パリス地方にて 告白3
私は1人で階下に降りた。アスモは暗い部屋で机に向かって何やら薬品を調合していた。
「アスモ」
いつもの調子で目を細めて振り返ったアスモだったが、私の顔を見ただけで顔色を変えた。
「悪いけど1時間だけ、倉庫の監視を変わって」
「僕は……」
「大丈夫。私達の中に硬直の能力者がいる。硬直させておけば動けないから危険もない」
「リコル」
アスモは普段見せないような真面目な顔をして立ち上がった。無言で私の前まで来て、私の前に立ちはだかる。
「お前が何をしようとしているのか、それによってどうなるのか、わかっているのか」
「わかってる」
たぶんアスモは私がこれから何をしようとしているのか、気がついている。
「でも、もう決めたから」
私とアスモはそのまま無言で睨み合う。アスモの言わんとしていることはわかる。それでも、譲れない。私を変えてくれた大切な人達を守るために。
先に目を逸したのはアスモだった。わざとらしく溜息をついて、
「どうなっても知らないよ」
と、言った。
「あんたには迷惑かけない」
アスモはふぅ、ともう一度小さな溜息をついた。
「頑固だな、リコルは。あいつとそっくりだ」
「あいつ?」
アスモは悲しそうに目尻を下げた。
「顔向けできないよ」
アスモのそんな表情は見たことがなくて、私は内心驚きながらも静かにアスモを見つめ返す。アスモは私の能力のことを知っていた唯一の人物だ。恐らく、私が知らない私の生まれについて知っているのだろう。しかし、アスモはそれ以上そのことを私に告げるつもりはないようだった。
「わかったよ。倉庫で見張ってればいいんだね?」
「うん」
アスモは薄手の毛布を手にしてのろのろと診療所から出ていった。私はその背中が見えなくなってっから、
「ごめん」
と、呟いた。自分のことなのだから謝る義理はないけれど、そうせずにはいられなかった。
***
ルシェとベルロイが倉庫から戻ってきて、2階で特務部隊が全員揃う。よく事態を把握していないはずの2人も、私達の深刻な空気を察したようで押し黙っている。
私は壁にもたれて全員の顔を見る。私の能力を公にしてビブリオが黒幕だとわかれば、第一王子キューレ様の班も動いてくれるだろう。そうすればみんなを危険から救うことができる。私の人生を引き換えにして。
それでもいい、と思える。そのくらいの仲間に私は出会うことができた。私の人生で起きたそんな奇跡を思えば、この後の人生に悔いはない。
私は一度目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。
「みんなに聞いてほしいことがある」
全員の目が私に注がれる。私は息を吸って次の言葉を口にした。
「私の能力のこと。実は、守護兵団には嘘の登録をしているの」
「嘘……?」
こくり、と頷く。
「今まで隠していてごめん。私の本当の能力は『触れた相手を気絶させる能力』じゃなくて『触れた相手の脳内と繋がることができる能力』なの」
全員の顔にクエスチョンマークが灯る。私はゆっくりと説明を続ける。
「今まで公にしてきた能力は私の能力の一部でしかない。脳内と繋がることができるから、そこに衝撃を与えて気絶させている。他にもいろいろなことができる。例えば、触れた相手に自分の思った言葉を伝える、とか、あと……」
一呼吸置いてから、
「触れた相手の心を読む、とか」
と、言った。全員の顔に驚きの表情が浮かんだ。
「相手が今何を思っているのか、触れさえすればそれが私にはわかる」
「じゃあさっき硬直していたダイス人に手を当てていろいろ尋ねていたのって……」
「そう。心を読んでいたの」
全員が息を飲む。当たり前だ。誰も聞いたことのない能力なのだから。
「ダイス人から読み取った情報の中に、黒幕と思しき人物の名前があった。それが……」
私はキースを見て、心の中で『ごめん』と、つぶやきながら、
「ビブリオ、なの」
と、告げた。
「ま、まさか……!?」
レイリーズが悲鳴に近い声をあげた。私は努めて冷静を装う。
「ダイス人は私達が兵士だと推測して『ビブリオがしくじったのか?』と思っていた。守護兵団内の『ビブリオ』がダイス人の不法入国を手引しているのでは、と考えたのだけど、本当にキースのお父さん以外でその名前に思い当たる人はいない?」
全員が首を振る。キースは苦悩で顔を歪めた。
「父上が……何故……」
「そこまではわからなかった。ただ、ダイス人はしきりにビブリオの名前を思い浮かべていた。彼らにとって、この国で頼れる人なのだということは確実だと思う」
「父上がスパイを……」
「と、いうことは第二王子アイレーン様もこの件に関わっている……?」
レイリーズが震える声でそう言った。
「アイレーン様は現皇帝のキックス様と同じで現状を維持していきたいという考えのお方。それが何故……」
「わからないけれど、あり得ない話ではないかもしれない」
無言を貫いていたブルームが口を開いた。
「どういうこと?」
