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あなたの本心は隠しても無駄です  作者: 弓原もい
5.スパイを捕らえろ!
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パリス地方にて スパイを捕らえよ7

 張り込みを初めて5日目。すぐに馬車が現れると思ってはいなかったが、それにしてもなかなか現れない。サイが私達の存在を告げたのかもしれない。そう不安になるが、ブルームは「それなら僕達を襲う刺客が来るはず。それが来ないということはまだ知られてないんじゃないかな?」と、言って私を安心させてくれた。


 それもそうかと思い直し、不安な思いを抱えながらの張り込みの中、馬車の音が聞こえて来たのは昼過ぎのことだった。遠くからガタガタという音が聞こえてきて、イオルを見ると既に通信をはじめている。横ではブルームも静かに詠唱をはじめていた。


 遂に来た。私はごくりと唾を飲み込む。私ができることは少ないけれど、どうか、どうか上手く行きますように。


 馬車がどんどん近付いてくる。御者を見ると、どうやらサイではないよう。サイよりも一回りくらい大きなシルエットの青年が乗っていた。


 人の乗る部分には帆が張られている幌馬車で、外からでは中の様子は見えない。しかし、それこそが聞いていた巡礼に向かう馬車そのもののように思える。


 馬車は街に入っていった。そのまま音が聞こえなくなる。どうやら停まったようだ。


「行こう」


 私達は頷き合って静かに街に向かう。キース達はどうしているだろうか。


 馬車の見える位置まで行くと、御者台に人の姿はない。キース達も見当たらないので、御者台に目を凝らすと、既に布袋が置かれていた。恐らくあれがダイス人が置いていったであろう報酬だ。


 作戦では、布袋を御者台に置いた人物をスパイと判断し、街に被害が出ないようにその人物が街を出てから捕らえる手はずになっている。恐らくキース達はその人物を追いかけて行ったのだろう。


 私達は周囲を警戒しながら街を離れる。通りには出ていないだろうと踏んで、森の方へ進む。大きな物音は聞こえないが、獣道の中に人が歩いたような跡を見つけた。


「ちょっと待って」


 イオルが手で私達を制す。目を閉じて、通信を始めたようだ。


「キース様? イオルです」


 イオルの通信が終わると私達は獣道を走った。キース達は無事にダイス人を捕らえることができたらしい。敵は1人で、他の仲間はまだ現れていないという。


「キース!」


 人影を見つけて声をかけると、キースが手を挙げて合図した。草むらに縄で縛られた男が1人倒れている。男はルシェの能力が効いているのか、固まって動けないようだ。


「みんな、無事!?」


 男の周りにいる仲間達を見回すと、レイリーズが自分の左腕を抑えていた。


「レ……」


「レイ!」


 私が声をかける前に、ブルームが矢のような声を発してレイリーズの元へ飛んでいった。


「大丈夫か!?」


「は、はい、申し訳ありません。男ともみ合った際にナイフで……かすり傷です」


 顔色を変えたブルームがレイリーズの手を取って傷口を見ると、服は破けていて血は流れているようだが、確かに深い傷ではないようだ。ブルームが即座に自分の軍服の腕の部分を裂き、それをレイリーズの傷口に巻きつけて手当を始める。


 レイリーズは少し頬を赤くして、ブルームにされるがまま手当をされている。必死な様子のブルームは、普段よりも自然な姿に見えた。


「これは……!」


 ベルロイが声を上げたので見ると、血のついたナイフを持っていた。柄の部分には見慣れない紋章が刻まれている。


「ダイス帝国の紋章」


 緊迫した声でキースがそう言った。やっぱりこの男はダイス帝国から来たスパイ……。


「俺は近くを見回って来ます。まだ仲間がいるかもしれない」


「頼む。ルシェも一緒に行ってくれるか?」


「わかりました」


 ベルロイとルシェが周囲の見回りに向かう。私は屈んですぐさま手袋を取って、捕らえた男の首筋に手を当てた。


『くそっ!』


 男の頭は混乱していた。私は静かに尋ねる。


「貴方はダイス人ね?」


『こいつ、喋れない俺に向かって、何だ? 何かの能力か?』


 男はかなり私のことを警戒しているようだ。私はそのまま続ける。


「貴方はどこに向かおうとしていたの? この近く?」


『ユーロラン帝国の兵士か? ビブリオは何をしている……!?』


 この男は私の質問に対する答えを全然考えてくれない。その代わりに、新たな名前を聞けた。『ビブリオ』。この件に関わっている人物に間違いはない。


 ボンっと遠くで爆発音が聞こえた。ハッと顔を上げると街の方で煙が立ち昇っている。


「何だ!?」


「ブルーム、行くぞ!」


「レイはここに! リコルちゃんとイオルちゃん、あと捕らえた男を頼んだよ! 無理はするな!」


「はい!」


 キースとブルームが指示を出してから煙の方角に駆けていく。私は男から情報を得ようとするが、男の頭は混乱でいっぱいで、爆発音のことなど考えていられないようだった。


「あなたは何のためにユーロラン帝国に来たの?」


 仕方なく私は質問を続ける。男は硬直していて表情も変えられないが、頭の中では焦りが強まっていく。


『このまま捕らえられたら俺の命はどうなる……!?』


 ダメだ。自分の命の心配で頭がいっぱいな男は私の質問に聞く耳を持ってくれない。


『俺を捕らえるということはビブリオの仲間ではないということ。どうにかしてやつに逃してもらわないと……』


 男は様々な思考を続けている。繰り返されるビブリオという名前。私達を兵士だと認識し『ビブリオの仲間ではない』と思うということは、ビブリオは守護兵団の兵士────?


