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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学試験編
35/59

第三十五話 四ノ島の試験 決着


「…正直、行かせたくはないけれど。結局、八雲くんにも動いてもらうしかないわ」


「八雲が行くのが一番確実だかんな。俺の土属性魔法じゃ甲羅は割れねーし、俺の速度じゃ戦闘についてけねえ」


 状況を把握した瑠璃が出した結論は、結局、どれだけ不本意でも八雲を戦力として投入するしかないというものだった。


 玄武の甲羅には上級魔法並みの魔力が込められていて、元々かたい大岩が、さらに天井知らずの固さになっている。海燕ではいくら強化した石でもその甲羅を貫けず、厄介なことに柔石などの土属性魔法による弱体化も効かなかった。

 瑠璃が魔力を貯めて撃とうとしている上級魔法の紅蓮紅臨は、炎だ。密閉された岩石の甲羅を切り裂くことはできそうになく、甲羅で密閉されている以上、中身の札を燃やすこともできないだろう。

 物理的な攻撃力。それ以外に、甲羅をこじ開ける方法は存在しない。


 今、それができるのは。


 水色の髪の少女と、八雲。この二人だけだった。

 自分たちに襲いかかる刺を石壁で防ぎながら、海燕は瑠璃や八雲を激励した。


「くよくよすんじゃねえよ、瑠璃、八雲。みんなの力で試験を突破する。色々あったけどそれだけは間違いねえし、誰がいなくてもこの試験は越えられなかった。それも間違いねえんだからよ」


 八雲の顔色が明らかに悪く、死にそうなのも、瑠璃がそれを止めたがっていることも、海燕はなんとなく察しがつく。それでも、今は気休めを言って少しでも士気を上げるべきだと思った。状況が悪いときほど、ふざけておくべきなのだ。

 今はふざける余裕もないほどに最悪ではないと、周囲や自分自身に言い聞かせるために。

 

「文次郎、瑠璃を頼んだぜ?全力の全力の全力の紅蓮紅臨だ。瑠璃が吹っ飛ばねえように支えてやってくれ」

「全然問題ねー!…にしてもさ。森で無理やりついてったときはみんなして俺に色々いったけど、言った側が無茶苦茶してんだから世話ねーぜ」

「うるせ。俺らはいーんだよ頑丈だからな。文次はまず筋肉つけてこい」

「筋肉のつけすぎは身長伸びなくなるだろ!?」

「オメー五尺七寸はあんだろ(目測だけど)。ぜいたく言うな」

 ちなみに海燕の身長もそれくらいで、瑠璃の身長は五尺六寸である。

「男として六尺くらいはほしいじゃん!」

「だからぜいたく言うんじゃねえ!」


「ちょっと男子?今の状況分かってる?漫才はそこまで」

「わりい」「ごめん瑠璃ちゃん」

「よろしい。こうなったらもう、力業で早く終わらせるしかないわ。

甲羅が割れたのを確認して、海燕くん以外のみんなが避難したら、私が玄武を燃やし(こわし)ます。

死なないでくださいね、二人とも」


「承知した」

 八雲は短く、しかし、やわらかに微笑んで返答した。


「海燕くん。八雲くんを守って。これはあなたにしかできない仕事なの。負担をかけてばかりだけれど、こればっかりは海燕くんの力を借りるしかありません。お願い」

「わーってるよ。まぁ、正直きついが死にやしねぇ。俺が海に還るのはまだ先の話だぜ。

強くならなきゃいけねえし、他にもまだまだやることが残ってんだからな!」



 そして二人も、水色の髪の少女を援護するため、玄武の甲羅を破壊するために玄武へと突撃する。

 魔力を解放した八雲の速度に海燕はついていけず、すぐに置いていかれるものの、土属性魔法で浮遊する大岩を妨害し、刺から八雲や千里を守り抜く。


(何だあいつ?…まあいいや。決めろよ……!)


