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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学編 
52/59

第八話 基礎訓練



 海燕たちが演習場に向かうと、真鴨は既に演習場に到着していた。

 魔鴨の周囲には羽根が漂い、演習場に生えた雑草を羽根で引っこ抜いたり、演習場に散らばった細かい石の欠片を片付けたりしていた。


「黒羽先生、それってどんな魔法なんですか?触ってみてもいいですか?」


 演習場に到着して早々、鶫が真鴨に挙手して質問する。


「おい鶫ぃ、先生に対して失礼だぞ……?授業中じゃん」

「えへへーごめんなさいみっちゃん」

「私じゃなくて先生に謝れよ」


(まぁ俺も気にはなってたが……)


 真鴨が操作している羽根は、黒くしなやかな艶のある羽根で、少し目を凝らせばよく手入れがなされているのがわかる。とても上質な羽根を使っているのだろう。


「葦原天狗の羽根を風属性魔法で操作しているだけだ。この羽根は触らせる気はない。出世すれば、障る機会は幾らでもあるとも」


(……!?馬鹿な、葦原天狗は一級退魔師の討伐案件のはずだぞ……!

学校の教師は二級退魔師のはず……)

 

 真鴨は意地悪くそう言う。

 八雲は真鴨の言葉を聞いて驚愕する。葦原天狗とは、一級以上の退魔師でなければ戦闘を許されない最上級のもののけである。退魔師に階級があるのは実力以上のもののけと無理に戦い戦死する退魔師が出ることを防ぐためだが、そもそも一級の退魔師の数自体が少ない。

 その中核となっていた一級退魔師と、一級に至る筈だった二級退魔師たち、極めつけに一級だった北の民の大半が、十年前の内戦で戦死してしまったからだ。

 そのため、一級のもののけの素材が市場に出回ることは無く、退魔師たちの狭い範囲で取引されることが常だ。


「そんな殺生なぁ……!もふもふしてそうなのに……!」


「羽根なんて何でもそんな変わんねーだろ。鳥小屋の鶏の羽根で我慢しろよ」

 

 海燕がそう心無い野次を飛ばすと、鶫は憤慨した。頬を膨らませて海燕をなじる。


「はぁー?(かい)くんには聞いてないですけど?

そもそも清潔が明らかに違うじゃん!あの艶のある羽根!鳥小屋の薄汚れた羽根と一緒にするとかさぁ……!それを掃除に使うなんて……!!」


「お、おう……」


 退魔師出身ではない鶫にも、葦原天狗の羽根が高級品であることは分かるのだろう。海燕に対しての憤慨の中には、わずかに教師への憤りも含まれていた。


 そんな生徒たちを暖かい眼差しで見守った後、真鴨は厳格な雰囲気を漂わせて羽根を真鴨の周囲へと戻す。いつの間にか、真鴨の横には巨大な砂時計が置かれていた。

 上部に固まっていた砂時計の砂が動き、地面へと落ち始める。

 授業の合図だ。


「軽口はそこまでにしたまえ。休憩はもう充分だろう。

さて諸君。

諸君にはまず、火属性の探知魔法、”熱探知”から実践してもらう。この魔法は、火属性の魔法を自分を中心として放出し、魔力が物体の熱を感知するというものだ。さて、諸君。私の両手を見たまえ。」


 次の瞬間には、真鴨の両腕からは、水属性魔法の”水泡”が放出されていた。


(速い……!)

 

 八雲はその発動速度の速さに驚愕する。初級魔法とはいえ、まさかこれほどの速度とは。


(見えなかった……いや、魔法の”起こり”を知覚することも出来なかった!)