「アイレーン様は第二王子。王位継承権は第一王子のキューレ様にある。普通なら政治にはあまり関わらないのが普通だ。実際、アイレーン王子は母親に似てパーティ好きで遊んでばかりというイメージがある。しかし、そうではないんじゃないかという噂もあるんだ。アイレーン王子は外交を好み、自ら進んで他国に足を運んでいる。ダイス帝国にも何度か行っているはずだ」
「そこでダイス帝国と秘密裏に繋がりを……?」
「ただの憶測にすぎないけれど」
何故わざわざ王子がスパイを国に入れているかはわからないけれど、ダイス帝国に直接行ったことのあるアイレーン王子ならば可能性はあるということか。
「どちらにしても、キースが1人で実家に戻るのは危ない」
「だからリコルはこのことを俺達に……?」
キースの問に私は控えめに頷いた。みんなを救いたかったから、なんてことは言うつもりはない。危険が回避できたのなら、それでいい。もちろん私の今後についても言うつもりはない。
「急いでこのことをフレイ様に伝えて、応援を……」
「待って」
固い声を出して私の言葉を止めたのはブルームだった。
「リコルちゃんの本当の能力を知っているのは誰?」
「……生きているのかわからない父親とアスモだけ」
「今まで何で隠してたの?」
ブルームは非難するような瞳を私に向ける。ごめん、と言おうとした時、
「何で俺達にそれを言ったんだ!」
と、私の予想もしなかったことを言った。みんなも急に声を荒げたブルームを驚いて見ている。
「それを口にしたらリコルちゃんが危ないから、だから隠してきたんじゃないのか!?」
ブルームにバレているんだ。私は笑顔を作るが、それは引きつってしまった。
「俺がもし皇帝で、リコルちゃんの本当の能力を知ったら、利用するよ。例えば、自分の妻にリコルちゃんを迎えて、王妃として他国との会談に出席させる。そこで、さりげなく相手に触れさせて本心を探ったり。もっとひどければ娼婦として送り込んだり……」
「そんな!」
レイリーズの顔は真っ青だ。
「どうしてそんな秘密を俺達に言った!? 自分を危険に晒すようなことを……」
「それは……」
「俺達を救うため、だろ。父上やアイレーン王子にかかれば俺達を捻り潰すことなんて容易いだろうから」
キースは低い声でそう言った。
「いいの」
私は心を落ち着けるように努めながら笑う。
「それでもいいと、思えたから」
「リコ……」
「今まで私は散々な人生を歩んできたけど、みんなと特務部隊で一緒にいられた間はとても楽しかった。だから、もういいの」
静寂が私達を包み込む。みんながこのことを悲しんでくれていることを感じる。それだけで私は十分だ。
「ちょっと」
静寂を切り裂いたのは、イオルの不満そうな声だった。
「何ですか? このお葬式みたいな空気は? バカなんですか?」
突然の暴言に全員が目を丸くする。イオルは顔を赤くして私達を見回した。
「リコルを危険に晒すつもりですか!? あたし達を助けようとしてくれたリコルを!」
イオルは叫ぶ。
「あたし達の秘密にすればいいでしょ!? リコルの秘密を、あたし達で守るのよ!」
「何を言って……」
「そうか……そうだね」
ブルームも頷いた。
「リコルちゃんの能力については俺達以外の人間には言わない」
「ちょ、ちょっと待って!」
ブルームの言葉に頷いた全員を私は慌てて止める。
「そうしたら結局全員潰されるよ!? キューレ王子に入ってもらえれば、安全に解決……」
「ダメだ」
キースが首を振る。
「俺達全員が無事でないと」
「そんなこと……」
私は激しく動揺している。だって、どうやって? 私達7人だけでアイレーン王子に対抗するなんて、そんな危ないことできない!
「何を言ってるんだ、リコル。今までだって俺達は切り抜けて来た。俺達は強い。それに、リコルの能力だってある。絶対にできる」
「キース……」
「私達を信じてください、リコ」
「俺達は今まで何度もリコルに助けられて来たんだ。今度はリコルの能力を俺達が守る番だ」
「全員の能力を使えば、必ず解決できます」
「みんな……」
胸が熱くなって視界がぼやけてくる。そんなこと、考えたこともなかった。私の秘密がみんなの秘密になるだなんて。
「リコ!」
レイリーズとイオルが駆け寄ってきて両脇から私に抱きついた。部屋の空気はいつの間にか柔らかいものになっていた。
「私の能力を公にすれば楽に解決できるのに……」
「それじゃ意味ない」
「大丈夫、今までだって上手くやってきたんだ。絶対にできる」
私の目から涙が零れ落ちた。それではダメだ、と頑なに拒否しなければならないのに、私の心は喜んでいる。自由な人生にもう執着なんてなかったはずなのに、いつの間にかこんなに自由に生きたいと思うなんて。
「ごめん……ありがとう」
「いいんですよ」
「必ず全員無事で切り抜けよう」
「はい」
なんて頼もしい仲間なのだろうか。私はみんなの前で情けなく肩を震わせて、ただただ泣き続けたのだった。




