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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学試験編
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第二十八話 私闘

「何でだよっ……退魔師はもののけを倒す仕事だろ!?何で退魔師同士で戦わなきゃいけないんだよ!」


 瑠璃に向けて放たれた土属性の中級魔法を水属性の中級魔法で打ち消しながら、文次郎は涙を流していた。

 文次郎は死にたくはないが、退魔師という職業が命を懸けて人をもののけから守る仕事だいうことは知っていた。だからもののけとの戦いで死んだとしても、それで試験に合格出来なかったとしても、それは仕方のないことだと考えて試験を受けた。思っていたものより少しだけ殺意が濃い試験ではあったが。

 しかし、数々の冒険を乗り越えてたどり着いた果てに、志を同じくするはずの受験生に裏切られ、挙句退魔師同士で争う羽目になる覚悟まではなかった。


 退魔師出身ではない人間は、十五歳で成人するまではもののけと戦うこともない。せいぜいが、道場や寺の大人の後ろでくっついてもののけの倒し方を習うくらいだ。

 文次郎のような平民は、魔法は人間にぶつけるものではなく、魔物に使うものだと教えられていた。魔物の肉を裂き、骨を砕くための技術を人に対して使えるほど、文次郎は狂ってはいなかった。


「……文次郎くん、海燕くん!!今だけは私が許可するわ。相手がどうなっても構わない。応戦して!今だけは私の従者になって!!責任は私が取るわ!!」


「瑠璃ちゃん!」 


(……くそ!ちくしょお!しっかりしろよ俺!瑠璃ちゃんに恩を返すんだろ!?八雲を守るんだろ!?

今はそれ以外考えるな!)


 一方、瑠璃は既に戦闘態勢に入っていた。文次郎は苦悶の表情を浮かべながら戦闘態勢に入る。

 退魔師の本分は、もののけから人を守ることにある。しかし瑠璃は生粋の退魔師として、人と戦う訓練も重ねてきた。

 世の中には、退魔師として鍛えた魔法で盗みやその他のさまざまな悪事を働く輩がいるのだ。三級や四級の退魔師は、そういった退魔師崩れの小悪党を捕まえる仕事も任されることがあり、瑠璃は何度か盗賊を捕まえたこともあった。今の瑠璃はその時のことを思い出し、ただ自分と仲間を守るために人を傷つけることも躊躇(ためら)わないように心を落ち着かせた。

 威嚇(いかく)のために、瑠璃は体内の魔力を全開にした。即座に”紅連紅臨”すら撃てるほどの魔力を、敵対者に対する圧倒的な殺意を込めて。

 文次郎も、膨大な量の魔力を体内で練りはじめた。その魔力の質は、瑠璃にも劣らない。


「”木洩火(こもれび)”!!」


 文次郎が神木の欠片を使い放り投げた火の欠片は、受験生たちの足元に転がり勢いよく燃え盛った。


「……!!」

「ひっ!!」

「は、話が違うじゃねぇか!こいつら、疲れてるんじゃないのかよ!!」


 それを見て、黒髪の受験生たちの足が止まった。平民出身者は、退魔師の魔力に対する恐怖の感情が少なからずあるのだ。元々、勝ち馬に乗りたいというだけで陽花に従った彼ら彼女らの足は、自らが敗北するかもしれないという恐怖を思い出した。


「おいおい足を止めるんじゃねぇ!!三久(みつひさ)ぁ!お前の家は病弱な妹を売ってまでお前を退魔師にしたんだったよなぁ。それを無駄にしたくなかったら紫の姐さんに自分を売り込みやがれ!!雫石(しずく)、俺が後ろから上級魔法で支援してやる!魚飛(うおとび)!俺に後ろから撃たれたくなきゃ構わず突っ込みやがれ!!」


 黒髪の大男、成願(じょうがん)は声を張り上げた。彼は黒髪でも三人とは違い、道場で主席を取り、上級魔法すら習得した実力者だ。

 そして、実力と反比例するかのようにその性格は悪かった。自分の意に沿わない退魔師を魔法で傷つけることに、良心の呵責を感じるような心は持ち合わせていないようだ。

 成願は、上級魔法を撃てるように魔力を練り上げる。三人でかかれば、充分に可能なことだった。


「……!!うああああ!」


「ち、ちくしょおお!!」


「ヒャッハァ!!流石は成願、頼りになるぜぇ!!」

 

