第三十四話 四ノ島の試験 退魔師
「何で”北の民”が!あたしを助けた!!」
木刀の切っ先を八雲へと向けながら、水色の髪の少女、千里は灰色の髪の毛を持つ少年へと疑問を投げかけた。少女と八雲との体格差から、木刀の先端は八雲の喉ではなく心臓へと向けられている。陽花という一人の少女が旗印となり巻き起こした騒動は、千里や成願を巻き込んで燃え上がろうとした。だが、北風がその半分を鎮火し、毒をもった紫陽花は燕にその花を踏みつぶされ、たいそれた願いは叶うこともなく、紋白蝶に喰い荒らされることで終わりを迎えた。
それでも、北風は竜胆の花を折ることはなかった。
(……まいったな……)
存分に戦い満足した八雲には、千里を止める気も潰す気もない。できれば今戦うのではなく、日を改めてほしいところだが。
八雲は彼女の行動から、怒りや憎しみの中にも、困惑の色があることを感じ取っていた。八雲を殺す気ならば問答無用で魔力を解放し、斬りかかればいいものを、彼女からは一切の魔力を感じ取れなかったからだ。
今の千里では、戦いの喜びを彼女自身が味わうことはできないだろう。というより、そんなことができる状況ではなくなってしまったと言う方が正しいか。
「そんなもの、言うまでもないことでしょう!」
瑠璃が千里と八雲の間に立ち塞がり、あらんかぎりの怒りを込めて少女を睨み付けた。
退魔師ならば、救える命をむざむざ見殺しにはしない、と瑠璃は思っている。瑠璃が気絶した退魔師を救うための指示を出す前に、八雲は千里を抱えてきたのだから。
「うぜえ。ぶりっ子には聞いてねえんだよ!答えろ北の民!」
「ぶりっ…!あなた、初対面の退魔師に対して失礼にもほどがあるわ!それでも退魔師なんですか!?」
「礼儀を口にするなら北の民なんぞに荷担するんじゃねえ!」
(こいつ、三度も差別を…!)
激怒した瑠璃が千里を黙らせようと大縄を使おううとしたとき、瑠璃の肩に手が置かれた。
「瑠璃が出るまでもないよ。俺が君にとどめを刺さなかったのは、君が」
八雲が千里に対して返答を試みたとき、石壁の中にまで響き渡るほどの悲鳴があがった。
「きゃあああ!」
「つぐみちゃん!!」
(そんなバカな、海燕くんがいて誰かが怪我をするなんて)
女性退魔師の甲高い悲鳴と、男性退魔師の絶叫。どちらも、瑠璃と八雲には馴染みのない声だった。だが瑠璃と八雲はは、最悪に近い出来事があったのではないかと反射的に石壁を出てしまう。
「………鶫っ!?」
石壁から出たのは瑠璃たちだけではなかった。千里もまた、悲鳴を聞いた瞬間に八雲に向けていた木刀を取り下げ、石壁の外へと飛び出した。
目の前には、北の民の無防備な背中があった。しかし、千里はただ人を救うためだけに魔力を全開にし、玄武へと駆け出した。
石壁の外では、玄武と受験生たちとの激闘の後が見られた。
あちこちに浮遊していた大岩の残骸や、玄武のからだの一部らしき岩石の破片が散らばる。石壁のそばでは、ほとんど魔力切れに近い文次郎が絶叫しながら刺の生えた大岩の攻撃をかわしていた。
「痛っ!ちょっと棘が掠った!やっぱ痛いってこれ!」
「我慢しろ!」
魔力にまだ余裕がある海燕が文次郎の背中を守り、刺をはやした浮遊する大岩に魔力付きの石を投げたり、土属性の魔法で刺を破壊したりしながら時間を稼いでいるた。
「海燕くん!この刺岩は一体何!?」
「玄武のまわりにいた岩だ!大蛇をぶっ飛ばして、向こうの人たちが玄武の頭を飛ばしたらなんか岩から刺を出してきたんだ!」
「……まだ攻撃の幅があったなんて。一体どれだけ複雑な設計をしてるのかしら……」
答えたのは文次郎だったが。
