第二話 四ノ島の試験 森の洗礼
周囲の受験生たちが森の中へ駆け出していくように、海燕も森へと足を踏み入れる。ただし、慎重にだ。
「ふぅ……」
(とりあえずは、周囲に気を配りながら、進むしかねぇよな)
魔毒茸や妖蝮など、海燕が知る山の魔物はどれも人間の死角から襲い掛かる厄介な習性を持っている。その対策として、闇雲に速度を出して山を進むのではなく、全身に魔力を張り巡らし、海燕の持つ魔法で体を強化し、邪な攻撃から身を守りつつ前に前にと進むのだ。
魔力を練り上げて全身に回すことで強化した身体は、魔力を流さない体よりも強靭になる。その恩恵を受けて黙々と獣道を歩いていると、視界の端で何か動くものが見えた。素早くそちらを見ると、黒い影が木の上を跳んでいく。一瞬しか見えなかったが、あれは人だ。
(何て身軽さだ……!)
あまりにも、人間離れした動きをする男だった。
(親父より強ぇ!?)
海燕の中で一番強い男といえば海燕の父親だ。かつて海燕は、13歳の時、その父親に勝ったこともある。だが、今目の前を通り過ぎた男は、海燕の父親以上の速度でもののけのように身軽に動きながら駆け抜けていった。
海燕の視線に気づいている様子はなく、そのまま森の奥へと姿を消していった。
男が去った方向をぼんやりと見ていた海燕は、男の進んだ方角とは別の方向から悲鳴が上がったのを聞いた。複数人の、切羽詰まった人の声が聞こえる。
海燕はすぐさま悲鳴があった方向へと走り出す。
すると少し開けた場所で、二人の受験者が三匹の熊に襲われているのが見えた。
その体躯は七尺を超えようかという熊が、魔法で迎撃し続ける受験生の攻撃をいなし、捌いて受験生を捉えんと迫っている。
(間に合え!)
海燕は練り上げた魔力で土属性の魔法を発動させ、足元の土を浮遊させる。さらに、魔力で強化した腕力そのままにその土を固めた石を投擲する。
初級土属性魔法・石固。土を固めるだけの単純な魔法だ。魔力でかためた石を、魔力で強化した腕の力によって投擲するという単純な攻撃。初級魔法らしい発動上条件の緩さを生かし、土属性魔法の弱点である敵への到達速度の遅さを補うことができる基本戦術である。
平民でも可能なほどに稚拙な攻撃だが、単純ゆえにその威力は大きい。もののけであっても、骨折は免れない。
筈だった。
「喰らいやがれ!!!」
その言葉と共に、熊たちの頭部に叩きつけられた石は込められた魔力を解放し、衝撃波を放つ。
「お前ら逃げろ!!」
そう言い残して、海燕はすぐに熊との戦闘態勢に入る。熊たちが怒りに身を任せて自分を狙うだろう、と期待してのことだ。
だが、残念ながら海燕の期待通りにはならなかった。熊たちは海燕の攻撃を受けても、怒りもしなければ動揺もしない。
「!??」
(効いてねぇ!??)
そう、海燕は熊たちにとって敵ではない。熊、否。魔力を持つもののけ熊、魔熊にとっては、ただ獲物が増えただけなのだ。
(今の石固は、中級クラスの威力だぞ!?あんなもんまともにくらったら、普通のもののけなら即死だろぉが……!?)
「ひぃぃぃ!!!」
襲われていた受験生の一人が逃げ出したが、三匹の熊のうちの一匹が、海燕を無視して逃走する受験生に到達せんと襲い掛かる。
海燕が走りながらその熊に石を投擲する速度より、熊が受験生に到達する速度の方が早い。
「ざけんな!こっちに来い!」
海燕はそう吠えながら逃走する受験生を守ろうとするが、間に合わない。
熊の爪が逃走した受験生を貫こうとしたその時、黒い影が熊を二匹の熊の方向へ、つまり海燕のいる方に吹き飛ばした。
「…?…!?」
海燕は咄嗟にもんどりうって熊を躱す。
海燕がその影の正体を確認する間もなく影は再び疾走を開始し、吹き飛ばされた熊に追いつき追撃をかける。縦横に動き回る影が木刀を振り下ろすたびに、三体の熊は成すすべなく悲鳴を上げ地面に沈むのが見える。
それはまさに電光石火と呼ぶに相応しい速さであった。
(……あいつは!?)
海燕は、その偉丈夫に見覚えがあった。森に入ってすぐ、木の上を走り去っていった黒い影だ。
「あ、なたは……一体……?」
後ろを振り返りもせず逃げた受験生ではなく、動くことすらできず地面にへたりこんでいた青い髪の少女受験生が熊を倒した受験生に声をかける。肩にまでかかった青い髪よりも、その顔の方がずっと青ざめていた。
瞬く間に熊を気絶させたのは、灰色の髪をした、六尺はあろうかという背丈の堂々たる偉丈夫だった。
「俺は八雲。ちょっとかっこいい男が居たもんで、その助太刀に来た」
妖蝮……海燕の故郷で一般的な魔物。全長は普通の蝮と同じだが遅効性の強力な猛毒を持ち、嚙まれると二日は猛毒にうなされる。
魔毒茸……普通の茸に擬態する毒茸の一種。海燕の故郷では解毒方法が見つかっていない死の茸。死ぬほど旨いらしい。品種によっては動き出して人や弱めのもののけを襲う。




