第三話 四ノ島の試験 森の三人
「俺は八雲。ちょっとかっこいい男が居たんで、その助太刀に来た」
海燕はつかの間の安堵にほっと溜息をつき、続いて恐怖で額から汗を流す。たった今、この八雲という少年の助けが来なければ、あの受験生は死んでいた。それだけではなく、自分も、青い髪の女子もだ。
だから『かっこいい男』と呼ばれても皮肉にしか感じない海燕をよそに、青い髪の少女は海燕に向き直り、礼を言う。
「あの、赤毛のあなたもありがとう。あなたも受験生ですよね?なぜ私たちを助けてくれたんですか?」
命の危機からの動揺もあれど、助けられたことに対してきちんと礼を言えることからも、少女が海燕と違い礼儀正しい人間であることがわかる。
「……『何で』はねぇだろ。退魔師ってのは人を助ける仕事だって聞いたぜ?礼なんていらねぇよ」
「いや、でも…」
「それと、俺は敬語を使われるような身分じゃねぇ、海燕でいい」
海燕は照れくさくなりぶっきらぼうに言った。
「そう。……じゃあ私は瑠璃。瑠璃と呼んで。……じゃあ改めて、海燕くん、八雲くん。助けてくれてありがとう!」
瑠璃と名乗った少女が笑うと、まるいおでこと青い髪が微かに揺れる。どことなくぎこちないその笑顔が、海燕の目を惹きつけた。
「ああ、気にすんな!!あー、それより、あんたと一緒に居た受験生は探さなくていいのか?仲間とかじゃねぇの?」
海燕が瑠璃の背中をぱんぱんと叩き話題を変えると、瑠璃は困ったように眉を下げた。
「……うん、別にもう、いいかな」
「何でだよ?」
もう、という言い方が気になり、海燕は瑠璃に尋ねる。
「それが……彼はその……私の同郷の退魔師なんだけど、格上の家だからってつきまとわれていたの。だから、今回の受験でも協力しろって」
瑠璃は何かを思い出すかのように、悲しそうな顔になる。
その言葉に、海燕は心当たりがあった。
(どこでも家同士の付き合いってのはあんだな)
「あー、あんたも苦労してたんだな。まぁ、退魔師ったって人間だ。上下関係がありゃ、そういう苦労があるのはどこ行っても同じだ。災難だったな」
逃げ出した男を腐す海燕の心の中は、穏やかではない。
(どの口で言ってんだろうな、俺は)
逃げた男も、逃げたかったわけではないだろうに。
「……えぇ、でも、彼も命が危なかったんだから、仕方がないわ。それに、私なんかよりずっと強い子が試験に来てくれているはずだから。彼はその子に任せておけば大丈夫」
「……へぇ。そんなに強い奴がいるのか?」
強い奴と聞いて、興味なさげに熊を捌いていた八雲が瑠璃の方に向き直った。
「うん。私も詳しくは知らないけど……最年少で一級退魔師になった同郷の子が、この学校を受験しに来ているの。彼女が居てくれればきっと安心だよ」
「なら良かったじゃねぇか。あんたは自分の試験に専念できる」
瑠璃に話を合わせながら周囲を警戒していた海燕は、ふと、弱弱しい魔力の乱れを感じた。
(……?)
退魔師にとって、魔力を感じ取る能力は必須だ。自然界に存在する様々な質の魔力の中に、明らかに不自然な魔力が混じっているならば、それは人か、もののけの仕業。瑠璃に断って感知した方角に顔を向けると、その魔力はすぐに霧散した。だが、海燕の優れた視力は、海燕たちから遠ざかる人影を捉えていた。
(人が何の用だ……?追うか?……いや、別に追う必要はねぇか)
恐らくは、海燕と同じように悲鳴を聞いた人間が様子を見にきたのだろう。そして、何事もないことを確認して遠ざかった。それだけのことだ。
「どうかしたの、海燕くん?」
「……いや、気のせいみてぇだ」
特に何かをされたという訳でもないので、そこに人が居たという事実は海燕の胸の奥にしまわれた。
その後、瑠璃と海燕と八雲の三人は、青色と赤色と灰色の頭を揃えて森の中を進みはじめた。
「何かの縁だし、三人で鳥居を捜さないか?森の中が思ったより広くて、俺は道に迷いそうなんだ」
という、八雲の相談を受けてのことだ。
「俺はいいぜ。まずは目的のものを見つけねぇと話にならねぇからな。瑠璃はどうするよ?」
「じゃ、じゃあ、私も同行させてもらうわ。でも、鳥居を先に私がくぐっても恨みっこなしだからね!」
ちなみに、八雲の厚意で瑠璃と海燕には少なくない熊肉が贈与された。海燕と瑠璃は食料を得たことで勇気を取り戻しながら、森の探索を行うことにした。
自分たちが試験中で、競走の真っ最中であることはよく理解している。だが、それ以上にこの森が危険であることを、瑠璃と海燕は肌で感じ取っていたのだ。全身に神経を集中させ、毒草や毒虫を警戒しながら進むと、数刻が経った。
ただ一人、二人とは隔絶した力量を持っていた八雲には緊張感がなかった。探索で魔力をすり減らす海燕に声をかけ、その緊張を解きほぐすためか、海燕の故郷について聞きたがった。
「海燕は南部出身なんだってな。南部の飯ってどんなのがあるんだ?」
極寒の北部出身だという八雲にとって、海燕の故郷である暖かい南部には心惹かれるものがあるらしい。
「別に珍しいもんでもねぇが。まずは万能芋だな。俺の島じゃ、万能芋さえあれば飢え死にする奴はいなかった」
海燕は誇らしげに、南部の主食である芋について話した。
豊芦の国の主食は、基本的に米だ。ただし、海燕の故郷である南部は活火山の影響で白砂が多く、土魔法による土壌改良を繰り返さなければ米の取れ高は上がらない。そのため、育てやすくうまい芋が、南部における主食となっていた。
「へぇ、万能芋かぁ……。俺は食べたことないな。瑠璃はあるか?」
「ううん。ないわ。私の故郷は皇区でも東寄りだから」
豊葦の国は、皇帝が直接管理する皇区を中心として、大山脈や海で隔たれた東西南北の四つの区域で分けられている。南部の食料品を食べられるのは、皇区中心街のやんごとなき人間か、皇区の中でも南部よりの住民たちだけだった。
「皇区!?城の屋根が全部純金で出来てるって噂の皇区か!?」
八雲は驚いて瑠璃に噂の真偽を問う。
(純金!?)
