第一八話 四ノ島の試験 代償
「おーい!二人とも無事か!?」
森の中で、八雲のよく通る声が響き渡る。
根が活動を止めてすぐ、瑠璃は八雲に背負われて海燕たちのところへ戻った。八雲の背に乗っていた瑠璃は、粉々に砕け散った木片の中で大の字で寝転がる海燕と、魔法で精製した水を海燕に飲ませている文次郎を見つけると、八雲から飛び降りて風属性の魔力を地面に向けて放出し、二人のところへと舞い降りた。
「文次郎くん!?海燕くんは!?」
「瑠璃ちゃん!?八雲も!二人とも大丈夫だったんだな!海燕なら全身ズタボロだけど生きてるぜ!!ってかその心配してくれる声だけで生き返りそうで……!?」
海燕に水を与えていた文次郎は、瑠璃の声に笑顔で振り向くと、少し驚いたように言葉を止めた。
「おい、どーした文次。二人になんかあったのか!?」
「いや、何かってわけじゃ。あっオイオイ起き上がるな寝てろって」
「二人とも、いますぐ傷薬を出しますからじっとしていて!文次郎くんも!」
横になっていた海燕は悲鳴を上げる体を無視して様子を見ようと状態を起こす。
そこには確かに瑠璃がいた。後ろには着地し終わった八雲の姿も見える。
二人とも相当な激戦を潜り抜けたのだろう。八雲の道着は風属性魔法で引き裂かれたのか、胸元がはだけており血が沁み込んでいた。八雲の体のあちこちに風属性の魔法でつけられたかのような細かな傷跡はあったが、それでも瑠璃を背負って高速移動するだけの余力があったようだ。
瑠璃も道着が泥だらけになっていて、どういうわけか火で焼けたような跡まである。瑠璃自身の身に傷跡は残っていなかったが、泥だらけになるような魔法が使われたことが察せられる。
だが、何よりも海燕にとって衝撃だったのが。
「瑠璃おめぇ……三つ編みはどーした!?それにでけぇたんこぶが頭に!」
「あんたがどうした!?」
海燕は瑠璃の顔をもう一度見返す。気弱そうに少し垂れた眉毛と、丁寧に仕上げられた髪の少しだけ美人と言えなくもないような顔を守るように、肩まで彼女に寄り添っていたはずの三つ編みは何故か消失しており、瑠璃の後髪は、まるでそんなものははじめから存在しなかったとでも言いたげに雑に斬られていた。ついでに拳骨ほどに大きなたんこぶができている。
「八雲ぉ!おめーどーなってんだ!?一体何をしてたんだよ!?」
その瑠璃の姿を見た海燕の顔を、文次郎は一週間は忘れないだろうと思った。そのときの海燕は、もしかすると神木に遭遇したときより、昨晩謎の轟音があったときよりも絶望していたかもしれない。
「海燕。瑠璃も辛かったんだ、察してやってくれ」
八雲はぽんと海燕の肩に手を置いて、落ち着けと促す。
「いや、察せねぇって。だから何があったのか教えてくれよ」
「わ…わたしも断腸の思いではありましたが、神木の怒りを鎮めるには神職者の捧げものが必要だったんです」
説明する瑠璃の声にも元気はない。大切に育てた髪を失った悲しみは海燕のそれより深く大きい。あの髪は、修行の日も退魔師として戦った日も勉強に明け暮れた日も後輩たちの面倒を見た日も、一日も手入れを欠かさずに育て上げた瑠璃の自慢だったからだ。
瑠璃は海燕の全身に、神木から分けて貰った樹液を薄めた傷薬を塗りながら説明を続ける。
「神木の親玉に例の儀式魔法を使って交渉に持ち込んだまではよかったんですが。思っていたより人間への恨みが深かったようで。例の儀式魔法では怒りを抑えてはくれなかったんです。
ですのでこちらの誠意を示すつもりで儀式魔法として生贄魔法を使って、私の血や、最も大切にしているものを捧げて対価としてあと一日の間は人間に手を出さないように納得していただきました」
瑠璃は海燕にかいつまんで事情を説明した。
実際には神木との対話や魔力での交渉に至るまでに八雲が奮闘し、瑠璃を守りながら神木の上級魔法の嵐の中を進んだり、神木との対話で死にかけたりしたのだが、これ以上話すと文次郎と海燕を余計に心配させるだけだと思い、言わなかった。
「いや今さらっとヤバい単語あったよね瑠璃ちゃん!?」
「待てよ生贄魔法って何だ!?そんな危険なことするって何で先に……」
そう言いかけて海燕は気付く。
(話を聞かずに強引に押し切ったの俺じゃねぇか!?)
