第二十五話 四ノ島の試験 伏魔殿
海燕を先頭とした五人は、風の魔力で周囲の様子を探りながら石段を駆けあがった。八雲と海燕が先行する間にも、八雲の風属性の魔力が周囲の物体の位置、動作を教えてくれた。
八雲の風が八雲に伝えてくるのは神木のざわめきと、小鳥のさえずりだけだ。周囲に式神らしき物体の反応はまったくなかった。
「周囲に魔力反応も物体の反応もなし!さぁ進むぞ皆!ついてこれているか?」
八雲は後ろを振り返らなかった。陽花も、餓鬼憑きだったころの実力を考えればここまで残っただけの地力はある。遅れているはずがないのだ。
「問題ねぇよ。しかし、階段の途中で何かあると思ったが……」
海燕は目に魔力を集中させて様子を探ったが、こちらも違和感はなかった。
「何もなさそうね。最後の最後は取り越し苦労で済んでよかった」
慎重に慎重を重ねて鳥居に触れてみたり、その周辺を探った結果、何もなさそうなことに瑠璃はほっと胸をなで下ろした。
「だから言ったじゃないか、さっさと先に進んじまいなってさ」
石段を駆け上がりはじめて半刻の時を経て、五人はついに目標である鳥居に辿り着いたのだ。
これまでの苦労がついに報われたのだ。
「ついた。たどりついたぜ鳥居に!!やったよ俺たち試験に合格しちまった!!」
誰彼構わず手を叩いて互いの健闘を称え合おうとした文次郎だったが、陽花はそれをするりとしたみのこなしでかわした。
「あれっ?」
「短い付き合いだったが、あんたらには世話になったね。悪いがお先に上がらせてもらうよ」
「陽花さん!?」
「あ、ずりぃな陽花」
するりと海燕の脇を抜けて、陽花は紫色の髪をたなびかせて鳥居をくぐってしまった。
(ちゃっかりしてやがんなぁ~)
と、海燕が半ば呆れて見ていたのも一瞬だけだ。
陽花の足が鳥居をくぐり終えた瞬間、陽花の姿が海燕たちの目から見えなくなってしまった。
「!?陽花ちゃん!?」
「待て文次!うかつに踏み込むな!!」
何事かと陽花に続いて鳥居の中へと飛び込もうとする文次郎を止め、海燕は鳥居の石材を調べる。陽花が消えた瞬間も、今も、鳥居の石材から魔力は感じられなかった。
「八雲ぉ!風魔法の反応はあるか!?」
「ない。陽花の反応がない。……こんなことがあり得るのか?」
異常事態について考察し出した八雲を見て、瑠璃は眉を潜めて、自らの心当たりについて話し出した。
「昔、祖父が冗談めかして言っていた結界魔法の中には”神隠し”という魔法があったそうです」
冗談だと思ってた」
「瑠璃ぃ、そういうのは先に言えよ!?」
思わずつっこみを入れた海燕に対して、瑠璃はばつが悪そうに怒ったフリをして誤魔化した。
「そんな魔法おとぎ話だって思ってたのよ!お爺ちゃんもお婆ちゃんも使ってなかったし!……とにかく、陽花さんが心配です。八雲くん、海燕くん、お願いします!」
「おうよ!」
海燕も、ここで瑠璃を責めている場合ではないことはわかっている。瑠璃の指示を受けて、真っ先に鳥居へと飛び込んだ。
そして海燕を先頭に、八雲が続いて四人が一歩踏み込んだ瞬間、そこに広がっていたのは別世界だった。
鳥居の先にあったのは、神をあがめるための大きな社。海燕がはじめて見る豊葦の国の神をまつった神社は、茅葺の屋根を持った立派な社だった。神社の境内に狛犬と獅子があったが、動く様子はない。ただ、社の前にある物体が、海燕たちの行く手を阻んでいた。
その物体は、どうやら海燕たちに対して、明らかな敵意があるようだった。その物体を中心として、高濃度の魔力が、社すら覆い尽くすほどに周囲に充満していた。海燕は、その魔力によって太陽が覆い隠されるような錯覚すら覚えた。
魔力のみならず、魔力を放っている物体そのものも大きい。縦にも横にも八雲が二人以上は入れるほどの大きさを持ったその物体は、遠目からは黒く巨大な亀のように見えた。だがよく見てみれば、亀よりも明らかに手足が長く、それも岩のように太い。
「ありゃあ……岩だ」
海燕はその威容を見て、亀が巨大な岩石の塊を加工したものであることを確信して呟いた。
「明らかにあれは式神です。皆、戦闘準備!!」
瑠璃は気を引き締めるように発破をかけたが、その頬には一筋の汗が見えた。
かつて、豊葦の国における信仰には、巨岩信仰が存在した。もののけや大自然の暴走にも耐え抜き、長い年月を経てなお残り続ける岩には神が宿るという考え方は、やがて人々が土属性の魔力を手に入れるにつれて廃れていった。
だが、それでも人が大岩に畏怖を感じることはある。その大きさに見合うだけの魔力を、その大岩が有しているのならば。
それは、悪質なもののけに匹敵する戦闘能力を持っていることになる。
瑠璃の予想では、無難に狛犬型や狐神型の式神が来ると思っていた。それらは瑠璃の故郷だけでなく、皇区における大体の神社で採用されている自動式兵器だ。