 海燕は、魔法がいつ変換され、体内から掌に魔力を集中し、そして放出されたのか気付くことが出来なかったことに驚愕していた。

 魔力吸収が得意な海燕にとって、魔法の発動を予測することは最優先課題だ。そんな海燕が、初歩的な初級魔法とはいえ魔法の発動が感じ取れなかったのはここ数年なかったことだ。


 驚愕した海燕の眼差しは、真鴨から離れて空を漂う水泡に向けられる…

 放出された水泡はふるふると左右にふれながら、空をふわふわと漂っている。

 

「片方は中に冷気を込めた”霜時雨(しもしぐれ)”という魔法だ。便利なので知らないものは覚えておきなさい。もう片方はただの水……諸君も知ってのとおり、水属性初級魔法”水泡”だ。”熱探知”を正しく使うことができれば、二種類の泡を見分けることは容易(たやす)い」


「物体の温度を見分ける訓練、ということですわね……」


 金髪の女子が長い髪をかき上げて言う。その表情には何の気負いもない。


「理解が早くて助かる」


 試験の意図を読み取った生徒に真鴨は微笑む。そして次の瞬間、真鴨の両腕から大量の”水泡”が放出された。


「これを四十対、用意した。」


「諸君、熱探知を使って”霜時雨”の方を見つけ、手に取りたまえ。”水泡”を取ったものには本日、三時より私直々に補習を課す。制限時間は半刻としよう」


「火属性の魔力に反応して、冷気が霧散したりはしないんですか?それにその魔法、手に取ったら破裂するんじゃ……」


 誰かがそう問いかける。水泡は物体や魔力に反応して、


「この霜時雨はそうやわではない。霧散するかどうか、自分の魔法で試してみたまえ」


では、はじめ」


 その言葉と同時に、海燕は体内の魔力を火属性の波長に合わせて変換し、火属性の魔力を練り上げる。


 周囲の寮生たちも同じように魔力を練り、体から放出しようとする中で、真っ先に合格したものがいた。


「楽勝ですわ!!」


 金髪の少女、平等院華燐は全身から自分の周囲へと大量の熱気を放出し、即座に”霜時雨”の水泡を掴み取った。

 驚くべきはその放出量と、放出の速度だ。火属性の魔力を探知用に放出する場合は、火ではなく熱として放出し、操作する必要がある。物体の温度が探知できるまでの大量の魔力を放出するとなれば、体内位でそれなりの時間魔力を練る必要があるにも関わらず、彼女はその時間が短かった。


「うそっもう!?」


「あー!かりりん狡い!鶫ちゃんが一位だったのに!」

 

 こっそりと二番目に”霜時雨”を掴み取った八雲をよそに、三番目に”霜時雨”を掴んだ鶫は華燐を羨ましそうな目でみていた。


「これが実力ですわ!悔しかったら私を超えてごらんなさいませ」

 

「得意属性であればさもありなん、だな」


 先天的な魔力の波長が火属性の波長に近ければ、当然”熱探知”を使う速度も速くなる。むしろ、この授業では、先天的な魔力の波長とは異なる探知魔法を身につけてほしかった。

 単一属性の探知魔法だけに依存していると、思わぬところで足元をすくわれるものだ。不確かな戦場で生存の可能性を上げるために、必要な技術を身につけさせねばならないのである。


 期限の半刻まで残りわずかとなり、それでも合格できない生徒が半数いた。


「似たようなこと、昔やった覚えはあるのに!!」

「……焦ってその場を動くことは、実際の探知ではやってはいけないことだ。深く深呼吸して魔力を練りなおしたまえ」 


 焦りであわてふためく生徒。黒羽から見て、魔力操作が未熟であるために泡まで熱探知を伸ばすことができていない生徒も、毎年一人は必ずいる。

 ”考えさせる”ことで正解を導き出させることは生徒の成長に必要な要素ではあるが、間違った手法をしていた場合は指摘することも必要だ。


 だってさっき授業で説明したのだから。

 


「先生、違いが……泡の違いが分かりません!!」


「これは”水泡”だ。……君は魔力の変換が不十分なのだ。途中から”熱探知”ではなく、”風読み”による物体探知になっていた。火属性の波長に変換してから、少しづづ放出する訓練をしていなさい。補習を受けたまえ」

