作戦会議は一苦労ではなかった
数日後。私が体調を崩したと聞いた義理の姉上が、お見舞いに来てくれた
実際のところ出生の秘密に打ちのめされ引きこもっていただけで、体調は悪くなかったのだが家令がそういう事にしておいたのだという。家令親子にも心配をかけてしまったことを謝り、真実を告げた。家令はその場に居たので知っていたが、何も知らず一晩中部屋の前で私のお召しを待っていた侍女には怒られてしまった
「そんなことで私の姫さまへの忠誠がなくなる訳ないのですよ、もう!」
「何があっても貴女は私たちの姫さまです」
と言ってくれた家令親子、胸がいっぱいになって号泣してしまったことは記憶に新しい
念の為、姉上にも告げておくと
「あら、麗夫人ったらばらしちゃったの?」
「知っておられたのですか、姉上」
「それは公然の秘密だったから、両陛下と側室方と王太子殿下は知っているわね。ちなみに私は王妃陛下からうかがっていたわ、魔術師に秘密が隠せないのであれば最初から巻き込むからって言われたの」
なんてことだ、知らなかったのは王太子殿下を除くきょうだい達だけなのか?
「もしかして側室の方々の当たりがきつかったのも、それで……ですか?」
「そうでしょうね。彼女等にしたらどこの種かもわからない娘が『王女』を名乗り、しかも『女公爵』となり広い領地を賜って悠々自適の生活。王太子殿下に次ぐ資産家となった訳だもの。まぁ、怒り心頭でしょうねぇ」
「まぁ、そうですね」
母親の態度を見れば、子供だって何かを感じるのだろう。知らないはずのきょうだいたちからも、蔑まれていた私。落ち込む私を見て、姉上は力強く宣言した。それは先日奴隷紳士が言った事と同じ事
「これは国王陛下が認知したことだから、誰にも覆されないの。それが『法』なのよ、それは国の頂点である国王陛下自身であっても覆せない、そういうものなの」
それならば私は法に感謝しなければいけないのだろう
「あと、もしかして……なのですが」
どうしたの?と姉上。私はあれからちょっと思いついたことがあった。私が王家の血を引いていないのが公然の秘密ならば、もしや夫モドキに王家の血が流れているのではないかと。夫モドキの父親は国王陛下のご学友、もしやアレこそが王の庶子で、血を引かない私と娶わせてアレにこそ公爵位を与えたかったのではないかということを
「それは、……ないわ」
「言いきれるのでしょうか?」
「彼は貴女の夫になるにあたって、王冠の女神神殿で血族判定を行っているわ。彼は王家の血は全く引いていないことを神殿から証明されているもの。神の証明は何をもってしても誤魔化せないものだから」
だから貴女こそが公爵閣下、そう姉上は言い微笑んだ
「で、とうとう決めたのでしょう?」
「決めた……とは?」
「奴隷紳士を買う事にしたのでしょう。彼、かなり浮かれていたわ。彼をあんなに有頂天にさせるなんて、閣下ったら小悪魔ねぇ~、ふふふ」
「私がと言うより、借金奴隷から解放されるのが嬉しいのではないですか?」
奴隷紳士の身柄全てを買う事に決めて、近日中に契約することになっている。子が出来たならば、奴隷の証の首輪を外すことを約束したと姉上に告げた。彼は奴隷と言う身分から解放されるのだ。頭も良く人当たりもいいし、商会まで持っているのであれば真に愛する人を見つけ幸せになることができるのだからと言うと、姉上はその麗しい顔を曇らせて、ただ一言
「小悪魔ちゃんね」
何故に……
その後奴隷紳士と家令親子も合流し、姉上を巻き込んでどうやって夫モドキと円満に離縁するかを話し合った。早い話が私がどれだけ正論を叩きつけることができるかが問題だという事に。横領やら愛人やら隠し子やら公文書偽造などなどあるけれども、一番の離婚理由は私を放置している事でいいらしい。まぁ、構われても困るけれどもな!
あと問題なのはただ一人
「国王陛下はお許し下さるだろうか」
「……それは何とも言えませんね」
すっかり忘れていたのだが、夫モドキとの政略結婚は国王陛下の勅命だった。一同無言になってしまったのだが、姉上がポンと手を鳴らす
「それ平気だわ、多分」
国王陛下は近々退位なされるから、なんて
「王太子殿下が戴冠なされるのですか?」
「そう、王太子妃が王太子殿下のお子を身ごもったから。次代とさらに次の次代が確保された今、王妃陛下がそろそろゆったり生活なさってみてはと退位決定したのよ。王太子殿下に話を通しておけば、国王陛下の許可なんていらないわね。そもそも陛下に閣下の話は、絶対しないから!」
何時の間にか子作りは弟殿下に抜かされたようだ、しかもおめでただなんてまったく知らなかった。そう言ったら、まだ妊娠も退位も内緒だからねとウインク。あっさりと情報漏えいである……
「しかし退位には早くないですか?……もしや国王陛下は、何か持病でもあったとか?」
「強いて言えば、恋の病ね」
「……は?」
「国王陛下は一つ一つの恋に真剣だった、だからこのご時世で5人の子供に恵まれたわ。正確には4人だけれども、ね」
認知されている子供は5人、しかし私は血を引いた実子ではないから4人ということだろう
「ただ恋している時は、他の恋を忘れる……というかむしろ無かった事になってしまうの。だから現在は王妃陛下だけ、側室なんて目にもくれない。だからこそ王妃陛下は国王陛下の周りから徹底的に、しかもさりげなく女性を排除した。……新しい恋を得れば、王妃陛下への恋を忘れてしまうから」
そんな事がありえるのだろうか。恋に一途な人と言えば聞こえがいいが、単に飽きっぽい新しい物好きとも言えるのではないか?
