オルナーガ家へ1
翌朝、私達は再びアスモの診療所2階に集まって今後の行動について会議を始める。
「キースが実家に戻るかどうか、だけど……」
「戻らない、という選択肢はない」
「だよね」
ブルームが苦笑いを浮かべる。
「拒否できないの?」
「無理だな。父上の言いつけを守らないとどうなることか……。それに、父上は直々にフレイ隊長に申し入れをしてきているんだ。これを拒否したらフレイ隊長にも迷惑がかかる」
「そっか……」
フレイ隊長にも私の能力のことを伝えればどうにか掛け合ってもらえるかもしれないのに……
「リコル、変なことは考えるなよ」
私の心の中を読んだかのようにキースがそう言って私の頬を軽く摘んだ。
「でも……」
「大丈夫だ。事前に危険は感じてるんだから、対処のしようもある」
「……うん」
キースの言葉に少し気持ちが軽くなって、私は頷いた。
「お父上の用、っていうのは縁談についてだったっけ?」
「あぁ……そんなことを言っていたな」
キースが苦い顔をする。
「え、縁談?」
私は驚いてキースとブルームの顔を交互に見る。
「聞いてなかったの? ほら、キースはオルナーガ家の跡取りでしょう? そろそろ結婚しろって随分前から言われてたよね」
「おい、ブルーム」
キースが顔を顰めた。そっか、オルナーガ家は名門だもんね、そういうこともあるよね……。
「なんて顔してんだよ」
私を見てキースが辛いような、少し喜んでいるような微妙な表情を浮かべる。
「今までも断ってきたんだ、今回も受ける気はない」
「そうなの?」
「あぁ、親に決められた相手と結婚する気はない」
「そうなんだ……」
それって……
昨日のことが思い出されて顔が熱くなってしまう。でも、そうやって言ってくれると少しもやもやしかけた胸の内が晴れていく。キースの言葉に一喜一憂している私の心は忙しい。
そんな私達を見て何故かブルームがニヤニヤとしていて、イオルはうんざりとした表情をしている。
「じゃあこういうのはどう? キースがリコルちゃんを結婚を考えてる相手として実家に連れていく、っていうのは」
「「はぁ!?」」
突拍子もないブルームの提案に、私とキースは揃って声をあげてしまった。
「いや、だって1人で乗り込むのは危ないでしょ? かと言って同じ部隊の俺達が揃って行ったら怪しい。だとしたら、縁談と聞いてそれを断る為にキースが自分の好きな子を紹介しに連れて行くのは自然な流れだと思うけど?」
「い、いやそんな……」
ようやく昨日キースの気持ちを聞いたばかりなのに、すぐにキースの恋人としてお父さんに会うなんて! 動揺する私とは違う反応をキースは見せた。
「確かにそうだな。そうしよう」
「え、えぇ!? 本気!?」
「あぁ」
キースは至極真面目に頷いた。
「心配しなくても大丈夫だ。リコルに危害が加えられないように俺が守る」
「そ、そういうことじゃなくて……」
守る、という言葉にドキドキしながら、私はごにょごにょとどもってしまう。
「それに、リコルがいれば父上の前でもこっそりコミュニケーションが取れるだろ?」
「まぁ、それは……そうだけど」
私の能力は知られていないから、私が能力を使ってキースと会話をしていることを相手には悟られないだろう。
「父上もリコルまで来れば突然俺達に危害を加えることはないだろうし、何か話が出れば俺とリコルは相談しながら対処できる」
「その点リコルちゃんがいれば安心だよね。第三者がいることでお父上の抑止力にもなるし」
「そうだけど……」
いきなりキースのお父さんに紹介だなんて! 私はちゃんと冷静に仕事ができるのだろうか。
「俺達は屋敷の近くで待機していて、何かあったら通信してもらって、動けるようにしておくよ」
「わかった」
どんどん話が進んでいくので、私も頷くしかなかった。もうこうなったらどうにでもなれ、だ。行ってやろうじゃないか、キースの実家である名門、オルナーガの家に!