「きゃああ!」


 イオルの悲鳴が聞こえてパッと立ち上がると、短刀をこちらに向けて、切羽つまった様子の男が立っていた。男は息を荒くして、目を血走らせている。


 捕らえた男の仲間だ。私は瞬時にそう理解する。レイリーズがイオルをかばうようにして立ち、剣を男に向ける。ブルームに手当をしてもらった左腕が血で滲んでいるのが見えた。まずい……いくらレイリーズとはいえ、私とイオル、そして捕らえた男をかばいながら、しかも怪我をした状況で互角に戦えると思えない。相手の男もどんな能力を持っているかわからないのだ。


 私は咄嗟に走ってレイリーズの横に立った。


「レイ、イオルと男を連れて離れて」


 私は小声でレイリーズにそう告げる。


「!? リコが1人でここに!?」


「まだ仲間がいるかもしれない。イオルの通信でキース達に連絡を」


「そんな……」


「大丈夫、みんなそんなに遠くには行っていないはず。少し時間を稼ぐから、それでどうにかなる」


「リコ……」


「行って!!!」


 私が叫ぶと、弾かれたようにレイリーズが飛び退いて捕らえた男を担ぎ、イオルの手を引いて駆け出した。イオルが通信を使っている声が遠くに聞こえる。


 私に対峙する男はじりじりと距離をつめてきていた。この男がどんな能力や魔法を使ってくるかわからない。それでも、何とか時間を稼がないと。


 私はできるだけ余裕の出で立ちで男と向かい合い、男に右手を向ける。男は私を警戒してか、歩みを止めた。


 相手に私の能力はわかっていない。私が遠距離魔法や攻撃の能力を使う可能性があるのだから、迂闊には近づけないはずだ。


 私は手をかざし続けながら、じりじりと後退していく。すぐに何もしてこない私に気がついたのか、男は再び私に近づき始めた。


 はったりも長くは続かない。早く誰かが来てくれれば……!


 必死の形相の男が怖い。私は戦いに関しては無力だ。男が私に切りかかってくれば、私はひとたまりもない。


 男の間合いがどんどん近付いてくる。身体が震えそうになるくらい怖い。背中を向けて逃げ出したい。けれど、そうしたらすぐに背中を切りつけられてしまうだろう。


 怖い、怖いよ。助けて、キース────


「はっ!」


 それは一瞬だった。声とともに私の前を強い風が通り抜け、目の前に立っていたはずの男が視界から消えた。


 何が起こったのかわからなかったが、右側で男が木に強く叩きつけられた衝撃音と「ぐはぁ!」という呻き声を聞いて、男がものすごい勢いでふっ飛ばされたことがわかった。


「リコル!!!」


 声の聞こえた左側に顔を向けると、キースが走ってくるのが見えた。あぁ、来てくれたんだ。


「キース!」


「無事か!?」


 キースは息を切らして走ってきた。その後ろをブルームが走ってきて、私の姿を認めると、そのままふっ飛ばされた男に向けて走っていった。


「うん、大丈夫。ありがと……」


「お前は……っ!」


 怒った顔で苦しそうにそう言った後、キースは私を強く抱き締めた。キースの胸の中に収まると、怖さが解けていって力が抜けて、私もキースに身体を預けた。


「いつもいつも無茶ばかりする!」


「ごめん……」


「……間に合って良かった」


「ありがとう、キース」


 キースに包まれているととても安心する。それと同時にドキドキもしはじめて、キースといると自分の心が忙しい。


「リコ……」


「キースさ……」


 背後と右側から足音が聞こえて顔を向けると、駆けてきたベルロイとルシェが目に入った。


「わっ!」


 キースは慌てて私から身体を離すが、私は力が入らずふらついてしまい、結局キースが私の肩を抱いて支えてくれた。


「大丈夫……そうですね」


 後ろから駆けてきたレイリーズは顔を赤くして明後日の方向を向きながらそう言った。


「これは……その」


 キースまで顔を赤くしてしどろもどろになっている。そんな私も、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


 男を気絶させて担いできたブルームも、私達を見るとニヤニヤと笑った。


「煙が立っていたのはどうやらこの男が仕掛けたフェイクだったらしいね。とにかく、リコルちゃんが無事で良かったよ」


「まんまとひっかかった俺達も悪かったが、無茶をするな。リコルはいつも1人でどうにかしようとしすぎる」


「キースが絶対に助けに来てくれるって信じてたから」


「まぁ間に合ったからいいが……でも、もう少し安全な方法を……」


「キースは強いでしょ? いつも自分で言ってるじゃない」


「それはそうだが……」


「はいはい、俺達に見せつけるのはそれくらいにして」


「見せつけてねえよ!」


 ブルームがやれやれ、と肩を竦めた。私も足に力が入るようになったので、新たな敵が来ない内にその場を離れることにする。


 2人の男は袋につめてベルロイが抱え、私達はその場から立ち去った。

●豆知識


ユーロラン帝国とダイス帝国の人は見た目に違いはわからない。

リークル神国に行ってきたブルーム達によると、ダイス帝国の人の方が若干肌が黒めの人が多く、髪色や瞳の色が茶系の人が多いように感じたが、それ以外の区別はつかなかったとのこと。

ただ、ダイス帝国の人は色鮮やかなストールを巻くなど、ユーロラン帝国と着ている服が違うので、それで見分けられたということだ。

しかし、今回捕らえたスパイはユーロラン帝国のような地味な服装をしている。

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