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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学編 
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第五話 寮と寮の対立


 金髪の女子と別れた海燕は、校内を軽く回るつもりで走り出す。


(今から飯までは時間あっからなぁ……)


 海燕のいる破寮は、学園のちょうど東側にある。演習場を挟んで反対側に瑠璃のいる威寮が、北側に文次郎のいる炉寮がある。


 食事時までの間に演習場にいって軽く汗を流しておきたい。

 ならば、ついでに炉寮にいって文次郎を叩き起こしてしまおうか、と海燕は思った。


(……文次郎がいりゃ水を出してもらえんだろぉしな)


 演習場で汗を流した後、井戸でまた水を汲んで汗を落とすのは面倒だった。それならば文次郎に水を出してもらおうと、海燕は炉寮へと足を運んだ。



 炉寮は木造の破寮と異なり、石造りの頑強そうな外見をしていた。土属性の魔法を用いて作られたと思われる頑丈そうな壁には何重もの防御用の結界魔法がかけられ、ちょっとした上級魔法では傷ひとつつけられそうにない。


 そんな炉寮の前には、なんと人だかりができていた。炉寮生であることを示す赤い炎の腕章をつけた寮生たちだ。


 炉寮についた海燕も、炉寮の生徒と、炉の前で何かが、いや、見知った黒い影と何者かが激闘を繰り広げていることに気がついた。


 炉寮の生徒たちは、寮の前で繰り広げられる戦いを固唾をのんで見守っている。その生徒たちのほとんどは、青髪や金髪などの鮮やかな髪の色をしている。大半の生徒が、どこかの退魔師の一族からやってきたのだろう。


 炉寮生のなかには一人、黒髪の端正な顔の少年がいた。海燕の友人であり、炉寮生では珍しく平民出身の水戸文次郎である。彼もまた、固唾をのんで目の前で繰り広げられる戦闘を見守っている。


「八雲?どうなってんだこりゃあ?」


 海燕は翡翠色の瞳に魔力を集中させ、八雲と戦っている相手を見ようとする。

 八雲と戦っている相手は、六尺の背丈がある八雲とは比べ物にならないほど小柄な少女だ。道着には炉寮生であることを示す腕章をつけている。八雲や彼女から見える汗が、二人がそれなりに長い時間戦いを蹴り広げていたことを示している。


 海燕が目で追うのがやっとの八雲の拳を巧みにかわし、いなし、体格差による間合いの差をものともせず八雲と競り合っている。海燕が彼女が左足で蹴りを放つと思った瞬間に、彼女は軸としていた右足から魔力を放出させ、宙に浮いての回転跳び蹴りを八雲に仕掛ける。


 体格差による間合いの差を埋めつつ、八雲への奇襲となるその一手に、八雲は笑って対応した。少女の左足が八雲の首に直撃したと思われたとき、八雲もまた魔力を足に集中させて空を跳んだ。


 海燕が一連の攻防を完全に理解したのは、後から動きや関知した魔力から意味を考えたからわかったことだ。ただそのときの海燕には、八雲が首を蹴り跳ばされ、空に舞い上がったようにしか見えなかった。


 実際には、舞い上がった八雲は無傷だ。空中で風の魔力によって一回転した八雲は、魔力放出後で隙ができ、回転蹴りで視界が不確かな少女に、八雲はお返しとばかりに回転して追撃を仕掛ける。


 八雲の掌が、水色の髪をした少女の手を掴む。地面へと受け身を取ろうとしていた少女に対して、八雲の掌はそれを許さない。


「……!!」


 少女の頭が地面へと激突しそうになったとき、八雲は風属性初級魔法、旋風によって少女の体を浮き上がらせる。

 少女の体は風によって浮き上がり、すとんと尻から地面へと着地した。


 八雲は少女に左手をさしのべて彼女を起こそうとする。水色の髪の少女は一瞬憎悪を込めた目で八雲を見るものの、したかなく手を取って立ち上がった。



「それまで。おー、竜胆千里対、青葉八雲の戦いは……勝者八雲ぉ。両者、位置に戻り礼」


 茶髪のどこか軽薄そうな炉寮生の男子が、勝負の終わりを告げた。八雲と水色の髪の少女は、一足一刀の間合いまで距離を取ると、礼をして互いから視線を外した。


「八雲、文次!!オメーらなにやってんだ!?」

「海燕?どうしてここに?」

「相棒!来てくれたのか!」


 戦闘が終わった八雲に対して、海燕は真っ先に声をかけた。それに対して、八雲と文次郎は嬉しそうな顔をする。海燕は、八雲を見る文次郎以外の炉寮の生徒たちの視線が、よからぬ目をしているのに気がついていた。同じ退魔師に向けるものではなく、もののけに対するような目だ。


「それがよ……炉寮のみんなで朝稽古だってときに、八雲と出あって……平八郎……いや、炎上のやつが……」


 海燕に説明しようとする文次郎の言葉を、炎上平八郎という炉寮の男子が遮って話し出す。


 彼の心は踊っていた。


(まさか初日から網にかかっていうくれるとはなぁ!俺はついてるぜえ!)


