第九話 歴史の重荷
お久しぶりです。
今回は少し長くなります。
「二限はこれまでとする。得意属性ではない探知魔法の重要性も、少しは復習出来ただろう。
諸君、次の授業に向けて急いで移動したまえ。
……それと。放課後の補習を忘れぬように気を付けたまえ。遅刻者には更に追加で補習を課す」
真鴨はそう言い捨てると、土属性魔法によって演習場を修復し始める。
「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」
破寮生たちは真鴨に礼をして、次の授業のために破寮一年の教室へと戻る。
(……水属性の魔法が使えねぇ……)
海燕の成績はお世辞にも優秀とは言えなかった。魔力放出の訓練を申し付けられた海燕は、今日の放課後を真鴨の補修に費やすことになる。
三限の歴史学教師、夜鹿砂由利による歴史の講義は、五百年前の朱狛戦争についてのものだった。夜鹿は長く艶のある黒髪を持つ眼鏡の女性教師で、新人教師らしい。そのためか、張り切った笑顔を浮かべていた。
(歴史ねぇ…
気が乗らねぇな……?)
海燕は歴史に興味がない。もっと言えば、戦争の歴史には興味がなかった。
過去に目を向ければ、”北の民との内戦”だの、”霞ヶ原の大血戦”だのと碌でもなく血なまぐさい人同士の争いが転がっているからだ。挙句の果てに、”地爆基”などという下手なもののけより人間に対して被害をもたらす魔法まで生み出された。そういう歴史よりも、もっと人の生活に役立つ魔法が開発された歴史だとか、治療魔法の歴史だとか、神属性魔法の歴史などを学びたいと思っている。
だが、講義をする砂由利の表情は真剣そのものだ。馬鹿の自覚がある海燕でも、この授業が、海燕個人の好き嫌いなどで放り出していいものではないことは分かる。
(……いや、折角教えてもらってんのにそんな姿勢で勉強してちゃいけねぇな。何が役に立つかなんてまだ分かんねぇんだ。退魔師としての一般常識くれぇは身につけねぇと)
そう思い、海燕は筆を持って授業に集中する。砂由利は学生の興味を引こうと、退魔師の歴史の中でも最も血生臭く、野蛮だった時代。朱狛戦争時代の話をしていた。
「現代から五百年前、最も勢力を持っていた退魔師は、西部に基盤を持ち、海路による貿易で多大な功績を挙げていた朱氏の退魔師と、東部に基盤を持ち、治療用の聖属性魔法によって民衆から支持を得ていた狛氏の退魔師です。
二つの退魔師の一族はやがて皇帝陛下の信任を得るための権力争いをはじめ、やがて覇権をかけて争うことになる。
これが、東西間で歴史上はじめて起きた大戦争。朱狛戦争よ
どちらが勝ったのか分かる人はいるかしら?」
砂由利の問いに八雲が即座に反応する。
「狛氏です」
「その通り。敗北した朱氏の由来は、返り血を浴びて赤く染まった衣を指して付けられた俗称とも、赤い衣をつけていたからついた俗称だったらしいけれど、最終的には自らの血で赤く染まったようね。とにかく、皇歴3年の朱狛戦争以来、朱氏は歴史から姿を消します」
そして、砂由利は乱雑な字で黒板に狛氏という字を書き殴る。
「当時皇帝陛下から重用されていた朱氏を蹴落とし、皇帝陛下から重用されたのが、狛氏族です。威寮や炉寮の生徒たちにとってのご先祖様ね。この後、大勢の東部出身の退魔師が皇区へと召し抱えられます。彼らは退魔師でありながら貴族に取り入って、多くの政治的な働きかけを強めることになるわ。
”領地の安堵”や”教育権の確立”がそう。
”領地の安堵”によって退魔師の管理する区域が明確になり、親や一族による管理体制に正当性が生まれた……いえ、生まれてしまった。これが退魔師内の階級制度の先駆けになっていくの」
「今でいう、将軍、一級、二級……って階級ですか?」
海燕の質問に、いいえ、と砂由利は首を横に振る。
「それまでは、そもそも退魔師の階級は二級までだった。二級以下の退魔師はすべて従者。位もない、功績もない、いわば存在しない存在だった。
姓を公式の場で使うことは許されない立場だったのよ」
意外な言葉に、生徒たちは黙って砂由利の説明を待つ。
「退魔師という枠組みは古くからあったわ。それこそ初代皇帝陛下が現れる前から。
けれど彼らの大半は、人の世の権力争いよりも、人の世の外で人外の異形と戦うことを誇りとしてきた。
普通の人よりも能力がある分、普通の人を傷つけてしまうからね。
それは無用な争いを生んでしまうこともある。争いが収まらず、差別や迫害が激化することもある。退魔師の本分である、『もののけの駆除』という使命にとっては無駄の極みね」
(……強い奴は浮くし喧嘩の種になっちまうってか。でも、退魔師だって退魔師同士で普通に喧嘩してんだろ)
海燕はちらりと八雲を見た。
退魔師が平民から見て脅威なのはそうだろうが、退魔師の中で強い奴は退魔師の中でも脅威とみなされ、排斥される。ならば弱くなればいいのかというと、弱い退魔師はもののけとの戦闘で命を落としてしまうのでそれも違う。
結局、今も昔も変わらないのだろうか、と海燕は一瞬考えかけるのだが。
(いや……今だから喧嘩程度で済んでんのか?)
