表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学編 
50/59

第六話 担任


「おい文次、あの炎上ってのはどういう奴なんだよ?」


 海燕たち三人は、朝食の合図を決める鐘が鳴り響くまで演習場の外周を走り回っていた。演習場には海燕たち以外にも学年を問わず人がいて、皆全身に魔力を充填させ、走ったり魔法の練習をしたりして体調を整えている。

 もちろん、この後に授業があることから、そこまで本腰を入れて鍛えるつもりはない。軽く汗を流すだけだ。海燕は先頭を走りながら、自分の後ろに続く文次郎に炉寮の生徒について質問していた。


「俺にもわっかんねーよ。炎上のやつ、昨日はじめて会った時はいい奴っぽかったんだぜ?それが朝起きたらなんか八雲に喧嘩売ってるし……」


「また陽花みたいな奴だったんじゃねぇの?」


 海燕の言葉に、文次郎は悩むそぶりを見せる。


「……実は、炉寮って先輩たちが揃った中で自己紹介する慣習があるんだよ。自分の出身とか、どこの道場だとか、あと退魔師出身かどうかとか。

俺、平民出身な上に東部だし、道場も無名だってんで、炉寮の中ですっげぇ浮きかけたんだよな。でも真っ先に声をかけてくれたのが炎上と千里ちゃんだったんだぜ?

千里ちゃんはともかく炎上はすくなくとも差別主義者じゃない……って思ってたんだけど」


(何だその風習……?)

 文次郎は難なく海燕についていきながら、炎上の人となりを話していく。その言葉を聞きながら、炉寮というものが問題のある寮であることがわかる。


「文次郎、おめぇ大変だったな……」


(お前もだぞ海燕)


 海燕は同情したような視線を文次郎に向けるが、そんな海燕を見て八雲は面白がっていた。

 だがそんな八雲も、破寮で浮くことはなかったにせよ炉寮では針のむしろのような視線を投げかけられている。八雲は炉寮生から反感を買うことは許容していた。彼らは退魔師出身者で、その親族の多くは”北の民”との戦いで命を落としているだろう。自分が直接何かされたわけではないにせよ、両親や親族の影響が強い退魔師出身者から嫌悪の視線を向けられることは覚悟しなければならなかった。


「ま、同じ部屋のやつは平民出身だしすっげぇ気楽だぜ。でも、炎上まで差別主義ってのはなぁ」


 そう文次郎が言うので、海燕も納得しかけるが、


「……たった一晩じゃそいつの人となりとかは分かんねぇよ、気ぃ抜くなよ」


 結局、文次郎の言葉から平八郎の人となりを知ることは難しかった。なんで八雲に喧嘩をふっかけたのかも分からずじまいである。


「まぁまぁ。売られた喧嘩を買った俺も悪いんだ。それに、彼の目的については察しがつくよ」


 頭を悩ませる海燕をよそに、三人の中で最も軽やかに走る八雲は、こともなげにそう言った。

 

「んぁ?何か心当たりでもあんのかよ八雲?」

「あんな無駄なことする意味が分かんねぇんだけど……」

 

 文次郎と海燕は、八雲の言葉に耳を傾けた。


「入学式で校長先生が言ってたろ。”強い奴”を自分の後継者にするってな。とりあえず腕っぷしに自身のある奴に喧嘩を売って、それで勝てば名が上がる。そうやって勝っていけば、強さの証明になるだろ」


 八雲の出した結論は、名を上げるための売名行為というものだった。


「退魔師は道場破りじゃないだろ……?流石にそこまでヤバい奴か……?そもそも、人間を倒すのに必要な技術ともののけを倒すのに必要な技術って違うだろ?」


「でも、校長先生は”わしより強い退魔師を後継にする”って言っただろ。極論、対人戦で校長先生に勝てる位強ければいいとも拡大解釈できる」


「いやいやそれは……流石に」


「ないって言い切れるか?退魔師だってもののけだけを相手にしてるわけじゃない。

盗人や強盗の鎮圧をすることだってあるし、極論を言えば権力闘争の一環で退魔師同士で潰し合うことだって、普通にあるんだ」


 八雲の話を聞いた文次郎は顔をしかめる。実際に自分の一族を滅ぼされている人間にそう言われて否定することは難しい。今の八雲の仮説が正しければ、平八郎は今後も八雲や海燕に喧嘩を売る可能性が高いからだ。

