パリス地方にて 続く女子トーク
その夜、私達は部屋を暗くした後もぽつぽつと話続けた。
「そっちはどうだったの? リークル神国」
「初めて行きましたが、不思議な国でしたね」
私は床で寝て、レイリーズは隣のベッドに寝ている。頭上からレイリーズの声が降ってくる。
「巡礼だというのにみんなどこか浮かれていて、夢みたいな国でした。戦のない安全な国というのはああいうことを言うのでしょう」
「ふーん」
宗教国家であるリークル神国は戦とは無縁だ。物資の提供を受けているユーロラン帝国だけでなく、ダイス帝国にも多くの信者がいることから、守られた国なのだ。
「でもね、問題が起こったのよ」
眠っていると思っていたレイリーズの向こうで寝ているイオルが声をあげた。
「薬物のこと?」
「違う。ブルーム様のこと」
「ブルームの?」
レイリーズががさがさと寝返りを打った。
「ブルーム様がね、お土産を買っていたの」
「それのどこが問題?」
要領を得ない話を尋ね返す。
「それがね、女性用のブレスレットだったの。それを見たレイリーズが『ブルームさんには想う女性がいるんだ』って落ち込んじゃってさ。宥めるの大変だったんだから」
レイリーズは何も言わずに黙っている。
「それで、真相は? 誰へのお土産だったの?」
「わかんない。聞いてみろって言ってもレイリーズったら怖がって聞かないんだもん」
「聞いてみないの?」
私はレイリーズに尋ねてみると、一呼吸置いて返事が返ってきた。
「……怖いんです。聞いて、もしブルームさんに好きなお相手がいることがわかったら、自分がどうなってしまうんだろうって。任務に支障が出るくらい、落ち込んでしまうんじゃないかと思ったら、怖いんです。わからないままの今なら、何とか自分を保てますが……」
「怖い、かぁ」
レイリーズのブルームへの想いの強さが伝わってくる。私はさっさと聞いてしまえばいいのに、と思うけれど、そうはいかないのが『好き』ということなのかもしれない。
自分に置き換えて想像してみる。もしもキースに好きな人がいたとわかったら。
そうしたらキースと2人きりで話すこともできなくなるのかな。だとしたら、寂しい気もする。
「もちろん私もずっとこのままというのは嫌です。いつかは聞いてみます。でも、今はまだ……」
「うん」
なんとなくレイリーズの気持ちがわかって、私は強い同意の気持ちを表して相槌を返す。誰かを好きになる、ということは大変なことなんだ。
「っていうか、そういえばイオルはどうなの? ショックじゃなかったの?」
「何がよ?」
「ブルームのことよ。狙ってるんでしょ?」
そういえばイオルはキースのことも狙っていたはずだ。さっき散々私のことを聞いていたけれど、イオルはそれでいいのだろうか。
「あぁ、あんたには言うの忘れてた。あたし、キース様とブルーム様のこと、諦めることにしたから」
「……えぇ!?」
思わず大きな声をあげてしまう。
「そんなの聞いてない!」
「たいして興味もなかったくせに」
イオルは軽く笑った。
「何で突然?」
「あたしね……無理してたんだと思うの」
イオルは穏やかな声で言葉を続けた。
「お金のためだからってキース様とブルーム様に近づいたけど、本当はそれだけじゃなかった。本当にお金のためだけだったら、もう既にお金は持ってるけど行き遅れたおじさんと結婚してるはずだもの。それをしないで2人に近づいたのは、結婚への夢とか憧れが捨てられなかったから。だから若くて顔も悪くない2人に近づいたんだと思う」
その穏やかな声を聞いていると、少し胸が痛む。
「でも、ダメだった。2人はあたしなんかになびいてくれなかった。それは、あたしの行動に気持ちが伴ってなかったから。全部中途半端だったのよ、あたしは」
私もレイリーズも黙ってイオルの言葉を聞いている。
「だから、あたしは2人を諦める。任務が落ち着いたら、お金目当てのあたしと利害が一致するような、跡取りを作りたいがための愛のない結婚を望む人でも探すわ」
「イオルは……何故そこまでしてお金を?」
私は踏み込んだ質問をイオルに投げかけた。今なら聞ける、と思ったから。
イオルは少し間を空けてから口を開いた。
「危ない目に合わずに幸せに暮らしたいの。お金があれば、ひもじい思いをしなくて済む。あと……」
一旦言葉を切って、少しの躊躇いの気配の後、
「弟を買い戻したいの」
と、告げた。
「弟、を……?」
イオルのまだどこか幼さの残る外見から出たとは思えない話に、私は言葉をつまらせる。そんな私を感じてか、イオルはくすりと笑った。
「弟は今14歳。フィデロ地方の小さな街で、働いてる。貴族の家の下僕としてね」
続く衝撃的な言葉にレイリーズも息を飲んだ。
「あたし達の父親はね、弟がお腹にいる時に他の女のところへ行ったらしい。残された母さんは1人であたし達2人を育てるために働いて……それで死んだわ。あたしが16歳の頃だった」
イオルは思い出すかのように一旦言葉を切ってから続けた。
「子供2人で生きていけるわけもなく、能力も魔力も持たない弟は貴族の家に下僕として行ったの。能力があったあたしはダメ元で守護兵団の試験を受けて、受かった」
お金を得るためには働かなくてはならないのに、そのためにはお金を払って学校に行き教育を受ける必要がある。私もその現実に行く手を阻まれた1人だからイオルの気持ちがわかる。
「弟を買った人間は腐っても貴族だから、あたしの少ない給料じゃ取り戻せない。だから、お金のある貴族の元に嫁いで、その人に買い戻してもらうつもり。それしか、弟を救う方法が思いつかなかったの」
初めて聞くイオルの境遇に息がつまる。自分も大概だと思っていたが、自分と同じかそれ以上に苦しんできた人がこんな身近にいた。それを隠してこんなに明るく振る舞って。
「ちょっと、黙り込まないでよ」
イオルが明るい声でツッコミを入れた。
「ですが……」
「いいのよ、これで。あたしはそれが一番幸せなの。任務が落ち着いたらルイフィス様にいい縁談をもらえるようにお願いしてみるから」
どうにかイオルが幸せになれるように協力したい。私には何ができるのだろう。
「ふふ、誰にも言うつもりなかったのに、何でよりによってあんた達に話さなきゃいけないのかしら」
イオルは明るい声で悪態をつく。
「あたしが結婚したら、あんた達をお茶会に紹介してあげなくもないわよ」
「……ありがと。その時は美味しいパンをお願いね」
「図々しいわねえ」
イオルは明るく笑う。イオルがずっと笑っていられるように、私も何かできたらいいのに。
「そんなわけだから、2人共頑張りなさいよ。ま、キース様とブルーム様に振られたら今度はあたしがアタックするから、覚悟しときなさい」
「抜け目ないわね」
「当たり前でしょう?」
イオルは楽しそうにカラカラと笑った。