退魔師が強いままで、あるいはより強くなったとしても、人の世の中から外れないような枠組みが今、海燕が生きている時代にはある。
それが必要だったからこそ、過去の退魔師たちは必死で戦ってきたのだろうか、と海燕は
「だから、最古の退魔師は自分たちの集落だけで生活してきたの。
けれど、時代が進むにつれて人の世が発展すると、自分たちの培った魔法を人の世に生かしたい、と考える退魔師が増えた。
彼らは開明的で、痛みを恐れず、前に進むことを選択したの。
彼らは徒党を組み、考えを退魔師同士でぶつけ合い、時の権力者に取り入りながら力をつけてきた。
そして、狛氏族と朱氏族という二つの退魔師が勢力を拡大し、その力が朝廷の保持する能力を超えたと判断され、認められた。
権威のお墨付きを得たことで、表の世界でようやく認められたのよ」
「そして”教育権の確立”によって退魔師たちに狛氏の手法を普及することになり、狛氏族はその影響力を確固たるものにしていく。これにはそれまで類を見ないほど多額の税金が投入され、この学園が設立されるように歴史が動いていくの。
これは退魔師の歴史にとって非常に重要なところだから、試験にも出すわ。覚えておきなさい。
さらに……」
細かく解説を続ける砂由利の言葉は止まらない。
(”領地の安堵”によって、皇帝陛下から官位を貰っていない退魔師も、やがて四級としてその地位を子孫に受け継ぐことになる……
はじめて法律によって退魔師の特権と、それに課せられた義務が明文化されたことで退魔師の間で後継者争いが一時過激になり、力を持ち過ぎた退魔師が内輪もめでその勢力を弱める……そしてそれを調停する役割が新たに生まれ、それによって……
なるほどねぇ。退魔、師とは関係ねぇお偉いさんも結構退魔師のことを考えてたんだな)
海燕は必死で内容を理解しようと頭を働かせる。くどいほどに基本を繰り返し教えていた真鴨と違い、砂由利は嵐のように黒板に字を書き殴り、消して、口頭でその経緯を説明していく。
生徒が質問する間は設けられなかった。
「退魔師として理解すべき部分は、この戦争でもののけが発生する妖気のたまり場が各地にできてしまった、ということ。大きな大戦のあとはいつも、もののけが生存領域を拡大し、人間はまともなすみかを放棄せざるをえなくなる」
「西部中心にある大きな湖や、鬼の生息地と言われる山脈地帯などがそうね。現代でも解消されていない危険地帯で、退魔師でも一級以上でなければ立ち入りが禁じられているわ。
……この中の誰かが一級となったとき、訪れる機会もあるでしょう。詳しくは、地学の先生の講義をよく聞いておくことね」
そこまで説明したとき、ごとんと大きな音がした。何事かと、海燕も含めた大勢の生徒の視線が音が下一点、砂由利の正面にある席に座る生徒へと注がれる。
「おい何やってんだ寝坊助ぇ!」
「海燕も声がでかいぞ……」
思わず海燕の突っ込みがさく裂する。音の犯人は辰之助だった。今朝寝坊で遅刻した男は、先ほどの実技授業で体力を使い果たしたのか、それとも、眠り易い体質だったのか。ともかく彼は、授業中であるにも関わらず堂々と机に突っ伏して寝息を立てていた。
「わ……私の授業って……そんなに……つまらなかったか……?」
新任教師である砂由利は衝撃を受けたように固まっていた。本来は怒るか授業をそのまま続けるかすべき場面なのだが、経験が浅い彼女は自分自身の能力に問題があると感じたらしい。
「そんなことないです!!」
黒髪の女子生徒たちがそう叫び、
「いえ……彼が特別眠り易いやつなだけですから……」
辰之助と同室の日笠喜由はそう言って砂由利先生を慰めた。彼の表情は青ざめていて、辰之助に対して引いているのがはた目から見てもわかった。ほとんどの破寮生も辰之助に対しては軽蔑や呆れが混じった視線を向けている。
「俺は戦争とか好きじゃねぇけど、先生の授業は面白れぇと思ったっす」
海燕は一言そう言った。
