第一二話 四ノ島の試験 分岐点と地爆基
「で、どうする瑠璃ちゃん。どの道を進もうか?」
例によって文次郎が瑠璃の判断を仰ぐ。
「待って文次郎くん。海燕くん、八雲くん、前方の様子はどう?何かおかしなものはなかった?」
「……真ん中の道に死体が三つあった。遺体を鉄烏子が喰い荒らしている。鉄烏子たちがこちらに気付いた様子はない。あと俺の魔法で分かったのは、魔毒茸の位置くらいだな」
「もののけがご遺体を……!?」
「文次郎くん、ここは抑えて!軽率な行動はできないわ!!」
「…っ!了解、瑠璃ちゃん」
「海燕くんはどうだった?何かわかった?あ、分からないことも収穫だから遠慮なく言ってね?」
瑠璃に言われ、海燕は報告のために言葉を紡ぐ。今現在、彼は発見した事実に対する怒りで腸が煮えくり返っていた。
「おう。左の道は駄目だ。絶対に進むな。試験官か受験生か、誰がやったのかは知らねぇが、少なくとも二十以上の”地爆基”が埋まってやがる」
地爆基。
地中に仕掛け、標的が通りすがった時に発動する中級魔法である。その威力は、最大であれば中級魔法に匹敵する威力を持つ。無警戒のところで地爆基を踏んでしまうと、内部の魔力が起動して周囲の地面を破壊し、踏んだ人間の体を欠損させる恐ろしい魔法だ。
この魔法の恐ろしいところは、効力を失うまでに時間がかかるというところと、いつ効力を失うかまでは外からは分からないという部分だ。地爆基の表面を土属性の魔力で撫でただけでは、それは決して分からない。時間が経過すればするほど自爆基内の魔力が消費されていき、自爆基そのものの威力は低下していくのだが、仕掛けられてからどれだけの時間が経過したのかが分からなければ危険であることに変わりはない。
「……本当かよ……!」
「土魔法で解除はできないか?」
「無理だ。それだけで時間が尽きて試験に落ちるぜ」
海燕の声には余裕らしきものはなかった。海燕が苛立ち怒ったのは、この魔法が明らかに人を殺すために仕掛けられた罠だったからだ。
通常、地爆基は爪土竜などの厄介なもののけの襲撃を防ぐために地中深くに仕掛ける。きちんと届け出を出し、周知徹底をした上で、人間の生活区域の外で使用するのならば何の問題もない。だが、よりによって舗装された道で。
地爆基が人が通るべき道に仕掛けられている。これは重大な法律違反だ。少なくとも海燕の島ではそうだった。
この試験のためだけに、試験官か受験生のどちらかがこんな危険なものを設置したというのならば幾らなんでも度が過ぎている。地爆基は設置した本人にも解除できず、その土地に残り続けてしまうという重大な欠陥があるのだ。
海燕の苛立ちを感じ取った八雲はふう、と深呼吸をする。
「ま、右の道は進めないとしてもだ。これは、前か左かどちらかの道を進んだとしても足元を警戒しながら進む必要があるってことだな……?
聖域が聞いて呆れるな」
四人は一瞬絶句する。右の道に地爆基が仕掛けられていたのならば、左の道や前の道を進んだ先にも、地爆基がある可能性はあるのだ。
だからといって、右の道を進むという選択肢はないのだが。
「じゃあ俺もやるわ、地面探索。瑠璃ちゃん、海燕、一人より二人でやった方が多少マシだろ?」
「では今後は二人で対地面の魔力探査をしましょうか。海燕くん、お疲れ様。ちょっと座って休憩しておいて」
「ありがとよ。文次郎、熊肉を喰っとこうぜ」
「おう。瑠璃ちゃん、進行方向で避けられない地爆基があったらどうする?」
「私の土属性魔法を使います。一つの地爆基に対して使用するのは効率が悪いですが、仕方ありません」
退魔師として未知の道を進むのであれば、知識と魔法で対策をとってから進む必要は必ずある。当然ながら地爆基だけでなく、その他の災いの種を早期に見つけることが、四人の明暗を分けることになるだろう。海燕と文次郎はこまめに休憩をとりながら、集中力を高めて魔力を練っていた。
その間、瑠璃と八雲が進むべき道についての相談をしていた。
中央の道の傍にある木の枝には、少し薄汚れた布が木を締め付けるように巻かれている。
「真ん中の道には、白い布が巻かれているよな。これ、単なる目印か?何かの儀式魔法に使用する触媒だったりしないか?瑠璃なら何だかわかるか?」
北部出身の八雲も、皇区の宗教的な知識はない。そのため瑠璃の意見が
「その線は薄いと思います。皇区の神社では、本当はやっちゃ駄目なんですけど”魔除け”だと言って布を撒いて目印にする氏子の方がいらっしゃるんです。儀式魔法ならば魔力の残滓があるはずですが、魔力も感じませんから…」
「本当に先を進んだ人間がつけた目印ってことか?」
「ええ、恐らくは。ただ……」
「ただ?」
「木を傷つけそうな結び方をしていたのが気になります。結んだ人は、あまり余裕のある精神状態ではなさそうです」
神社育ちの瑠璃にとっては、聖域内の木に傷をつけるような真似は出来れば避けてほしいという気持ちもある。
「試験中だし、今更それを言われてもなぁ……」
八雲はちらりと右の道に目を向ける。地爆基が仕掛けられるような無法地帯に、倫理観を持ちだす方がおかしいと言えばおかしいのだ。
「分かってますよ。でも、悪気なく木に傷をつけてしまう氏子の方を思い出してしまってつい。木の傷って、手入れをするのも大変なんですよ?」
「まぁまぁ。今はその苦労は忘れよう。で、左の道の地蔵は……」
八雲はちらりと左の道の前に置かれた地蔵を見下ろす。何の苦悩もなさそうなほどに澄んだ顔の地蔵は、堂々と八雲たちを見上げていた。
「かなり微笑ましい顔をしておられますね。私もこれに関する知識はそう多くはありませんが、西区で活発な宗教における象徴だと聞いています」
「へぇ?」
「何でも、事故や不幸があった場所にこれを建てることで、その死を悼むとともに災いを取り払うのだそうです」
「……そうか。じゃあ、そのお頭をひと撫でさせてもらってご利益に預かろう。おーい、文次と海燕も来いよ!」
「おーやるやる!」
「よっしゃあ!」
「えぇ!??ちょっと待って待ってソレ絶対違うと思うんですけどぉ!?」
瑠璃が止めるのも聞かず、男子三人は地蔵の頭を撫でてくつろいでいた。
「罰があたっても知りませんからね……!
決めました!真ん中の道にします!!」
「真ん中かー。何でそうなったん?」
「この地蔵、表面の光沢と石の状態からつい最近……恐らくは昨日今日にできたものです。というか、出来て数時間でもおかしくありません」
「……ああ。確かに出来たのは最近だな」
海燕は地蔵に土属性の魔力を流し、その状態を探る。風雨に晒されて劣化した岩石にある亀裂がなく、まっさらな状態の地蔵があった。
「……ふむ。試験前に試験官が警告のために建てたってことか?」
「それか、西区出身の受験生ですね。ここが神社までの聖域にあることと、地蔵というものは建てた後は余程のことがなければ撤去できませんから、左の道自体がかなり怪しいものだと私は思います。
中央を進みましょう!」
こうして、一行は慎重に慎重を重ねて中央の道を進んでいく。
瑠璃はこのとき、己の信教を試す試練があることをまだ知らなかった。




