第一五話 四ノ島の試験 選択
海燕の身の丈を超える太さの根は、轟音をあげて地面へと切り落とされ、切り落とされた部分はそのまま動かなくなった。
根の先端を貫き、切り落とされたとはいえ、根そのものはいまだに樹液を放ち続け、その身を再生しながら蛸のように動き続け、魔力で強化された海燕の攻撃を躱し続けている。
海燕が完全に再生しきる前に追撃を加えようとすると、二本の根が海燕の行く手を阻んだ。
(……畜生!時間がねぇってのに!!)
海燕は内心で焦る。一時的に上昇した魔力で根を圧倒出来ているとはいえ、魔力の上昇はそう長くは続かない。神木の根がその膨大な魔力によって回復に専念すれば、さらに強力になって再生した根が出現し、戦況は再び根へと傾いてしまう。
「文次!立てるか!!弱めの火で二つの根をけん制してくれっ!!」
そうなる前に根を殲滅せんと海燕は文次郎に支援を頼むのだが、
「待って!”注連縄唐草”!!」
瑠璃の指示によって、文次郎は魔法の発動を思いとどまった。
瑠璃の詠唱と共に、この場に出現した七本の根すべてにめがけて大繩が巻きついていく。
その大繩は、支給品として受験生全員に渡されていたものだ。
「おい、無理だろ!?」
海燕は思わずそう叫ぶ。大繩自体には魔除けの聖水と違って何の効力もなく、多少強化したところで、再生して強化された根を止められるとは思えない。
「いや、海燕。俺たちは瑠璃を信じよう。駄目だったならそのとき暴れればいい」
だが、瑠璃が切り札を切っただけの効果はあった。
(縄が伸びてやがる……!?)
瑠璃を中心にして蛇のように根へと伸ばされた大繩は、見る見るうちにその長さを伸ばして根に絡みつく。
根は抵抗しようともがき、大量の水の魔力を放出したが、それは四人を狙ったものではない。恐らくは反射的なものだ。
「我、唐草の名において常世の穢れを祓い、神の血を拭いその身を清めん」
瑠璃が言葉を紡ぐと、海燕が今まで見たことのない波長の魔力が瑠璃の全身から溢れ、から縄を通して根へと放出されていく。その量はすさまじく、瑠璃の三つ編みにした青い髪が浮き上がり、瑠璃自身も空へと浮かび上がるように見えた。海燕は魔力の消耗を抑えろと瑠璃に警告するよりも、その魔力の穏やかで澄んだ、どこか透明感のある青い色に魅せられていた。
あの魔力。
(もし、あの魔力があのときあれば)
「これが瑠璃ちゃんの儀式魔法か……」
(やっぱ、退魔師っていいな)
訓練を積んだ僧侶や退魔師が、特定の条件下で特定の行動をすることによって発動できる魔法。
平民出身の退魔師より、歴史と伝統のある退魔師が平民たちからおそれ、敬われる理由の一つである。文次郎は、その光を見ただけでもここに来た価値はあったのだと思った。
瑠璃が魔力を注ぎ終えたとき、完全に再生したはずの根は敵意を失っていた。空へ向かって突き上げられていた根の先端は地面へと徐々にその身を降ろし、大地へと降り立った。海燕たちを殺そうと根に込められていた魔力も今は感じない。
「……みなさん、お待たせしました。この分木は、怒りを抑えてくれたようです」
魔法を使い終わった瑠璃は、ぺたりと膝をついて息を整えながら話す。
(……?)
