パリス地方にて 告白4
夜も遅くなったので作戦は明日立てることにして解散となる。ルシェとベルロイは交代で倉庫の見張り、他は宿に戻って身体を休める。
部屋から出ていこうとするみんなを見ながら、私は緊張しつつ立ち上がる。能力のことを告白した私には、これからもう1つ重大な告白をしなくてはならない。
その大きな背中が部屋から出ていきそうになる。声をかけなくてはならないのに上手く言葉が出なくて、マントを掴んで引き止めた。前に歩いていたキースは、つんのめって止まった。
「なんだよ?」
訝しげな顔で私を見下ろしてくる。私はキースを見上げながら口をぱくぱくと開いた。
能力のことを話したのだから、私はキースに告げなくてはならない。キースの気持ちを読んでしまったことを。
「話が……」
「どうした? 言い忘れか?」
みんなも私に注目する。私は顔が赤くなるのを自覚しながら、
「いや、その……キースにだけ」
と、小さく言った。見なくてもわかる、ブルームがにやりと笑った気配がした。
「じゃあ俺達は先に行ってるよ。ごゆっくり」
楽しそうにそう言って、キースの背中をぱんっと強めに叩いてから出ていった。レイリーズとイオルも拳を握って私に応援の意志を示してからいなくなった。反応のないキースは、と見上げると、固まってしまっている。
私はずっと握っていたキースのマントから手を離し、
「とりあえず座って」
と、控えめに部屋の中心へと誘導した。
どうしよう、緊張して心臓がバクバクいっている。キースの気持ちを読んでしまったこと、言わずに済ませる手もあるだろうけれど、そうやってずっと秘密にしていくのはフェアじゃない。
そう思ってキースに話そうと決めたけれど、いざ言おうとするとなんて言ったらいいんだろう? この緊張はさっき自分の命をかけて私の秘密を打ち明けた時とは別の種類の苦しさだった。
「リコルは座らないのか?」
気がついたらキースの前で立ったままもじもじとしていた。キースが座ったベッドの横をぽんぽんと叩かれて、私はそこに座る。
このベッドは人が1人寝るのがやっとの大きさなので狭い。隣に座ると、キースと触れ合ってしまうくらいの距離で、またドキドキしてしまう。
私はすーはーと深呼吸を繰り返す。とりあえず落ち着かなくちゃ。
「大丈夫か?」
挙動不審な私を見てキースは眉間の皺を深くする。
「へ、平気、です」
私は平静を装うのに、何故か敬語になってしまった。キースはそんな私を見て溜息をつく。
「何か言いにくいことか?」
「う、うん」
「別に俺は怒ったりしねえぞ」
「そうかな……怒るかも、しれないよ。それか困る、かも」
「何をしたんだよ」
キースは少し楽しそうな笑顔を見せる。
「リコルの突拍子のなさには慣れてきた。何でも言えよ」
「本当に平気かなぁ」
「大丈夫、何を言われても大丈夫だから」
「うん……」
本当にいいのかな。これは、キースにとって恥ずかしいことだと思うんだけど……。
キースの様子から察するに、どうもそういう話だとは思ってないみたい。平気かな?
それでも言わなくちゃ。私はもう一度深く息を吸い込んだ。
「あ、あのね。キースに謝らなきゃいけないことが、あって」
「おう」
「えっと……その。わざとじゃないの。わざとじゃないんだけどね……」
手を組んで握ったり離したりを繰り返す。だんだんと手汗をかいてきた。
「私の能力、制御できないの。触れた相手の心を無条件に読んでしまう。私の意志に関係なく」
「うん」
「それで……その、キースの心も何度か……」
「……うん」
「で、あの、この前のことなんだけど。ここに初めて来てアスモから話を聞いた後、キースに……その」
「……」
「どうして私のことそんなに良くしてくれるのか、聞いたでしょう? その時に……その、キースの気持ちが……」
「ちょっと待て」
キースは片手で自分の顔を覆って、片手を私の方に広げて見せた。
「話が読めてきた気が……する」
「あの……」
「待て、わかった。ちょっと待て」
キースは同じ言葉を繰り返した。
「ほ、ほら、だから言ったじゃない! 平気じゃないって!」
「い、いや、それは……うん」
キースの顔は隠れて見えないが、耳が赤くなっている。どうやらちゃんと伝わったらしい。私の顔もひどく火照ってしまっている。言ったはいいけれど、その後の気まずさについてはあまり考えていなかった。どうしたらいいか、おろおろしながらキースの丸くなっている背中を見つめる。
「えっと……」
「その続きは自分の口から言うから、ちょっと待て」
「……うん」
ドキドキと胸が鳴っている。私は自分の膝をぎゅっと強く握った。
静かな部屋で自分の心臓の音だけが聞こえている。
「ごめんね」
「謝るなよ」
キースはようやく頭を上げた。
「でも私の能力のせいで」
「使おうと思って使ったわけじゃないんだろ? それなら謝る必要なんてない」
「……うん」
キースは優しい。優しすぎて蕩けてしまいそうだ。
「オルナーガ家に養子に入ってから、俺に近付いてくる人間は俺ではなく、家の名前が目当てのやつばかりだった。だから、俺の機嫌を取ろうとする人間がほとんどで……嫌気が差していたんだ。特に女にはな」