 

 魔力変換が苦手な生徒にありがちなのは、疲労した場面や集中力を欠いた場面で得意な属性の魔法を使ってしまうことだ。

 戦闘中、攻撃魔法を使用するだけならばそれでよい場面もあるかもしれないが、敵の位置や質を確認し危険を避ける上ではそういった事態は避けなければならない。


 ならばどうすべきかというと、魔力変換能力を鍛えるとともに、訓練で魔力と体力の総量を少しづつ増やすしかない。基礎訓練をしなければ、その二つは増えないのである。


(こんなものか……)


 四分の三ほどの生徒が合格し、四分の一ほどの生徒が脱落しかけている中、半刻の刻限が近付いてくる。

 そこで真鴨は、他の生徒たちへの助言をしながら赤毛の生徒、波止場海燕を観察していた。


 波止場海燕。

 南部にあるさびれた港町の道場出身。後見人は道場主の老いた五級退魔師。それが、彼の経歴だった。

 しかし、森の入学試験で海燕が仲間ー唐草瑠璃という少女に対して語った自分自身の経歴は異なる。


 南部の島にいたこと。

 その島に独自の風習があったこと。 

 その島でつまらないいざこざがあったこと。


 海燕のそんな境遇に対して真鴨は同情はすれど、特に手を差し伸べる気はない。教師が生徒に対して個人的に優劣をつけるなどもってのほかだし、仮に手を差し伸べるにしても、今年の破寮生だけでも海燕より悲惨な経歴の生徒は山ほどいるからだ。


 真鴨が海燕を注視するのは、教師としてではなく、退()()()としての使命からだった。

 試験の結果、合格者を決める会議があった。点数下位の中で誰を落とし、そして誰を合格させるかは、実技試験の成績によるところが大きい。波止場海燕はその会議で、学力試験の成績こそ芳しくなかったものの、実技試験で優秀な成績を修めていたこと、実技試験で優秀な成績だった”北の民”こと青葉八雲と友人関係にあったこと、そして、実技試験である魔法を見せたことで即座に合格が決まり、真鴨に担任役が押し付けられた。


 ある魔法とは何か。それは吸収魔法である。


 他人の体内に魔力を譲渡する魔法はままある。しかし人間一人一人の魔力の波長は異なるため、大量の魔力を一度に譲渡すれば、良くて意識を失うか、重い後遺症に苦しむことになる。

 海燕のように、戦闘中に魔力を吸収するなどは豊葦原では夢のまた夢だった。五百年前の朱狛(しゅはく)戦争で失われ、今では存在しないとされていた技術だったのだ。


 だからこそ、吸収魔法の技術を解析し、研究し、何らかの複雑な条件があるならば簡易化して、一般化する。そのために真鴨が担任となったのである。

 もっとも、皇区の退魔師はそうやって、辺境の魔法を奪い取った上で地力を底上げしてきた。真鴨がやらなくとも、別の教師が代わりをやるだけだが。

 

 海燕の吸収魔法において、注目すべきものは四つある。他にも細かい疑問点はあるが、今教師たちが注目しているのは以下の四つだ。

 一つは、海燕の肉体に負担が見られないこと。通常、過剰な魔力を摂取してしまった人間は拒否反応を起こすものだが、海燕にはほぼそれがなかった。

 魔力が体内を循環する際に、溢れた魔力が肉体を害していない。これはつまり、肉体が吸収魔法によって何らかの変化を起こしている可能性がある、ということだ。


 二つは、海燕が魔力を吸収()()()()()ということ。海燕が魔法を視認してから、即座にその魔法の波長へと肉体を合わせなければ吸収できない瞬間がいくつもあった。魔力を変換する速度が、あまりにも早すぎる。普通の人間は、目の前に魔力が迫れば肉体に魔力を充満させて身を守ろうとするのに、海燕は吸収することで身体を守っている。その精神性自体がおかしいのだ。


