第十三話 魔介華
投稿が遅くなり申し訳ございません。
二章十三話となります。
「さて……残念ながら諸君は、肝心の探知魔法を習得できていない。当然、明日も補習をしてもらうことになるが、その補習だけで君たちの基礎魔法力が飛躍的に向上するわけもない」
黒羽は補習の終わり際に、三人の生徒を呼び止めてそう言い放った。
一人は赤い髪と緑色の瞳を持つ少年、波止場海燕。水属性の魔力を両腕から放出し操ることには成功したものの、物体を感知するほどに広げるには至っていない。
一人は金色の髪と澄んだ青色の瞳を持つ少女、平等院華燐。火属性の探知魔法において優秀な成績を修めた彼女だが、あろうことかそれ以外の属性の魔力への変換が大の苦手で、かなり時間をかけなければ成功しないのだった。
その二人に挟まれるかたちで縮こまっている黒髪で濃い茶色の瞳をもった少年が、風祭辰之助。平民出身の退魔師である彼は海燕や華燐と比較すると華奢に見える。今朝遅刻という失態を犯した彼は、風属性の魔力の制御に失敗し、黒羽からのこるように言い渡されてしまった。
「なので。諸君に合った特別課題を与える。課題と言ったが、これは上司としての命令だと思え。どれだけ手間がかかろうと、面倒で困難だろうとやらなければならない仕事というものはあるのだ」
「……と、黒羽先生はおっしゃっていますが。そう難しい課題ではありませんよ。丁寧にやれば、あなた方なら必ず出来ます」
副担任の柔らかいとりなしを受けて、三人の生徒にあった緊張した空気が一瞬緩む。
黒羽はその緩んだ雰囲気を嫌いつつ、しかし己よりも教師歴の長い副担任の言葉を無下にするわけにもいかず、小さく咳をする。
再び、三人は直立不動の体勢でじっと黒羽の言葉を待つ。
「諸君はそれぞれ、魔力変換、魔力の制御、魔力の放出に難がある。正直に言えばこの学年で最も下手だと言えるだろう」
「そ、そこまでですの……」
(こればっかりは否定できねえ……)
瑠璃や文次郎を知っている海燕はぐうの音も出ずに押し黙る。一方、辰之助だけは動揺したようすもなく、その言葉を黙って受け止めている。
黒羽は脅しの意味も含めて三人、特に辰之助を見る。
「そう言われたくなければ、手を抜かぬことだ。己自身の成長のためだと思って本気で本気でやれ」
本当に魔力操作技術が未熟な海燕や華燐と比べると、辰之助という生徒の能力はそこまで悪くはない。しかし、辰之助は可能な限り手を抜こうとする傾向があった。わざわざ呼び止めて課題を与えるのは、その紐のように緩んだ考えに対する懲罰だ。
若くまだまだ伸びしろのあるうちから大人の真似事をして手抜きを覚えるのは、当然ながら辰之助の成長を阻害する。その手抜きはやがて怠慢となり、やがて本人の命を奪う毒となるだろう。
それに加えて、どうも辰之助という生徒には協調性が欠けているように思えた。寮生活で初日から遅刻し、平民出身者でありながら、平民出身者が多い破寮においてすら孤立しかねない振る舞いをするというのはまずい。同じ組の誰かしらと縁を作らせて孤立しないようにさせようという、担任としての黒羽の慈悲のあらわれであった。
(これを切っ掛けに友人の一人でも作って、明日からは気持ちを入れ替えろ)
黒羽は退魔師としての己と、教師としての職務を使い分けることができる男である。そんな彼だが、今回に限って言えば教師としての親切心から三名に補習を言い渡したのである。
(こうなったらやるしかありませんわ……
威寮にも炉寮にも落ちた私を受け入れてくれたのが破寮の先生たちなのですから……!
ここで確実に結果を出して、私を取ったことが間違いではなかったと汚名返上するのですわ……!)