静かに話しはじめる。イオルじゃないけれど、キースと結婚できたなら、安定した将来が保証されるというものだろう。
「養成所にいる時も、兵団に入ってからも、俺は女を遠ざけてきた。そんな時、ミョルンでリコルに出会った」
キースは前かがみになって自分の太ももに肘を乗せて、手を組んだ。
「初めて会った時のリコルは俺に突っかかって来たな」
「だって……ムカついたんだもん。ダメ五だからって、頭ごなしに否定してきて」
「そうだな」
あの時は本当に腹が立った。今では考えられないくらい、キースは失礼な男だったな。
「驚いたよ。俺に突っかかってくる女がいるなんて。俺の気を引くための手段かとも思ったが、その後もリコルは俺達のことを無視し続けて、本当に怒ってるんだってわかった」
「当たり前じゃない。あんなデリカシーのないこと言われてさ」
「悪かったって」
キースはふわっと優しく笑った。
「大した能力も持ってないのに果敢に野盗に立ち向かっていく姿を見て、俺はミョルンから戻った後も、ずっとリコルのことが頭から離れなかった」
トクン、と胸が鳴る。
「今まで女に対してそんなこと思ったことなかったのに、もう一度会いたいと思った。散々ブルームにからかわれてたから、自分では認めていなかったけどな」
そうだったんだ。私もキースのことは忘れていなかった。いつかまた会えたらいいな、と思ってた。キースも同じ気持ちだったんだ。
「特務部隊の発足の時、候補者の名簿にリコルの名前があって驚いたよ。確実にスパイと繋がっていないとされる人間は少なかったから、ダメ五の能力者であるリコルも入っていたんだと思うけど、それでも。悩んだが、リコルを入れることにしたんだ」
「じゃあ私を特務部隊に呼んだのはキース……?」
「まぁ……そういうことだ」
キースは照れくさそうに頭を掻いた。
「久しぶりに会ったリコルは前と何も変わっていなかった。俺どころかオルナーガのことも知らなくて。そんな人間、初めて見たから」
地方の人間はオルナーガ家のことも知らない人が多いと思うのだけれど、キースの周りには王都の人間ばかりがいたのだから、出会ってこられなかったのかな。
「リコルは強いのか弱いのかわからない不思議な女で、隊長としてリコルのことを見ている内に……」
キースの顔が私に向く。少しだけ頬の赤くなったキースの瞳は真剣に私のことを捉えていた。
「好きになった」
私の胸の奥底がきゅんと射抜かれる。
「好きだ、リコル」
息をすることができなくて苦しい。今までどうやって息をしていたのか忘れてしまったかのようだ。
「リコルの気持ちはわかってる」
何も言うことができない私に、キースは言葉を続けていく。
「本当はこの任務が終わってから言うつもりだったんだ」
キースが何を言いたいのかわからずに、私はぼんやりとキースの声を聞いている。
「だから、気にするな。……と、までは言わないが、変に意識して態度を変える必要はないから」
キースは少し寂しそうに笑って立ち上がった。
「困らせてすまなかったな」
そう言うと私に背を向けて歩きだしてしまう。どういうことかわからなくて、私は固まってしまった。
キースの気持ちを聞けて嬉しかった。でも、キースは「すまなかった」と謝って私の側からいなくなってしまう。
私は反射的に立ち上がった。私はキースのこと、男性として意識していたわけじゃなかった。キースの気持ちを読むまで全然気がついていなかったし。
だって、私は誰かのことを好きになったことがなかったから。だけど、さっきキースに危険が及ぶかもしれないとわかった時、心が張り裂けそうになった。キースがいなくなってしまうなんて堪えられない。その時どうしようもなく自覚してしまったんだ。
階段のところまで進んでいるキースの背中を追いかける。待って、と叫びたいけどやっぱり声は出なくて、ただその背中に向かって走る。気配を感じたのか、振り返ったキースの腕に、私は思いっきりしがみついた。
「リコル……?」
「まっ……て」
大した距離を動いたわけではないのに、息が切れている。心臓がバクバクしていて今にも壊れてしまいそうだ。
震えながらしがみつく私に、
「どうした?」
と、キースは優しく声をかけてくれる。その声が優しすぎて、涙がこみ上げてきてしまう。それをぐっと堪えて、私はキースを見上げた。
「私……も……」
たった二文字を口にするのに詰まってしまう。さっきの頬を赤くしたキースの顔を思い出す。キースもこのくらい勇気を振り絞って伝えてくれたのかな。
息を整えてから、私は重い口を開いた。
「好き……」
「……え?」
「キースのこと、好き、だよ」
「……え?」
私が口にしたことが予想もしていなかったことだったのか、キースは目と口を見開いて固まってしまった。
「あの、えっと……キース?」
「……」
「おーい」
「……」
あまりに何も反応してくれないので、首を傾げて目の前で手を振ってみるが、瞬きすらしない。ちゃんと聞こえてたかな? っていうか、ちゃんと伝えられた?