そう、聞いておかなかった海燕も悪いのだ。
強引にでも瑠璃を説得して引き返すという選択肢だってあったのだから。
そうしなかったのが海燕なのだから、これで瑠璃や八雲を責めるのは間違っていた。何より当の本人である瑠璃が哀しみに耐えながら頑張っているのだ。
海燕がどうこう言うべきではなかった。
「……いや、最初に聞いとかなかった俺が悪かった。済まねぇ瑠璃。八雲も、すまねえ」
海燕は瑠璃の手当てをうけながら、深々と頭を下げた。脳が痛みを訴えるものの、傷薬のおかげか血は止まっている。
「気にするなよ。俺はあの神木と戦えて嬉しかったくらいだし、瑠璃もあの神木が受験生をこれ以上殺さずに済んで万々歳だ。何より、二人とも無事だったしな。そっちはどうだったんだ?聞かせてくれよ、お前らの活躍を」
「ああ、そうだな」
それから半刻ほど、四人はお互いの武勇伝についてしばし語り合った。
「そうだ、海燕くんと文次郎くんは果物って食べられる?」
「俺は酸味がある奴なら喰うな。文次はどうだ?」
「食べられるなら何でも好きだぜ。歯ごたえがあって甘いならもっといい」
「そう。それじゃあ、これをどうぞ」
話の途中で、瑠璃は文次郎と海燕にひとつずつ果実を手渡す。
その果実の外側は桃のような見た目で、丸くずしりと重い。瑠璃が風属性の魔法で皮に切れ目を入れていたため、はいでみると、白く透明感のある実が現れた。実の匂いを嗅ぐと甘そうな香りがするが、桃のそれよりも酸味があるような気がする。
「こいつは?」
「神木の実です。交渉が終わったあとで神木がくれました。栄養満点で美容によく、何より魔力がつまっています。騙されたと思って食べてみて。きっとおいしいから」
「実は瑠璃のたんこぶはな、空から降ってきた実が」
「八雲くん?」
じろりと瑠璃に睨まれた八雲はおっと、と口を閉ざす。
(もう答え言ってんじゃねぇか)
そのやりとりを見ながらも、
「……ま、俺たちも食べようか。実はまだまだあったよな?」
と言い直した。
「そうね。よいしょ……っと」
「本当に食べられるのかよ?あの神木の実が?」
「俺も食べたことねぇや」
「神木の実は一般受けが悪くて、普段は退魔師相手にしか売らないからね。ここの神木は地爆基のせいで実はちょっと小さいけど、味はいいはずです」
自信満々の笑みを浮かべる瑠璃に対して半信半疑になりながら、海燕は果実にかぶりつく。海燕は甘すぎる果実はあまり好きではなかった。
その実には桃のような瑞々しさはなく、柿のような確かな歯ごたえがあった。咀嚼してよく噛みながら下の上で味わってみると、爽やかな香りと爽快な酸味が鼻孔を突き抜けていく。
動き回り、魔力を使い果たして空腹感のあった海燕にとって、何よりのご馳走だった。
あっという間に実を食べ尽くした海燕は、物足りなくなり瑠璃の手元を見る。
瑠璃の手元にはまだ神木の実があった。どうやら神木は、瑠璃たちのことを大層気に入ったらしい。
ぐるると海燕の腹が鳴る。
「なあ瑠璃。余ってるならもう一個くれ」
海燕のもの欲しそうな顔に、瑠璃は困ったような顔を浮かべる。
「あ、ちょっと待って海燕くん。神木の実はね」
「この一番小さい奴でいい。別に毒じゃねぇんだろ?」
「いやまぁそうだけどね。でもやめた方がいいよ?こっちにしたら?」
「いや、小さいほうでいい」
「じゃあこれをどうぞ。
……あ、でも、気をつけてね?」
海燕は瑠璃の注意を聞かず神木の実にかぶりつく。
次の瞬間海燕の口内に広がったのは、酸味のある上品な果実の香りではなく脳天を突き抜けるような辛さだった。
「神木の実はね。実によって味が違うからどんな味が食べたいかあったら次からは私に聞いて下さい。あと、どんな味でも魔力は回復するから安心して」
「承知したぜ瑠璃ちゃん!」
……何はともあれ。
四人は最後の試験へとむけて準備を整え、逢魔が時を過ぎるころに聖域を突き進むのだった。