 玄武の背で舞うように駆け、玄武の甲羅を切り裂いていく千里を妨害しようと、浮遊する大岩たちから射出された幾つもの刺が千里を貫こうとする。

 右へ左へ。時には上に跳ねてそれらをかわす。それでも、体力は無限ではない。甲羅をすべて切り捨てるよりも先に、千里の限界が訪れる。

 千本の刺が、逃げ場のない千里を追い詰める。じわじわと、千里の動きに余裕がなくなってくる。


 ついに刺が目の前に到達しかけたとき、千里はそれを自分へ与えられるべき罰だと思った。


(ああ、よかった)

 鶫が受けるべきものではなく、自分が受けるべき痛みだった。あの集団を本来率いていたのは、千里なのだ。

 それを放棄した罰は、甘んじて受け入れるつもりだった。


 しかし、いつまでたっても罰は千里の体には到達しない。

 本人が望む罰は、罰にならないと神が思ったのだろうか。そうだとすれば、神とは性格がわるい生き物だ。千里に与えられた罰は、北の民に救われるという受け入れがたい現実だった。


 北の民が木刀をなぎ払えば、大岩は真っ二つに切り裂かれた。刺が射出されれば、どこからともなく石が飛んできて刺と相討ちになった。

 北の民に対する怒り。

 北の民に助けられる己への怒りが、絶え間なく千里を蝕んだ。

 

 全身を襲うありとあらゆる怒りを燃料(まりょく)にして、水の刃が鋼鉄の硬度を誇る甲羅を切り裂き、その内部をさらけ出す。その刃に乱れはなく、その斬撃に狂いはなかった。

 その水の刃は流れ落ちる滝のように流麗で、鮮やかに玄武の甲羅を断ち切った。


(……お見事)


 八雲は内心で千里に賛辞を送った。自分には、あそこまで流麗で美しい剣を振るうことはできそうにない、と。



 すべての力を出し尽くした千里は、玄武の背から落ちていく。

「千里さん!」


 という猿之介の声が響き渡る。頭から落ちれば、千里の命はない。


 だが、八雲はそんな結末を許さない。


「海燕頼む!足場をくれ!」

「おらよ!」


 玄武の背を蹴って、灰色の髪の毛を持つ少年は千里のもとへ向かう。空中で海燕が動かした岩を蹴り、いいところにおいた小石を蹴って、地面に衝突するはずの千里を抱き抱えた。


 その背後では、玄武と海燕が膨大な量の炎に飲み込まれていた。瑠璃の紅蓮紅臨が、玄武のからだごと玄武を制御する札を焼き尽くそうと燃え上がる。


(…ちくしょう…ちくしょうちくしょう…ちくしょう!

人をバカにしやがって!)


「離せっ!」

 抱き抱えられていた千里は、八雲の頭を蹴り砕こうと足をはねあげた。八雲は咄嗟に千里から手を離し、尻餅をつくかたちで千里は八雲から解放された。


「ああ、すまない。遅くなった」

 言葉とは裏腹に、八雲には悪びれた様子はなかった。


「なんであたしなんかを助けた、お前らは!」


「…正直、自分でもよくわからない」


「ふざけんな!!」


「ぎゃあぎゃあとやかましいやつだぜ。おい八雲、まともに取り合う必要あんのか?訳のわからん差別主義者だぞこいつは」

 修羅場を迎えた二人を見かねて、炎の中からのっそりと無傷の海燕があらわれた。例によって魔力は補充されている。


 海燕から見て、千里は陽花と同類の人種であり、まともに対応する意味がない相手だった。場合によっては、海燕が千里を取り押さえなくてはならないかもしれない。

 八雲と斬り結べたことから、本来ならば千里は海燕より格上の退魔師だ。今の海燕も満身創痍だったが、これ以上八雲を戦わせるのは八雲の命が危うくなる。


「あるよ、俺にとってはな」

 当事者にそう言われれば、海燕は黙るしかない。腕を組んで、二人のやり取りを見守った。


(どうしようかな)


 八雲は思案した。なんと言えば、彼女が傷つかずにすむだろうかと。

『ご両親を思う気持ちが美しいと思ったから』

 だと、口で伝えるのはたやすい。だが、千里を八雲の立場に置き換えて考えてみたとき、八雲は千里にとっての仇の一族だ。仮に八雲が、自分にとっての親のようなものである道場主夫婦を殺した一族がいたとして、それにそう言われて納得するだろうか。