海燕はその瑠璃の様子にすこしだけ、違和感を覚える。どうしてだろうか。
今の瑠璃からは、爪土竜を打倒した時のような達成感や自信を感じなかった。
「本当に凄かったぜ瑠璃ちゃん。でも、分木って?」
文次郎が聞き捨てならない言葉に対してすかさず聞き返す。
(まーさかなぁ……)
海燕も嫌な予感に冷や汗を垂らしながら、瑠璃の声に耳を傾けた。
「神木は自分自身の性質を受け継いだ子供を分木として従えて、森を形成するんです。神木の子である分木は子は親木に従ってくれますが、ほかのきょうだいには関与しません」
「待ってくれよ!じゃあまだ分木とか親木と戦う必要があるってこと!?どう考えても魔力が持たねぇよ?”木洩火”でも無理だって!」
文次郎の懸念はもっともだった。
根の一本ですら、そこらのもののけ以上の生命力と上級魔法を使ってくるような攻撃力がある。そんなものと一々戦っていては、命がいくらあっても足りはしない。
「全部斬って先へ進むのはさすがに無理か……?」
この絶望的な状況で余裕をもってそんなぼけをかます八雲に、海燕は驚けばいいのか呆れればいいのか分からなくなる。
「いや、それなら引き返して別の道進めばいいんじゃねぇか?つーかよぉ瑠璃、俺らそもそも聖域の木を勝手に傷つけてよかったのかよ?」
海燕や文次郎の言葉を聞いて、瑠璃は内心で士気の低下を悟る。
(……もう、この先へ進むのは無理ね)
神木はこの試験にしては、あまりにも難易度が高い敵だった。戦ったところで得るものはなく、戦わず逃げることもできず、何よりも厄介なことに、常に敵に先手を取られる可能性がつきまとうのだ。
「……本当はダメです。神木が消滅した森は付近の魔力を吸収できなくなり、あらゆる種類のもののけが侵入し、成長し、進化する荒場となります。私の家なら傷つけただけでも罪に問います」
「え!?俺たち全員牢屋行き!?」
退魔師から一転して墨入りになる可能性に、文次郎は恐れおののく。
「どう考えても正当防衛だろーが!?」
「それは今必要な情報じゃないな、瑠璃。俺たちはどうすべきだと思う?あくまで指揮官は君だ。君の指示が聞きたい」
話が脱線しかけたので、八雲が皆を注意する。彼は瑠璃と話をしている間にも、周囲に風の魔力を流し、付近に怪しい物体がないか警戒を怠っていなかった。
「そうだね、ごめん八雲くん。文次郎くん、私から言っておいてアレでしたが、今回の1件はどう考えても正当防衛なので気にしなくてもいいと思います」
「お、おう……」
瑠璃はにっこりと笑って、普段と変わらない様子で言葉を紡いだ。
「私たちは…ううん。私は、神木の親を止めるために前に進むわ。だから、私たちここで別れましょう。指揮官は八雲くんが引き継いで。三人でここを合格して」
そう言った瑠璃の瞳は、今までで一番澄んでいた。
「!?おい待て!一体どうしたんだよ!?」
「な、何で!?どう考えても引き返すべきだろ!?」
「……皆、とりあえず一回深呼吸をしよう。冷静になろう」
「これは個人的な問題ですから、皆には関係ありません。試験のために今まで協力してくれて、申し訳ないとは思うけど……」
「ちょっと待ってくれって言ってんだろ。何でいきなり一人で行くっつった。そこは瑠璃も含めて四人で退却か、四人で前進するとこだろーが」
海燕は瑠璃の目を正面から見て、瑠璃に問いかける。
「そんなに頼りねーかよ。それとも、進むことが怖いヘタレだと思ってんのか?」
(まぁ、俺がビビりだってのはそうだもんな……)
(それは仕方ないな)
「そうじゃないわ!ただ私は、自分の個人的な事情に巻き込みたくないと思ったから……!」
「道を選んで、神木があったことか?そりゃあ仕方ねぇだろ。誰にだって間違いはあるし、それで焦る気持ちもわかる。けどまだ昼になったばかりなんだ。あと一日、時間はある。戻ってから別の道を進んでも、鳥居に辿り着ける可能性はあんだろ」
海燕の緑色の瞳を見て、瑠璃は目を伏せた。
(ああ、私ってバカだなー)
これほど真っすぐに見つめられては、瑠璃も本音で話すしかなくなる。
「……神木に魔力を送り込んだとき、神木が怒っているのを感じたんです」
「……?木に、怒り?神様ならそういうのもあんのか?」