「キース……?」
「それは……」
少し赤くなった顔のキースがようやく声を絞り出した。
「リコルが俺のこと、好きってことか?」
「う、うん」
「異性と……して?」
「そ、そうだよ」
面と向かって問いかけられると恥ずかしい。それでも正しく伝えなくては、と目を見て頷くと、キースは私にも聞こえるくらい大きく息を吸い込んだ。
「キー……」
次の瞬間、私はキースの腕の中にすっぽりと収まっていた。キースは少し痛いくらい私を抱き締めている。
「嘘みたいだ……」
キースが私の耳元で弱々しい声で呟いた。その声に私は思わずぞくぞくしてしまう。
「リコルは俺のこと、男として見てないと思ってたから」
「そんなこと……ないよ」
自覚していなかっただけで、私はキースのこと、ずっと好きだったんだと思う。触れられるのも嫌だと思ったことはなかったし、一緒にいて落ち着く。それなのに、時々逃げ出したくなるくらい落ち着かなくなることもある。ずっと一緒にいたくて離れたくない。これが好きってこと……なんだと思う。
キースの手が私の頭に触れる。酷く優しく撫でてくれる手からは、嬉しい気持ちが伝わってきた。
「あ、キース。あんまり私の頭に触ってると、心が……」
私は慌てて指摘するが、キースは手を離すことはなく、ふにゃっと破顔した。
「いいんだよ、別に」
「でも、伝えたくないことまで……」
「今さらリコルに隠し事をするつもりはねえよ」
「でも……」
「でもでもってうるせえな」
口調とは裏腹に優しい顔で微笑むから、身体が痺れて固まってしまう。
「リコルに触れられない方が嫌だから」
「うっ……」
なんて破壊力のあることを言うのだろう! 私の顔はこれ以上ないくらい熱くなってしまう。
キースはそんな私の頬に触れて、
『可愛い』
と、思った。
『ずるい……!』
「わ」
キースが驚いた顔をした。
「今、リコルの声が……」
「私からも伝えられるの。心の中をそのまま伝えるわけじゃなくて、伝えたいと思った言葉だけ伝えられる」
「そうだったのか。何だ、リコルの心の声もそのまま聞けたらいいのに」
「絶対ダメ!」
ふいっと顔を背ける。そんな私を見てキースはカラカラと笑った。あんまり見ることのない幼く見えるキースの表情に見とれてしまう。
「ん?」
「何でもない」
キースはふふっと楽しそうに笑って、
「で、何がずるいって?」
と、聞いてきた。
「キースは表ではひねくれてるのに、心の中は素直なんだもん」
「うるせえな」
さっきの『可愛い』っていう言葉が蘇って、また顔が熱くなってきてしまう。
「さっき何って聞こえた?」
「……言わない。恥ずかしいから」
「何だよ」
キースは笑って私の頭を撫でた。
『好きだよ』
「……っ!」
狼狽えてキースの顔を見ると、楽しそうに笑っている。絶対、何が伝わってるかわかってる顔だ。
こんなんじゃ私の心臓がもたない。ぺしぺしとキースの胸を叩いていると、私の頬をキースの手が包んで上を向かされた。キースの顔がどんどん近づいてきて、キースの唇が私の唇に軽く触れた。熱くて柔らかくて蕩けそう。
その間ずっとさっきの言葉が伝わってくるから、私も仕返しに心で伝えてみたらキースは少し驚いて顔を赤くした。その後、幸せそうに笑うから、私も一緒になって笑ってしまったのだった。




