第三十二話 暴力
やはり筋力……筋力はすべてを解決する……!
八雲が水色の髪の女子と、海燕が陽花と激闘を繰り広げていたとき、文次郎と瑠璃は六尺七寸はあろうかという黒髪の巨漢、成願と激闘を繰り広げていた。
成願は八雲以上の身長に筋肉の鎧をまとった、暴力の化身のような男だった。
鍛え上げられた肉体でもののけに立ち向かっていた男の拳は、今では同じ退魔師へと向けられていた。
「”霜時雨”!!瑠璃ちゃん、下がってくれ!!」
「気を付けて文次くん!」
(こいつは……絶対に近付けちゃいけねぇ!!)
文次郎は一目見て、成願という男の危険性を理解した。瑠璃に後退を促したのは、当然だ。
成願の腕は丸太のように太く、何かを殴ることに特化したかのように異様な筋肉がついていた。あんな腕で殴られようものなら、瑠璃の命すら危うい。
どれだけ誇張しても、成願の筋力自体は魔熊ほどではない。しかし、受験生の中で飛びぬけた筋力を持っていることだけはわかった。
それこそ、筋力だけなら八雲以上かもしれないのだ。
「遅ぇんだよ!」
成願を無力化するために文次郎から放たれた水泡は、しかし成願に直撃することなく空を切った。
(へっへっへ。森のもののけどもを相手するより、よっぽど楽な仕事だぜぇ)
成願はそう内心でほくそ笑んだ。
島田成願という巨漢は、生まれは平民の退魔師だ。魔法の才能に恵まれた文次郎とは異なり、周囲から期待されていたわけでもない。
最初は、文次郎のような平民出身者とそう変わらない、世のため他人のための仕事がしたいと退魔師を志した少年だった。だが、何の才能も持っていないように見えた当時の成願に向けられる目はよくて嘲笑、悪ければ無関心だった。
周囲からの扱いが目に見えて変わり出したのは、成願が成長期に入ってからだった。
成願の体に起きる痛みとは裏腹に、伸びていく身長。適切な訓練と食事管理によってついていく筋肉と魔力。それにともなって態度を変え、どこか媚びへつらったような目で見てくる周囲。
それまで何の期待もされていなかった成願の心には、期待される喜びとともにいくつかの歪みが生まれていた。
(それまで何も教えてくれなかったくせに、都合のいいことばかり言いやがって)
その鬱憤を晴らすように、成願は道場での訓練に明け暮れた。鬱憤を晴らすために試合の場で誰彼構わずぶん殴り、やがて道場の大人ですら成願に敵わなくなったとき、いつしか成願は殴りたいから殴る、という暴力を至上とする人間になっていた。
そんな成願だからこそ、中距離からの攻撃魔法にも対処ができる。成願が足に魔力を集中させ、高速移動をし始める前に、文次郎は次の手を打っていた。
(戦法を借りるぜ、海燕)
文次郎は自分の前面の地面に、土属性の魔力を流し込んだ。土属性魔法”柔石”によって、石造りの聖域はやわらかく脆い砂の大地と化した。
これで、接近戦を挑まれる確率はぐっと減る。
後は文次郎と瑠璃の二人がかりで、得意な中距離からの攻撃に徹すればいいのだ。
「大人しく降参したほうが――!?」
「げはははは。面倒な手を使いやがって、なぁ?」
できれば成願を傷つけることなく穏便に終わりたいと思っていた文次郎は、成願の行動に顔を歪めた。
成願はその辺の石の欠片を拾い上げ、土属性の魔力を込めてその強度を強化していった。
土属性初級魔法”石固”だ。普通のそれと異なるのは、上級魔法に近いほどの膨大な魔力がただの石に込められ、受験生の中でも最強の筋力を持つ男が、それを投げようとしていた。
文次郎の顔がたちまち青ざめた。
受験生の中でも最強の筋力を持つ男が。
その筋力を全開にして。
あの石を放り投げたら?
文次郎は、反射的に全力で魔力を練り上げた。
「おい、やめろー」
「抵抗するから痛い目を見るんだぜ?抵抗しなきゃ、骨の一本で勘弁してやったのによぉ!!」
文次郎の叫びもむなしく、成願はその手に持った凶器を文次郎へと解き放った。
死。
骨の一本二本どころではない。上級魔法並の狂気が文次郎へと迫る。直撃すれば死が待っている。
上級魔法を打ち砕けるのは、上級魔法だけである。文次郎は、咄嗟に両手から水属性上級魔法”泡沫飛沫”を放とうとして。
膨大な炎の渦が、石を飲み込んだ。
「瑠璃ちゃん!?」
「文次郎くん。敵から目を離さないで。あいつを潰すわよ」
文次郎が振り向いた先には、瑠璃がいた。彼女はもはや怒りの限界を超えてしまったのか、今までにないほどに冷たい目で成願を見ていた。
「げはははは。上級魔法を使わせてやったぜぇ」
成願は自分を素通りしていく炎を見送った。上級魔法”紅連紅臨”の圧倒的な炎の渦は、誰を傷つけることもなく体を再構築していた玄武に着弾し、そのまま燃え尽きた。
(ち、畜生……!)
