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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学試験編
36/59

第三十六話 戦後処理


「八雲よぉ……オメーはなぁ……」


「ん?」


 腕を組んで八雲と千里のやり取りを見ていた海燕は、呆れた目で八雲を見る。


「ん?じゃねぇだろぉがよ。意味不明な理由で理不尽に攻撃されてんだぞ。そんなんで許して本当に良いのかよ?」


 海燕は思わず八雲にそう問いかける。

 海燕にとって、八雲が北の民であるかどうかは大した問題ではない。海燕の故郷は南部外れの島で、北部の内乱とは無関係という事情もあるが、試験を妨害された八雲にはもっと怒る権利があるはずだと思ったからだ。

 何より、友人が理不尽な目に遭っているのを端から見ているのは面白くはない。もしも、八雲があえて我慢をして怒りを堪えているのならば、それを吐き出させるべきだと海燕は思った。





「俺はいいよ。楽しい戦いさえできれば、それで俺は満足だ」


「戦いに、楽しさなんてものがあるものかっ」


 千里はそう吐き捨てた。まったく悪びれる様子がないことに、海燕の中で千里に対する怒りが沸き上がってくる。

「あんたそ」

 千里に対してそれでも退魔師かよ、と嫌味のひとつでも言いかけたとき、千里の背後から黒い影がとびかかり、千里をかたい石の地面にたたきつけた。ごん、という音が境内に響き渡る。


「ごめんなさいっ!!!試験の邪魔をしちゃって本っ当にごめんなさい!申し訳ありませんでした!!ほらちーちゃんも謝って!!(えん)くん!ぼーっと突っ立ってないで一緒に謝って!!」


「う、うん。千里さんが暴れてしまい、申し訳ありませんでした!」


「はな……せ(つぐみ)。離せ!あたしは絶対に謝らねぇぞ!北の民なんかに!」


 千里を地面にたたきつけたのは、千里に率いられてきた黒髪の少女退魔師、鶫だった。玄武の攻撃で致命傷を受けたはずなのだが、今の彼女からはその影響を全く感じない。

 ただ、その快活そうな顔の左側の頬には棘によってつけられた生々しい傷跡が残っていた。


(よ、よく生きてたなあのお嬢ちゃん……)


 海燕は内心で鶫が生存していたことに安心しつつ、彼女の行動力に感心していた。文次郎を見る限り、豊葦の国の平民出身者が退魔師に意見するのは相当の勇気と、覚悟が必要なはずだ。

 平民出身者にとって、退魔師とは雲の上の存在。それが道を踏み外したとき、等身大の友人として振舞えるような勇気のある人間はそうはいない。

 その心意気を組んで、口を差し挟むことはしなかった。


「離さない!悪いことをしたらちゃんと謝るの!ちーちゃんは死にかけたんだよ!猿くんもわたしもそう!あの人たちに協力してもらわなかったら死んでたの!わかってるの!?」

「……うるせえ!そんなの……」


 鶫を振りほどいて立ち上がった千里は、鶫の顔面に残った傷跡を見て、言葉をつまらせた。


「……う……」


 鶫の顔を直視できず、俯く千里。水色の髪が力なく垂れる。

 それは、千里の罪の証だった。


 千里が陽花に加担せず、最初から玄武と戦っていれば、成願たちも陽花も早めに鎮圧されていただろう。そうなれば、余力を残した海燕たちの参戦によってもっと早くに玄武を攻略できていただろう。

 千里の代わりに鶫が無謀な突撃を敢えて行う必要だってなかった。千里がいれば、玄武の甲羅を破壊することだってもっと早くにできていたのだ。


 紅蓮紅臨の炎を制御し、八雲たちの様子を見に来た瑠璃たちも、腕を組んで千里を見守る健清も含めて誰も口を挟まない時間が流れた。口を挟まないというよりも、挟むことができない。千里に対してはもう、誰も何も言わなかった。気まずい雰囲気の中で、鳥の鳴き声だけが境内に響き渡る。