 成願の指示を受けた三名が、木刀や木槍を構えて瑠璃と文次郎に向けて三方向から突っ込んだ。三名はそれぞれ防御用に風属性の魔法や土属性の魔法を使っていて、瑠璃と文次郎だけでは迎撃も難しかっただろう。


 水色の髪の女子は、冷めた目でそれを観察しながら魔力を貯めている。瑠璃たちには分からないことだったが、元々彼女は成願たちとは縁もゆかりもない。彼女は白髪の男と組んでいたのだ。成願たちと連携しようという意志は彼女にはなかった。

 

「うるさい人たちだな」


 そんな彼らを、黒い影が()ぎ払った。


「!?」


(今……何が起きた!?) 


 成願と水色の髪の女子の瞳が驚愕で見開かれる。黒い影が通り過ぎたあと、彼らの前衛を支えていた三人の退魔師は、力尽きて倒れていた。

 やったのは、文次郎に背負われていたはずの八雲だった。


「八雲くん、駄目よ動いちゃ!!」

「そうだぜ八雲。寝てろよ!傷だらけじゃねぇか!!」

 

 制止する瑠璃や文次郎にも、八雲はからりと笑った。


「俺のせいでこうなっているみたいだし、寝るわけにはいかないよ。俺にも戦わせてくれ。目の前には楽しめそうな相手もいるしな」


「楽しいって……?何が楽しい!」


 水色の髪の女子は、八雲を見て思い切り彼を睨みつけた。彼女の黄色い瞳は、八雲が灰色の髪と青い瞳を持つ”北の民”であることをはっきりと確認した。


「今の三人は物足りなかったけど、君たちのような実力者の相手は俺も大歓迎だよ。後ろから撃たれるよりはよっぽど楽しい。ま、撃たれたのは俺の未熟のせいだけど」


 そう言い切った八雲の瞳は、晴れた空の色よりも青く澄みきっていた。


「噂通りの蛮族が!戦いを楽しんでんじゃねぇぞ!!!」


 水色の髪の少女は、代々続く退魔師の家系に生まれた。彼女の家は、北部でも有数の名家だった、らしい。らしいというのは、彼女が没落した家の記憶しか持たないからだ。

 水色の髪の少女が生まれるか生まれないかというとき、北部の退魔師のある一派が、皇帝陛下に対して反旗を翻した。その一派は、北部でも最強の退魔師の一族であると同時に、退魔師でも最悪の戦闘狂として名高かった。生まれながらに屈強な肉体と高い魔力を持つ彼らは、弱者のもとに現れては助太刀し、時には敵対者を殺しすらする殺戮集団だ。敵対した人間に死を告げる一族、告死族とも呼ばれる死神だった、らしい。

 一派が起こした反乱は、北部の全戦力をあげても鎮圧するには至らなかった。ずるずると続いた小競り合いはついに皇区の退魔師や西部、東部の退魔師すら駆り出しての内乱へと発展してしまった。

 ”北の民”。のちに蔑視と畏怖を込めてそう呼ばれることになる一派によって、少女の両親も命を落したのだ。


 彼女は祖母や親族からこう教わった。『北の民は、戦いたいから戦う蛮族だ』と。


「あんたら北の民のせいで、お父さんとお母さんはっ!!」


「……そうか。家族がおれたちに殺されたのか」


 そんなわけはないと思っていた。退魔師は人を守るために戦っているだけで、戦いが好きなわけではないと思っていた。少女がそうであるように、そんな弱い自分を隠すためにあえて強く振舞っているだけなのだと思っていた。

 そうであって欲しかった。


 だが目の前の男には、絶望も、憎しみも、恐怖もない。あるのは強者と戦える喜びだけだ。


 すくなくとも、水色の髪の少女にはそう見えた。

 水色の髪の少女は激高すると、瑠璃にも匹敵する魔力を解放して八雲に突撃する。その速度は、あるいはもののけの魔力で強化した海燕以上だったかもしれない。 

 少女の剣は”幻惑剣(げんわくけん)”。水属性の魔力をまとわせた木刀は、光の屈折を操りその軌道を相手に誤認させてしまう。高い身体能力を持つもののけや”北の民”を殺すために少女の一族によって開発された、復讐のための剣だった。