客観的に見て、授業の進行速度が速いか遅いかは議論の余地がある。戦争に興味がない海燕にとっては確かに”心躍らせる”ような内容ではないが、寝てしまうほどつまらないとも、聞く価値がない授業だとも思わなかった。
副担任によって辰之助がたたき起こされ、気を取り直した砂由利によってその後も授業は続けられた。だが、昼礼の鐘が鳴るまで、破寮生たちは何とも言えない微妙な雰囲気の中で授業を受けていた。
四限の終了を告げる鐘が鳴り響き、生徒たちは規律して礼をして砂由利と副担任が出ていくのを見送った。
ほとんどの生徒が厠か食堂に向かおうとする中で、何人かの生徒はすぐに食堂にはいかなかった。
その中の一人、端正な顔立ちを持つ黒髪の少年、日笠喜由は、同室の目立たない顔立ちでありながら悪目立ちしてしまった生徒、風祭辰之助を強い口調でなじっていた。
「あのさぁ。この短時間で二回もやらかすとか、一体どういう神経してるんだい?辰之助くん」
「はは……ごめんよ、日笠くん」
「ごめんって言うけど。僕に謝ってもらっても困るんだよねぇ。君のせいで授業の進行は遅れるし、破寮生への先生の心象も悪くなるんだよ?」
「ご、ごめん…」
まだ教室に残っていた生徒たちは、喜吉に対して肯定的な視線を向けつつ、辰之助を無視して教室を後にしていく。不真面目な生徒に対する印象がいいはずもないからだ。皆が教室を後にしていく中、海燕と八雲は残って成り行きを見守った。
喜由の言葉は正しく、悪いのは辰之助だ。だが、だんだんと喜由の口調は鋭さを増していた。
あまり長く続けさせても、辰之助にとって逆効果になり、喜由にとっても良くないと思った八雲が二人の間に割り込んで仲裁を試みる。
「落ち着けよ喜由。次ちゃんとすればいいんだ。辰之助だってそれは理解してるはずだ」
「落ち着いてる場合じゃないだろ、八雲くん。この短時間で二回も問題を起こすなんてさすがに非常識だ」
「辰之助くんが『寝坊助』、じゃあ同じ部屋の僕が困るんだよ。教師たちは僕を……いや、今年の破寮生の全員を評価してるんだ。辰之助くんの行動を見て、今年の破寮生は駄目だなんて噂が立ったら、僕たちの将来に傷がつくんだ。そこらへん、もっと自覚を持って行動してほしいね」
言い返すこともできず俯く辰之助を見かねて、八雲はさらに助け船を出そうとする。
「まぁまぁ。初日だし、辰之助も昨夜は緊張して眠れなかったんだろ。それにどんなときでも眠れるっていうのは退魔師としてはひとつの才能だぜ?」
「時と場を選んでほしいね。制御出来ない才能は欠陥って言うんだ。だいたい、僕は辰之助くんのいびきで昨日眠れなかったんだよ」
喜由は腕を組んでそう吐き捨てた。辰之助がびくりと縮こまる。
「……?」
海燕は困惑しながら辰之助を見た。よく見ると辰之助の顔に寝不足を示す隈はなく、喜由の顔にはうっすらと隈が見えた。
「それなのに今朝は幾ら突っついても起きやしない!挙句授業には遅れるし、授業でもまた寝てるんだぜ!退魔師を舐めてるよ、辰之助くんは」
どうやら、喜由の怒りは寝不足が原因のようだ。
(なるほどねぇ……)
慣れない寮生活で、見知らぬ人間と同じ部屋となれば互いに気を遣う。あるいは、気を遣わなさすぎることによって、揉め事が起きることもあるのだろう。
「いびきに関しちゃ気の毒だけどよ。どうしようもねえことを責めるのはよくねぇぞ。風属性の防音魔法があんだろ。それ使えよ」
「…!あるのかい、そんな便利な魔法が?」
「八雲が防音魔法を使ってんぞ。俺は使えねぇけど」
「頼む、どうか僕にそれを教えてくれ、八雲くん!」
防音魔法は、就寝するまでの一刻程度の間、自分自身の周囲に音を遮断する風の膜を形成する魔法である。周囲の物体や寝返りをうった肉体に影響がないように魔力を調節して音だけ防ぐというのは高度な魔力操作技術が必要で地味に難易度が高く、等級をつけるならば中級に位置するだろう。はたして、今日中に習得できるのかどうか。
(皆が皆、文次郎みたいな天才じゃねぇんだぞ)
しかし喜由はもう習得できたものと思っているようだ。
(頑張れよ……!)