「……俺は、瑠璃の……あっちの青い髪の女の子の従者だ」

「……ええ。その通りです。唐草瑠璃、と申します」



 見かねた八雲が助け船を出す。突然のことに瑠璃が驚いて声をあげた。

 八雲の育った北部では、ある退魔師の部下である従者に対して別の退魔師が問題を起こした場合、当事者同士で話し合い、謝罪し、問題を解決する。それも難しい場合は、従者の雇い主である退魔師に対して謝罪する慣行があった。奉行所に訴えるのは、それでも問題が解決しないほどに根深いときだけだ。

 この場合、千里が八雲に謝罪をしなくても、千里が瑠璃に謝罪をすれば問題は解決ということになる。理不尽ではあるが、退魔師同士の秩序と面目を保つためには必要な慣行でもあった。

 


「私の暴走で試験を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

「……いろいろなことがありましたが、無事、玄武を倒す事ができました。私たちの同行者が起こした問題に、あなたたちが巻き込まれたという側面もあります。今回は、これで手打ちにしましょう」


 千里が瑠璃に対して深々と頭を下げ、瑠璃がそれを受け入れる。こうして、私闘の一件は彼らの中で解決したことになった。


「……大変だったな、君は」

「ああ、俺は別に。……君こそ大変だったね。いきなり目の前で乱闘騒ぎがあって」

 遠くから形式上のやり取りを見守っていた白髪長身の退魔師、健清は、八雲に近寄ると彼の肩を叩きそう声をかけた。健清の背丈は六尺一寸、八雲の六尺二寸より少しだけ小さい。八雲は、健清の友好的な態度に戸惑いつつも笑顔で応対した。

 

「ああ。正直、こんな試験になるとは思わなかった。まったく、とんでもない厄日だよ。

……ただ、君たちにひとつだけ言っておきたい。皇区の退魔師が皆ああだとは思わないでくれ。ほとんどの退魔師は、節度と理性を持って日々の仕事に取り組んでいる」


 そう言って健清は陽花や、千里を顎で指す。どうやら健清も皇区出身の退魔師であるようだった。


「んなこと思っちゃいねぇよ。真面目だな、あんた」

 海燕が健清をからかうつもりで笑って言う。健清は重々しく海燕の言葉に(うなず)いた。


「それが僕の取り柄だからな。僕の名は金剛健清。皇区の一般的な退魔師だ。皇区の退魔師は、昼夜を問わず真面目に研鑽を積んでいるが、それは人を助けるためだということをくれぐれも理解しておいてくれ」

「お、おう……」

(真面目っつったけど別に褒めてねぇぞ、俺)

 冗談のつもりで言ったのだが、どうやら健清にとっては褒め言葉だったようだ。


「ところで、きみたちは随分と酷い怪我をしているようだ。はた目で見ても分かるほど顔色が悪い。幸い、僕の魔力にはまだ余裕があるから、君たちの治療をさせてくれないか?僕の魔法なら、君たちを回復させられる」


「ご厚意は嬉しいんだが、俺はあんたに払える金がねぇ」


 海燕はそう言って、健清の申し出を断ろうとした。

 治療魔法は、高位の実力ある退魔師だけが使える医療魔法だ。実力のある退魔師ならば、折れた骨も、全身に負った火傷でもたちどころに完治させてしまうと聞いたことがあるが、実力のある退魔師に治療を依頼することは、高い金がかかるのだ。その時間で、その退魔師は強力なもののけを駆逐することだってできるのだから。

 とはいえ、高位の退魔師は平民に対してはそこまで法外な額の金は取らない。退魔師や貴族や、金持ちの大商人から高い金を取り、平民でもある程度までは高度な医療を受けることができる。それが、退魔師が平民からも支持を得た理由の一つである。


「金はいらない。玄武戦に協力してもらった分のお礼だと思ってもらっていい。鶫という黒髪の退魔師からも金は取っていない」

「んじゃあ頼むぜ健清!!俺ぁ、海燕ってんだが、骨を折られちまってよぉ……」

 無料と聞いて海燕は即座に治療を頼み込んだ。現金なものである。


「……それは逆に気持ちが悪いな。俺は少し持ち合わせがある。少額だけど。試験の後に受け取ってもらえるか?」

 