「恐らくこれは王家の血が濃くなってしまった弊害ではないかと考えられる」
姉上はそう続ける
「ちなみに王妃陛下が国王陛下を真に愛しているか、という訳ではないの。王妃陛下はあくまでも高位貴族として王家に仕えているだけ、ご自分の幸せはいいのかなんて言っては駄目よ。彼女は王家に奉仕することが貴族の務め、至上の喜びだと思っているから」
幸せの方法は一つではないから
「愛はないけれども自分が望んだ出産をし、わが子たる王太子殿下を大切に想っている。そして閣下の事も大切に想っている人。子供たちの母として惜しみない愛を注いでいるわ、……本来であれば誰よりも……の地位に相応しい方かもしれない」
最後に言った台詞は弱弱しく、私には聞き取れなかった。なんてねと寂しそうに微笑んだ姉上の顔は、普段の明るい姉上の別の顔を見たようで……
「ちなみに閣下も陛下の恋のお相手にならないように隔離していたのよ、ほら、実子として認知していてもやっぱり他人だから念の為」
「うげ」
「姿さえ見なければ、恋の病には落ちないから……。その所為で寂しい境遇に置いてしまったと、王妃陛下は後悔なさっておいでよ」
「……いえ、全然、ありがたい事です」
まさかそんな状況だったとは……、そんな不倫な関係に巻き込まれず良かったです
それから数ヶ月後、王太子妃殿下の懐妊が発表された
と言ってもそろそろ産み月、大分発表が伸びてしまったのは、妃殿下の体調が思わしくなかったから。まだ年若く初産という事で大事を取っていたら、大事を取りすぎたと言う話
世間はお祝いムードに沸き立ち、私もささやかながら贈り物を贈った。その贈り物は夫モドキを揺さぶる為に購入した葡萄酒、屋敷にあっても誰も飲まない為こっそり献上してしまう。私としては不要なものを献上してしまって申し訳ないと思ったのだが、妃殿下の好きな銘柄だったそうで恐れ多くも直筆のお礼状が届いた
今は飲めないが、飲酒解禁になったら飲みまくるぞ!と言う内容を、非常に優雅な語彙で表されていた。さすが王太子妃殿下なのだなと感心する私
夫モドキをぎゃふんと言わせる作戦は、じわじわと進行中。こっそり紳士とお忍びと称して町を歩いたり、高級店で食事をしたり(紳士の経営する店だったりして)。屋敷に招待して高価な食事でもてなしているなど、逢引をこっそりこっそり見せつける。おそらく夫モドキの密偵と思われる気配を感じるのを確認して、そろそろだろうと気合を入れた
不思議な事に町へ出かけた後、屋敷まで送ってもらい帰っていく奴隷紳士は、何時の間にか屋敷に戻るという技を見せつけてくれた。一体どうやったのかは謎。私的に作戦中だけはお里(?)か商会の屋敷に戻ればいいのにと言ったのだが、私が悲しむといけないなんて言いわざわざこっそり屋敷へと戻ってくる紳士
ベベベ別に悲しくなんかないけれども、帰ってきたいのであれば帰ってくればいい!
そんな事を繰り返すうち、ある高級食事店(この店も紳士の経営する店……)で奴隷商人と契約書を交わした。奴隷紳士の正式な購入である。『鍵』ごと買うので高額となる為、金の受け渡しは小切手になった。あまりにも大きな金額の為、当分の間は換金しないで欲しいと頼む
別に払えない訳ではないが、大きな金が動くと夫モドキに購入がばれるからである。今の時点では紳士が奴隷だということは伏せておきたいのだ
奴隷商人いわく、そういう頼まれごとはよくあるらしい。きちんと資金もしくは担保がしっかりしていれば融通が効くとの事、快く了承してくれた
「こちらも商売ですから、しっかり調べさせていただいております。育種家として性奴隷たちを任せられるか、『血』を売る事に値する人物か、それを見極めるのも私の仕事ですので」
人買いごときが偉そうにと思われるでしょうがなんて、豪快に笑う奴隷商人。ちょっとでっぷり系の悪徳商人顔なのに(失礼)意外に思いやり溢れ(やっぱり失礼)、しっかりとした考えを持つ人で好感を持った
しかし売買契約がなされた今、もう二度と会うことはないだろう
差し出された紳士の鍵は小ぶりだがキラキラ輝く石がちりばめられ、まるでアクセサリーの様に豪華だった
それにチェーンをつけ首から下げ、彼は私のモノとなった
「ご主人様をなんとお呼びしたらよいでしょうか?」
「好きに呼ぶといい」
「では姫さまと」
「……もう姫ではないのだがなぁ」
なぜかみんなそう呼ぶ。紳士はべったりとよってきて、私の手を取り低い声で囁く
「励まさせていただきます」
「いや、それはちょっと待て」
念の為に夫モドキが突入するまで清い体でいたいと言った。向こうが離婚に異議を唱えた時の、最後の切り札となる純潔をそのままに
「念の為だが……ここまで来たのであれば不貞は行いたくない。正式に別れてから頼む」
「御意」
でも、と奴隷紳士は艶やかな表情で、物騒なことを口にする
「口づけとおさわりはいいですよね?」
「……純潔でいたいと言ったではないか」
「純潔を守ればいいのですよね?」
何となく嫌な予感がしたので、『待て』をかける
折角あなただけの性奴隷になったのにと拗ねるが、もう少しの辛抱だと慰める。……正直私が我慢できなくなったら困ると言うと、彼は非常に喜んだ。