 海燕や瑠璃と戦ってみたかった炎上は、ついでにいえばその友人である文次郎や八雲の強さにも興味があった。あわよくば戦いたいが、どうせやるならば全力の彼らとでなければ意味がない。同級生としてのよしみを超えた、本気の彼らと戦ってみてはじめて、自分の力量が、海燕が倒した見北陽花を上回ったのかどうかがわかるのだから。


「あー。俺が千里に戦えって言ったのよ」


「あんたが炎上か?」


 海燕は冷たい目で平八郎を見た。文次郎の話を聞いた通りならば、炎上は迷惑なやつでしかないからだ。


「おうよ。君が水戸の友達だっていう海燕だな?そうにらむなよ」

 

 炎上は海燕の視線にもまったくこたえた様子はない。彼は手をひらひらとさせながら、海燕に笑いかける。

 そこに罪悪感はなかった。


「先輩たちの話じゃ、炉寮生と破寮生は犬猿の仲って言うじゃねえか。なら、ちょっとばかし荒っぽい稽古だってやっていいだろ?

退魔師なんて強くてなんぼなんだからよ」

  

 茶髪の生徒が主導して八雲に何らかの因縁をつけたようだ。文次郎は憤慨して平八郎に喰ってかかる。


「良くねえよ平八郎!!八雲だったから良かったけどな、お前のあの言い方は喧嘩売ってるようなもんだぞ!相手の気持ちを考えろよ!!

しかも……」


 言葉を続けようとした文次郎に、炎上のとなりにいた桃色の髪の女子からせせら笑いが投げ掛けられる。


「はあ?あんた、平民の分際で炎上くんに意見する気?そんなことしてただで済むと思ってんの?」


 少女の言葉に、文次郎は内心で冷や汗を流す。平民出身者にとって、退魔師出身者の言葉というものは何よりも重い壁がある。生まれからくる魔力量、教育の質による魔法の知識の差が、無意識にその差を絶対的なものだと思い込んでいる。


(……でも、ここで引いちゃあいけねえ気がする……!)


 文次郎は自分にとっての理想とする退魔師の少女の姿を思い浮かべる。ここで炎上の意見に流されてしまえば、待っているのは理想とは程遠い堕落した自分だ。

 いや、自分が堕落するだけならばまだしも、無関係の破寮生までもが理不尽な目にあいかねない。それだけは許容できなかった。


「葛葉ちゃん。平民とかそういう話は今してねえよ。……炎上。竜胆ちゃんも戦いたくねえって言ってたじゃねえかよ!!」


「おいおいやめろ岬、文次郎。同じ炉寮生同士でいがみ合ってどうすんだ?」


「俺は炎上にいってんだよ!」


「あ、そうだったな!わりい水戸。次からは気をつけるぜ。

ただ、だーれも青葉と戦おうとしなかったからよお。竜胆か俺じゃなきゃ、お前も満足しなかったろ?北の民よ」


「……俺は戦いが好きだから、戦いはいつでも受け入れるさ。

ただ、もしも望んでいない人間に戦いを押し付けたのなら、それは俺も拒否する。次からは竜胆じゃなくてお前が来い、炎上」


 そういって、八雲は魔力を放出して炎上を牽制した。突然の魔力放出に、炎上の笑みが消えかける。


「敵に塩を送ってんじゃないわよ!」


 八雲の言葉に炎上が何か言い返す前に、千里が吠えた。


「炎上!それに他の奴らも!!こいつはあたしの獲物よ!!あたしより先にこいつに手を出そうってんならあたしがそいつをぶちのめす!」


「ちょっと待てえ、なんでそれをてめーが決めてんだ?」


「黙れ赤毛」


 海燕が千里に突っ込みを入れたものの、千里は異に介さなかった。


「ええ……?俺青葉くんと戦っちゃ駄目なのぉ?」


 平八郎は残念そうに呟く。彼にはまったく悪びれた様子がなかった。

 炎上平八郎という男は、身内に甘く、そして自分にも甘い退魔師だ。悪いと思ったことはやらないし、明確に拒否されたこともやらないが、彼は悪気なく悪事を成してしまうという危うさも持ち合わせていた。

 ついたあだ名が、皇区の悪童。炎上平八郎もまた、問題ある退魔師だった。


「……平八郎と、あと千里とか言ったな。俺の友達に変な因縁つけようってんなら、俺が代わりに戦ってやる。変なことすんじゃねーぞ。八雲、文次郎、朝練にいこうぜ」


 海燕は平八郎にそう言い残すと、八雲や文次郎とともに炉寮を去った。朝の鐘が鳴り響くまでには、まだまだ時間があった。

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