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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学試験編
24/59

第二十四話 四ノ島の試験 五人目


 夜が明ける。

 既に雨は上がりきっており、雨によって雲も洗い流されたのか、太陽のやわらかな光が森へと注がれていった。


 生い茂る葉で陽光を受けた神木たちは淡い魔力の光を放ち、聖域全体を少しずつ癒し、自分の縄張りを元に戻してていく。海燕は、そんな穏やかな朝の中で目覚めを迎えた。


「もう起きたのか、お早う海燕。よく眠れたみたいだな」


 目覚めた海燕の前に姿を見せたのは、朝の鍛錬を終えて水浴びをしていた八雲だった。例によって上半身は半裸だった。ヒダル神につけられた傷跡が残る体だったが、八雲は大して気にもせず藍色の道着を身に着ける。藍色の道着もヒダル神の風魔法によって袖が引き裂かれており、服を着た後も腹筋や腕、そして体に刻まれた傷跡がむき出しの状態になっていた。


「……まぁな。俺の体調は全然問題ねぇよ。昨日と全く変わんねぇ。つーか八雲。おめーこそ、傷は痛まねーのか?」


「かなり痛いぞ」


「痛ぇのかよ!?てめーが受けたの上級魔法の傷だぞ、本当に大丈夫なのかよ!」


 八雲ははははと笑い、柔軟体操を続けた。


「ま、神木の薬があったおかげでちゃんと治ってくれている。戦闘に支障はないさ。それより、飯が出来てるぞ。自信作だから食べて感想を聞かせてくれ」

 

 その言葉を、海燕は空元気として受け取った。

 実際にこの目で見た上級魔法の威力は、中級魔法までとは比較にならない。その魔法に込められた魔力の量が、中級までとはけた違いに多いからだ。

 八雲のように直撃を避けて生き延びたとしても、自分本来の魔力とは異なる大量の魔力を浴びた体に対する疲労や、体への拒絶反応は残っているはずなのだ。

 それこそ、海燕の()()()()でもない限りは。


(今日はもう、昨日までみてぇに八雲に頼り切るわけにはいかねぇ。八雲が動けなくなる前に、勝負を決めねぇとな)


 瑠璃や文次郎もおそらくそれは理解しているだろう。だが念のために不安要素は共有しておかねぇとな、と思いながら、海燕は八雲の勧めに従って朝食をとった。


 熊肉の香草焼き、茸と山菜の吸い物、そして少量の干飯粥。それが海燕たちの朝食だった。昨日とさして変わらない食事に変化があったことと言えば、食卓の席に一人見知らぬ顔があったことだ。


 見知らぬ顔とはつまり、ヒダル神に憑りつかれていた受験生の少女だ。木乃伊(みいら)のようだった昨晩の面影はなく、赤い瞳で、年頃の少女にしては強気すぎる鋭い目つきを持っていた。神木や瑠璃たちの魔力によって肉体も多少は戻ったらしく、骨と皮ばかりだった体は、退魔師のそれよりは筋力がないものの、その年頃にしては痩せている程度にはなっていた。艶のある紫色の髪を紐でまとめた彼女は、くしゃくしゃの巻き毛の文次郎や、短くなった髪を手早くつくろった瑠璃と一緒に朝食をとろうとしていた。



「お、海燕も起きたのか?早く座れよ。飯が冷めちまうぞー?」


「あーすぐ喰う。まぁ、今はそれよりだな。はじめましてだな、お嬢さん。俺は海燕ってもんだ。あんたの名前を教えてくれねぇか?」


 そう言って海燕は紫髪の少女に右手を差し出した。少女の顔をよく見ると、左目の下に黒子があることに気が付いた。


「これはまた、いまどき槍使いなんて珍しいね。あたしは陽花(ようか)ってもんさ。あんたがあたしを助けてくれたそうだね。瑠璃から聞いたよ。ありがとね」

 

 陽花は少しだけ穏やかな表情で海燕に礼を言う。礼を言われた海燕は、照れ隠しに頭をかいた。

 