大蛇が運よく土属性以外の上級魔法を撃った直後に、文次郎は大蛇に”泡沫飛沫”を叩き込むことができた。そのおかげで大蛇による上級魔法の脅威はなくなったが、玄武自体にはまだ別の攻撃呪文が搭載されていたらしい。
玄武の周囲を漂い、玄武を守る盾として回転していた大岩がその形状を変え、棘を射出する兵器となった。それによって、海燕たちは苦戦を強いられていた。
「瑠璃ちゃんも気を付けて!まるでウニだぜこいつらは!」
「うに?」
文次郎がそう叫ぶように、大岩の外見は海産物のようにも見える。その大きさが拳大から、人間の顔面すら越えるほどの大きさでなければだが。
「いや、でかい毬栗だ!二人とも気をつけろ、こいつらは刺を飛ばしてくるぞ!」
海燕はそう言いながら、一番手近な刺岩に土属性魔法を込めた土をぶつけ、無力化しようとする。
刺岩は海燕の放った土を回転することで弾き飛ばし、さらに高速回転を繰り返しながら、そのからだの刺を射出し始める。
「……迎撃するわ!海燕くん、あなたは土属性魔法で時間稼ぎをお願い!私は中級魔法でウニの数を減らすわ!文次郎くん、向こうの状況はどうなってるの!?」
「甲羅をぶった斬ろうとした女の子がやられた!もう一人は魔力切れで今は防御役しか残ってねぇ」
「玄武の甲羅は!?」
「すまねぇ瑠璃ちゃん……無傷だ」
文次郎の目から見ても、黒髪の少女退魔師、鶫は決して弱くはなかった。
彼女は海燕に匹敵する腕力に加えて、前線に立ち続け、大岩に圧殺されることなくその攻撃をかわし、大岩に打撃を与えるという前衛としてのつとめを充分にこなしていた。同じことは文次郎にも、瑠璃にもできないだろう。
黒髪の男子、猿之助が中距離から攻撃魔法で援護して道をこじ開け、玄武からの致命的な攻撃は白髪の男子、健清が海燕以上の練度をもつ土属性魔法で遮断していた。
それでも、魔力のすべてを込めてふるわれた鶫の刃よりも、玄武の甲羅は硬かったのだ。
鶫の木刀は玄武の甲羅に微かな切り傷を与えるにとどまり、逆に彼女の木刀はへし折れた。
そして、攻撃直後の無防備な状態で棘を生やした大岩の奇襲を受けた黒髪の少女は。
その身を穴だらけにしながら、水色の髪の少女、千里に背負われていた。千里は、縦横を駆けまわりながら、大岩の追撃を回避し続ける。
「何で無茶した!弱ぇくせに!何でっ!!」
千里は思わずそう口に出した。そう言わざるをえなかった。
玄武の甲羅に蓄積されている魔力は、上級魔法級か、それ以上の威力がなければ破壊できないと確信できるものだった。千里が知っている鶫は、敵の魔力量もわからないような馬鹿ではない。
「わた……しも……」
鶫と猿之助は、千里がこの試験の中で出会い、鳥居まで率いてきた退魔師だった。
猿之助は前衛をやりたがったが、千里から見て話しにならないほどに弱かった。何よりも、もののけに対して腰が引けていた。だから秒で後衛に回した。
だが鶫は。
鶫は、前衛としては猿之助よりはマシだった。才能があった。思い切りがよく、判断に拙いところはあるが、己の失敗を切り替えられる精神力があった。
あとは無理をせずに、経験を積むだけでよかった。訓練を重ねて魔力と筋力を底上げしながら、対人、対魔物の経験を積む。それだけで、大成できる可能性はあった。
なのに。
「……ちーちゃんみたいに、なり……たかった……から」
「……あたしなんかに憧れてんじゃねぇ!」
爪土竜に襲われていた鶫が、千里に救われたとき。一太刀で爪土竜を切り捨てた千里の姿は、鶫の脳を憧れという炎で焼いた。それが、鶫が無茶をするきっかけになったとしたら。