魔力変換が大の苦手な華燐は、前向きな決意で黒羽の言葉を待っていた。
「諸君には、ある植物の種子を育ててもらう」
そう言うと、黒羽は懐から花の種子を取り出した。海燕は黒羽から受け取った三粒の種を興味深そうに眺め、手でつまんでみる。梅の種よりも小さく、少し赤みを帯びた種は意外なほど硬い殻に守られている。
「……?」
「……これは……花の種ですの?小さくてかわいらしいですわ」
「見たこと無い種っすね?なんて花の種ですか?」
「この山の頂にしか咲かぬ魔介華という花の種だ。これは、魔力を吸い取って成長する性質を持っている」
(そう聞くと神木みてぇだな)
海燕は学園までの間に生えている、神の名を持つ大木を思い浮かべた。神木の実の中にあった種は、今貰った種よりもずっと大きかったが。
人間が食物の中に含まれる栄養分から魔力を生成するように、植物も基本的には土中の養分を吸収し、そこから魔力を生成すると言われている。神木のように、直接魔力そのものを吸い上げてしまう植物というのは希少だった。
「この鉢植えに、自らの魔力で作り上げた土を入れ、魔力で作り上げた風と熱と水で発芽を促し、魔力で生成した魔力入りの水を込めた水を表面が湿る程度に朝晩に与えろ。そうすれば一晩で発芽する。
……正しく魔力を注ぎ込むことが出来れば、な。
発芽したら、その日に私のところに持ってこい」
「あのー、普通の土や水を与えるんじゃ駄目なんですか?」
「おい寝坊助ぇ、普通の土と水を使うって流れじゃねーだろ」
「……あ」
思わずそう口に出した後で、辰之助は己の迂闊さに気が付いた。
自分たちは魔力の訓練のために、魔力を吸収する花の種を渡されたのだ。普通に育ててどうする。
「風祭君がそうしたいのならばそうするがいい。もっとも、私は君自身の魔力で咲いた魔介華を見たいものだが。
……それから波止場くん、寝坊助とは一体なんだ?この状況と何の関係がある」
「す、すみません……」
(……あー…またやっちゃったよ僕……平穏な学校生活が遠のいてくよ……)
気落ちて肩を落とす辰之助。
「はい、何でもありません先生!」
一方の海燕は反省の色が見えない。どうやら、教師から指導を受けた回数が多いのか、よくも悪くも慣れているようだった。
「面白い冗談でしたわよ、辰之助さん」
失敗など気にするなと華燐は辰之助を励ますつもりで微笑みかけるが、気落ちしている辰之助はそれに言葉を返すどころではなかった。
「もし開花させられなかったらどうしたらよいですか?」
「じ、じゃあ。どれくらいの量の魔力を与えればいいんですか?闇雲に大量の魔力を与えすぎるのも良くないんですよね?適量を教えていただけますでしょうか」
気を取り直した辰之助の問いに、黒羽は満足そうに返答した。
「やっと良い質問がきたな。この種子を発芽させるには生育の過程である条件を満たさなければならない。その条件は量というよりも、どちらかといえば質の問題だと言っておこう。これ以上は己の頭で考えるといい」
(魔力の量より質……?)
華燐は当たり前のようでいて抽象的な言葉に首をひねる。退魔師のなかでも裕福な家に育った彼女は、活動的ではあったものの、家庭菜園などの趣味はない。
こういった仕事は庭師に依頼してするもので、退魔師がすることではない、と言われてきた。そのため、植物の生育と魔力の質についての知識もなく、ただ首をひねるばかりである。
「質より量というのは一体……?」
「わ、分かりました。もし、種を発芽させることが出来なかったら……?」
華燐に質問の機会は訪れなかった。辰之助は黒羽の言葉の意味を理解していたようで、華燐の質問は無視されて話は先に進む。
「一週間経っても種を発芽させられず、種を駄目にしてしまった時は私のところに来い。別の課題を与える。では解散だ」
そう言うと、黒羽と副担任は華燐の言葉にあえて気付かないふりをして去ってしまった。
「……で、どうすっかねぇこの種。今植えてみっか?」
海燕は掌の小さな種を眺め、次ににやりと笑って辰之助のほうを見る。
「え、っと……まだ食事までは時間があるけど……」
辰之助はおとおどと海燕や華燐を見て話す。
「ならば今すぐやってしまいましょう!魔力の質、と先生がおっしゃっていたのが気にはなりますが、種は三粒あるのです。善は急げ、あたって砕けろですわ!玉砕ですわ!」
「種が砕けたらまずくねえか!?」
「砕けなければ芽は出ませんわよ?」
今朝は海燕とは関わるまいと考えていた華燐だったが、海燕の態度に問題がなければ嫌う理由もない。
