第一話 四ノ島の試験
初投稿です。
よろしくお願いします。
その世界には、魔物が存在した。
人を喰らい、人を踏みにじり、人を滅ぼさんとする邪悪の化身。人知を超えた生き物たちを人は恐れ、もののけや妖、魔物と称し、時には神として祀り上げた。
しかし、古来より存在したもののけを滅し、人を守るものたちが現れた。魔を退け、人々を守る人間は退魔師と呼ばれ、人々の尊敬と畏怖を勝ち取っていた。
大陸より東、海を隔てた先に、豊葦の国という島国があった。ここは、退魔師によって守られた国。古来より水多き国であり、幾多の水害や魔物による災害に耐えてきた辺境の島国である。
物語は島国にとって”はずれ”の島、通称四ノ島から始まる。
四ノ島は、豊葦の国と、西に広がる大陸との狭間にある。ここは、古くは死の島と呼ばれていた。
東西南北に広がる豊葦の国から、あらゆる人間が集い、そして死ぬ島だと。
ただし、四ノ島には伝説があった。
……四ノ島にある学び舎で育った退魔師は、必ず大成するのだという、伝説が。
魔力が少なく、魔物に抗うことが出来ない平民たちを守るため、若い退魔師たちはここで修練を重ねて豊葦原へと巣立っていくのだ。
今日は一年に一度の、入学試験の日だった。東西南北の学び舎や道場で特に優れた成績を収めた少年少女たちが、木造の試験場で問題を解いている。彼ら彼女らは一様に若い。年齢は十五といったところだろうか。
豊葦の国の住民は、その殆どが黒髪を持ち、日に焼けて黄色い肌をしていた。しかし、高い魔力を備えたものは、稀にそこから外れた容姿を持つことがあった。酒の席の与太話では、異国から来た優秀な魔力を持つ人間と婚姻したのがその始まりなのだというが、本当のところは誰にもわからない。
各国から試験のために集った若者たちも、その言い伝えに漏れず、宝石のように鮮やかな色彩の髪を持っていた。黒髪の若者はどちらかと言えば少なく、居たとしても平民の家を出た退魔師だと思われた。
受験生の中に一人、紅葉よりも濃い赤髪に翡翠石のような瞳と、日に焼けて少し浅黒い肌を持つ少年がいた。鍛え上げた結果筋肉の鎧をまとい引き締まった肉体は彼が堅気の平民でないことをうかがわせ、伸びた髪をあまり手入れせず伸ばしている。長袖の道着を着こなしている周囲の受験生と違い、半袖で肩をむき出しにしている彼は、周囲の受験生たちよりもどこか粗雑な印象を与える。その少年は、問題を解き終えて物思いにふけっていた。
(……こんなもんかよ。つまんねぇな)
数読も占星術も国学も、難しい問題はなかった。ここまでに勉強にかけた時間を思えば、拍子抜けする程度の難易度だ。表裏の問題を見返し、再度確認を繰り返して時間が過ぎるのを待つ。
(……スゲーいい紙だぜ。こんなの触ったことねぇ)
田舎育ちの少年にとって、驚いたのは試験で使われた紙の質だ。手触りも滑らかで筆先に引っ掛かることもなかった。どんな製法なのだろう。なめらかで強靭、これだけ上質な紙なら、多少は雑に扱っても破れることはない。
答案を見返し、間違いを見つけては筆先に染みこませた水属性の魔力で炭を分解しては、正しい答えに書き直す。水属性の魔力を操ることは海燕にとって簡単ではなく、書いては消してを繰り返すうちに答案は段々と薄汚れていく。
それでも時間を無駄にはせず、氏名欄に波止場海燕という名前を記入していることまで念のために確認する。そうしている間に、会場に設置された砂時計が試験の終わりを告げた。
「……それまで」
砂の落ちる音が途絶えた瞬間、低く重々しい声が筆記試験の会場に響き渡る。最後まで未練がましく回答を見返していた受験生たちも、観念して答案用紙を置き、試験官に答案を手渡していく。
自分のもとにやってきた黒髪の男に回答を渡した時、海燕の視界は暗転した。
「……はぁ!!?」
「諸君、一次試験ご苦労様」
少年少女たちの目の前に、試験官の男がいる。いや、それは当然だ。試験会場に居たのだから。
だが、当然でないものがある。
つい先刻まで、赤髪の少年たちは木造の試験会場で筆記試験をしていた。だが、今はどうだ。
天にまで届こうかという巨木が生い茂る森の中にいる。手にしていた筈の紙も筆もなく、それぞれの正装である道着を身に着けた受験生たちと試験官の男がそこにいた。
「……これは、転移魔法ってやつなのか……?」
誰かがぽつりとそんなことを口に出す。
転移魔法とは、読んで字のごとく一瞬のうちに人やものを移動させる魔法だ。確かにそれなら、受験生たちが森の中に移動させられたと説明がつく。
(……そんなもん、おとぎ話にしか存在しない幻の魔法のはずだろぉが)
だが、赤髪の少年はそれを受け入れられない。村一番の長生きだった長老も、魔術に長けた婆も、そんな魔法が実在するとは言っていなかった。今こうして瞬間移動したという現実を受け入れることが出来ない。
それを信じれば、今まで自分が勉強してきた理論が根底から崩れる気がした。
魔力を扱う法則と書いて、魔法。魔法はあくまでも体系化された技術であって、万能なものではない。何十人もの受験生が一瞬で移動できるはずがない。
それを理解しているからこそ、受験生たちは困惑していた。
だが、試験官の男に状況を説明する気は無いようだった。受験生たちの困惑を無視し、彼は話を先に進めていた。
「現在ここで集まってくれた諸君は、先ほどまでの学科試験を優秀な成績で終えたものたちだ。試験終了の瞬間、答案は自動的に採点された。おめでとう。君たちの学力は我々の期待以上だった。推薦した道場主たちも、君たちのことをさぞや誇らしく思うだろう。君たちの努力の賜物だ」
そう言って、黒髪の試験官の男は拍手する。困惑する受験生たちを放置して。
一人だけの拍手の音が森の中で寂しく響く。
(さらっととんでもねぇ事を言いやがった……!)