 そして残念なことに、それを否定できるほど平八郎の人格を知らない。これから知る機会はいくらでもあるが。


「『退魔師同士で争って強弱を決めろ』ってことか?アホ臭ぇ。もののけを倒した数とかで決めろよ」


 そう吐き捨てた海燕に対して、八雲は苦笑する。


(やっぱり思ったよりは倫理観があるな、海燕は)

 

 と、八雲は一人海燕の人格を分析する。

 南部の田舎育ちだから皇区や北の民関連の事情とは関係がない。だから、面倒な退魔師の事情を切り捨てることにもためらいがなく、自分の中で納得できない理屈であれば公然と先輩に歯向かったりできるのだ。

 ようするに純粋で、置かれている立場の違いよりもその個人を見ているのだ。

 

「それで北の民に勝ってるからな、皇区は。成功体験があるんだ。腕っぷしが強い奴が正義になるし、勝ってしまえば何でもいいってことだろう」


「流石にそこまで極端だとは思いたくねぇよ俺は」

 文次郎の言葉は、退魔師に対する理想が高いがゆえの言葉だ。


「世の中そういうものだろう。瑠璃も言ってたろ、退魔師は世の中を回す秩序の一部であって、仙人みたいな高尚なもんじゃないんだ。気楽にいこう」


「達観したようなこと言いやがって。俺の島のじーさんか八雲はよ」

「同い年だ」


「二人の性格を足して割ったら丁度いいんじゃねぇかな……」


 

 漫才を繰り広げる八雲と海燕の後ろで、文次郎は一定の速度を維持しながら走る。と、そんな三人にかけられる高い声があった。

 一週間で聞きなれた女子の声だ。



「おーいおはよー三人とも!今日は遅かったじゃないですか!」


 既に走り込みを終えて魔力操作の基礎訓練をしていた唐草瑠璃が、一人の小柄な女子を後ろに連れて海燕たちに話しかける。


「ああ、すまない瑠璃。実は海燕が寝坊してしまってな……」

「おい、八雲ぉ……」

「事実だろう?」


 そう言って八雲は海燕と文次郎に目配せした。炉寮の生徒ともめたことを伝えて、瑠璃に余計な心労をかける必要はないと思ったからだ。

 

「まぁ、寝坊はしたけどよ……」

「あ、だから遅れて来てたのか相棒」

 

 意図を察した海燕も八雲の話に合わせた。


「じゃあ昨晩は魔力を使い果たしたんですね。修行を続けているのは何よりです。海燕くん、今朝はちゃんと魔力は練れてますか?」

「おう。まー、昨晩練習した魔法は全っっ然できてねぇけどな」

「最初はそんなものです。継続は力なり、ですよ」


 海燕は瑠璃に弟子入りし、神属性の魔法を習得しようと修行している。毎晩寝る前に、体内で神属性の魔法を精製する訓練として正座し、深く腹式呼吸をしながら体内の全ての魔力を、瑠璃から聞いた儀式の手順を踏みながら海燕が知る神のそれへと近付ける。

 結果は散々で、海燕の魔力の波長はまだその段階へと至ってはいなかったが。


「こういうのは根気よく続けるもんだろ。

……ところで、後ろにいるのは威寮の人か?」

  

 瑠璃の後ろにいた女子は、瑠璃よりも一回り小柄な緑色の髪をした少女だった。身の丈は五尺一寸程度しかなく、同年代の中でもひときわ小さい。

 彼女はぼそぼそと小さな声で自己紹介をした。


「……すまない、なんて言ったんだ?」

「もっかい言ってくれ」


 聞き取れなかったので八雲がそう尋ねる。


「えーと。この子が威寮で同室の雲雀ちゃん。雲雀ちゃん、この三人が私が話をしてた三人の男子よ。赤毛の方が海燕くんで、黒い髪の子が文次郎くん」

 


『……ん、そう、ありがとう瑠璃。私は威寮の音無雲雀(おとなしひばり)。運動は苦手。魔法は得意』


 雲雀は地声が小さいのか、風属性の魔法で声を拡張して三人に声を届けた。

 

『赤が海燕、黒が文次郎、背が高いのが八雲。分かりやすいし覚えやすくて助かる』


「それはどうも」

 

