リコルとキースのバカンス
「海だー!!!」
「はしゃいで転ぶなよ」
「大丈夫だって!」
ここはベルサロムの海。ユーロラン帝国のバカンスの定番だ。特務部隊に入りキューレ皇帝が即位した今まで、私達は働きづめだった。ようやく仕事も落ち着いたところで、ルイフィス隊長が私達に3日間のおやすみをくれたのだ。
それをキースに伝えたら、キースも休みを合わせてくれて、私とキース、イオル、ルシェ、ベルロイの5人でベルサロムの海へ遊びに来たのだった。
「冷たっ!」
海に足をつけると、冷んやりとして気持ちがいい。
「海は初めてか?」
「うん、もちろん! キースは来たことがあるの?」
「オルナーガの家もここに別荘を持っていたんだ。最近、手放すことになってしまったが……」
ビブリオが去って、オルナーガの家は持っていた財産のほとんどを手放すことになった。僅かに残った分はキースの2人の姉と分けたらしい。その手続きで、キースは忙しくうんざりしていたのを知っている。
「あ、いや、別に未練はない。ただ、別荘があればもっと気軽に遊びに来られると思っただけで」
私の気遣いの視線に気がついて、キースは困ったように笑う。
「別荘なら、今回みたいにまたフレイ隊長に借りればいいよ」
「お前な……フレイ隊長にそんな気軽に」
「フレイ隊長だってほとんど別荘なんて使わないでしょ? そんなのもったいないし!」
「まぁ、そうかもしれないが」
キースはふっと優しく笑って私の頭を撫でる。その大きな手からは『ありがとう』の気持ちが伝わって来た。
「あ、ねぇ見て! ルシェとベルロイがもうあんなに遠くに!」
少し離れた場所から海に入ったルシェとベルロイが競うように泳いでいる。それを波打ち際でイオルが眩しそうに見つめていた。
「私もあのくらい泳げるかな?」
「お前、泳いだことないんだろ? 急に深くまで行ったら危ないぞ」
「キースは泳げるの?」
「当たり前だろ」
キースは能力だけじゃなくて身体能力も高い。何だか負けてばかりで悔しいけれど。
「教えてくれる?」
「じゃあ、ほら」
私に向けて手が差し出される。そっとその手を握ると、キースが微笑んだ。
「ゆっくり行こう」
「うん」
海の奥へと進んで行くと、水かさが増すにつれ足がどんどん重くなってくる。
「力、抜けよ。泳ぐには、いかに身体の力を抜くかが重要なんだ」
「身体の力を抜く?」
そう言われてもどう力を抜けばいいのかがわからない。
「このくらいでいいか?」
海の水が腰のあたりまで来たタイミングでキースが私に向き直る。
「水に身体を預けて……こうだ」
「わ」
キースが仰向けに水面に寝っ転がると、そのまま水面で浮いてしまった。
「すごい」
「初めは支えててやるから、リコルもやってみろ」
バシャっと水音を立てて、キースが再び地面に足をつけて立つ。海水で濡れた髪の毛を搔き上げる様は少し色っぽく感じてなんだか直視するのが恥ずかしい。
「う、うん」
私はキースに言われるがまま水面に寝っ転がるイメージで身体を倒してみる。だけど、ここからどうやって浮いたらいいのだろう?
