第一六話 四ノ島の試験 矛盾
「皆は本当にそれでいいの!?このままだと本当に死ぬよ!?」
駆けだした海燕たちを追って、瑠璃も体に魔力を回して海燕たちについてきた。
(思った通りだぜ)
瑠璃のような子は押しに弱いという海燕の勘が取った行動は正解だった。自分たちを置いて一人で進むなどという自殺行為は、許してはいけない。
もしそれをやるのならば、瑠璃を守る護衛が絶対に必要なのだ。
神木を諫め、その怒りを鎮められる退魔師は、瑠璃だけなのだ。彼女がいかに無傷で、魔力の消費を最小限で神木に辿り着けるか。肝心なのはそれだけだ。瑠璃の魔力が尽きてしまっては何の意味もない。
海燕は野性味のある笑顔をつくり瑠璃に笑いかけた。
「ぶっちゃけると俺たち、死ぬ気はさらさらねーよ瑠璃ちゃん!神木の親分の居場所はわかっているんだろ!?」
「ええ!」
瑠璃はこくりと文次郎にうなずいた。
そのとき、四人の行く手を阻まんと舗装されていた道が割れ、新しい根が生えてきた。
その数は四本。
さきほどより三本も少ないが、一本だけ異様に太く、魔力の大きな根があった。
「だったら話は早いぜ!八雲!!おめーは瑠璃を背負って親分のとこまで突っ走れ!後ろは俺らが足止めする!」
「ここは俺たちに任せて先に行ってくれ!」
海燕は、先ほどの戦闘で獲得した残りの魔力を全て解放し、全力で根に木槍の一撃を叩きこむ。
「!?待って!!それじゃあ二人が危ないわ!!」
瑠璃はほとんど反射的に叫んだ。
窮地にあって、自分よりも強い相手を前にして、仲間においていかれること。
その恐怖を瑠璃はよく知っている。本能的な抗えない恐怖を、その痛みを知っているからこそ、瑠璃は叫んだ。
「瑠璃。退魔師としての二人の判断を信じよう」
一方で、冷静さを保っていた八雲は瑠璃を説得する。
最悪の場合、二人は死ぬかもしれない。それは八雲にとっても非常に悲しいことだ。強力な魔法を使う文次郎と、珍しい魔法を使う海燕と戦ってみたいという欲求が、戦闘好きな八雲の中にある。
退魔師というものは誰でも、抗いがたい生存本能とは別の、本人だけの欲を抱えて生きている。そうでなければ八雲のような戦闘好きでもない限り、命懸けでもののけと戦う人生など選びはしない。
そう、退魔師は魔が差してしまうものなのだ。魔を退けるものでありながら魔を抱える。そういう矛盾を、退魔師は常に孕んでいる。
その矛盾に抗う精神性こそが美しいのだと八雲は思う。
八雲にとってのそれが戦闘への欲ならば。
(瑠璃にとってはおそらく神への信仰。自覚はないだろうが多分そうだ)
本人は気付いていないだろうが、よほどよい両親に大切に育てられたのだろうな、と八雲は思う。
また、海燕や文次郎にとっての欲は、出世欲か恋心か見栄か、生存本能あたりだろうと八雲は思った。三人とは半日を共に過ごしただけの間柄で、何の根拠もない勘だが、外れてはいないと思っている。
だからこそ退魔師は己の欲を飼い慣らし、世のため他人のために生きることを覚えなくてはならないと、八雲は道場できつく言い含められて育った。しかし、同時にこうも思う。
その欲を満たしたうえで、魔を退ければばいいのだ。
強ければそれが叶い、弱ければ死ぬ。それだけの話である。
退魔師にとって抗えないものがあるのならば、そのために死んでしまうのは仕方のないことだ。そう考えている八雲の決断は早い。
「でもっ!」
「瑠璃ちゃん!俺たちを信じてくれ!!」
なおもその場を動かない瑠璃を説得しようと、文次郎は限界まで根に近付き、火属性の魔法を撃ちこんだ。
「駄目よ!その程度の魔法ではすぐに再生してしまう!」
その瑠璃の言葉通り、燃え盛る根は樹液を放出し、その身を生やそうとするのだが。
(……再生速度が遅い?根の魔力が弱っている?)
文次郎の炎は勢いを増して根を焼こうと、根が放出する水魔法や樹液に抗っていた。鎮火されるのは間違いないが、確実に根の動きは鈍くなっている。
「”木洩火”さ。すげー魔力だったんでやってみたけど、効果はあったみたいだぜっ!」
「……!」
「頼む瑠璃。俺たちを信じてくれ。仲間だろう?
……俺だって、おめーには死んでほしくねぇんだ」
根の攻撃によって体に細かな切り傷や刺し傷を負わせられながら言った海燕の声は、ほとんど懇願に近かった。
「ここには最強の盾と最強の矛がいるんだ!すぐに追いつくさ!!
八雲!瑠璃ちゃんだけは絶対に守れよ!」
「任せろ!……さ、瑠璃」
八雲は瑠璃に背を向ける。
「……!分かったわ!八雲くんっ!!」
説得は成功した。瑠璃は八雲におぶさると、しっかりと首に手を回し、全体重を預ける。瑠璃はその態勢で、周囲の物体を認識するために風属性の魔力を放出する。
「本気を出すから、しっかり捕まっていてくれよ!」
そう言ってすぐ、八雲と瑠璃はその場から消えた。
いや、消えたように移動した。
海燕や文次郎の目には捉えられないほどの速度で、八雲は木から木へと飛び移りながら神木の親玉のもとへ駆けていった。
(……ったく。あの背中が遠いぜ)
根が八雲たちめがけて撃った”神水葬槍”をその身に受けながら、無傷の海燕は自分と八雲との実力の差を痛感していた。
今の自分ならば、根に傷をつけ、破壊することはできる。複数の根を相手にして、致命傷を避けながら戦うこともできる。
だが八雲のように、必要最小限の魔力で、無傷で、完璧に根を切り落とすことはできない。
海燕を置いていこうとした瑠璃の判断はある意味では正しかった。今の海燕に、瑠璃を抱えて神木のもとへたどり着けるだけの地力はない。だからこそ、ここで根を相手に暴れ、可能な限り神木の注意を瑠璃から遠ざけるべきなのだ。
瑠璃たちが神木と和解することを信じて、力の限り暴れればいいのだ。
「さあ、ここからが本番だぜ!気合入れろよ兄弟!!」
文次郎に激励の言葉を投げかけながら、海燕は再生する根との死闘を繰り広げていた。