 雲雀はぺこりとお辞儀をして三人に挨拶をする。男子たちも丁寧にお辞儀を返して、初対面の挨拶はつつがなく終えられた。


「まぁ、人が一杯で誰が誰だか分かんなくなるよな。ただでさえ他に四十人も同じ寮にいるんだしよ。俺も寮の面子の顔と名前はまだ一致してねぇ」


「すぐ覚えますよ。三年も顔を突き合わせるんですから」


 走り終わって柔軟体操をはじめた男子たちは、そこで食事時を知らせる鐘の音を聞いた。どうやら、朝の訓練をする時間は終わったようだ。


「……じゃあ三人とも、私は先に食堂に行ってるから!」


 そう言い残して瑠璃と雲雀は去り、海燕たちも足早に食堂を目指した。


「……そうだ文次ぃ、水出してくれ!お前だけが頼りなんでぇ!!」

「!?」


 文次郎の初級水属性魔法”水泡”で汗を流した海燕たちは、それぞれの寮の食堂に向かって走り出した。




 食堂の食事は、現場で働いてもいない退魔師が食べるにしてはやや豪勢なものだった。

 春野菜を酢であえた小鉢に、温かく煮込まれ味噌の香りがたちのぼった味噌汁。よく乾燥した魔飛魚(まとびうお)の干物二切れに、染みひとつない純白の白米を前にして、男子たちは一心に飯にかぶりつく。


「生きててよかった……」


 文次郎は白米に夢中だった。東部には肥沃な穀倉地帯があるが、白米の状態で食べられるのは四級以上の退魔師だけである。


「世の中いいことってあるもんだな……!」

 八雲は大喜びで味噌汁をかきこんでいた。


「はじめて喰ったけど案外うめーなこの飛魚。身はあっさりした白身なのに、甘くて塩加減がちょうどいい」


 海燕も、魚料理が出たことで満足したようだった。魔飛魚はひれの他に羽根のように動く発達した(うろこ)を持ち、空を浮遊する空魚(くうぎょ)の一種だが、高い山の上空を飛んでいるため滅多に市場に出回ることはない。だが、この学園は高い山の上に存在しているのだ。空魚はいくらでも手に入るのかもしれない。




 予想外の朝食に満足した海燕と八雲は、威寮の一年生が集まる教室へと向かう。教室には既に何人かの生徒が入っていたので、海燕たちは最前列の席に座ろうとする。


「……ちょっと待って。そっちの高い方は後ろに行ってくれない?黒板が見えなくなるよ」


 そんな二人に、待ったの声がかかる。海燕より一回り小柄な黒髪の男子が、迷惑そうに海燕たちを見ていた。

 破寮生は平民出身だからか、体格には恵まれていない人間も多い。破寮のなかでは、八雲どころか海燕でも大柄なほうだった。


「あ、そうか。悪いな邪魔して。海燕、俺たちは後ろの席に行こう」


「あいよぉ」


 大人しく後ろの席に行った海燕が前を見ると、話しかけてきた男子は海燕が座ろうとしていた席につき、隣の女子に話しかけていた。


 そうこうしているうちに、8時を知らせる鐘の音が教室に響く。

 始業の合図だ。雑談に興じていた海燕たちもぴたりと口を閉じ、担任の到着を待つ。



「……先生遅くねえか?」「職員室にいるのかな?」「変ですわね……」


 鐘が鳴り響いて数秒たったにもかかわらず、教室に担任の姿はない。


「……見てこようか?」


 そういって八雲が席を立ち始めたとき、黒板が割れた。


 魔力によって二つに割れた木製の黒板の奥から、黒い羽根をつけた男性があらわれる。黒板は扉になっていたようだ。


「やあ、おはよう諸君。私が基礎魔法戦闘術の担当であり、君たちの担任である黒羽真鴨だ。……どうして驚いた顔をしているのだね?」


 その男、黒羽真鴨は、教卓にどさりと資料をおき、教室に集まった海燕たちを見回す。彼が海燕や八雲たち破寮生の担任であり、これから三年の間顔を付き合わせることになる師匠でもある。


「諸君には警戒心が足りない。魔力探知を発動させていれば私がここにいたことはわかっただろうに、なぜ誰も発動していないのだね?初日だからと気を緩めすぎてはいないかね?」