試験場には二千人は下らないほどの受験生が居たことを思い出した。今ここに居る受験生の数は、見る限りで500人程度。
受験生一人一人の回答を一問ずつ判定することだって、相当な手間がかかるはず。それとも、一瞬で答えが分かる魔法が存在するとでも言うのだろうか。
もしもそうなのであれば、自分が今まで信じていた魔法とは次元が違う。魔法というのは火を熾したり風を読み取ったりするものであって、そんな都合のいいものではないはずなのだが。
「さて、次は実技試験となるのだが。この先は諸君らに死の危険がある。戦闘能力に自信がないという者は私の話を聞く必要は無い。今すぐ私のように挙手するといい。辞退扱いとしてやろう」
しかし、誰一人として挙手するものは居なかった。
(……手を挙げるわけねぇだろうがよ)
と赤髪の少年、海燕は思う。
ここに居る人間は、東西南北の道場や寺でも優れた成績を収めた人間ばかりだ。両親が退魔師であり、姓を名乗ることを許された氏族出身者は一族の期待と重圧を背負っている。退魔師としての栄達を望むのであれば、今更後には退けない。両親が退魔師でない平民出身者でも、寺や道場で魔物との殺し合いについて基礎的な知識は身に着けている。道場によっては、実際に魔物を討伐することもある。命のやりとりに対する心構えがあれば、今更辞退するはずもない。
海燕が考えた通り、それから数秒が経過したが、誰も手を挙げなかった。
「……そうか。残念だ」
試験官の男は言葉通り残念そうに溜息を吐くと、手を降ろす。海燕の目にはその試験管の挙動より、その男らしく節くれだった手の方が印象に残っていた。
「それでは、これより二次試験について説明する。心して聞け。
ここに飛ばされた時点で、諸君も実技試験の会場がここだとは察しているだろう?実技試験は、今日、たった今から三日後の日没までにこの森の中に存在する神社を発見し、鳥居をくぐることだ。ここまでで何か質問はあるか?あれば、遠慮なく挙手しろ」
鳥居、と聞いて海燕は質問する内容を考える。質問の内容を考えている内に、何人かが挙手をしていた。
「そこの黒髪」
最初に当てられたのは、海燕の隣に居た黒髪の男だった。自信に満ちた目をしていたのが印象的だった。
「はい。鳥居とおっしゃいましたが、その形状や大きさ、色はどのようなものでしょうか?」
「貴様ら6、7人がまとめて通れる程度の大きさだ。色は白。ちなみに、鳥居の材質はそこらの寺と変わらん。うっかり壊さないように気を付けることだな」
「承知しました」
(試験で大事なところを壊す奴はいねぇだろ)
と、海燕や大勢の受験生が思う。そんなことをすれば、試験に合格出来なくなってしまう。
こういう場合、普通は後で試験管が確認に来るはずだ。そこでうっかり誰かの魔法によって鳥居を破壊した痕跡があろうものなら、不合格になるのは確実だ。
試験官の男は、ねめつけるように周囲の受験生たちを見渡す。まだ、何人かの手が残っている。
「……次、そこの若白髪」
次にあたったのは、眼鏡をかけた白髪の男だった。どこか線が細く、先ほど質問した黒髪の男とは対照的だ。海燕は白髪で老人が参加しているのだと思ったが、声を聞いて同年代なのだと分かった。
「……は、はい、試験受験中に不測の事態が起きた場合、受験を放棄することは可能でしょうか?」
「不可能だ。試験中は我々試験官は一切関与しない。貴様らが考えるべきは、『鳥居を発見して』『鳥居をくぐる』こと。それだけだ。貴様らが試験中に死のうと何があろうと、我々の知ったことではない。……理解したか?」
「し、承知しました」
(死んでも、だと……?)
