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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学試験編
21/59

第二十一話 四ノ島の試験 風と炎と水と土

「やってやらぁ!」


 海燕は木槍をふりかぶり、ヒダル神の本体めがけて正確な突きを()り出した。


 魔力によって強化された腕力と、上半身を支える体幹の力を利用して、魔力をまとった木槍の一閃がヒダル神に迫った。ヒダル神は魔力の塊ではあるが、魔熊のような強靭な肉体があるわけでも、神木の根のような硬い樹皮と再生能力を持つわけではない。ヒダル神に魔力を通さない攻撃は通用しないが、それは裏を返せば魔力さえ通っているならば、当たりさえすればヒダル神にとっては痛手となっただろう。


 ……()()()()()()()()の話だが。


 海燕の木槍がヒダル神を捉える寸前、ヒダル神は煙のような体を霧散させ、ひらりと槍から難を逃れた。その速さは、風のように逃げたというよりも()()()()()になったと言ったほうがよかった。


(……!?)

 

「どうなってやがる!?」


「こいつ、体を風に変えられるぞ!?」


 驚愕する海燕と八雲に答えを返したのは瑠璃だった。


「あの子の体を乗っ取ったせいです!ヒダル神は憑りついた人間によって強く進化するんです!!」


 ヒダル神は憑りついた人間の魔力を喰らい、その体内で成長する病魔だ。悪質なことに、稀に憑りついた人間の魔力を吸収し、本能的に学習して成長してしまう変異種が生まれてしまうことがあるのだ。


「……斬撃は効果が薄いらしいな!!」


 八雲は風の魔力を木刀にまとわせてヒダル神の体をとらえ、その魔力を斬った。だが、風そのものとなったヒダル神の体に、八雲の得意な風の魔力はあまり効果がないようだった。


「当たってるのかどうかも分かんねぇぞ!!」


 海燕も木槍をふるいヒダル神の体をとらえようとしたが、ヒダル神がうまくそれを回避したのか、それとも海燕の狙いが悪かったのか。手応えがなかった。


(風……天候の教本と、風属性魔法の教本によれば……)


 瑠璃は咄嗟に自分自身にある風についての知識を総動員して、倒れた受験生の治療を一時中断して文次郎に指示を出す。


「風なら、冷やせば下に降りてくるはずです、文次郎くん!私の反対側に異動して冷却魔法を撃って!!!」


「お、俺の出番?承知したぜ!」


 そう言って文次郎は水属性の魔力を体中で練り込んだ。文次郎は魔力が満ちた体のまま、中級水属性魔法”霜時雨(しもしぐれ)”をすぐ撃てるよう準備をしながら瑠璃の指示を遂行しようとした。着弾した相手を冷却させるこの魔法ならば、風の性質を持っているヒダル神はその体を冷やされ重くなり、動きも(にぶ)るはずだ。


 が、ヒダル神はそれを黙って見ていたわけではなかった。

 ヒダル神の体は魔力で出来ており、その体は風と一体になっている。ヒダル神はわずかな空気の乱れ、魔力の乱れから、黒髪の人間が何らかの魔法を発動させようとしていることを感じ取っていた。

 それは、ヒダル神という病魔が持っている生存本能に由来した直感ともいうべきものだった。

 病気を司る神が持つ、生存に対する執着が、人間を追い詰めた。



「やべぇ……!」


 海燕は反射的にそう叫んだ。ヒダル神の魔力が爆発的に高まっていく。それは、肉体が魔力と直結しているヒダル神の攻撃が激化することを意味する。


 海燕の目には、ヒダル神の、風となった体が一瞬、地面もろとも弾け飛んだように見えた。実際に弾け飛んだのは地面だった。ヒダル神の魔力によって、ヒダル神の周囲がはじけ飛んだのだ。


 上級風属性魔法、”爆円風塵(ばくえんふうじん)”。風属性中級魔法”紅旋風(べにつむじ)”を発展させた魔法で、自分自身を基点として爆風を起こすというものだ。単純だがその威力は凄まじく、ヒダル神を中心として地面が大きくえぐり取られ、近くにあった神木の分木(こども)が根元からへし折れてしまっていた。


 海燕はその攻撃を防御できなかった。風の魔力そのものによる痛みは、海燕の切り札によって無効化できた。だが、爆発によって弾け飛んだ神木の根や土、岩石の破片といった余波はどうにもならない。

 海燕の全身を激痛が襲った。


「……!!」


「海燕くん!八雲くん!!」


 瑠璃の悲鳴が森に響き渡る。


 海燕の右目、まぶたの近くに破片が飛んだ。それで、海燕は反射的に目を閉じてしまった。

 吸収したもののけの魔力を、海燕の肉体に海燕の魔力として還元する。海燕が半ば反射的にやっている切り札によって起きる肉体と魔力と精神のずれ。そのずれを補正するためのあるかないかも分からないほどの硬直。そのせいで、海燕は周囲の状況の把握もできなかった。


 ヒダル神の上級魔法の標的になった文次郎を守ることも、できなかった。


 

「……!!」 

(これは……かなり、痛いな)


 八雲はその盾になるために、前衛として動くことはできなかった。なぜなら、八雲はヒダル神の爆発のすぐ傍にいたのだ。神木が盾になったとはいえ海燕と違ってその魔法を完全に防ぐことはできず、全身に無数の切り傷を負い、大きく吹き飛ばされてしまった。八雲の全身を襲っている痛みは、海燕のそれよりはるかに大きかった。



(ああ、終わった)


 爆発の中で、文次郎はヒダル神の魔力を感じ取った。直感で自分が狙われていることを悟り、それでも生き残ろうと、瞬時に大量の魔力を練った。自分の身体能力では魔法を回避できないことを、文次郎は悟っていた。

