第二十話 四ノ島の試験 餓鬼憑き
違和感に気付いたのは八雲だった。四人での行動中も、念のためにと周辺に風属性の魔力を放出しながら道を歩いていたとき、八雲の風は動く生物の存在を認識した。
(……何だ?この大きさは。人か?にしては足取りが弱い……?)
魔力で感知したその物体は、ふらふらと頼りなく道を徘徊しているようにしか感じられない。その魔力は人間にしては弱く今にも倒れそうなほどだ。
「皆、ちょっと聞いてくれ」
「どうかしましたか、八雲くん」
「おそらくこの先の道に人が居るんだが、様子がおかしい。生きてはいるんだが、足取りが不安定だ」
「本当かよ!?じゃあすぐにでも助けに行かないと!」
「まぁ待てよ文次。八雲、そいつの状態は?怪我はしてるのか?……それとも、ヒダル神か?」
「げ。その可能性もあるのか?」
文次郎が例によってやる気を出すが、海燕がそれを諫めた。今はもう二日目だ。幾多の戦闘と疲労を積み重ねた受験生のうちの不幸な誰かが、海燕のようにヒダル神に寄生されていてもおかしくはない。もしもヒダル神に憑りつかれていたならば、こちらも相応の心構えで対峙しなければならないのだ。
「……この距離だとそこまでは分からないさ。俺の魔力探知は万能じゃない。ただ、どちらにせよ良くはないな。このまま放置していくと死にかねない。瑠璃、どうする?」
八雲は必要な情報だけ伝えると、瑠璃に判断を仰いだ。
(まぁ、答えは分かり切ってるが)
案の定、瑠璃が出した答えは、八雲の予想通りだった。
「助けに行きます。神木の実と樹液性の塗り薬はまだ残っていますから。全員、魔力を目と耳に集中させて。もしもヒダル神であった場合は戦闘になりますが、みんな、初級以上の攻撃魔法は控えてね」
試験の最中にもかかわらず他の受験生を可能な限り助けようとする。その姿は退魔師らしく立派であると同時に、優しすぎる部分だ。
しかし、それに異論がある人間はここにはいない。
助けられる人間ならば助けたいという情がある。
(本当に、いい奴らだな)
と八雲は思う。同時に、彼らを必要があれば切り捨てざるをえないとも思っている自分のことが薄汚くも思えた。
「おう承知したぜ。まぁ、俺は土属性魔法が使えねぇから大して違いはねぇんだけどな」
「海燕、それなら瓢箪に土を詰めてそれを使ってみるといいぞ。地上の魔力が根に吸収されるだけで、地上から離せば俺たちの支配下には置ける」
「おいおい冗談だろ……?…本当だ」
「海燕くん、それじゃあもしも相手がヒダル神であった場合、攻撃への対処をお願い」
「おう」
「急ぎましょう。手遅れになる前に!」
そして四人は、ヒダル神に寄生され餓鬼憑きとなった受験生と遭遇し、戦闘へと突入した。
「うううううううぅぅ・………!!あぁぁぁぁあああああ!!!」
海燕たち四人は、木乃伊のように干からびかけた、腰まであるほどの長い紫髪の女性の受験生を見つけると、受験生がヒダル神であることを確信して気配を殺して近付いた。受験生の頬は痩せこけ、脱水症状を起こしていた。その目は血走っており、明らかに正気を失っていたからだ。
(絶対に助ける)
という強い思いで、海燕はあと一歩のところまで迫る。
しかし、成長したヒダル神は、寄生した宿主の魔力をヒダル神自身の魔力として制御し、自由自在に操ることができる。
海燕たちがヒダル神を見つけたように、ヒダル神も海燕たちを魔力によって見つけていた。
その上であえて気付いていないフリをして、海燕たちを一網打尽にした後で、海燕たちに増殖しようとしていたのだ。
