第一四話 四ノ島の試験 神木会
瑠璃の号令を受け、海燕はすぐに地面に土属性の魔力を流した。もののけが地中を進んでくるか、それとも地上を駆けてくればすぐに分かる。
(ここは”聖域”じゃあなかったのか!?)
そう瑠璃に聞きたかったが、海燕は土属性の魔力を地面に浸透させたときに違和感を覚えた。
いつもなら感覚的に感知できるはずの地中の音を感じないのだ。
まるで手足の感覚がなくなったかのように。
(いや、これはっ……!これは違う!!)
土属性の魔力が大地に潜む何かの情報ー。
例えば音や、熱や、もののけの魔力を感知していないのではない。
魔力を流しているのに、全く効果がないのだ。
大地に土属性の魔力を流せば流すほど、魔力そのものが海燕から失われていくのだ。
「瑠璃!!足元から魔力を感じねぇ!!一体どうなってやがる!?」
「こっちもだ!まるで魔力がなくなってくみてぇだ!!」
「やはり!?では魔力探知をやめて!これはー」
瑠璃が自らの推測を言うより前に、海燕たちの足元が割れる。
何かが、明確な殺意を持って大地を破壊し、海燕たち四人の足元から襲いかかってきた。
海燕たち四人全員がそれに反応し、すんでのところで攻撃を回避することが出来たのは、全員で戦闘態勢に移行していたからだ。
全身に魔力を回し、自分自身の聴力を強化して音を聞き、脚力を強化していなければ。
鉄烏子にむさぼられた受験生と同じように、巨大な根に串刺しにされていただろう。
「ー神木です!!!」
「見りゃあやべえってことはわかるぜ!とんでもねぇ魔力量だ!!」
瑠璃の説明が海燕の耳に届いたのは、全員が根の攻撃を回避した後だった。
地中から襲いかかってきたのは、灰色の樹皮を持つ木の根だった。問題はその数と、それに込められた魔力量だ。根はどんどん大地から姿を現しており、海燕たちを捉えんと七本もの木が大地から現れて激しく動き回っていた。
(まずい……!逃げ回るのに精一杯で皆に指示が出せない!!)
瑠璃は男子たちに比べると、魔法による攻撃に重点を置いて鍛えている。そのため、高速で攻撃してくる根の対応にかかりきりになってしまった。
四方八方から襲いかかってくる上に、土属性魔法による行動の妨害も通用しない根に対しては、前衛も後衛もなく、ただひたすら戦うしかなかった。
(撤退はできない!根の方が……私たちより早い!)
そう判断した瑠璃は、一言だけ指示を出し、目の前の根との戦闘に専念する。
「皆、私が妨害魔法を使うまで耐えて!!」
「”紅蓮紅臨”じゃねぇの!?」
文次郎がそう言うが、この相手には紅蓮紅臨は使えない。瑠璃には使いたくない事情があった。そのため、瑠璃は切り札を切るために特別な魔力を練ろうとした。
しかし、想像以上に根の猛攻が激しく、魔力を練ることは容易ではなかった。
「了解!!これが神だって?まるで魔蛸だぜっ!!」
海燕は身をよじって根の攻撃を躱しながら思わずそう呟く。襲撃してきた根は生き物のようにうねり、ぴきぴきと音を立てて土を食み、その太さを増していた。
海燕たちにとっては恐ろしいことに、その一本一本から大猪に近い量の魔力を感じた。
ただの木刀でも、八雲のように鍛えた退魔師が魔力を込めれば、もののけの骨をも砕く凶器と化す。
ならば、人間やもののけとは比較にならないほどに長い年月を生きた樹木が、その膨大な魔力量を持つ根に込めて人間を襲えばどうなるだろうか。攻撃が直撃すれば退魔師といえども肉が割かれ、骨は砕かれて魂が海へ還ることになるだろう。
(土属性魔法が使えねぇのはキッツイぜ畜生!!)
さらに悪いことに、神木の根は海燕や文次郎の土属性の魔力を吸収してしまったようだった。土は木を育むものであるため通用しないのは仕方ないのかもしれないが、海燕にとって一番得意な魔法が封じられたのでは根の攻撃を妨害することもままならない。
「だからって、何もできない訳じゃねぇぞ!!」
それでも海燕は諦めるつもりはなかった。反撃のために全身に魔力を流し、身体能力を強化するのだが。
「……海燕!!攻撃はやめておけ!!」
「!?」
防戦に徹していた八雲の警告も一足遅く、海燕は木槍に魔力を込めて根を払いのけ、先端で根の魔力の薄い部分を確かに貫いた。金属と見まがうほどに硬い灰色の樹皮の中にある、緑色の樹液が根から染み出す。
しかし、その樹液が厄介だった。
樹液は根の表面を覆うと、たちどころに根の傷を癒してしまう。癒された根は古い樹皮を脱ぎ捨て、より太く、より硬く、より長く成長してしまった。
「……!!」
(そんなんありか……?)
絶句する海燕をよそに根は海燕に反撃しようと速度を上げて迫る。だが、根が海燕の顔に到達する前に、文次郎が海燕の隣にたどり着いた。
「ようは木なんだから弱点は火だろ!”釜戸火”!!」
文次郎は、瑠璃が一度使用した中級火属性魔法”釜戸火”を地面へと流した。密閉空間内を焼き尽くすための限定的な炎は、地中に潜んでいた根に届き、海燕に迫っていた根の動きを止め、他の根までも一網打尽にせんと地中を焼き尽くす。
ことはなかった。
「文次!あぶねぇどけ!!」
「海燕!?」
地中に攻撃を受けた七本の根は、抹殺対象を文次郎に決めたようだった。ほんの一瞬で、根の魔力がそれまでより膨大なものへと膨れ上がる。
その魔力が水属性であること、七本の根の先端に上級魔法級の魔力が溜まっていること。そして、根の先端は全て文次郎を狙っていること。
それを瞬時に理解して、海燕は文次郎を突き飛ばした。
「”注連縄唐ー”」
「……!!」
瑠璃と八雲は、理屈ではなく本能的に、最高の技で根を妨害しようとする。瑠璃は間に合わなかった。人間よりも膨大な魔力を持つ根は、人間よりも遥かに早い速度で上級魔法を放つことだって可能なのだから。
八雲は根の二本を切り裂いたが、五本の根はあまりにも八雲から遠く離れていた。根は、そのとき既にもう文次郎の立っていた場所にいた海燕に狙いを定めていた。いかに強くても、八雲は一人で、根は七本もあった。
死の槍が、海燕に向けて解き放たれた。
水属性上級魔法”神水葬槍”。一刺しで神木の意に添わぬものすべてを貫く神々しい虹色の水槍が五本、前後左右からまとめて海燕に叩き込まれた。
「……海燕!」
「……海燕くん!!!」
文次郎と瑠璃が叫ぶまで、一瞬の間があった。
二人の声は喜びに満ちていた。
「らぁっ!!!!」
確かに”神水葬槍”による攻撃を受けたはずの海燕は、強力な魔力を帯びて目の前の根に木槍で突きを放つ。
渾身の力でふるわれた木槍は、先ほどまで貫けなかった神木の根を深々と貫通し、その勢いのまま切り落とした。