(まさか、こんな大型の。それもとんでもない大金がかかっているようなものが出てくるなんて)
瑠璃は自分の中にある驚きと呆れを誤魔化すように杖を握りしめた。退魔師の世界では、こんなところに金をかける。いや、かけてしまうのだ。
海燕たちが大岩に見とれていたのは、実際には数秒も満たない時間だった。数秒間の空白のあと、大岩の背から何かが生えた。
(げ……)
瑠璃はその挙動に言いようのない嫌悪感を感じた。大岩でありながら、まるで縄か何かのように動き回る物体という矛盾に対して、脳が拒否反応を示していた。
亀の背から出てきた物体は、よく見ると蛇のような彫刻が施されている。蛇は、海燕たち五人をなめまわすように見渡すと、言葉を話した。
『よく来た、受験生諸君。二次試験の合格おめでとう』
蛇が話をしているわけではなかった。これは、風属性魔法によって再現された音声だ。
「この声!」
「試験官のおっさんか!」
海燕にはこの声に聞き覚えがあった。重々しい中に、どこかこちらを試すような雰囲気が感じられた声。
『ここまでたどり着いた諸君は、寺子屋や道場でよく学び、良く鍛えた成果を本番で発揮できたと言えるだろう。退魔師に必要な知識、体力、冷静さ、運、判断能力を適切に使い分けなければ、突破は出来なかったはずだ。一歩間違えば死ぬという極限状態に追い込まれたかもしれぬ
……素晴らしい!!実に素晴らしいっ!!!!』
風属性魔法で試験官が告げる言葉は賞賛だった。
それはその通りだった。これまで海燕が突破した試験はどれも、死と隣り合わせのものだった。
「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!あんたら人の命を何だと思ってんだ!!」
「そうだ!何人死んだと思ってんだよ!?」
だが、海燕は思わずそう叫んだ。道中で仲間を失った文次郎も同じ思いだった。
命すら懸けてもののけを倒す退魔師として見れば、あまりにも甘すぎる言動だ。
「海燕、文次。あれは記録されている音声を話しているだけだ。会話はできない。それより落ち着け。魔力が乱れているぞ」
二人を制止した八雲も、本心でそう言っているわけではない。退魔師としては甘いが、自分や受験生の命のために文句を言いたくなるのは人としては当然の感情だったからだ。
それくらい、この試験は人命というものを軽視していた。
もののけの跋扈する森を歩かせ、ヒダル神に憑かせたあとで、魔力を大量に消費する神木の森へと誘導する。これが悪質でなくてなんだというのだ。神木と和解したうえで神木の実までもらえたのは、偶然瑠璃がいたおかげであって、それがなければ大半の受験生は魔力が枯渇して死ぬだけだ。
八雲に言わせれば、
(人を試すことと人を殺すことを混同している)
ようなものだ。
「皆構えて!何が来るか分からないわ!」
瑠璃が試験官に対して抱いていた怒りは、この四人の中では誰よりも深かった。
神木とは本来は、穏やかな生命だ。こちらから傷つけさえしなければ人間を傷つけはしないし、魔烏子のようにそれを理解していて神木を傷つけない生命ならばもののけですら見逃すほどに寛容でもある。
それを、地爆基を使ってまで傷つけ、わざわざ人間に対しての敵意を煽ってまで試験の道具にするというのはどういうことなのだと、疑問と怒りが胸のうちでくすぶっていた。
海燕と文次郎が先に声をあげてくれたからこそ、瑠璃は冷静に、集団の長として指示を出すことができていた。
「わーってるよ!」
『しかし……残念ながら。君たちが突破した困難はどれも、いい教師につき、よく学べば打開策を知った上で突破できる……既知の試験。真の退魔師は、未知の困難を乗り越えねばならない』
試験官の言葉が終わるとすぐに、岩亀から魔力が解放された。聖域の魔力が浄化された正常な空間から、もののけが跋扈する森の中へと放り込まれたような、そんな緊張感が海燕たちを襲った。五人は瑠璃の言葉で、既に戦闘態勢に入った。
「来るわ!海燕くん備えて!」
「おうよ!」
だが、間に合わなかった人間もいた。
「う……クソったれ……」
ここまで一言も声をあげられていない人間。陽花だった。先に鳥居をくぐりぬけたはずの彼女は、滝のような汗を流しながら一歩も進めずに立ち止まっていた。足が恐怖で動かない。なくなったはずの疲労感が襲ってきたのだろうか。彼女は、魔力を体内に張り巡らせて体を守るということすらできていなかった。、
『最終試験を告げる。
これは我が学園の誇る最新式自動兵器”玄武十号”だ。これを突破して、奥の鳥居をくぐり抜けてみろ。
諸君らの健闘を期待する』
その言葉を皮切りに、陽花へ向けて、蛇から高濃度の魔力が放出された。