「じゃあ、飯の時間があったら教える。その代わり、放課後喜由と俺で模擬戦をしてからでもいいか?」
「そんなことで良ければもちろんだよ!行こう、八雲くん!」
喜び勇んで食堂に向かった喜由を見送ると、辰之助は長い長いため息を吐いて机に突っ伏した。
「はぁ~~………」
(やっと行ってくれた……あんなにしつこく責めなくたっていいじゃないか……)
寝坊した自分が悪いと辰之助自身も反省すべきである。しかし、このときの辰之助には喜吉を責めるような、逆恨みするような気持ちさえあった。
(……夢だったけど…死にそうな思いまでして退魔師になれたんだ。
いいじゃないか、ちょっと位気を抜いたって。ちょっとだけ、ちょっとだけ。
強くなったってもっと強いもののけと戦うことになるんだ。
僕は、ほどほどに手を抜いて死なない退魔師を目指すんだ。
これからは道端の雑草のように大人しく、目立たないように隅の席で突っ伏していよう……)
彼は試験合格の知らせを聞いて、退魔師になる夢がかなったのだと思い込んだ。試験までの間真面目に過ごしてきた反動か、燃え尽きるようにそれまでの情熱を失い、合格発表してからも基礎錬を減らすなど堕落の極みを尽くそうとしていた。
しかしここは退魔師の養成校である。真面目に、強くなるためにか、知識をつけるためにか、人脈を作るためにか、とにかく、将来に向けて己を磨いている人間の中で、辰之助のような態度は悪目立ちするという発想が彼にはなかった。
「よぉ、さっきは散々だったな」
海燕がそんな辰之助に声をかけたのは、同情心からであった。
はじめての授業から盛大にどじを踏んだ辰之助に話しかける破寮生はなく、皆がぞろぞろと食堂や厠へと向かっていく。このままでは辰之助一人で飯を食べる羽目になるからだ。
「八雲に礼を言っとけよ、寝坊助」
「ね、寝坊助……?」
後ろから声をかけられ、反射的に振り向いた辰之助はぎょっと顔をしかめた。
(ふ、不良だ……!!寮の先輩に歯向かったやつ!)
海燕の赤い髪はそれだけで破寮にでは目立つ。辰之助から見て、入学して早々先輩に反抗的な態度を取った海燕は常識がない不良そのものだった。
辰之助とてここまで来た退魔師である。町でたむろするような有象無象の不良程度ならば恐れるに足りない。だが、赤い髪を持っている海燕のような退魔師の中での不良ともなれば、どんなことをされるか分かったものではない。
退魔師というものは平民を遥かに凌駕する魔力を持ち、平民では太刀打ちできないようなもののけを蹴散らしてしまう。なまじ平民より大きな力を持った人間である分だけ、増長したときの迷惑さは度を超えたものがあるのだ。事実、辰之助の育った村では何年もの間、退魔師崩れのごろつきの乱暴狼藉の前に泣き寝入りする羽目になった。
瑠璃の指導により床屋で整った容姿になったとはいえ、海燕は筋肉質で辰之助よりも一回り背が高い。そのせいか、一目見て辰之助は海燕に苦手意識を持った。
(退魔師出身なんだったら、素直に威寮にでも入っていてくれないかなぁ)
などと辰之助が考えているとは露知らず、海燕は手を回して辰之助の肩をたたく。
「寝坊して寝落ちしてんだから寝坊助でいいだろ。ま、食堂に行こうぜ!ちゃんと喰って午後の授業で挽回だ!」
「え!?い、いや僕は……まだお腹減ってないっていうか……」
(ど、どどどどうしようどうしようどうしよう!??
