第二十六話 四ノ島の試験 役割理論
「危ねぇ!!」
周囲に展開した風の魔力によって、陽花が狙われていることを察知した八雲が、陽花を突き飛ばした。灰色の髪の毛をした少年によって紫色の髪の毛をした少女が倒れ、玄武から放たれた魔力の奔流を、八雲の木刀が受け止める。
いや、受け止めたのではなかった。
放たれた魔力の属性は風。その風圧が到達すればその場で全身の骨が砕けかねないほどの振動の波。
八雲はそれを理解していたわけではなかった。
ただ彼は己の中の勘に従って陽花が受けるべき攻撃に割り込んだ。そして。
陽花の体に訪れるはずだった衝撃波を、木刀で叩き斬った。
「い、一体何だってんだい!?」
「手荒になってしまってすまない。不幸な事故だった」
「…!」
八雲に突き飛ばされてうつ伏せに倒れた陽花は、紫の髪をいからせて立ち上がった。一度倒れたことで冷静になったのか、頭は八雲への怒りと冷静さ、そして己への怒りによって適切に稼働し、手足も頭に従ってくれるようになったようだ。
陽花の目の前には、別世界が広がっていた。
無数に空を舞う、幾多もの岩。その一つ一つが何らかの魔力をまとっているのか、うなりを上げて回転しながら亀の式神、玄武の周囲を浮遊していた。
その隙間をぬって、亀の背から首を出した蛇が風の魔力を放出しようと首をもたげていた。風の大砲だ。衝撃が、また陽花を狙っていると、陽花は悟った。
陽花は反射的に左側に飛びのき、蛇の攻撃を回避しようとした。
(あたしは同じ手は喰らわないよ!)
風属性魔法の到達速度は速い。しかし、高速で動き回っていれば、大亀の周囲を舞っている大岩が蛇の死角となる地点が必ずあった。
陽花は瞬時に、蛇の首から見た死角へ入ろうとしたのだ。射線を切り、憎き玄武に反撃の糸口を探ろうとしていた。
しかし、蛇は先ほどの八雲を見て、攻撃の方針を切り替えたのだろう。
蛇は風属性魔法を、大岩へと撃った。
「!?」
大岩へと放たれた衝撃波は、回転する大岩の起動を変えて、風属性魔法の衝撃波と共に陽花の進んだ先へ大岩がせまる。
回避は不可能だ。陽花は魔力を全開にした上で飛び退いているので、ここから軌道を変えることはできない。
防御もできない。通常ならば土属性の魔法で防御するが、今陽花は飛び退いて宙に浮いているのだ。
「海燕くん!陽花さんを守って!」
迫りくる大岩と衝撃波に彼女が死を覚悟したとき、その大岩を防ぐ壁が出現した。
神社の大理石を土属性魔法によって操作し、土属性魔法の石固によって堅くつくりあげた即席の壁。
その壁は、確かに大岩を防ぎきっていた。
「楽勝だぜ。土魔法か使えるんだからな!」
陽花の目の前で、赤毛の筋肉質な退魔師が大見得を切った。行動や言動の端々から粗野さが見え隠れするこの男は、不思議なことに、彼は石壁のすぐ外にいて、衝撃波を受けたはずなのに怪我ひとつない。
「動けるな陽花ぁ!瑠璃の指示覚えてるか!?」
海燕はその見た目にたがわず、陽花から見て粗野な大声をあげた。
海燕にしてみれば、戦闘中に声が聞こえないなどあってはならないので大声を出しているだけなのだが、湯花にとっては粗暴な男にしか思えない。
「あ、あり…当たり前だよ!」
「なら後ろを頼むぜぇ!前は俺と八雲がいるからよ!」
そういって、海燕は玄武へと接近し、木槍をふるいはじめた。海燕と八雲のふりかざした魔力の刃は、木と岩という材質の差を覆し、浮遊する大岩を防ぎ、あるいは撃ち落としていった。
「海燕!うしろから水いくぞ!備えてろ!」
「わかったぜ文次!おれは本体を足止めしてやんよ!」
陽花にとって不思議なことだったが、彼ら四人の動きは淀みがなく、圧倒的な魔力量の差がある相手であるのに恐怖もなく突っ込んでいく。平民出身者の文次郎が、おそらくは退魔師だろう海燕や、北の民である八雲と対等に話している。
「楽しい戦いになってきたなあ!」
灰色の髪をした背の高い優男。北の民である八雲は上級魔法の攻撃を難なくかわし、笑い声まであげていた。
その姿を見て、陽花は背筋が震えた。
(何だってんだい、こいつらは一体!?)