ぎゃあぎゃあと喧しく議論を始めた二人をよそに、辰之助はその場を後にしようと心に決めた。
(滅茶苦茶目立ってるよ二人とも……
僕はそういう性格じゃないし、平民出身だし。一人で頑張ろう)
平民出身者の辰之助にとって、退魔師出身とおぼしき華燐や海燕は目に毒だった。とりわけ華燐は並外れた美貌を持っているので、そんな彼女と行動を共にすれば周囲の男子から何を言われるかわかったものではない。辰之助は彼らと積極的にかかわり合いになりたいとは思えなかった。
黒羽は平民出身の退魔師だったが、学生時代は積極的に退魔師出身者と交流を持った。それは内乱によって先の見えない時代が平民と退魔師という壁を一部壊し、北の民という共通の敵をもって団結を促したことも一因ではある。そんな黒羽には、持たざる者が持つ卑屈さは想定の外だったのである。
だから、この日辰之助は一つの機会を逃した。正確に言うと、自らの意思でそれを選ばなかった。
「あ…いや、僕はいいよ。資料室に行って、魔介華についての正しい開花方法を書いた書物がないか探してみたいんだ」
「へー、いい判断じゃねぇか辰之助。頭いいなおめーは。じゃあまたな!」
「あ、うん。頑張ってね、波止場くん、平等院さん」
「華燐は資料室行かねーの?」
皮肉とも取れる『頭がいい』という賛辞を聞き流し、辰之助は資料室へと去っていった。その辰之助を見送った後で、海燕は何となく華燐に問う。
面と向かって話すのは朝以来だ。別にだからどうということもないが、海燕は真面目そうな少女が補習を受けていたことに驚いていた。
(人は見た目によらねぇもんだなぁ)
辰之助や華燐は恐らくは海燕と同じく、得意分野以外では不得手な部分が多い退魔師なのだ。ある意味彼女たちには海燕は親近感を持っていた。
「……正直に言うと、まずは魔法で植えてみたいですわね。幸い、種子は三粒ありますし」
華燐は、受け取った種を植えてみたくてたまらないようだった。海燕にも異論はない。
先輩たちや寮生たちに演習場をあけわたし、演習場の隅の木陰で鉢植えを取り出して、種植えの準備にとりかかる。
「とは言っても、私は土属性の魔法は苦手ですし、土いじりははじめてですの。何か気をつけるべき点はありますか?」
「わざわざ全部魔法で作れってあたり、育てるのが難しい種っつー可能性は高いな。水はけの良い底土に、保湿性の高い表面の土。あと土自体が団子みたく固まってなくて、根の伸びを妨げず、をちゃんと通す柔らけぇ土。そういう土にした上で、魔力を吸収しやすいように自分の魔力で作った土にしろって言ったのかもしれねぇ。
自分の作った土の方が、自分の作った魔力の通りが良くて種の発芽や生育に適してるかもしれねぇしな」
「後半はともかく前半は推測にしては理に適っていますわね。底は水はけがよく、表面は柔らかく、ですか……」
土壌改良のために、土に対して水属性や風属性、あるいは火属性や水属性の魔力を流し込むことはある。通常の野菜や果物が直接魔力そのものを吸収させることはなくても、それによって土の状態を整え、植物が栄養を吸収しやすくする効果はあるからだ。
今回わざわざ魔力を吸収する種子を渡されたということは、そうした基本を抑えた上で、魔力を効率よく種子に吸収させる必要があるのではないか、というのが海燕の考えである。
「後半も割と自信ある考え方なんだぜ?俺だって魔力吸収のときは自分の波長を相手とか周囲の環境に合わせるかんな。この種子も、まず俺らの魔力がを吸収し易いような環境を整えてやんのが大事だと思うぜ」
自分自身が吸収魔法の使い手であるからこその視点だったが、華燐はその言葉を冗談だと受け取った。
「魔力を吸収しやすいように環境を調整?面白い冗談ですわね。この種のような特殊な植物ならともかく、人間がおいそれと魔力を取り込めばすぐ魔力酔いになりますわよ」
魔力を特定の対象に直接与えることは、相手の体に負荷をかけてしまうことから推奨されないのである。
海燕も冗談だという華燐を一々否定はしなかった。今はそれよりも課題をやってみたいのだ。
「では早速やってみますわ」
「おぉ。そんじゃどっちが先に出来っか競走だな」
「!?お待ちになって!!早いですわ!焦り過ぎですわ!!」
「待たねーよ?」
海燕は即座に土属性の魔力を練り上げ、自分自身の植木鉢に目当ての土を注ぐ。魔力放出の訓練をしたおかげか、土を実体化させることにもさほど苦労はしなかった。
(やっぱ体の調子が良くなってるぜ……!)