 文次郎が生き残るために選択した魔法は、水属性上級魔法、”泡沫飛沫(うたかたしぶき)”だ。瑠璃との打ち合わせで使おうとしていた水属性中級魔法では、ヒダル神の攻撃を防ぐことはできない。


 だが、受験生が上級魔法を使おうと思えば、魔力を充分に溜め、完璧に制御した上で寸分の狂いもなく、その性質の魔力を放出する必要がある。それに対して、ヒダル神のような大量の魔力がある病魔は、魔力を練り、溜め、制御して放出するまでの時間を極限まで少なくしたうえで上級魔法を放つことだって可能なのだ。何故なら、体が魔力そのものなのだから。

 


 文次郎の両手から爆発的な水泡が放たれる前に、ヒダル神の魔法が文次郎の体を引き裂く方が、早いのだ。


(……!!!)

 それでも、最後まで諦めず生き延びるために全力で魔法を放つ、いや、ヒダル神が魔法を放つ寸前に文次郎が見たのは。


 ヒダル神の後ろで、鬼の形相でヒダル神に火属性上級魔法”紅蓮紅臨(ぐれんこうりん)”を放つ瑠璃の姿だった。


「……死ねぇ!焼け死ね病魔ぁ!!」


 ”紅蓮紅臨”の殺意しかない膨大な炎は、ヒダル神に直撃してはいない。風そのものとなり、この山で最も素早いもののけになったヒダル神は、その直撃を避け、炎に少し焼かれ、魔力を消費しながらも生き延びていた。魔力を使いはしたが、風の性質を持ったヒダル神の体は、炎の熱によって温められ軽くなり、より素早くなる可能性すらあった。

 瑠璃の作戦では、肉体が風となったヒダル神の性質を利用し、冷却して体を縮め、動きを鈍らせた上でこの魔法でとどめを刺すはずだった。だが、物事はそううまく行くものではなかった。


(もう誰にも死んでほしくない)


 そう思うと、作戦を反故にしてでも魔力を本能的に開放していた。それは合理的な判断ではなかったが、少なくとも文次郎の命はこの瞬間は救われた。


(瑠璃ちゃん……!)


 文次郎は泣きそうになりながら、自分にとっての命の恩人であり、退魔師としての手本(でありついでに勝利の女神になるかもしれない)の姿を目に焼き付けた。”紅蓮紅臨”の赤い炎によって青い髪がゆらめきだっていた。その姿は頼もしかったが、炎に飲み込まれて自分自身も焼かれ死んでしまいそうな危うさがあった。

 もちろん、文次郎も瑠璃をそんな目にあわせるつもりはなかった。自分も焼け死ぬ気はなかった。


「……俺は何があっても瑠璃ちゃんについていくぜ……!」


 文次郎は即座に、発動しようとしていた”泡沫飛沫(うたかたしぶき)”分の魔力を右手に集中させ、右手を固く握りしめた。そして左手の掌に、”霜時雨”用の、相手を冷却させるための魔力を集中させる。



 文次郎は右手の握りこぶしの前に、左手の魔力をかざした。

 そして、自分だけの魔法を唱える。


「”泡沫時雨(うたかたしぐれ)”っ!!」


 この魔法は、”泡沫飛沫”を習得して道場でやることがなくなってしまった時、文次郎が戯れにおもいついたものだ。右手の泡沫飛沫に、左手の冷却効果を付属させて放つというだけの、至って単純なも魔法。”泡沫飛沫”以上に魔力を消費するために実用性には乏しく、魔法研究の発表会においても当初は上級魔法とは認められなかった。恩師や、他所の道場師範の指導を受けてようやく完成した文次郎の切り札だったが、実戦で使ったのは今日が最初だ。


 文次郎から放たれた水の矢は、”紅蓮紅臨”の灼熱から逃れようと、自分を中心として”爆円風塵(ばくえんふうじん)”による風の弾幕を放っているヒダル神を撃ち抜いた。その水の矢は魔法を撃とうとしていたヒダル神の胴体を貫くと、込められた水の魔力が解放され、白く透き通った氷がヒダル神の周囲に開放された。その氷は、ヒダル神の内部にまで到達しその体を弱め、切り裂いていくだけではなく制御し切れていなかった瑠璃の炎を制御できるまでに弱めてくれた。



 しかし。


「まだだ、あと一撃足りねぇ……!」

「ヒダル神はまだ生きています!!誰かとどめを!!」


 

 炎に体を焦がし、体の半分を失いながらも、ヒダル神はまだ生きていた。受験生から生命力を奪い取ったせいか、異様なしぶとさで逃走しようとする。

 進化したヒダル神を逃し、それが誰かに憑りついて増殖したとしたら。それは恐ろしい結末を引き起こしてしまうだろう。





 だが。

「逃がさねぇよ!」


 それを許す海燕ではなかった。自分に刺さった石や地面に散らばった岩を、瓢箪に入れた土を全て使い、ヒダル神を閉じ込める土の檻を作り出した。

 それは爆風による痛みの仕返しでもあった。


「あんたが神様を折っちまったせいだぜ」


 ヒダル神が神木を折ってしまったために、海燕も土属性魔法を使うことができたのだ。


「さよならだ、ヒダル神様。楽しい戦いだったよ」


 なおも”紅旋風”で石の檻を破壊しようとするヒダル神を、八雲の木刀が貫いた。ヒダル神はその魔力も、その風も残さず、この世から消滅した。



 そして、戦闘によって満身創痍の四人は。



 ヒダル神によって今にも息絶えようとしている、受験生の女の子を救おうとした。

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