千里がいない分の穴を、実力の不足を、分かっていて。分かった上で、それでも恐怖を超えて戦ったのだとしたら。
千里は、背負っている鶫の体が冷たくなっていくのを感じた。走りまわりながら、懸命に鶫へと呼びかける。
「あたしは……試験を放棄したんだ!お前らを見捨てたバカなんだ!あたしなんかに憧れたまま死ぬんじゃねぇ!」
「つべこべ言ってないでにこちらへ来い!彼女を僕に見せろ!早く!!」
「!」
千里はその声のした方角へと方向を転換し、足元から魔力を爆発的な勢いで放出する。一瞬で大岩の追撃を振り切った千里は、その声を出した見知らぬ男、健清と合流した。
合流した直後、健清は土属性中級魔法”石壁”を発動して大岩から遮断する壁をつくる。浮遊する大岩は、壁を突破せんとその棘を放出するが、石壁の強度は大したものでびくともしない。
「てめえ!鶫を利用しやがったのか!?」
「ああそうだ僕が突っ込ませた!結果このざまだ!僕の見通しの甘さといったらないな!だが君に言われる筋合いはないな!」
(腹部の傷が深い。治療するならここからだ!)
健清は千里には一瞥もくれず、ただ治療魔法によって鶫を治療することに専念した。
呆然とそれを見守るしかない千里に、一人の退魔師、猿之助が声をかける。
「千里さん。今は、どうか試験に専念してください」
その黒い瞳には、縋るような光が宿っていた。
「……うるせぇよ。あたしは試験を放棄したんだ」
「なら何度でも言います。あなたはまだ試験の最中です。玄武の甲羅を割ってください。玄武を倒してください。
鶫ちゃんの仇を取ってください!」
「……うるせえって言ってんだよ!仇、仇、仇!親だか友達だか知らねぇが、他人の負けの責任をあたしに押し付けんな!あたしだって討ちたかった!討ちたかったんだよ!でも出来なかったんだよ!仕方ねぇだろ!!強かったんだあたしよりも!!北の民のくせに!!これ以上どうしろってんだよ!!あたしはもう充分戦ったんだよ!」
「玄武は北の民より弱いかもしれないじゃないですか!」
「うるせえ!!」
「千里さん。鶫ちゃんは……あなたみたいな退魔師になりたかったんです」
「あたしは立派な退魔師なんかじゃねぇっ!」
「知ってます!僕はあなたに何回かぶん殴られてるんですから!!」
猿之助がそう叫び、千里に言い返した。千里は猿之助の顔をまじまじと見返す。
(こいつ、まともに話せたのかよ……)
死にかけていた猿之助を拾って以来、猿之助の千里を見る目はどこか気持ち悪かった。こちらから話しかけてもろくに会話もせず、それでいてぴったりとついてくるような態度が嫌で、追い出そうとしてぶん殴ったこともあったのだ。
「集団を率いてきたくせに、試験を放棄したことも。別に覗いたりしてないのにぶん殴られたことも、三人分の食糧で一人だけ取り分が多かったことも知ってます」
その言葉には、理由のある恨みと呆れのような何かが込められていた。
「……それでも、鶫ちゃんは……あなたのことが好きだった。友達になりたがっていた」
「……」
「どんな強いもののけが相手でも、恐れず前線に立って戦うあなたに憧れたんです。僕の推測でしかないけど、あなたと対等になりたかったんです。
だから……お願いします。玄武と戦ってください。鶫ちゃんの憧れたあなたでいてください。
……そして、玄武を倒したあとで鶫ちゃんにぶん殴られてください」
千里は何も言わなかった。
ただ、彼女は己に残されたすべての魔力を振り絞って解き放ち、捨て身の速度で玄武に立ち向かう。
その先に、憎き北の民がいることを知っていて、一人の退魔師は戦いの場へと舞い戻った。