陽花が出会った四人組は、陽花の常識で言えば明らかに異常な組み合わせだった。
生粋の退魔師の基本戦術は、生まれ持った魔力量を活かして遠くから中級魔法を撃ちまくり、もののけに反撃の機会を与えずに殺しきることだ。
少なくとも陽花はそう祖父から教わったし、正解でもあった。魔力量の多い四級や三級の退魔師が後衛を担当し、魔力量の少ない平民出身の五級、六級の退魔師が前衛で壁となる。それが定められた役割というものなのだ。
陽花の視点でいうと、海燕たち四人は基本もできていない無能の集まりだった。魔力量が多い八雲か海燕のうちのどちらかが後衛に回り、髪の毛の色から見て平民出身であろう文次郎が前衛を務めるべきだ。
(こいつらには階級意識ってものがないってのかい!?)
風属性中級魔法、風天包を大岩に撃ちまくり、大岩を牽制しながら、陽花は目の前の異常事態を受け入れられないでいた。
生まれ持った階級意識からその目を曇らせていた陽花は、その理屈に存在するいくつかの問題点から目を背けていた。
前衛を非退魔師出身者が、後衛を退魔師出身者が務めるのは、あくまでも固定化された慣習であり、絶対ではない。あくまでもその方が、魔力効率がよいからそうしているにすぎない。そのほうが、集団としての攻撃力が高くなるからそうしているのだ。
敵対するもののけの攻撃力が平民出身者の防御能力を上回っていたとき、陽花の信じていた原則はあっさりと崩壊する。まず黒髪の前衛が物言わぬ肉塊となるか、逃走して前衛としての役割を放棄するからだ。
黒髪の退魔師が道場で修練を重ねた結果、上級魔法を習得して後衛に匹敵するか、それ以上の火力があるならばこの原則に囚われる必要はない。その方が効率がいいのだから。それをしないのは、生粋の退魔師たちが持っていた慢心のなせるわざだった。そういった退魔師たちは、魔熊や神木や鉄烏子たちを超えられず、この試験の中で屍になるか、脱落していった。
瑠璃と文次郎は、誰にいわれるまでもなく身をもってそれを理解した。二人とも、一度は仲間を失ったのだ。前衛になるべき人間と、後衛になるべき人間は時と状況によって刻一刻と変化するのだということを肌で感じた。戦術とは生き抜くための術ではあるが、その場に生きている人間のために存在しているとは限らないのだ。
そして、陽花が瑠璃たちに感じた不安感も全くの間違いではなかった。
海燕か八雲のどちらかが欠ければ、文次郎は自分が前衛を務めるつもりだった。だが、瑠璃にその指示はできないだろう。
仲間を死なせたくないという甘さが、その可能性を瑠璃に考えさせなかった。仮に前衛のどちらかが、あるいはヒダル神との戦いでもし文次郎が死んでいたとすれば、瑠璃は怒りに任せてその敵を焼き殺そうとするだろう。
海燕たちは、精神的な互いへの信頼によって成り立っている集団であり、客観的に見れば脆さも多かった。そういう意味で非常に危うく、その脆さが露呈しないほどに、とてつもなく強力な個性が集まった集団だと言ってよかった。
陽花が瑠璃たちの異様さに不気味さと、そして、言いようがない感情を持っていたとき、瑠璃は中級魔法を撃ちながら玄武の攻撃を冷静に分析し終えていた。
式神は、護符にあらかじめ記入された行動様式に従っている。一見すると不規則に見える行動にも条件付けがなされており、それを見抜ければ、予測のつかない攻撃をしてくるもののけより対応はしやすい。
気を付けなくてはいけないのは、もののけとは違って生命であれば存在する行動のぶれや、魔力量の減少による攻撃力の低下がないことだ。式神こそ、地力がなければ勝てない相手だといえる。
この少ない時間で瑠璃が理解できた情報は、『式神は魔力出力が少ない相手を狙う』ということだ。
(最初に陽花さんが狙われたとき、彼女は魔力を練りきれていなかった。私や海燕くんや文次郎くんが狙われたのは、魔法を使って魔力を大量に消費したとき。常に高い魔力を練って動き続けている八雲くんは一度も狙われてない)
「海燕くん、魔力を吸収したら土属性魔法で足止めをおねがい!」
「任せろ瑠璃!」
「陽花さんはまだ本調子じゃないわ!なるべく彼女からも離れないで!」
その瑠璃の指示を聞いて、陽花が不満げな顔をしていたことには瑠璃は気がつかなかった。