「そりゃあ別に俺が言われることじゃねぇよ。治療は俺ら全員で頑張ったんだ。だけど、最終的に助かったのはあんたの運さ。あー。陽花だったか、あんた起きても問題ねぇのかよ?」


「あたしの体のことは自分が一番よくわかってる。動くのに支障はないさ。何ならあんたとの戦闘だってできるよ。試してみるかい?」


 陽花の体調を気遣った言葉だったが、どうやら彼女はお気に召さなかったようだ。陽花は茶碗を置いて不敵に笑った。


「お、海燕。陽花ちゃんを怒らせたな~?」


「わかったわかった、俺が悪かった」


 茶化す文次郎に向けてしっしと手を振りながら、海燕は陽花に謝罪した。海燕が陽花を見た限りでは、彼女の魔力量も一定の水準を超えている。背筋も真っすぐ伸びているし、話し方もしっかりとしていてヒダル神の後遺症らしきものは見つけられなかった。何より、体に致命的な問題があるならば瑠璃が彼女を寝かしつけているはずだ。海燕は陽花に頭を下げると、自分の席につき吸い物をすすった。


「ならいいよ。合格を目前にして足を止めるバカがどこに居るんだい。あたしは意地でもこの試験を突破するつもりさ」


 陽花もそのまま席につくと、豪快に熊肉にかぶりついた。熊肉は陽花に配慮してか、薄めの味付けになっており、中まで火が通っていてとても柔らかかった。





 それから八雲も含めた五人で朝食をとり終えた一行は、陽花と、そして四人についての話題で盛り上がった。


「……じゃあ、陽花は西部出身なんだな。西部って、どんな食べ物があるんだ?」


 陽花に対して八雲が興味津々に故郷の食べ物を問いかける。どうやら彼女は西部出身らしい。


「今食べ物のことを聞くのかい?緊張感がないねぇ。食べ物なんてどこも似たようなもんさ。かわりゃしないよ」

「でも、西のうどんは塩味でしょっぱいって聞いたぜ?」

「え、西じゃあ醤油いれねーの?」

「文次、東のうどんには醬油を混ぜるのか?」


「……あ、ああそうさ。麺に塩が混ざっててね」

 陽花は呆れたような困ったような目で八雲を見た。そんな陽花を見かねてか、瑠璃が助け船を出した。


「はいはい雑談はその辺で。私たちの試験はまだ終わってないんだから。ごめんね陽花ちゃん、緊張感のない男子たちで」


(ていうか私がお話したいんですけど)


 今の今まで異性に囲まれていた瑠璃にとって、はじめて同性の友達ができるかもしれないのだ。自分も会話に混ざり、陽花と雑談して男子の愚痴やらなんやらを含めた色々をぶっちゃけて交友を深めたいという思いはある。

 あるのだが、今はそれをする時間がなかった。


「とんでもない誤解だよ、瑠璃。初対面の緊張感をほぐすための雑談だよ」


「口説いているようにしか見えませんでしたよ。八雲くん、時と場合を考えてね?」


 八雲が穏やかに笑う。それに対して、陽花も笑顔を浮かべた。


「あたしは気にしていないよ。それにしても統一感のない面子だねぇ。あんたら、知り合いだったってわけでもないんだろう?」


「そういや出身地区も趣味もバラバラだな俺ら」


 文次郎が陽花の指摘に思い出したように言う。この二日で死線をくぐった文次郎にとって、海燕たちは十年来の友人のようにも思っていたが、互いの家すらよくは知らないのだ。



「これは試験だし、色んな地域から人が来てっからな。陽花は西の生まれなんだっけか?東西南北と皇区が全部そろっていいじゃねぇか」


 海燕がそんなことを言って話を脱線させようとするので、瑠璃はぴしゃりと話を本筋に戻した。


「退魔師に生まれた地域は関係ありませんよ。もののけから人々を守れるかどうか、それが退魔師の基準です。そして、この試験を突破できるかどうかは、皆が協力出来るかどうかにかかっていると私は思います。陽花さん、あなたの得意魔法などを教えていただいてもいいですか?」