土属性魔法で土を生成する場合、砂利のように多少の粒がある土と、植物の生育に適した粘性のある土を作る場合は当然波長を変える必要がある。実体のある土や岩、鉱物を作る場合は、その種類や硬度によって波長を細分化しなければならず、非常に丁寧で繊細な魔力の変換が求められる。意外と奥の深い技術なのである。
ものの数秒でそれを成し遂げた海燕に、華燐は内心で彼を甘く見ていたことを知る。こここに合格出来た退魔師が、ただの落ちこぼれ出ある筈もないのだ。
「どうやら……この学校に合格しただけの腕はあるようですわね!負けませんわよ!!」
ならば自分も、と華燐は気合を入れ直す。
「おう、頑張れよ!!」
海燕の波長の変換を意識し、華燐は目を閉じて土属性の魔力を練りはじめる。金色の髪が魔力によってふわりと浮かび上がる姿を笑顔で見守っていた海燕の表情は、少しずつ不安で曇りはじめる。
(…………?おい?土属性の魔力だよな?なんでおめぇ火属性の魔力のままなんだ?)
華燐の先天的な波長は、火属性の魔力に最も近かった。瑠璃の魔力波長よりも火に近い華燐の魔力は、いつまでも燃え上がるようにその色を変えない。
(このままだと鉢植えが燃え上がるんじゃねぇか?止めるか?……いや、作業中に余計な声をかけて集中力を削ぐのは厳禁だしな)
海燕は目に見える範囲で華燐の魔力の波長に変化がないことに気付き、不安になる。
じっと観察しているのも悪いか、と海燕が視線を外した瞬間、ごとり、という音と、熱風がその場に巻き起こった。
「はやっ!!すげぇな華燐!?おめーあの一瞬でよく…」
海燕は魔力放出の速度に驚愕し華燐を褒めたたえるが、鉢植えを見て口をつぐんだ。
鉢植えには、砂利とは言い難いほどに大きな石の塊が入り込んでいる、
「……華燐よぉ、その石ころじゃあ底につめる砂利にはなれねぇぞ。砂利を作りてぇなら、土の魔力を練った後、細かく分解しねえといけねえ」
失敗を上から指摘するのは気が引けたが、これでは使い物にならない。もう一度土属性の魔力を練って砂利を作るか、土属性の魔力を流し込んで分解するべきだと言おうとしたとき、すでに華燐は準備を終えていた。
「分かってますわ!こうするのです!!」
ふん!と華燐は裂帛の気合を込めて魔力を放出する!
今度は、海燕の目にも魔力の流れを追うことができた。
「!?」
(何だぁマジかこの女……!?)
海燕は自分の目が信じられず、大口を開けて華燐と、華燐が精製した石粒を見ていた。
華燐は、精製した石の塊に大量の魔力をぶつけ、石を破裂させたのである。結果だけを見れば海燕にもできることだ。
問題は、それを成し遂げた魔力の質である。
華燐はほぼ九割以上の火属性の魔力と、一割未満の土属性の魔力でそれを成し遂げたのである。
生成した岩石に対して、華燐から放出された土属性の魔力はほんのわずかにすぎない。わずかなほころびをつくり、膨大な量の火属性の魔力の塊が、砂利としては大粒の石は細かく砕き、植木鉢の底に敷くにはちょうどいい大きさの小石へと無理矢理変化させていた。
「いや……でもこいつぁ……」
(何て魔力量だ……)
「これでよし、ですわ!」
「……おぉ、まあそうだな……すげぇな華燐」
土属性の魔力だけではなく、強引に火属性の魔力を注ぎ込んだ代償か、華燐の生成した石は海燕の生成した石よりも不揃いでごつく、その多くは火山が火を吹いた後に畑に落ちているような針の出来損ないのような形状となっている。
(底に敷く分にはまぁ……これでいいか……?)
魔力量が多すぎるとか、そもそも必要な量以上に魔力を使いすぎているとか、そういう細かなことは海燕は考えないようにした。
ある意味でこれは、平等院華燐という退魔師が持っている才能だった。
あまりに豪快な魔力放出ではあったが、恐ろしいことに彼女が放出した岩石の量は海燕の放出した量よりも多い。華燐は、己の膨大な魔力を火属性から土属性に変換しきれず、火属性の魔力として実質的には無駄にしたにも関わらず、その無駄を補って余りあるほどに彼女の魔力量は多く、彼女の魔力放出能力は優れていたのだ。
それほど膨大な魔力を放出しても、華燐の体には負荷がかかっておらず、鉢植えを傷つけていないのは、華燐が魔力の制御に関しても高い能力を持っていることを示している。
黒羽がわざわざ三人を呼び止めたのも、性質の異なる長所を持つ三人の退魔師を交流させれば、互いの欠点を修正しつつ、互いの長所を取り入れてより強い退魔師になれるだろう、という期待を込めてのことである。
そして、華燐の膨大な魔力放出を察してか、木陰に人影が見えた。
「何ですか今のは!?すごい魔力放出でしたね!!」
興奮気味に華燐と海燕のもとに駆け寄ってきたのは、威寮へと入った海燕の師匠、唐草瑠璃だった。
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