***
私達に拒否権などない! とばかりにオルナーガ家の馬車がパリス地方まで迎えに来るらしい。私とキースはそれに乗って王都へ戻る。ブルームとレイリーズ、イオルは後から馬で追いかけてきて、ベルロイとルシェは捕らえたダイス人を王都から来る第三守護兵団一班のルイフィス副隊長に引き渡してから、後を追ってくる予定だ。
馬車との待ち合わせ場所に向かう前にダイス人の尋問を……と思ったけれど、硬直が解けた二人が倉庫で逃げようと暴れたため、ベルロイが気絶させてしまっていた。起こそうと水をかけても起き上がらない。
生きてはいるみたいだけれど、相当強いダメージを与えられたよう。ベルロイは普段はほんわかしているのに、こういう時の力の強さは恐ろしい。申し訳なさそうにしていたけれど、逃げられるよりはましだ。必要ならばオルナーガの家に行った後でまた尋問すればいい、ということでひとまず諦めることになった。
馬車との待ち合わせ場所へ向かうべく、診療所を後にする。馬のセンスルを率いて馬小屋から出てくると、アスモが診療所から出てきていた。
私が能力のことを話したことに未だ不満を持っているのか、苦い顔をしている。無視してセンスルに乗ろうとすると、
「リコル」
と、固い声で呼び止められた。
「……何?」
アスモは珍しく神妙な顔をしていて、そんな顔をされるとなんだか居心地が悪い。
「……両親のことを知りたいと思うか?」
アスモの口から両親の話が出たのは初めてだった。この診療所に来たばかりの頃は、私の能力を何故知っていたのかと問いただしたりもしたが、アスモは決して教えてくれなかった。この言い方だと、今なら教えてくれるのかもしれない。
「思わない」
私ははっきりと拒否した。今は知りたいだなんて思わない。そんなことは今の私には必要がない。
「……そうか」
アスモは少し安心したような、寂しいような、そんな複雑な表情を浮かべて笑った。私はそんなアスモをただ見つめる。
「もし、知りたいと思ったら、聞きにきなさい」
いつか知りたいと思う時が来るのだろうか。私は小さく頷いた。
今度こそ馬に乗ると、アスモが私の背中に向けて、
「いってらっしゃい」
と、声をかけた。そんなこと言われたの、初めてだ。むず痒い気持ちになって、どうしたらいいかわからなくなる。
ずっと側にいたキースが私の隣に並んだ。見ると、私を見て優しく微笑んでいる。背中を押されているように思えた。
「……いってきます」
私はそう言ってから、センスルを走らせる。アスモがどんな反応をしたかは見ていない。でも、それでいいと思った。
***
オルナーガ家の馬車は私が今まで乗ったことのないくらい高級な馬車だった。乗り慣れている乗り合い馬車に比べて揺れが少ない。座席もふかふかとしていて長時間座っていても疲れないし、装飾も豪華だ。
どこか落ち着かないそんな馬車に乗りながら、私とキースは並んで座っていた。キースの手はしっかりと私の手を握っている。御者である初老の男性はその様子を見て驚いた顔をしてから見なかったふりをして顔を背けた。
それは、御者が思ったであろうような「片時も離れたくない熱々な恋人同士」を演出するためのもの。私達はビブリオの前でも心の中で会話をするためにその体勢でいなくてはならない。そのために今から既成事実を作っておくのだ。だから、決して触れていたいだけじゃないの、うん、たぶんそう。
キースは私の手をにぎにぎと握ったり撫でたり弄びながら、
『父上の目的は何なのだろうな……』
と、心の中で呟いた。
『自らの意志で、今回のことを主導しているのだろうか。だとしたら……』
私に伝えようという声と自分の心の中の不安が入り混じって聞こえてくる。私は握る手にぎゅっと力を入れた。
『アイレーン王子に命令されてやっているのかもしれないよ。それに、何か重大な使命や目的があるのかも。国のためにやっていることかもしれないし……』
正直、皇帝や王子達の思惑が絡んでくると私達一般兵士にはわからないことが多すぎる。私達が考えつかないような事実が潜んでいるのかもしれない。
『そのあたり、お父さんから上手く聞き出せたらいいけどね』
『父上の心を読めたらな……』
『キースが話している間、私がお父さんにベタベタとくっついていようか?』
『それはやめろ』
キースが苦い顔をする。しかし、その顔は先ほどまでの思い詰めたような表情が緩んでいて、少し安心した。
『それにしても、本当に私がキースのお家に行って平気なのかな? 縁談だって、決まってるんじゃ……』
『会ったことのない女と結婚なんてするか』
私のもやもやをキースが一蹴する。
『でも、名門貴族の家の縁談って言ったら、普通は名門同士でするものでしょう? 私は親の顔も知らないような人間だし、能力もすごくないし、連れて行っても認めてくれないんじゃ……』
『自分の結婚相手くらい自分で決める』
キースに真剣な顔で見つめられてドキッとしてしまう。
『あ、いや、別にリコルとすぐに結婚するっていうわけじゃ……そもそも恋人になったばかりだから、そんな……』
『う、うん。それはわかってる』
キースが慌てて言い訳を初める。動揺の気持ちも一緒に伝わってきて、私まで動揺してしまう。その気持ちの中に、私との将来を考えているような思考も垣間見えて、余計に。あぁ、もう。この能力はいろいろわかってしまうから厄介だ!
『そ、そういえば私達って恋人……なんだね?』
話題を変えようと別の思考を送るが、それにもキースが動揺したようで衝撃が伝わってきた。
『俺はそのつもりだったが……ダメだったか?』
『あ、ううん! ダメじゃないよ』
そう伝えてから、なんだか恥ずかしくなってキースの顔が見れなくなってしまう。キースの手からは喜びの感情が伝わってきた。私の感情もキースに伝わればいいのにな。
『でも……そうだな、ちゃんと言った方がいいかな』
『え?』
キースの思考に顔を上げると、キースは熱のこもった瞳で私を見つめてきた。そして、キースの顔が私の耳元に近づいてきて、
「俺の恋人になってくれるか?」
と、聞かれた。頭から煙が出そうなくらい恥ずかしくなって、私はキースの身体に自分の身体を寄せた。そして、こくり、と頷いて承諾の意を伝えたのだった。