「……わかった、ありがたくいただこう。赤毛の君、海燕くんだったか。悪いが先に北部の彼から治療させてもらう。上着を脱いでくれるか?」

「じゃあ、よろしく頼む、健清」


 そして、八雲から先に健清の治療を受けることになった。健清は”風診”と”水診”を発動させ、八雲の体の状態を隅々まで把握する。

 八雲の状態は酷いものだった。全身の出血を魔力によって無理矢理抑え込み、強靭な精神力で立っていただけで、本来ならば戦闘などできないはず。

 その状態で千里を倒し、玄武の攻撃をしのぎきったという事実に健清は恐怖を感じる。


「よくこの怪我で動けたものだ」

(やはり”北の民”か)


 健清は喉元から出かかった本音を精神力でもって自制し、両手に上級魔法に匹敵するほどの膨大な魔力を集中させる。その動作に一切の淀みがなく、魔力を練ってから掌に集まるまでの速度の速さに海燕が感嘆のため息をつく。


(うお、見たことねぇ波長の魔力。それに、すげえ量だ……!

これが治療魔法なのか!!)


 健清が掌で触れるたびに、八雲を苦しめた風魔法の斬撃による傷跡が塞がっていく。その速度

の魔法を直で見ていた海燕は、その一挙手一投足を見逃さまいと釘付けになる。


「海燕、じろじろ見すぎだぞ。健清の気が散るだろ?」

「あ、そうだな。わりい」

「別に構わないとも。治療魔法を使っていれば、見たいと思うのは当然だ。心配しなくても、八雲くんは必ず完治させてみせる」


 その言葉どおり、八雲の傷は半刻も経たずにすべて塞がった。多少の傷跡はあれど、縫合手術が必要なほどの傷を、一瞬で治してしまう健清の腕前には感嘆せざるをえない。


「すっげーもん見ちまったぜ。文次と瑠璃もこれ見てねぇか!?あいつどこ行った?」

「二人は結界の解析中だ」

「あーっ……じゃあしゃあねぇか。滅多にねぇ機会なのに本当に勿体ねえ」


「何、この程度魔力操作技術を磨いて、しっかりと人体について勉強すればすぐ身につくとも。さ、次は海燕くんだな」

「ん?ちょっと待て健清。お前なんか周りに変なモンが浮いてんぞ?」

(魔力……なのか?)

 

 海燕は、八雲の治療を終えた健清の周囲に黒い霧のようなものが漂ってを感じ取った。


「!」

「……?何を言っているんだ海燕。何もないじゃないか」

 軽やかに腕を回し、柔軟体操をして体の状態を確認していた八雲には感じ取れてはいないようだ。


「んなわけねーって。八雲、風属性の魔力で感知できたろ?やってみろよ」

「……何もないが」

「はぁ?んなわけねーだろ。どうなってんだ?」

 どうやら、八雲の風属性の魔力でも、健清の周囲を漂うもやは感知できないらしい。


「海燕くんの気のせいだろう。さ、治療をしよう」

「いや、俺の気のせいなんかじゃねぇって。おめーの周囲に魔力のもやが浮いてんだよ。薄すぎて波長もなにもわかんねーけど」


 なおも食い下がる海燕に、健清は驚いたような表情を見せた。海燕に比べると大人びて見えた健清も、その瞬間は年相応の少年らしい顔になる。



「……海燕くんは、まさか。呪いを感じ取れるというのかい?」

「呪いだぁ?」


「……もののけの魔法を受けたのか?それとも、ヒダル神のような寄生型の病魔か?」

「いや、これは違うんだ。安心してくれたまえ、八雲くん。治療魔法の副作用のようなものだ」


 八雲が警戒態勢に入る。それを見た健清は、左手で八雲を押しとどめると、右手で左手の袖をまくりあげた。


「縄みてぇになってやがる……」

「!?何だ、これは。(あざ)か!?」


 道着がまくり上げた腕を見た海燕は驚く。海燕には、あの黒いもやが左手に密集し、健清の体にまとわりついて縄のように彼の腕を締め付けている光景が見えた。

 八雲には縄は見えない。ただ、何かが健清の体に痛みを与え続けていることは分かる。健清の左手に、本来ならないはずの痣が見えたからだ。


「治療魔法の代償でね。魔法の使用者は魔力で患者を治療する代わりに、痛みの塊を背負う。治療魔法使いの間では”呪い”と言われているが、大抵は数刻もあれば消えてくれる。これはカサブタのようなものだ。病魔というわけではないから、心配はしなくていい」