「……先生。あれはもののけ相手に発動するものではないでしょうか?」


 海燕に話しかけた男子が抗議の意味を込めてそう発言する。

 黒羽もくっくっと笑ってその言葉を肯定する。もとよりこれは新入生たちの心を掴み、上下関係を示すための演出に過ぎないのだから。


「確かにその通りだ。しかし、魔力探知は戦闘だけに使う技術ではない。普段戦闘ばかりしているとどうしても戦闘のことばかり考えてしまうものだが、魔法は日常生活を送る上でも役に立つ技術だということを覚えておきたまえ、日笠喜由くん」

 生徒たち全員に聞かせるように、黒羽はよく響く深い声で語りかけた。


「はい、心に刻みます、先生」


 黒羽は生徒たちをもう一度見渡し、ため息をはく。


「……まだ揃わんか。

私とて鬼ではない。初日から遅刻したなどという不名誉を教え子に与えたくないための温情措置だったのだがね」


「遅刻ぅ?」

「一人足りないんだ。今この部屋には副担含めて四十一人しかいない」


 首をかしげた海燕が周囲を見渡す。確かに、四十人分の席は埋まりきっておらず、教室の窓際にひとつ空きがある。いつの間にかそこにいた年配の女性退魔師を含めても、教室には四十一名しか揃っていなかった。


「南部出身、風祭辰之助。同室は……日笠喜由くんだったか。彼はまだ起きていないのかね?それとも何か風邪にでもかかったのかね?」


「寝坊助かよ」

 海燕が遅刻した人間の名前を聞いて思わずそう呟きを入れ、それにつられて何人かの生徒が笑った。

 が、真鴨は一笑もしない。それを見て生徒たちも黙った。


「起こしはしたんですが、ぴくりともしませんでした」


 そう発言する喜由は教師に詰められて縮こまっている。真鴨が生徒に良くない印象を持ったことは明白だった。


「次からは魔法を撃ってでも起こしたまえ。喜由くんだけではないぞ。君たちも気付いたら叩き起こしたまえ。他所の寮生で初日から遅刻した生徒などいはしないのだ。

遅刻した生徒には後日罰則を与える。いいかね諸君、ここは遊び場ではないぞ。退魔師としての力……知識を、人脈を、魔法力をつけるための場所だと心得ろ」


「最早待ちはせん。授業を始めるぞ」


 そう黒羽が告げた瞬間、教室の扉が開き、破寮の生徒が現れた。黒髪で背は低く、筋力もあまりなさそうな、典型的な破寮生がそこにいた。


「申し訳ありません!!遅れました!!」

 辰之助は全力疾走してきたかのように息を切らして教室に足を踏み入れたが、海燕はそれにしては足音がしなかったことが気になった。

 寮から教室までの道を走って来たというには違和感があったが、それを具体的には説明できない。


「今の話は聞こえていただろう。急いできた風に自分を演出しようと、汗ひとつなく乱れもない衣類で誤魔化せると思うな」

 

 遅刻した生徒に向けた黒羽の目は冷たい。それを受けて、寝坊助こと辰之助は固まった。



(あちゃあ……)


 海燕は内心で寝坊助こと辰之助に同情するが、こればかりはどうしようもない。一度失った信頼は、辰之助自身の行動で取り戻していくしかないのだ。


「早く席につきなさい。授業の進行が遅れるわ」


 副担任の女性教師がそう促し、辰之助はすごすごと席についた。


「……諸君、合格発表時に渡された通知表を持っているかね?」

 言われて海燕は、自身の通知表を机の上に取り出す。そこには試験の成績や、海燕が学校から判定された自分の能力に加えて、生徒たちが自分自身で記入する抱負なども記されている。


「!!あ、あのう、ぼくは……!寮に忘れました!!」


 教室中の視線が辰之助に集まる中で、海燕は気の毒になってそっと辰之助から目を反らした。


「今すぐに取りに戻りたまえ。半刻以内でなければさらに罰則を課す」


 そうして辰之助が教室を出ていった後、黒羽は机の上に並べられた通知表を見て満足げな笑みを浮かべた。黒羽が左手の人差し指を動かすと、机の上の通知表は黒羽めがけて宙を舞い、黒羽の左手に向けて積み重なっていく。


「ふむ……諸君は今後の抱負をきちんと書けている。

正直に言って安心した。

近頃は合格して燃え尽き、空欄で提出する生徒も珍しくないのだが、君たちは優秀だ。向上心のある生徒には私としても教え甲斐があるというものだ」



 満足げに笑う黒羽を見て、海燕たちは安堵する。彼らは、この半刻後に戻ってきた辰之助の抱負が空欄であったことに激怒することをまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