 そう言って、瑠璃は陽花の目を真っすぐに見た。出会っていて間もなく、信頼関係を育むにはあまりにも時間がない。何せ今日の昼過ぎには決着で、今はもう早朝なのだ。

 互いの戦力を大まかにでも開示して、いざという時の動き方だけでも決めておきたかった。


「……それ、言う必要があるのかい?鳥居はもう目の前じゃないか」


 陽花が指さす先には、何千段という階段があった。首を階段からさらに上に上げ、視界の果ての見えるか見えないかというところで、目標である鳥居の姿があった。もはや目と鼻の先であり、戦闘を想定する必要はないというのが陽花の主張だ。


「あんたらは信じられないくらいに人がいいね。あたしなんて置いて行ってさっさと合格しちまえばよかったのに」


「単に人が良かったって訳じゃあないさ。”式神”を警戒したんだ」


(まぁ、三人は本当に人が良かったんだろうけど)


 八雲は内心でそんなことを考えながら冷静に話す。八雲たち三人は、一日目の晩に瑠璃から警戒すべき対象としてその存在を聞かされていた。


「式神……神社に置いてある自動式の防衛兵器かい?」


 陽花は唇に手をあててその存在を思い出した。

 式神とは、神社や寺社に所属するような退魔師が用いる自動式の兵器だ。核となる魔力を溜め込む宝玉に使わせたい魔法を撃ち、大岩などでその外見をかたどり、命令を書き込んだ護符で動かすのだ。聖域においては、もののけがはびこるようなことは基本的にはない。皇区で育った人間なら、神木に手をだすような真似もしない。それでも、賽銭泥棒などは発生する。瑠璃の故郷では、悪ガキ共を撃退するために式神を用いていた。


「ええ。私が試験官ならば、それを直前に配置して受験生の力量を図ります。式神は、もののけや神木と違って個体差というものがありませんから」


「突破した受験生の実力を推し量れるってわけかい。確かに理には適っているね」


 瑠璃の話を聞いた陽花は、すぐに思考を切り替えたようだ。彼女は覇気のある声で、自らの能力について話した。


「あたしは風魔法が得意でね。弱いもののけなら中距離でぶっ飛ばしてやれば撃退できる。ま、足や体から風を放出すれば近距離戦もいけるがね」


「あの、失礼ですが上級魔法などはお持ちですか?」


「流石に上級は持ってないねぇ。それでもあたしの魔力なら、上級持ち並みの働きはできると自負してるよ」


 そう言う陽花の言葉は根拠がないわけではない。紫色の髪を持っていることから、彼女が文次郎以上の魔力量があることは明らかだった。

 それは戦闘中に魔力が枯渇して息切れするといった事態になりにくいということでもあり、中距離戦の攻撃力が厚みを増すという意味があった。


「何だあんたもかよ!実は俺も持ってねーんだ上級!仲間だな俺ら」


 陽花が上級魔法を持っていないと聞いて、海燕は少し嬉しくなったようだ。がははと笑い声をあげていた。今日の海燕は瑠璃に自分自身を打ち明けたからか、昨日よりも笑顔が多かった。

 もちろん、瑠璃意外はその理湯をしらないのだが。

 

「あんたそんな不名誉な仲間でいいのかい?!」

 

 呆れながらつっこみを入れる陽花に、八雲も苦笑して話しかけた。


「俺も適正は風属性だけど、上級魔法は持っていないんだ。その代わり、俺と海燕の土属性魔法でこの集団の前を守ることになってる。瑠璃、陽花には後方で敵の魔法への対応を頼むのがいいんじゃないか?」


「そうですね。中距離での手数が増えるのはありがたいです。風属性魔法は発動から着弾までの速さも四大属性の中で最速ですから、前衛よりも私や文次郎くんと同じ後衛の方が助かります。陽花さん、お願いできますか?」 


 そう言っている瑠璃の心中は内心、拒否されるかもしれないとも思っていた。彼女は紫色の髪であることから退魔師の家の生まれだろう。よく知らない面々と組み、瑠璃にあれこれと指示されるのは嫌がるかもしれない。


(何となく、陽花さんは人に指示をするのに慣れていそうな気が……)


