標的に定めた。タケルは思わず身を引き、円卓に座る面々に視線を泳がせる。だがルナは逃すまいとさらにタケルに詰め寄った。


「え、えっと……」

「長旅で疲れておるじゃろう? それにお前さんは確か、アカツキとかいう異国の人間ではなかったか? 口に合うか見てみたいもんじゃのう。ほれ、未知の味に挑戦するのも大人の第一歩じゃぞ。ほれほれ、飲んでみよ」


 椅子の上で目一杯身を引きながら口角を下げ、ルナの圧をどうにかして逃がそうと試みるタケル。助けを求めるようにハロディに目配せするが、あっけなく視線を逸らされる。タケルは歯を食い縛り、とうとう根負けした。


「わ、分かったよ! 飲むよ!」


 熱の伝わり切った硝子器具の淵のあたりを掴み、目の前まで持ち上げて肩を大きく揺らし、深呼吸をする。何度か息を吸って吐いた後、タケルは勢いよく中身を煽った。


「タ、タケル様……?」


 飲み干したタケルは、容器を置いたきり俯いて動きを止めた。そんな彼の肩に手を添え、カレンが気遣わしげに顔を覗き込もうとする。だがカレンの顔が近づく前に、タケルは勢いよく顔を上げた。驚いて身を引いたカレンをヴァルターが支える。ハロディも目を丸くしてタケルを見つめ、ルナは期待に満ちた表情で口角をさらに持ち上げた。


「た、確かになんか……今すぐ走り出したい気分だ……すっげぇ、不味かったけど……」


 そう呟いたタケルの目は見開いているようにも見えた。それに加え、有り余る活力を抑え込むように肩で息をしている。


「お、おい、大丈夫なのか──?」

「ヒッヒッヒ! どうやら効果は抜群のようじゃのう!」


 恐る恐るタケルの様子を窺うヴァルターの声を遮り、ルナが歓喜の声を上げる。その反応がどうにも研究者じみていて、ハロディは呆れたように溜息を吐いた。


 タケルが徐に立ち上がり、踵を返そうとする。部屋の壁に佇むアルトとガウリーですらその様子に目を丸くして身構えたが、ハロディの制止の声がタケルの動きを止めさせた。


「待った! もう、話聞く前から脱線してるよ。──ルナ、水でいいから口直しに出してやって」

「何じゃと、失礼な」


 タケルが着席し、ルナは不満気に鼻を鳴らしながらも、空になった硝子器具に今度は水を注いで差し出した。タケルはそれも一気に煽ると、息を吐いて深呼吸を続けた。


「じゃ、そろそろ用件言ってもらっていい?」


 頬杖をつき、指先でどす黒い液体の入った容器を端に寄せながら、ハロディがルナに本題に促す。ひとまず満足したのか、ルナは笑いと共に今度は素直に了承した。





「巷では”モル”とかいう異形が頻繁に現れとるようじゃのう? 野生動物が変貌したのか、新たに生み出されたのかは知らんが……人体にも影響が出とると聞いておる。お前なら詳しい話を聞けると思ったんじゃ。──というか、ヴェルダ族を訪ねたんじゃったか? 会えたんか?」


 落ち着きを取り戻した室内で、ようやくルナが用件を告げた。円卓には得体の知れない液体の代わりに水が並べられている。カレンやヴァルターはそれすらも疑いの目で覗き込んでいたが、タケルやハロディが躊躇なく口にする姿を見てからは控えめに啜っていた。


「──会える兆しすらまだ見えてないよ。アンスールまでは行ったけど、そこで、頼みの綱だと思ってたファーブラー自治区が機能してないって話を聞いてさ。あちこちで異変が起きてるし、そういうのを拾いながら元ファーブラー自治区の人間を探しつつ、視野を広げてみることにしたんだ。異変を追ってたら、タケル君を故郷に帰す方法とか、ヴェルダ族との交渉材料が手に入るかも知れないしね」

「ああ、転移魔法がどうとかという話じゃったな。……何じゃ、示唆は得られなんだか。お前が戻ったのなら根掘り葉掘り情報を聞き出して、ワシの手伝いをさせようと思っておったんじゃがのう」

「……勘弁してよ」


 ルナの話では、異変に際して仕事が舞い込んでいるという話だった。こんなロワーサイドの奥地に、誰が何の仕事を持ち込むのか想像もつかないが、ひとつ想像出来ることといえば魔法関連のことだろう。魔法は今、異変に対する戦力などの対処法として広く求められている。魔法の研究をしているという彼にも、何かしらの要請があるのだろう。


 聞けば、仕事の手伝いというのはほとんどが素材収集だった。買い付けでも採集でも構わないので、指定する鉱石や魔石、薬草関連の素材を手に入れること。買い付けた場合はその代金はもちろんのことだが、手に入れた量に見合った報酬として、買取額に色をつけるという。ヴァルターなどは金の出所を怪しんだが、ハロディは当たり前のようにその話を聞き入れていた。


「……ありがたい話ではあるんだけど、それを主目的にするのはちょっと難しいんだよね。僕ら、アルマ周辺で一通り情報集めしたらすぐ出るつもりだったし。情報の質によっては各地を回らないといけないだろうし、イルダリアも視野に入れてるし……」

「何じゃと? いつ終わるんじゃ」

「見込みは立たないよ。──それに僕ら、この子と契約してることがあるんだよね」


 ハロディはそう言ってカレンに視線を流した。カレンは背筋を伸ばし、ルナに向けて会釈する。疑問符の浮かぶ表情で二人を交互に見遣るルナに対し、ハロディはつらつらと事情を話し始めた。


 タケルを故郷に戻す方法を一緒に探って各地を回っていること、方法が見つかるか否かに関わらず、船の修理が終われば船員としてベンダバール号に乗船すること。期間については曖昧だが、しばらくは海に出てみるつもりだということ。最後については彼個人の気まぐれのような発言で、そんな彼にアルトやガウリーが最後まで付き合うかどうかは不安の残るところではあるが、ひとまずハロディのギルドとしての方針はそういうことになっている。


 一通りの話を聞き終えると、ルナは腕を組み、指先を小刻みに動かしながら小さく唸った。やがて目を閉じて思考に浸る彼に、タケルやカレンたちは目を見合わせる。しかし、沈黙は長くは続かなかった。ルナが開眼するとともに大きく口角を持ち上げたのだ。


「仕方が無いのう! お前さんらが次にアルマを出る時で構わん、ワシも連れてゆけ!」


 嬉々として宣言された言葉に、時が止まったような沈黙が降りる。だが再び訪れたそれも、刹那のものとなった。


「「「「…………え⁈」」」」


 円卓の面々の声が異口同音に重なる。彼らの輪から少し外れたアルトとガウリーも、それぞれ静かに目を見開いた。


「ワシは異変に乗じて新たな研究をしたかったんじゃ! じゃがこの際、手が空かんというのなら、ワシが直接新発見に出向くのも悪くはない。お前さんらについていけば、身の安全は確保されるじゃろうからのう」

「いやいや、さっき言ったよね? 素材集めを主目的には出来ないんだよ?」

「ここで燻っておるよりはマシってもんじゃろう! 道中、珍品を直接吟味するのもまた一興じゃ!……それに、お前さんらがイルダリアを目指すのなら訪ねてみるのもいい。未知の魔法が潜む地──どんな素材が手に入るやら」


 未知なるものを思い浮かべているのか、肩を揺らして不気味に笑うルナ。ハロディの忠告もろくに耳に入っていないようだ。そんな彼を、その場にいる全員が呆然と眺めていた。



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