断ったら虐められる!?)
どうにかして海燕の誘いを穏便に断りたい辰之助は救いを求めて周囲を見渡す。
辰之助は、一人の女生徒と目が合った。
「海くん~。辰くん離してあげなよ。辰くん、そわそわしてるし多分厠に行きたいんだよねー?」
「う、うん!そうなんだよ!ありがとう丸刃さん!波止場君、それじゃ失礼!!」
「んぁ?そうか、んじゃーしゃーねーな。先に喰ってんぞ」
果たして救いの女神は辰之助の前に現れた。
艶のある黒髪を短く切り揃えた、健康的で快活な印象を周囲に与える女子生徒。丸刃鶫がにこやかに場をとりなし、辰之助はその場を離脱することに成功したのである。鶫の傍には、鶫の友達らしき女子生徒もいた。
(漏らすなよー……寝坊助ぇ)
一方の海燕は、自分が辰之助から悪印象を持たれているなどとは思いもしない。また今度飯に誘おうかと思い直す。
そして、代わりにと目の前の女生徒を誘うことにした。
「一人で飯喰うってのもあれだし、あんたらが誰かは知らねぇけど一緒に喰いにいかねぇか?
あ、自己紹介まだだったか?俺ぁ波止場海燕だ」
「ぶっ……」
海燕のそんな冗談を聞いて、鶫の隣の女子生徒は思わずといった風に笑う。
「あー!?酷い、それは酷いよ海くん!玄武相手に共闘した仲じゃん!
最終試験の!最後の生き残りの仲じゃん!?
超凄い剣術の使い手だったじゃん!」
「俺とあんたで肩を並べたことはねぇだろぉが!?つうかまず本当に初対面の隣の人の紹介してくれよ!」
実際のところ、海燕は丸刃鶫という少女の記憶はおぼろげだった。そもそも会話すらしていないのだから、それでも覚えているだけ偉いと海燕は自分を褒めている。
あの場にいて共闘した四人の退魔師で一番印象に残っているのは、海燕以上の土属性魔法の使い手で、真っ当な倫理観を持っていた金剛健清くらいである。
炉寮にいて八雲に突っかかっていた青髪の少女が千里というらしいことは、八雲が頻繁に彼女の剣術を褒めちぎっているので知っているが、それ以外の二人についてはほぼ印象に残っていなかったのである。
「ども……隣の人こと耳寄見依です……!初めまして!
あたしはまー、鶫の観客っていうか、冷やかしみたいな?感じなんで!気にしないでね!」
見依は黒髪を左右に団子のようにまとめており、鶫よりも少し背が高く、黙っていれば知的な印象を受ける。しかし、今の彼女は着飾ったところのない年相応の少女だった。
「今のやりとりでそんな笑うとこあったか!?」
見依は目に涙さえ浮かべながらにやにやとした視線を鶫に向ける。視線を向けられた鶫はそっぽを向くが、鶫の耳は赤かった。
「みっちゃんは笑いすぎ!」
「いやーごめん、つぐみ……」
見依は昨晩、同室になった鶫と延々と試験の話で盛り上がっていた。鶫の話のほとんどは、試験で自分たちを守ってくれたという竜胆千里という退魔師についての美談だったが、最終試験で助けられたという海燕たち五人の退魔師の話もあった。
数日を共にした千里とは異なり、鶫が海燕たちと過ごした時間は数刻程度しかない。死にかけた鶫にとって、海燕たちは圧倒的に不利な状況から全員を守り切っての勝利という難事を成し遂げた英雄として誇張され、美化されていたのである。
「とにかく、海くんとみっちゃんも一緒に食堂に行こう!どっちが先に着くか競争!」
友人のからかいが混じった視線に耐えかねたのか、鶫は言うだけ言ってその場から立ち去ってしまった。
「おいちょっと待てぇ!鶫!廊下を走るんじゃあねぇ!!」
教室を出て駆け出した鶫を制止しながら、海燕は見依と食堂に向かったのだった。
昼食は油揚げの乗った暖かい饂飩だった。食堂に漂う出汁の香りが鼻孔をくすぐり、海燕の食欲を刺激する。
「人多すぎ!!どれが鶫だか分かんないよ……」
この学園では、全学年で三百六十人が在籍していることになる。昼の食堂は人混みでごったがえしている上に、破寮の生徒の黒髪は数が多いので遠目からでは判別がつかない。
(八雲はもう喰い終わってんな……)