聞き捨てならない言葉に、海燕は試験管を睨みつける。魔力と殺気を込めた視線に気づいているのかいないのか、試験官の男はその後も質問に答え続けた。
「あの、わ、私が持ってきたはずの護符が無いんですが、ご存知ないでしょうか……?」
青い髪をした気弱そうな女子がそう質問する。実技試験があると予想して、武具を用意してきたらしい。その様子から、相当重要な武具を失ったようだった。
「あ、俺の武器もねぇ!」
「ぜ、全然気付かなかったぞ……?」
「肌身離さず持っていたのに……?」
「め、眼鏡がないっ!」
今になって頼りの武具が無いことに焦る受験生たちに、嫌らしくねっとりと微笑みながら試験官の男は告げる。
「諸君が持参した氏族特有の上等な武具についてはこちらで預からせてもらった。諸君には、こちらで用意した装備を使ってもらう」
「そんな!それじゃ、私の護符は!?」
青髪の少女の絶望した声が響く。
「安心しろ。諸君らが無事試験を終えれば、全て返却する。無事に済めばだがな」
「し、承知しました……」
(まぁ。これは仕方ねぇか……)
試験官の此方の神経を逆撫でするような言い方は気に喰わない。まるでお前たちには持ってきた武器を扱うことすら無理だと言わんばかりの物言いだ。だが、武装を一時的に取り上げる、というのは、試験として考えると理に適っている。
両親が退魔師である、いわゆる氏族の退魔師は、幼い頃から貴重な武具に慣れ親しんでいるものも多い。あらかじめ魔法が流された強力な武具は、それを持っているか、いないかの差だけで、退魔師としての多少の実力差はひっくり返されてしまう。
(試験を公平に進めるための処置だろぉな)
と、納得せざるをえない。
海燕はそれに不満は無かった。そもそも自分の武器と言えば、漁で使う何の変哲もない銛一本だ。いくらでも替えが効く。とはいえ、周囲の茶髪や緑髪の少年少女たちは、明らかに不満気だった。恐らくは氏族の出身だろう。両親や一族から預かった武具を勝手に奪われたことに憤慨している少年も居た。
その後もいくつかの質問があり、試験管の男が答え終わると、場の雰囲気も徐々に張り詰めたものとなっていく。これから、もののけ達を相手に命のやり取りをする現場に入るのだ。
「……質問は、以上か?ならば整列しろ」
試験管の男は、忘れていたように一言付け加えた。
「何、心配するな。三日後の日没までに合格出来なかった者たちも、我々試験管が捜索してやる。頑張って生き延びろ。どんな時でも、希望を捨てぬことだ。」
海燕は真っすぐに試験官を見る。彼はこう考えた。
(合格出来ねぇほど、俺が弱いとでも?)
(いいさ。先生方がそう思ってんなら、目にものを見せてやろう)
と。彼は、地元の同年代で一番強かったというわけではない。上には上が居ることを知っている。それでも、こんなところで躓くつもりはなかった。
いや、もっと言うなら、躓いている場合ではなかった。
「諸君らの家宝を預かった代わりといっては何だが、こちらで装備を用意した。粗末なものばかりだがせいぜい考えて使うことだ」
海燕は決意をたぎらせて、整列し装備品を受け取り、中身を確認する。
(縄、火打ち石、油、魔除けの聖水、少しの飯……か)
食糧は、二食分の強飯と乾燥させた干肉が二切れと、瓢箪に入った水だけだった。山中で、三日間の試験と考えると少ない。二日までなら持つだろうが、もののけとの戦闘を考えると三日目は体力的にも厳しくなるだろう。魔物を狩って食糧にするという手もあるが、もののけの死体に寄ってくる魔物にも対処しなければならない。
(まぁ、合格すりゃいいんだ)
海燕は、まずは目の前の試練に集中することにした。
「では、これより実技試験を開始する。全員、自分の担当する場所に移動しろ!」
そう言われ、受験生たちは自分が指示された場所へと移動する。海燕は地図を眺めながら、自分の配置へと移動していく。彼が向かう先にも森があった。鬱蒼とした、深い森だ。だが、ところどころに木々のない部分がある。
(ここらへんの木は故郷の島じゃ見たことがねぇな……。どんな実が生えてるのかもわかんねぇ)
よく見ると、木々に反して草はまばらだ。恐らくはこのあたり一帯は、定期的に人が手入れをしているのだろうとアタリをつける。
周囲の受験生たちが森の中へ駆け出していく中、海燕も森へと足を踏み入れた。