海燕は突然わけのわからないことを言い出した瑠璃に困惑するも、何とかして瑠璃の言葉を理解しようとする。
「”御神木”は、退魔師がこの世に現れるずっと前からありました。大地に根を張り、大地の魔力を吸い、もののけを抑止する力として、”御神木”は豊葦の国のもっとも古い神のひとつだったそうです」
「それは知っている。歴史でも習ったからな。もののけを倒し、人々を救ったからこそ、退魔師は人々に認められて権力の一部を握ることができた」
「ええ。人々がもののけの力を解析し、魔法を得たからです。ですがそれは、私たちを傲慢にもしました」
「傲慢?」
「魔法を得た人々はやがて神木への畏敬を忘れ、逆に神木の育たない区域の森で採れる資源に目を向けるようになりました。もののけの一部から採集できる鉱物、魔毒茸などの毒草から、千寿竹などの益をもたらすものまで。やがて”愚帝”玄聖が”魔導士”の一族に騙されついに神木を根絶し、神木を排除してもののけの生活圏を広げようという暴挙に至りました。現代にいたるまでもののけが排除できないのも、そういった過去の積み重ねが重なったせいです」
「……神木は本来、人間を襲うことなんてないのに」
その言葉に、海燕は若干のばつの悪さを感じた。
「で、でもよ。それは昔の話だろ、瑠璃ちゃん」
文次郎はそう言うが、瑠璃は黙って首を横に振る。
「……」
海燕は腕を組み、瑠璃の言葉に聞き入っていた。
「気付いていましたか?聖域の範囲が”地爆基”までであることに」
「!」
「何だと?」
瑠璃に言われた八雲ははっと思い出す。聖域の入り口である分かれ道に地爆基が埋まっていたことを。
「……そうか。地爆基は術者ですら解除が出来ねぇ地中に潜む爆弾だ。神木にとっちゃ、自宅に火を投げ込まれたようなもんだ」
海燕は何となくではあるが、瑠璃の言いたいことが分かってきた。
神木が人間に怒りを抱き、殺意を抱くのも無理はない。
もちろん、人間が素直に殺されてやる必要はないが。
「神木は、あの地爆基によって自分の棲家を奪われたんです。自爆基はこの試験のためだけに、試験官か、受験生の手によって仕掛けられたものです」
「……結果的に言えば、その判断は失敗だったな。神木の制御を失った森のもののけはより揚力になって狂暴化し、突発的な轟音によって四ノ島を飛び出してしまった。皇区か、それとも他所の領地で少なくない被害が出るだろう」
八雲は瑠璃の言葉に同意した。今回の試験が終わったとき真っ先に罪に問われるのは海燕たちではなく、この学園の長だ。
「人が人である以上、神より人を優先するのは当たり前です。人でないものを神とすることで距離を置いて、私たちは生きているんですから。
……ただ、退魔師を育てるために神木を抑制してしまって。
そのために大勢の退魔師がこの試験で死んでしまったのだとしたら、あまりにも悲しすぎて」
瑠璃の言葉を聞いた海燕は、その言葉の全てを理解できたわけではない。そのすべてに同意できるわけでもない。
神木の有無にかかわらず、もののけや魔物は生まれるものだ。例えば海から産まれるもののけは、神木に頼っていただけでは抑止することはできない。
ただ、瑠璃が神と人との在り方について憤っていることだけは、海燕にはよく分かった。
「だから私は、巫女として……ううん。退魔師として、神木の怒りだけでも鎮めたいと思ったんです」
「だったらそれを先に言えよ。水くせえ。俺は瑠璃についてくぜ。言っとくがおめーが拒否っても行くからな。拒否権は今回に限ってはねぇぞ、勝手に指揮官を降りるなんざ許さねー」
瑠璃の独白を聞き終えた海燕は、瑠璃に協力することを心に決めた。
そもそも退魔師とは人を守る仕事のはずだ。ならば、何があっても、神木からこの田舎娘を守り抜く。試験に受かるかどうかは、守りぬいた後で考えればいいのだ。
「え!?」
「大丈夫だぜ瑠璃ちゃん。さっきの海燕を見ただろ?こいつは何があったって死なねぇって。俺も死なねぇ。だって天才だから!」
「考えてみれば、戦いなんてものは絶望的なものだしな。一人でつまらない敵と戦うより、神木と戦ったほうが面白そうだ」
「皆そんな理由で……!?」
目を白黒させる瑠璃も加えた四人は、八雲の魔力探知にしたがって聖域の長である神木のもとへと駆け出すのだった。