食堂に辰之助の姿はない。そのため海燕は饂飩と小鉢の入った盆を受け取ると、右手の掌から風属性の魔力を放出して鶫の魔力を探知する。
魔力探知は、人間の体にある魔力の放出孔から特定の属性の魔力を放出することで行うことができる。海燕は魔力の放出が苦手だが、だからこそ、基本に忠実に訓練していかなければ苦手の克服などできはしない。
鶫の魔力の波長は、火属性の魔力の波長と似ている。その魔力は少しだけ熱を帯びていて、風属性の魔力が触れると風が浮き上がる。はたして、すぐに鶫は見つかった。
「こっちだな。行くぞ」
「おお、魔力探知!授業で教わったやつを早速使ったの!?」
だが、あれ、と見依は思う。風属性の魔力探知は、物体の動きを感じ取るものだったはずだ。
(物体の動きを感知するだけで、鶫の判別まで出来るっけ?)
「折角習ったのに使わないのは損だろぉが」
混乱しながら海燕の誘導に従って歩いていくと、果たしてその先に鶫はいた。海燕の赤い髪を見て、ぶんぶんと手を振る。彼女は饂飩に手をつけず、律儀に二人を待っていた。
「見依!海くん!こっちこっち!!饂飩が冷めちゃうよー!麺が伸びちゃうよぉー!!」
「鶫が急ぐからだろ……」
「でもこれで勝負は鶫ちゃんの勝ち!」
勝利の笑顔を浮かべる鶫に対して、
「でもよ……麺が伸びきってて勝ったって言えんのか?」
「つぐみちゃんは伸びてる方がすきだから!」
「おめー無敵か?」
海燕の容赦ない突っ込みに対しても笑顔で切り返す姿をみて、丸刃鶫という少女に対して海燕はある感情を抱いた。
(……こいつ、訳わかんねえ奴だけどおもしれえ)
饂飩の出汁は四ノ島で採れた魔昆布や、空魚で出汁を取っているのか、島の店で食べたものよりも食べた後に温かみが増す味付けをしていた。それがこしのある麺に絡むことで、飽きのこない味わいとなっていた。海燕たちはその味を堪能しつつ、担任である黒羽真鴨の物真似や、先輩たちの話で暇を潰していた。
「いいかね諸君」
「諸君、は君、の方を上げる感じ」
「いいかね、諸君!」
「その調子!次は一息で!」
「いいかね諸君!」
「もう一声!」
「って何をやらせてんだ!?」
延々と真鴨の役をすることに海燕が飽きた頃には、三人とも饂飩を食べ終えていた。
「正直、今更基礎やんのって思ったけどさ。何だかんだいい先生に当たったみたいで良かったよねー」
「ここでやっていけるかどうか不安だったけど、ついていけそうだもんねー」
「……あのよ、二人は補習無しだったよな。水属性の魔力放出のコツとかねぇのか?」
ねー、と顔を見合わせる女子たちの前で、補習を課された海燕の顔は渋い。実用的な魔力探知にまで昇華できるかは別として、水属性の魔力放出自体は初歩の技術だからだ。
駄目もとで、何か参考になることはないかと藁にもすがる思いで聞いてみる。それがなんの役にも立ちそうにない些細な簡単な感覚であったとしても、その些細な感覚、水属性の魔力を十分なだけ放出する感覚が今の海燕からは遠いのである。
「んー。私も水は大の苦手なんだけどー、水は溜めちゃ駄目な気がする」
「んぁ?水は溜めて使うもんだろぉが」
海燕が水属性の魔法を使おうとしたとき、海燕はいつも自らの魔力を水属性の波長へと変換する。そうして蓄えた水の魔力を、海燕は魔法として実体化させようとし、いつも失敗しているのだ。
そんな海燕に対して、鶫は感覚的に話を進めた。元々彼女自体、感覚派の退魔師であるので、体から魔力を解き放つ際の感覚については自信があった。
「そうなんだけどさ、感覚の問題で、池に溜まってる水って淀んでて濁ってるじゃん?そういう水って溜まってるだけで、放出はできてないじゃん?」
「……基本魔法集には貯めて放てって書いてあんぞ」
「私も貯めてから放出してる。鶫、やり方を間違って覚えてね?」
「マジでか?俺のダチも全員、魔力を水に変換して貯めて撃ってるとは言ってたけどよ……」
(こいつもこいつで才能がある側か……?)