海燕も興味津々で瑠璃の話に耳を傾けた。
「うん、でも……私は下っ端退魔師の生まれだから陛下の城なんて見たことはないかな……?」
「純金は?」
「ないわよ……」
(何でぇ……)
あからさまに落胆する海燕を見て、瑠璃は苦笑いを浮かべる。皇区の中心街の街並みは確かに綺麗だが、瑠璃の故郷はその外れの村だ。退魔師にも格というものはあり、実家で末席だった瑠璃は近くの町に出たことはあっても、皇帝の住まう城下町に出たことは一度もなかった。そのせいもあって、彼女は自分の出身についてあまり良い印象を持っていなかった。
「そうか……それならそれで、自分の目で確かめるよ。瑠璃、また今度、故郷の話も聞かせてくれ。なあ海燕、万能芋ってのはどんな味なんだ?」
一方の八雲は、それならそれでいいやと割り切ったようだった。
「あー、ああ、味な。クッソ甘ぇぞ。俺のおすすめはふかし芋だな」
「甘い?芋がかぁ?」
八雲は甘い芋を食べたことがないようだった。
「甘い食べ物なんて、一級の退魔師とか大商人のためのぜいたく品だろ?」
「嘘だと思っただろ?でもよぉ、焼くだけでも甘くて美味いんだよなこれが」
(甘い芋ってどんなのなんでしょうね)
瑠璃の家はさほど格の高い退魔師ではないので、甘い芋にも多少の興味が湧く。
「じゃあ試験が終わったら食わせてくれ!瑠璃も食べるだろ?」
「えっ私も!?……海燕くん、いいかな?」
「……まぁ、そのうち喰わせてやるよ。そのうちな」
その姿を見ながら、瑠璃ははにかんだ。
(……羨ましいなぁ、そういう話ができるって)
瑠璃の故郷では家庭の事情によって様々なしがらみがあり、雁字搦めの身ではあった。正直に言えば故郷には憎しみの方が多い。話題に出来るような思い出もさほどない。
「俺ばっか喰わせるってのも癪じゃねぇか。瑠璃よぉ、皇区では皆白飯を食べるって本当か?」
しかし、初対面の海燕や八雲にそんな瑠璃の内心が分かるはずもなく、瑠璃の故郷についても話すことになった。
「え?ええ、皇区の退魔師はみんな白飯だけど。それは当然でしょう?退魔師の特権なんだから」
(案外世間知らずだな、瑠璃って……)
瑠璃の言葉を聞いて、八雲は苦笑する。
米を機械や魔法で精米し、絹のように研いだ白米は、退魔師や高官だけが食べることが出来るものであった。殆どの平民は、玄米や雑穀や麦を混ぜて食べているのだ。それを当然と言えること自体、瑠璃がお嬢様であることを示していた。
「俺は喰ったことねぇんだよ、白米。機会があったら、ちょっと喰わせてくれ」
しかしながら、米が貴重な南部出身の海燕にとって、白飯というものは一種の憧れの象徴でもあった。
「そんなものでよければ、いいよ」
瑠璃の答えに、海燕は満足そうな顔をして笑った。八雲の目には、くすんでいた赤い髪が燃えるように輝いたように見えた。
八雲は苦笑しながら二人を見守る。瑠璃はそんなもので本当にいいのかなと納得がいかない様子だったが、森の探索によって張り詰めた神経は回復していた。
木々に刻まれた熊の縄張りを示す痕跡を見つけては、熊の縄張りを避けながらしばらく獣道を進むと、森の木々がまばらになってきた。
「そろそろ開けた場所に出るぞ。そこで休憩しようぜ」
「…待って…何か聞こえる……これは……戦闘音……!?」
瑠璃が魔力を集中させて耳を澄ますと、微かに金属音が響いているのが分かった。
(誰かが戦っている……?)
八雲は瞬時に表情を引き締める。それにつられて、瑠璃と海燕も緊張で体をこわばらせた。
「二人とも行くぞ!」
「うん……!」
「っしゃあ!」
三人は足早に音のする方へと向かっていった。
豊葦の国……皇帝によって統治される国。東西南北のそれぞれの地方には、皇帝によって任じられた将軍の退魔師がその地域を皇帝に代わって統治し、治安を守っている。