 遠目から八雲と少女の戦いを見ていた瑠璃の目には、八雲より遥かに小柄な少女の薙ぎ払いが、八雲の体を切り裂いたように見えた。

 実際には、少女と八雲は目にもとまらぬ速さで木刀をふるい、突き、斬り、時には足で相手の体を蹴り飛ばして、目にもとまらぬ速さでの超高速戦闘を繰り広げていた。


 分厚い筋肉と高い魔力を持つ成願も、八雲に上級魔法を撃つことはできなかった。八雲のように高速で動く相手に上級魔法を当てようと思えば、中級魔法で足が止まったところを撃たなければ当たりはしない。成願は水色の髪の少女ごと八雲を撃つつもりだったが、水色の髪の少女と八雲との戦闘が激しすぎて、撃ったところで魔力を無駄遣いするだけだった。


(どうして……どうして当たらないの!!)


 相手を翻弄し防御をかいくぐる幻惑剣に対して、八雲は風の魔力を周囲に展開することで、木刀の実体を正しく把握していた。


「もっと来い!もっと君は戦えるだろう!?もっと戦いを楽しもう!」

 八雲は心の底からの感嘆と敬意を込めてそう言った。魔力で強化した海燕が相手でも、八雲が相手ではここまでは持たないだろう。そう八雲が思えるほどに、少女の剣には強い魔力が込められていた。

 だからこそ、その剣を最後の最後の最後まで見極めて超えたかった。


 八雲は玄武との戦闘で大量の魔力を消費し、陽花の不意打ちで少なくない傷を負った。にもかかわらず、彼の動きにも魔力の流れにも乱れがない。

 尊敬すべき強敵と戦えたことが、八雲の魔力をより質の高いものへと押し上げていた。


「ふざけるな!戦いは楽しくなんかないわよ!アンタの価値観をあたしに押し付けるな!」


「楽しいさ、これだけ強い相手と戦えるんだから!君はまだ知らないだけだ!」

 

 少女の声は、仔犬が空に向かって吠えるように虚しく響く。彼らが剣を振るうたびに小さな竜巻が吹き荒れていった。

 当初は互角に見えた勝負にも、次第に差がつき始めていた。



(勝てない……?剣技では……!このあたしが!?)

 

 少女は、道場で主席を取った実力者だ。幼い頃から訓練に明け暮れ、剣技では誰にも負けなかった。

 それは、全てが父と母と、一族のため。少女は、己の全てを他人のために捧げてきた。

 

 剣を使う退魔師同士の戦いであっても、けん制のために魔法を使ったり、不意打ちで魔法を使うことはある。

 しかし、隙がない。

 水色の髪の少女が距離を取り魔法を行使する隙を、八雲は与えなかった。それは近接戦闘を主体とする平民の退魔師が手本とすべき、流れるような魔力操作の賜物だ。息継ぎの最中でも流麗な川のように動き続ける八雲に翻弄され、迷いが生じた少女の剣では、八雲には届かない。ついに、決着の時が訪れた。


「お父さん、お母さん……!」


 どうか私に力を。絶望のあまり少女がそんなことを考えていたとき。


「ああっ!!」

 ついに、少女の剣、水の魔力をまとわせた木刀が根元から叩き折られた。水色の髪の少女が絶望の声をあげた直後、八雲の斬撃が少女の脳天に打ち込まれた。


「君の技量は本物だった。いい戦いだったよ。今度は、君自身のために戦ってくれ」

 魔力を制御できた八雲の木刀は、少女に目立った傷を与えることなく意識だけをかりとっていた。


(……この子やあいつらは家族のために戦っていたのか。……立派だな)


 戦いを終えた八雲は、高揚感と一つのむなしさを抱えていた。

 八雲に家族はいない。子供のころに北の民だからと売り飛ばされ、道場主に拾われてからは、道場主を父だと思って生きてきた。自分が道場主に持っている感情が、親に対して持っている感情なのかどうかは八雲には分からなかった。

 だからこそ、本当の家族のために戦える人間が眩しく見えた。

 勝利した八雲の青い瞳には、悲しみが宿っていた。


 そして、気を失った少女の頬には、大粒の涙が溢れていた。彼女は何かから解き放たれたかのように、安らかに眠っていた。

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