「心配すんなっつってもよぉ……”呪い”なんて物騒なもん背負って、本当に大丈夫なのかよ?」

「じゃあ、健清は俺の怪我を肩代わりしてくれたのか?」

「君たちが負った本物の怪我と比べれば大したことはないさ。訓練していれば耐えられる程度のものだ」


 健清の言葉を聞いた海燕は、途端に健清に治療を頼むことに後ろめたさを感じた。それは八雲も同じようで、しきりに健清の体の状態を気にしていた。



「つーかようは魔力だろ。制御できねーのか?」

「”呪い”は人間の扱える範囲の波長を超えている。こればかりは、術者がその身で代償を受けるしかないのだよ。高度な魔力操作技術を持つ退魔師であれば、呪いの発生量を極限まで低くすることはできるがね」


 退魔師の中でも一部の優れた人間にだけ治療魔法を教える、という方針は、恐らくはこの副作用が原因だろう。魔力操作技術が未熟な退魔師がこれを半端に習得して、その治療に失敗したとき。

 

 一体どんな呪いが術者に降りかかるか、わかったものではない。


 海燕の心の中に、健清や、治療魔法を使う退魔師に対する尊敬の念が湧き上がってくる。

 海燕が最も恐れ、そして恐怖するものの一つが痛みだ。

 痛みは思考力を低下させ、肉体の運動能力を奪う。いいことなど無いくせに、襲いかかってきたときは耐えるしかなく、耐えたところで逃れられないこともある。

 それを避けられないものとして、仕事と割り切って自ら他人の痛みを背負い、見ず知らずの人を助けるということが、どれだけ難しく、大変な事であることか。

 皇区の退魔師に対して抱きつつあった海燕の不信感は、健清という一筋の光によって少しだけ拭われていた。



「海燕、俺には肝心の”呪い”が見えないしどうにもならんが、お前は見えるんだよな。なら”呪い”も何とかできないか?」


 言外に吸収魔法で呪いを吸い込むことができるのではないかという期待を込めて、八雲は無茶を承知で海燕に問いかけた。


「……あんな波長、俺は今はじめて見たんだぞ。どう足掻いたって今は無理だ」


 海燕は、吸収魔法によって健清の周囲を漂う(もや)を吸い込もうとして失敗する。

 海燕が使える吸収魔法は、相手の攻撃魔法に対して己の魔力の波長を合わせて発動する受動的なものだ。能動的に魔力を吸うことは今までしたことがなく、陽花の結界から魔力を吸収できたのは、陽花の結界の波長に海燕の魔力の波長を合わせることが出来たからにすぎない。


(……けど)


 今の海燕には、呪いの魔力の波長はおろか、治療魔法の波長すら再現することはできない。

 しかし。

 しかしだ。

 海燕の心に、少しの欲が芽生えていた。


(あの”呪い”が魔力の塊なら)


 海燕の吸収魔法で、いつかその呪われた魔力すら吸収できるようになれば。


「……今はな。でも、結局は魔力だ。いつかは、どんな呪いだろうとも吸えるようになってやるよ」


 高潔で、人のために尽くす退魔師の痛みがひとつ、消えるかもしれないのだ。


「……?面白い冗談を言うのだね、海燕くんたちは。

まあいい、海燕くんも上着を脱いでくれたまえ。迅速に処置しよう」


 健清は海燕の宣言を冗談と受け取ったらしく、そう海燕に指示を出した。

 海燕は大人しく健清の指示に従い、健清の治療を受けいれた。


(よし。まずは治療魔法の波長を覚えてみせるぜ!)


 そう意気込んで健清の治療を受けた海燕は。


「いででででで!!いってえええええええええええええええっ!!!」


「我慢しろ!板を噛め海燕!!」


 体内で折れた骨が取り除かれ、再生するという痛み、肉体がかき回される痛みに耐えきれず絶叫するのだった。



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