 三つ目は、何故かもののけの撃った魔法まで吸収できていること。人間ともののけの魔力波長の領域は異なるため、本来は吸収できないはずなのだ。

 吸収の瞬間、()()()もののけの魔力に合わせて波長を変化させているか、あるいは逆に、もののけの魔力が海燕の波長に合わせて変化しているのか。これも、よく観察した上で見極めねばならない。


 そして最後に、高い能力と反比例するかのような魔力放出能力の低さである。

 海燕ほどの魔力変換能力と、魔力を制御できる能力がある退魔師ならば、もっと多彩で威力のある中級攻撃魔法を使いこなせるはずなのだ。

 しかし、海燕が得意としているのは土属性魔法であり、その土属性魔法の威力はお世辞にも高いとは言えない。合格者の中では低い部類に入る。

 これが、単に修行時間を吸収魔法にあてすぎた弊害であればいい。真鴨はそうだと考えているが、吸収魔法の副作用によって、海燕の魔力放出能力に何らかの障害が起きている可能性も捨てきれなかった。

 もしも何らかの副作用であれば、教師として海燕個人の将来を案じ、吸収魔法の使用停止も勧告しなければならない。それは海燕の退魔師としての人生にも関わることで、もし間違いであれば将来的に海燕の命を奪う結果にもなりかねない。

 

 退魔師であり、教師でもある真鴨は、二つの側面から海燕を見守っている。 


 そんなこととは露知らず、海燕は練り上げた火属性の魔力を全身から放出しようと躍起になっていた。


(……やはり、魔力を流麗に変換できている。制御も、まぁ及第点だろう)

 

 魔力変換の速度も、魔力量も、魔力操作のなめらかさも、合格者らしい水準にある。

 問題は、魔力放出能力だ。


 海燕は、何を血迷ったか全身から魔力を放出しようとしていた。


「……これはひとりごとだが。上級者のやり方と、初心者のやり方というものがある」


 真鴨は背後から海燕に声をかける。


「押忍!」


 海燕は反射的にそう答えた。


「続けたまえ。ただのひとりごとなのだから……」

 

 海燕の肩に手を置いて、頭から湯気のように火属性の魔力を放出させようとしている海燕に真鴨は忠告する。それは教師としての指導だった。さりげなく”風診”と”水診”を連続で発動し、海燕の肉体を調査する。

 海燕の肉体に、損傷は見られなかった。


「無理をする必要はないのだ。体から放出できないならまずは掌。自分の利き腕から魔力を放出したまえ。上級者のやり方を、そのままやろうとしてはいけない。最初は基本に忠実に、出来ることからやっていきたまえ」


(……ぐ……確かにその通りだぜ……)



 ぐうの音も出ず、海燕は観念して両手から火属性の魔力を放出し、”霜時雨”を見分けて手に取る。



 八雲や華燐に対抗しようとしたのがいけなかったのだ。

 自分の能力不足を認めて、まず課題を突破する。その上で余った時間で訓練するべきだったのである。


(こうなりゃ訓練だ。それしかねぇ!)


「ご指導ありがとうございます、先生!」


(掌からは出せるか)


 真鴨は満足げに頷いた。

 真鴨はこれまでの教師生活で、何人か魔力放出が苦手な生徒を見守ってきた。魔力放出が苦手な生徒と、障害があり、魔力放出がほぼ不可能になった退魔師とは違う。後者は、必ず肉体に苦痛が訪れていた。

 海燕の表情に悔しさはあれど、苦痛や疲労感はない。海燕の肉体に何らかの副作用が起きているという可能性は、今のところありえなかった。


「全身からの魔力放出には、魔力放出の鍛錬が必要なようだな。君も補習を受けたまえ」


 こうして、海燕は放課後に真鴨から補修を受けることになった。この後も風属性、土属性、水属性の魔力探知訓練が行われ、破寮生たちのほとんどは真鴨から補習を仰せつかったのである。


よく考えたら何も悪いことしてないなこの先生

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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