海燕はまじまじと鶫を見る。すっとぼけた顔をしているが、こう見えて二次試験を突破するだけの力量はある。いわゆる天才というやつでも何も不思議ではなく、海燕の参考にならない可能性も大いにある。
「嘘?つぐみちゃん、水の魔力を貯めたことないんだけどなあ……?」
はてなと鶫は首をひねった。体感として自分はそうしているので、間違っていると言われても理解ができないのである。
「……ま、どうにもならなくなったときはやってみるぜ。補習のときに鴨先生にどやされるかもしんねえけどな」
それならそれで、そのやり方が違うという確証が得られるので無駄ではない。そのときは真鴨の指導に従って、訓練をすればいいのだから。
「鴨だけに?」
「かもな」
「鶫のボケに乗った……!」
鶫のふざけた合いの手を無視しつつ、海燕は茶碗のぬるくなった湯を飲み干す。ほどよく冷めたお湯は喉を潤し、体内に水分を送り込み流れていく。
(才能を言い訳にすんのは逃げ、か……)
似たような試行錯誤は何度も繰り返した。
水属性の魔力を変換することは容易かった。波長さえ分かれば、それを己のものとして再現する訓練はして当然。体の中の自分の魔力を操作することも容易かった。
それでも、それを体から切り離すことができなかった。毎日毎日水属性の魔力を練り、ほんのわずかな量の水の魔力を放出できるようになるまで一年かかった。十一歳の頃にやっと指先から水滴を垂らすことができるようにはなったが、子供心に海燕はそれが嫌になった。
苦手な魔法であっても出来ていく周囲と比べて出来ない自分が嫌になったのもある。だが、そこから苦手を克服できずに今に至ったのは。
(……水属性の魔法をやる位なら、他の魔法使った方が早くねぇ?)
と、都合のいい逃げ道を自分で作ってしまったからだ。
そんな自分を嫌いにならない程度には、海燕は自分に甘い子供だったのである。
実際そうだった。戦闘においては苦手な属性の魔法を多用するより、肉体を強化したり、得意な属性の魔法を使った方が早く、魔力消費も抑えることができ、何より手っ取り早く強い。だが、そうやって手っ取り早い強さに溺れ、都合のいい逃げ道をつくり、己の弱さから逃げ続けた結果が補習である。
もっとも、海燕が十一歳からの数年間を苦手な水属性魔法の克服に注ぎ込んだとして、この学校に合格できるだけの戦闘能力を得ることが出来ていたかどうかは分からないのだが。
しかし、水属性の魔法が使えないことで、迷惑を被るのは自分だけではないのだ。今朝だって友人であることをいいことに文次郎を頼って水を出してもらったが、いつまでもそれに甘えるわけにはいかない。いい加減、弱い自分からは脱却しなければならないのだ。
「よっす。授業どうだった?」
と、そうやって悩む海燕の肩に手が置かれた。炉寮の腕章をつけた文次郎である。文次郎の隣には無表情の大柄な男子が腕を組んでいた。
「おー、文次か」
「……もしかして、取り込み中だったか?」
文次朗はちらりと海燕の正面に座る鶫と見依を見る。鶫は笑顔で手を横に振った。
「いやいや全然。鶫ちゃんはそういうこと気にしないので」
「そう?ありがとう!……って君はあんときの!?」
「そう、試験ときに会ってたらしいな。あんま覚えてねぇけど。
それより授業の話だったよな?基礎訓練の方は座学やって魔力探知訓練やって補習だよ補習。歴史は……まぁ普通。おめーんとこは?」
「あ、ああ。そっかー。真鴨先生の授業、補習とかあるんだったら身構えちまうなぁ。俺らの受けたのは数学と応用魔法戦闘術なんだけど、数学の関先生は凄いぜ。初っ端から振り落としてくるから質問しないとついていけねぇ。教科書はしっかり読み込んで質問の内容くらいは思い浮かぶようにしといた方がいい。あと、白銀先生の応用魔法戦闘術は上級魔法の訓練だった。半年で二つ習得しろってよ。
簡単な授業で助かったぜ」
(……は?上級魔法?簡単?何言ってんのこいつ……?)