「ほら」
キースが不意に私の腰と足を抱くように持ち上げる。私の格好はいつもより露出が高いので、キースの手が肌に当たる感覚で一気に身体が強張ってしまう。
「おい、だから力を抜けって」
「だ、だって! きゃっ!」
私はバランスを崩して、本当にキースに抱きかかえられて胸の中に収まってしまう。
「怖いか?」
「怖い……んじゃないけど」
恥ずかしさから顔が熱くなってくる。
「ん?」
「な、なんでもない」
キースは変なところ鈍いから、私が何に動揺しているのかまったく気がつかない。私に触れることも、まったく躊躇いなくなってきているし。私だってそれなりに慣れてはきたけれど、この露出の高さだし、人が周りにいる時は、ちょっと。
「じゃあもう一回だな。このまま支えててやるから、水面で浮いてみろ」
「え」
キースに触れられている部分が熱い。早く逃れたいような、そうでもないような。
私はそっと水面の上に近づけられる。冷んやりとした水に触れると気持ちが良かった。
目を閉じると、波に揺られているのが心地よくて、ここで眠ることだってできてしまいそう。
「いい感じだぞ」
キースの声に目を開けると、やっぱり間近にキースの顔。ついドキッとしてしまって、身体に力が入ってしまう。
「おいっ!」
私の身体が沈みかけて、キースが慌てて支えていた手に力を入れて抱き寄せられる。
「今、いい感じだったのに」
「……キースのせいだし」
「は?」
「なんでもない」
恥ずかしくてふいっと顔を逸らす。鈍いキースは困ったように笑うのだった。
***
「今日は楽しかったなー」
私とキースは夜の海にやってきた。本当はイオルと二人で行こうと思ったのだけど、イオルが「あたしじゃなくてキース様と行きなさいよ!」と言って半ば無理やり追い出されたのだった。イオルは変に気を遣っているところがあって、申し訳無さすら感じる。
「レイとブルームも来られたらよかったのにね」
「まぁ、そうだな。俺が休んだせいであいつらが来られなかったからな」
「人手が足りないんだね」
「ま、あいつらは二人で休んで来たらいいさ」
キースは微笑んで私の手に自分の手を重ねた。触れた肌からはもやもやと少し悩んでいるような思考が見え隠れしていて、私は首を傾げる。
「何か悩んでる?」
「悩み?」
キース自身も思い当たることがなかったらしく、その正体について思いを巡らせる。
「何もないならいいんだけどね」
もしキースが何かで悩んでいるなら、私も一緒に悩みたいと思う。
「リコルは海が好きか?」
暗い海を見ていたキースの顔が私に向く。
「うん、そうだね。自然な場所は好きだよ。何だかんだ言っても、私の故郷は田舎のあの街だからね」
「自然な場所、な」
キースはその言葉を頭の中でも繰り返す。
『そうすると、たまには何日か休みをもらっての遠出か?』
キースはどこかへ行くつもりなのだろうか。心を読んだ内容を尋ねるのも悪い気がして、私はキースの次の言葉を待つ。
「また来ような」
考えた末にキースはそう言って微笑みかけてくれた。それと同時に、キースの手からブルームの声が流れ込んできた。
『キース。いつも王都で食事ばかりじゃなくて、たまには別のデートをした方がいいよ。女子の心を掴み続けるには刺激が必要なんだ』
「そんなことないのに」
またブルームは余計なことを言って! 少しの苛立ちを感じて、思わず声に出してしまう。
「え?」
キースは少し不安そうな顔で私を見ていた。
「あ、ごめん。違うの」
私はしっかりと否定してから、
「最近ね、キースとよく触れ合ってるからだと思うんだけど、今までよりも深く人の心が読めるようになってきた気がするの」
と、説明する。
「今は何が聞こえてきたんだ?」
「あの……ごめんね。その、ブルームの声が」
「ブルームの?」
「うん、たぶんブルームがキースに言った言葉をキースが思い出してて、それが聞こえてきたんだと思う」
「もしかして……デート、の」
「う、うん」
男同士の話を盗み聞きしたみたいで非常に申し訳ない。だけど、聞こえてきたものはしょうがないし、キースはそのことで私を責めたりはしない。
「私は王都で食事をするだけで楽しいよ」
「本当か? でも……」
「こうして遠出するのももちろん楽しいけど、キースと会えるだけで……その、嬉しい、というか」
しっかりと口にするのは恥ずかしい。それでも、キースが私とのことを不安に感じているのなら、安心してほしい。
「そうか」
キースは嬉しそうに微笑んで、私の腰をそっと抱き寄せた。
「でも、また休みを合わせて遠出しような」
「うん」
「また、次は二人で」
キースの顔を見ると、瞳の奥が少し恥ずかしそうに歪んでいる。そんなキースが愛おしくて、私はすごく満たされた気分になるんだ。
「うん、二人で行こうね」
二人でどこに行こうかな。きっと、キースはすごく考えてくれるんだろうけど、私はキースと一緒なら何もない場所でも十分幸せなんだけどな。
私は平和な今の時間を噛み締めながら、そっとキースの手を握るのだった。
連載中のイオルのスピンオフ「あなたの恋心は隠せない模様です」と連動したお話でした!
このバカンスのイオル達のお話やイオルの恋模様が気になる方ははそちらでどうぞ!
ユーロラン帝国シリーズ、もしくは私のマイページ作品一覧から飛べます。
「あなたの本心〜」次回は番外編で氷の乙女のお話を書く予定です!