餓鬼憑きとなった受験生から、膨大な魔力を込めた風属性魔法が放たれる。それは風属性中級魔法”紅旋風”だった。自分自身を中心に放たれる旋風は、本来ならば離れた相手に届くものではない。
だが、受験生に寄生した病魔の魔力が加わり、その威力は上級魔法に匹敵するほどになっていた。
「なろぉ……!俺も下手すりゃああなってたのか!?」
咄嗟にその魔法を防ぎ、瓢箪の土で土属性中級魔法”石壁”による壁をつくって三人を守った海燕の声は怒りに駆られていた。退魔師の魔力がもののけの魔力によって完全に上書きされ、本来以上の威力になって人間を襲うさまはまさに退魔師の誇りに対する侮辱と言ってよかった。
「落ち着いて!あの風の鎧を突破しなければ拘束もできないわ!」
「だけど!病人とは思えないくらいはしっこいぜあのコ!」
文次郎の声にも焦りがにじむ。文次郎も瓢箪の砂で土属性魔法を使い、”石固”で受験生を傷つけず拘束しようとしたが、ヒダル神は受験生の体などお構いなしに魔力を放出し、身体能力を高めて動き回った。その動きは人間のそれとも、猿や熊のそれとも異なる、糸の切れた人形が無理やり動くようないびつさだった。
「…く!こうなったら、八雲くん突っ込んで!海燕くん、文次郎くん!一瞬でいいから風の鎧をはがしてあげて!」
瑠璃は焦る心を抑えて三人に指示を出し、自分は魔法を発動させるために、魔力を練り、手に縄を持って備える。
その瑠璃に向けて、受験生から風の魔力が放出された。
(!?)
風属性の魔法の伝搬速度は速い。その速度は込められた魔力によって上昇する。
ヒダル神の魔力によって放たれたそれは、瑠璃が反応すらできない速度を誇っていた。
そしてその威力も、上級魔法に相応しい。頭に直撃すれば死に至る。
だが、海燕はそれを読んでいた。元々彼は仲間を傷つけさせたくはない。瑠璃の正面に立った海燕は、何事もなかったかのようにぴんぴんしている。
「一発喰らわせて気絶させるっ!!!」
仲間の無事を確認して笑顔の八雲は、全身から風属性の魔力を放出し、木刀がうなりをあげて受験生に打ち込まれる。上級魔法の風の鎧が木刀を防ぎ、いなし、その直撃をかわしながらも、受験生は海燕たちから少しずつ遠ざかっていた。
「当てねぇように気を付けたぜ?”雨飛沫”」
受験生の足が止まったその瞬間に、文次郎は中級水属性魔法”雨飛沫”を発動する。文次郎の量の掌から放たれた水流は、雨のように分裂して受験生に襲い掛かる。そのまま風の鎧に着弾して弾けると、大量の水の泡が受験生の視界を覆い隠す。
その隙を逃す八雲ではない。八雲は態勢が崩れた受験生の胴体に、木刀を叩きこんだ。
手応えはあった。
「やったな……!」
海燕がそう確信する。水の泡が全てはじけ飛んだあと、受験生は瑠璃の”注連縄唐草”によって全身を縄で拘束されていた。
ここまでくれば、後は簡単だ。文次郎が岩塩を含んだ水を、初級水属性魔法”水泡”として放出し、受験生の半開きになった口に放り込み、”浄水”によってその体を清めた。
そして。受験生の体から膨大な魔力が放出された。その魔力量は、生粋の退魔師である瑠璃をも大きく上回る。
出てきたのは、実体のない膨大な魔力の塊であり、人々を蝕む病魔。
ヒダル神が降臨したのだ。
「……さぁ、お前を倒して治療をさせてもらうぜ。あんまほっとくとあの人死にそうなんでな!」
ヒダル神がなぜ神と呼ばれたか。
それは古来から存在し、人にとってよく分からない、恐ろしいものとしておそれ、崇められ、遠ざけられたからだ。
それを恐れるだけではなく、打ち砕いてこその退魔師。
聖域の試練は今、第二段階に入っていた。