見依は異形のもののけを見るような目で文次郎を見ていた。彼女は道場で主席となり、上級魔法を習得する権利を得たものの、完全に習得はできていない。だからこそ、上級魔法の難しさを嫌というほどよく知っているのである。
「……マジか……?」
心の底から気楽そうに話す文次郎とは異なり、海燕は、いや、海燕以外の女子二人も絶句した。
上級魔法とはそう簡単に習得できるものではない。現在より能力が未熟だったとはいえ、優秀な退魔師が年単位で鍛え上げて習得する魔法なのだ。
見依にとっては癪なことに、魔力の流れを見れば文次郎が動揺していないことも、授業で過剰に魔力を消費して疲労していないこともわかる。
「『得意な属性の上級魔法を最低でも一つ、他の属性の上級魔法も一つ習得してもらうから覚悟してくだされ』って言ってたぜ」
上級魔法を半年で二つ。そのうち一つは自分自身が得意としない属性の魔法を一つ習得するというのは難事だ。それ以外にも授業は積み重なってゆくというのにである。
「……上等じゃねぇか。俺もそろそろ上級魔法が欲しかったところだぜ」
「だよな!相棒たちならきっと楽勝だぜ!じゃ、また放課後な!」
虚勢を張る海燕を見て、文次郎は安心したように爽やかに笑う。文次郎の中での海燕と、実際の海燕の魔力放出能力に大きな隔たりがるということを、文次郎が理解するのはもう少し後の話である。
茶碗からなくなった水を見て悩む海燕を見て鶫は何を思ったのか、頑張ろうね、と呟いた。
「んぁ?おめーも補習なんだっけか?」
「いや、そうじゃないんだけどね。私も海くんみたいに、炉寮の子とも仲良くしたいから」
「先輩に目ぇつけられんぞ?」
そう笑って言う海燕に対して、鶫は一言を付け加える。
「それでも友達でいたいし。剣術をまだ教えてもらってないし」
「おめーも他所に友達がいんのか」
海燕は気持ちはわかるぜとうんうんと頷いた。
しかし、海燕にはこのとき鶫が相手に抱いていた感情の重さを知る由もない。
鶫にとってのそれは、竜胆千里と友人関係でいたいという思いだった。その感情は、鶫にとって切実な願いでもあった。
先輩からの同調圧力に、後輩の寮生が反抗することは本来あり得ないし、あってはならないと道場を経験した鶫にはわかる。
しかしそれでも、退魔師としての自分自身の憧れは止められそうにもない。その執着は友情であり、執念であり、恋にも似ている。
「正直言って私は無理だわー。あんな化け物どもと友達なんて劣等感で潰れそう」
「またまたー。みっちゃんも天才だよ~。黒羽先生の授業一発合格なんだから~」
「ここは天才が集まる場所じゃん?そりゃ凡人に居場所なんてないよ。私は持ってる才能にも差があるってことを言ってんの」
そう言う見依の心情が海燕には痛いほどよく理解できる。才能という言葉を言うことで自分の心を守り、出来ること、得意なことを伸ばしていくことは必要なことだった。
しかし、それだけでは駄目だということもよく分かる。それはいつか、必ずつけを払う。そうやって行動しなければ、行動したときとは別の後悔が生まれるのだ。
見依の言葉を、海燕は否定はしない。ただ、彼は黒羽真鴨の言葉を思い出していた。
「文次朗は、教師に言わせると天才じゃあねぇらしいぜ」
「!?」
「才能って奴があるのは否定しねぇし、そこに優劣があるのもそうなんだろぉな。
でも結局、どこまで言ってもそれは他人の評価だろ?
友達になる基準ってのとはまた違うんじゃねぇか?…なんて、俺は思うけどな」
海燕の言葉に対して、見依がどう思ったかは定かではない。ただ、食堂を後にする三人は来た時とは違い、静かに落ち着いて
ここまで読んでいただきありがとうございます。