 瑠璃はもし陽花が拒否した場合にどう説得するかを考えていたが、意外にも陽花はすんなりと瑠璃の提案を受け入れた。


「わかったよ。後ろはあたしに任せな。ちなみに瑠璃と文次郎は得意な魔法とかあるのかい?」


 その提案を、陽花はすんなりと受け入れた。お手並み拝見と思っているのか、それとも戦術に拘りがなかったのか。それは分からないが、連携する上での第一の課題はこれで突破したことになる。


「私は火の上級魔法が使えます。文次郎くんは水の上級魔法を持っています」


「へえ、自慢かい?」

 

「いやそういう意味で言ったんじゃないぜ陽花ちゃん。上級魔法があるかないかと、()()()どうかってのは別の話さ。陽花ちゃんの方が、俺よりずっと強いと思うぜ。なんたって一人でここまで来たんだから」


「……一人かい。あんたらにはそう見えたんだね」


(あ)


 文次郎は何となく、彼女にとっての地爆基に触れてしまった気がした。


「あんたら、ここまで来る間に、あたしと同じ紫髪の、あたしと同じくらいの背丈の男子を見なかったかい?黒髪の鍛えすぎた大男とか、いけすかない金髪の女とかは?」


(……)


「いや、見てねぇ」


「そうかい。いや、いいんだよ。覚悟はしてたさ。あんたら、三つの道のうちのどれを通ったんだい?」


「私たちは、中央の道を通りました」


「……そうかい。なら、あいつらがどうなったかは分からず終いか」


 陽花は髪を弄ってから離し続けた。


「あたしは地蔵の置いてあった道を進んだんだけどね。途中まではうまくいってた。もののけにも出会わなかったし、ヤバい茸とか毒草もちゃんと避けた。だけど、歩けど歩けど前に進まずに、もとの道に戻っちまうの繰り返しさ。そのうち、あたしは無性に腹が減っちまって、そこから先の記憶がないんだけどね」


 口元を手で隠す彼女の瞳に浮かんだ感情は、自嘲か、それとも。



「…恐らくは結界魔法の一つですね。正しい道を進まなければいけないか、何らかの条件を満たさなければ先に進めない、という効果があったのでしょう」


 瑠璃にそう言われ、陽花は笑った。


「何だそうだったのかい!?あたしはてっきり、あいつらに見捨てられたのかと思ったよ!ま、出会って半日だったし、思い入れだってなかったんだけどさ」

 

 見捨てられた、という言葉に海燕は反論したかったが、慎重に言葉を選ぶべきだと思った。そんなものは、明らかな強がりだ。退魔師として、彼女は考えられる最悪の事態を考えないようにしているのだ。

 陽花に憑いたヒダル神の暴れ振りを見る限り、陽花の仲間たちは、餓鬼化した陽花を止めようとして返り討ちにあったという可能性すらあったからだ。


(だけどそれじゃあ、陽花(この子)や受験生があんまりだろうが)


「……きっと途中で逸れたんだ。そいつらはまだ道に迷ってるか、あんたが先に行ったと思ってすれ違ったのかもしれねぇよ」


「あんた、顔は普通だけど良いこと言うね」


「普通は余計だろぉがよ!そこはお世辞でも顔が良いって言うだろ?」


「いや言わんだろ」


 男子たちがぎゃあぎゃあと騒ぐ中で、瑠璃は真っすぐな瞳で、紅より赤い陽花の瞳を見た。


「陽花さん。今は試験を合格することだけ考えましょう。あなたが選んだ仲間なら、きっと先に試験を合格して、あなたを待っていてくれているはずです」


 そんなやり取りをしながら、四人は警戒態勢を整えて、万全の態勢で鳥居へと向かった。

 神木の実も、神木の傷薬もすべてを使い切った。

 五人での戦闘時の体制を相談し、予想される式神の種類をもう一度話し合った。


 考え得る限りの対策をした上で、最後の、それ以上の試練が彼らに訪れようとしていた。

 

 このとき彼らは、己を待ち受けている困難を予想していなかった。困難とは常に、人の想像を上回っていくものなのかもしれない。

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