氷の乙女が少女と出会う
「はぁ、遅くなっちゃった」
ベルサロムの森の中。私は早く王都へ戻るべく勢い良く馬を走らせていた。本当なら今頃は家に帰っている予定だったのに、予期しなかった大雨により土砂崩れが起き、その災害救助をしていたのだった。
『仕方のないことだけど、やっぱり母親と兵士の二足のわらじはきつい』
家で待っているはずの息子のことを思うと胸が痛い。忙しくなかなか家に戻れない私を笑顔で迎えてくれる息子。いっそのこと「寂しい!」と泣きわめいてくれたらいいのに、それをしない息子を見る度に私が泣きたくなってしまうのだ。
ただでさえ忙しいというのに、出世の話まで出ているらしい。私は兵団の地位に興味はないのだけれど、どうもそれを周りは許してくれない。あくまで噂の域だが、第二王子のアイレーン様が私に目をつけているという話がある。もし、王子の部隊になんて入れられたら、息子との時間がますます減ってしまう。それは、私にとって何よりも辛い。
それでも、私はガリオン家の一員として、家のためにはその申し出を受けるべきなのだと思う。息子のことは父親に任せれば安心だ。安心だけれども、寂しいのは自分自身なのだ。人助けがしたくて兵士になった。今でも人助けはしたい。でも、それによって息子との時間が取れないことが、私は何よりも辛いのだった。
『ブルーム』
息子の名前を胸の内で唱える。辛い時、苦しい時に一番に思い出すのは息子のこと。息子の名前を呼ぶと、勇気が湧いてもっと強くなれる気がするのだ。
今日はよりにもよって息子の誕生日。なんとか彼が起きている時間に家に戻りたい。私は急いで馬を走らせる。
ドンッ!
大きな音がして、私はその方を見る。すると、木々の隙間からあり得ない高さに昇る水しぶきが見えた。
『魔力……?』
この森に水源はなかったはず。それに、あの高さ。人為的でなければ説明がつかない。
『何かあったのか?』
私は咄嗟に馬を止めてその方へ馬の足を向けた。息子の顔が頭を過る。私を待っている可愛い息子。だけど──
私は歯を食いしばって水柱が見えた方へ馬を走らせる。こういう時、どうしても人命を優先してしまう自分自身が憎い。だけど、だからこそ私は兵士をやっているんだと思う。
念のため詠唱をしながら向かうと、数人の男らしき声が聞こえてきた。
「くそっ! ようやく収まったな」
「ガキだと思って油断したぜ」
「殺すか」
「こんな上物をかよ!?」
「しょうがねえだろ!? 魔力が回復したらまた同じことの繰り返しだ」
「ちっ! もったいねえな……」
木々の隙間から3人の男の背中と、うずくまって震える水色の髪の毛の女の子が見えた。
『人攫いか……っ! 下衆どもめ!』
ミョルン地方などの田舎で横行していた人攫いが、最近ベルサロムなど王都付近でも起こっているとは聞いていた。会話の内容からこの男達は人攫いだと判断し、容赦する必要はないとその方に手をかざす。男の1人が少女の首に剣を向けたところだった。
「はっ!」
「うわっ!」
馬の音で気がついたらしい。氷の刃が地面から生える寸前に、男達は飛び退いて避けた。少女が顔を上げて私を見たのがわかった。良かった、意識はちゃんとあるらしい。
私は馬上から飛び降りながら氷の刃を私の後ろに無数に発生させる。
「まずい! 逃げろ!」
男達は情けなく私から背を向ける。
「逃がすか!」
私は氷の刃を一斉に男達に向けて放つ。殺してもよかったのだが、仲間を炙り出すためにも足や腕を狙った。
「ぐわっ!」
私の氷から逃れられるわけがない。男達は氷に貫かれ、無残に倒れていく。
「くそっ……!」
それでも顔だけは達者らしい。苦痛に顔を歪めながらも私を睨み付けてきた。
「観念しな」
「守護兵団、か……」
その言葉を最後に、彼らは私によって氷漬けにされた。もちろん生きてはいる。
私は持っていた通信の石でベルサロムの第四守護兵団に連絡を取り、場所を伝える。そうしてから、私は腰を抜かしたままの少女の元へと向かった。
「大丈夫?」
私のことをぼーっと見つめていた少女は、私の言葉にこくこくと何度も頷いた。
「怖かったでしょ。名前は?」
「レ……レイリーズ・リッチモンド、です」
「レイか」
安心してもらえるように、私はレイに微笑みかける。
「もう大丈夫だよ。この男達を引き渡したら、家まで送ってあげる。この近く?」
「は、はい。この森を抜けた先の孤児院……」
「なるほど、わかった」
その孤児院なら来る時に見かけた気がする。幸い帰り道の途中だし、帰るついでに送ってあげることができそうだ。
「よく頑張ったね」
涙を懸命に堪えている様子のレイの頭を私は撫でてやる。すると、レイは堰を切ったように泣き始めた。
「レイはいい魔力を持っているね。レイが立てた水柱で私はこの場所に来たんだよ」
「……っ、で、でも、水の魔力はあまり……ぐすっ。使えな……」
「そんなことないさ」
確かに一般的に水の魔力はあまり戦闘向きではない。現に、もし火の魔力なんかを持っていたら、あの男達は焼き殺すことができていたかもしれないし。
「水だって使い方によっては強い魔力だよ。それに、とても綺麗だった」
「きれ……い?」
「うん。遠くからでも綺麗に見えた。ちゃんと自分のものにすれば、自分の力になって、自分の身を守れるくらい強くなれるさ」
レイはぐすぐすと泣きながら大きく頷いた。あの状況でちゃんと抵抗しようと魔力を使えたこと、その勇気がなによりも大切だと思う。
しばらくして兵士が到着して、私は事の経緯を伝え、男達を引き渡した。これで、人攫いがいなくなるといいな、と思う。
泣き疲れたレイはすっかり眠ってしまっていた。小さな身体を毛布で包み、抱きかかえて馬に乗った。
この子を助けられて良かった。やっぱり私にはこういう地道な活動が向いていると改めて思う。子供のためもあるけれど、自分のためにも出世の話は断ろうと決めた。
私の腕の中で眠るレイは小さいけれど整った顔つきの可愛い子だ。ブルームよりも少し年下だろうか。
女の子も可愛いよな、とレイを見て思う。ブルームに兄妹はいないので、いつか妹なんかを作ってあげられたら喜んでくれるだろうか。ブルームはきっといいお兄ちゃんになってくれるだろうと思う。
もし、子供ができなくても、ブルームが大きくなったらいつかこんな可愛いお嫁さんを連れてきてくれるだろうか。我ながら気が早いな、と思うけれど、子供の成長があっという間なことを考えると、すぐにそんな時が来るかもしれない。
ブルームは変なところが私の夫であるライトに似ているので、モテるかもしれない。変な女を連れてきたら承知しないけど、ブルームの優しさをわかって、側で支えてくれる子だったらいいな。
『本当に思考が飛躍しすぎだ』
すやすやと眠るレイを見ながらくすりと笑う。遅くなってしまったけれど、これでようやく帰れる。帰ったらブルームを抱きしめて眠ろう。いろんな話をしよう。たくさん一緒にいられない分、せめて。
私はレイを起こさないように静かに馬を走らせながら、ブルームのことを想うのだった。