そしてその推測は間違っていなかった。海燕の魔力が消費された直後、蛇から海燕に向けて火属性上級魔法、”紅蓮紅臨”がはなたれた。
玄武は相当に高品質の、おそらくは複数の宝石を使って異なる属性の魔力を封じ込め、さらに瑠璃には理解できないほどに高度な命令式を使ってその攻撃を使い分けていたのだろう。今の火で、風、水、火、そして土の、四つもの上級魔法が、蛇から放出されていた。普通の受験生は一つ備えていれば優秀なところに四つである。
普通ならば投げ出したくなるほどに理不尽な相手。だが、ここにいるのは普通の退魔師ではなかった。玄武は、海燕との相性が死ぬほどに悪かった。
玄武から放出された魔法は、試験官によって宝石に注ぎ込まれた魔力を護符の命令式で制御したものだ。
(さすが海燕くんですね。安定感が違います。)
初見のもののけの魔力にすら対応してみせる海燕にとって、人間が使った魔力など恐れるには足らないのだろう、と瑠璃は頼もしく思う。それでも、土属性の上級魔法は文次郎に指示を出して迎撃させた。
「”泡沫飛沫”!」
蛇が大地に大穴を開けて岩を動かし、その岩を固めてはなった、特大の岩の砲弾を、文次郎の水の大砲が打ち砕いて相殺したとき、海燕は大粒の汗を流していた。
(ざっけんじゃねーぞ防ぎ間違えたら死ぬぞおおおお!)
「ありがとよ文次!助かったぜ!」
海燕の吸収魔法は強力だが、無敵ではない。魔力によって作られた火や、水や、風や土ならば防ぐことはできる。だが、実在する土や水や火を魔力によって操作したものは防げないし、魔法によって発生した余波も防ぐことはできない。
吸収魔法はあくまでも、魔力を吸収しているだけなのだから。
海燕の適正が土属性の魔力であるのは、海燕にとっては幸運だった。吸収魔法が対応しきれない質量攻撃にある程度対応できるのが、土属性魔法なのだから。
玄武と海燕は、お互いにとって死ぬほどに相性が悪い相手だと言えた。海燕は、玄武を倒しきれるほどの攻撃手段を持たず、玄武が浮遊させている大岩を全てぶつけられれば死ぬしかない。玄武は遠距離からの上級魔法による攻撃をほとんど封じられた上で、もう一つの売りである本体の質量を生かした攻撃が、土属性の魔法のせいで足止めされてうまくいかないのだ。
それでも時間をかければ、人間である海燕の精神力と体力が先に尽きるのは明白だ。
だから、時間などかけずに倒してしまえばいい。
式神を倒すには、魔力の源である宝石か、魔力を制御して式神を動かしている護符のどちらかを破壊すればいい。瑠璃の魔力探知では、宝玉の場所はわからない。
「みんな、玄武の魔力に違和感はなかった!?どこかに制御部があるはずなの!」
「それなら背中が怪しいぜ!さっきから攻撃してるけど、あそこだけ妙に固いんだ!」
文次郎の指摘通り、玄武の背中は亀の甲羅を模した岩でできていた。他の手足に比べて傷も少なく、妙に魔力が集中している。
「なら俺に、行かせてくれ」
八雲がそう名乗りをあげた。その顔は、玄武に挑めるという高揚で満ちていた。
「分かったわ!玄武に命令を出している護符を燃やすわ!上級魔法を玄武本体に撃ちますっ!みんな、八雲くんの道を開いて!」
「承知したぜ!」
瑠璃がそう指示を出し、海燕たちは八雲の道を開く。
「”大水泡”!」
文次郎が水属性魔法によって、玄武を守る大岩の盾を壊し、八雲の行く手を遮るものを排除する。
「”柔石”」
海燕が土属性の初級魔法によって玄武の右前足付近の足場を崩し、玄武の本体に隙を作る。
大きく傾いた玄武の背から頭を出した蛇は、土属性魔法で玄武を立て直そうとする。
「”斬八”!」
その隙を逃す八雲ではなかった。全身から風属性の魔力を放出した八雲は、そのまま回転し独楽のように蛇のそばを通りすぎた。そのすぐあと、蛇の首は音を立てて崩れ落ちた。
その勢いのまま、八雲は玄武の背で岩の甲羅を切り裂き、玄武から駆け抜けた。背後から迫る大岩は、文次郎が撃ち落としていった。
そして、瑠璃の上級魔法。幾重にも連なる炎の渦が、紅蓮紅臨が無防備な玄武の背中ごと炎に包んだとき。
玄武から飛び降り、地面に着地しようとしていた八雲の全身は、風の刃によって切り裂かれた。