文次郎は怒りでふるえた。
それは、迎撃が間に合わなかった自分に対してか、下手をすれば人を死に追いやるような攻撃をしてきた成願に対してか。
怒りで考えがまとまらない文次郎に対して、成願は余裕の表情で提案する。
「これで分かったろ?俺様とおめえらの圧倒的な戦力差ってやつが。おまえら、三人のカス共よりは強いじゃねぇか。北の民なんか見捨てて、紫の姐さんについていこうぜ!」
「ふざけんな!そんなのは絶対お断りだぜ!!」
文次郎は土属性中級魔法”石壁”で自分と瑠璃の前に壁をつくり、到達速度の速い風属性中級魔法、”風衝波”を放って成願を撃った。
しかし、成願もここまで残って来た受験生というべきか。彼は、文次郎の指先から魔法の到達範囲を予測し、風が自分を襲う前に動き、魔法を回避するという荒業を成し遂げていた。
「げはははは!じゃあ死にな、『いい子ちゃん』!お前らにこれが防げるのか!?無理だよなぁ!もう魔力なんて残っちゃいねぇだろ!」
成願は両手に先ほどよりも大きめの石を握り、先ほどより多い量の土属性の魔力を込め、石を強化した。
成願には余裕があった。
平民出身である成願の魔力量は、文次郎とそう変わらない。だが、先ほどまで死力を尽くして戦っていたであろう瑠璃や文次郎とは違い、成願は無傷なのだ。今に限って言えば、機動力も魔力量も成願が上なのである。
両手の石で同時に攻撃を放てば、瑠璃か文次郎のどちらかは確実に仕留めることができるのである。
(黒髪の魔法が途切れた時!二人同時に攻撃してやるぜ!!あんなちゃちな壁じゃあ防ぎようがねぇ!
……くくくく、生まれながらの退魔師サマをいたぶれる機会が来るなんてなぁ!)
頭の中で算盤を弾きながら、成願はその好機を待った。火属性、風属性、水属性のさまざまな中級魔法を回避し、ついに文次郎が魔法を撃てなくなったとき、その好機は訪れた。
「喰らいなぁ!」
「……ええ。あなたが」
「な、何!?」
成願が両手の石を投擲しようとしたとき、成願の足元から縄が飛び出した。
縄は瞬く間に成願の両手、両足に巻きつき、その全身を拘束しようと蛇のようにうねり狂う。
「な、縄だと!?」
「”柔石”で軟化させた地面に仕込んでおきました。人って見えない罠には警戒するけれど、見えている罠には驚くほど無警戒になるんですね」
(瑠璃ちゃん、俺の魔法をそこまで応用してくれたのか……)
瑠璃の言葉は図星だった。成願は、柔石がただの罠だと見抜き、そして見抜いたからこそ放置した。一度柔らかくした地面を固めるには、より大量の魔力を流し込まなければならないからだ。
「こんなもの、俺様の魔法で燃やして切ってやるぜ!」
成願はとっさに火属性の魔力を練り上げ、火属性中級魔法、”連火閃”で縄を焼き切ろうとする。
「それはさせません」
「”注連縄唐草逆さ縛り”。あなたの魔力、奪わせて頂きます」
そう言われた次の瞬間から、成願は体に違和感を感じ始めた。
(何だ……?力が、抜けていく……!?)
「……くそったれがぁ!!」
瞬時に練り上げ、中級魔法を放つ寸前まであったはずの炎属性の魔力。
それが、底に穴が空けられた風呂の湯のように目減りしていく。
「このご時世、賽銭泥棒に来る悪童は多いんですよ。そういう子供を捕まえても、魔法が使えればすぐ逃げてしまうでしょう?ですからこうやって、魔力を抜いて分からせるんですね」
瑠璃の使う魔法、”注連縄唐草”は、練り上げた特別な魔力を大繩を通して神へと捧げる儀式魔法である。この魔法には神に対する感謝と、畏怖の念が込められていた。
今使っている魔法は、その真逆。練り上げた力で悪逆を働こうとする人間を抑止するために、後天的に開発された儀式魔法。大繩に縛り付けられた罪人の魔力を、大繩を介して大地へと放出し、神に対して謝罪の意思を示すための魔法だった。
「な、何をー」
「暴力で無理を通そうなんて、できやしないってことだぜ。
……っていうか死ぬかと思ったじゃねぇかちょっと反省しろ」
魔力によって強化された文次郎の拳が成願の顎へと叩きこまれ、成願は意識を失った。
時を同じくして、八雲と海燕も勝利を収め、陽花の趣味から始まった無意味な私闘は終わりを告げた。