 八雲は、自分ならば絶対に納得しないだろうと思った。

 八雲と千里は、内紛でお互いを傷つけあった、加害者遺族同士なのだ。

 適切な距離感、それらしい態度というものがある。

 千里が北の民として八雲を見るように、八雲もそれらしく。北の民らしく振る舞うべきなのだろう、と八雲は思った。


「君とまた、戦いたかったからだ」

「は?」

「…は?」


 海燕はまじまじと八雲を見た。八雲は落ち着いていて、嘘を言っているようには見えない。


「君ほどの剣術の使い手は北部でもそういなかった。君とまた戦えなくなるのは、あまりにもつまらない。それはまったく楽しくない」


(八雲よぉ……)

 海燕は呆れた目で八雲と、見知らぬ水色の髪の少女を見ていた。

(いくら戦いが好きだからってお前、相手くらいは選べよ……)


 何でこいつは自分を差別してくる相手に、まったく憎しみが感じられない澄んだ瞳を向けられるのだろうかと、傍から見ていた海燕は思った。



「……あれだけの犠牲を出しておいて。まだ戦いに酔っぱらうのか、お前たちは!」


「楽しいものを楽しめるときに楽しんじゃあいけないのか?」

 


 八雲は、これで巷で言われるような恐ろしい戦闘狂いの退魔師を演じることができたと思った。実は、八雲は自分以外の北の民と話をしたことはほとんどない。道場で周囲の大人たちからきいた北の民の大人像に、今の自分とを重ね合わせ、想像でそれらしい北の民としての人物像をでっちあげたのである。

 

 


 八雲としてはこの言葉で、戦闘狂いの北の民という自分を演出したつもりだった。しかし、敢えて言うならばそれは実際の北の民の在り方とは異なるものだ。

 八雲の在り方は、”戦闘好き”だ。”戦闘狂”とは違い、あくまでも、自分にも相手にも一定の秩序があり、都合があるということは理解できる。制御できる範囲内での闘争でなくてはならないし、相手の同意がなければ退魔師同士の戦闘などすべきではないと、八雲自身も弁えていた。かつて滅んだ北の民と、八雲の違いはそこにあった。



「耳障りのいい名目を掲げて戦いを楽しんで。自分ちを正当化してんじゃねえぞ、蛮族が…!」


 千里は絞り出すようにそう言ったが、その言葉にはどこか覇気がない。

 八雲の青い瞳が、あまりにも澄んでいたから。

 敵に対して向けられるものではない目を、殺そうとした人間に向けられる。そんな居心地の悪い経験は、これがはじめてだった。二度と味わいたくはなかった。



「戦いを楽しんでいるのも、蛮族なのも否定しない。でも、俺は楽しむべき時と場所は選ぶよ」

「……!!」


(よし、元気になったみたいだ)


 千里から怒りと憎しみを込めた視線を向けられて、八雲は内心で作戦がうまく行ったのだと思った。

 実際には、時と場所を選ばずに暴走した自覚がある千里にとってはその言葉は致命傷だ。北の民の所業を省みて世間が北の民につけた蛮族という評価すら、千里のやらかしに比べれば可愛いものだ。北の民は蛮族ではあっても、任務を放棄したりはしていないのだから。

 結局、彼女に残ったのは、北の民に両親を殺されたという事実に対する怒りだけだった。


「俺を殺したいのなら、また今度、学校で殺し合おう。今度は場所と日を決めて、誰にも迷惑をかけずに。戦いは、そうあるべきだ」

 

 そう言って差し出された八雲の左手を、千里は握れない。 

 八雲の青色の瞳を直視できない。

 ただ、絞り出すようなか細い声で、


「いつか、必ず。必ずお前を殺してやる。覚えとけ、あたしの名前は竜胆千里だ」

 と、八雲に告げるのだった。


「いい名前だな、千里。俺は八雲だ。また今度、必ず会おう」


 結局、八雲の瞳が曇ることはなかった。

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