パリス地方 帰省5
「それじゃあ本題に入ろうか?」
アスモの言葉に私は姿勢を正す。まずは手始めに、
「最近パリスで何か変わったことはあった?」
と、聞いてみる。
「変わったこと、ねぇ。特に変わらぬ田舎町だと思うけど」
ニコニコ笑いながらそう答えた。私が何を聞きたいのかどこまで知っているのかわからないけれど、簡単に教えてくれるつもりはなさそう。こいつはいつもそうだ。そうやって会話での戦いを楽しむ傾向にある。
「関所の辺りはどう?」
「関所には冬に一度行ったかな。風邪が流行っているって言うんでね。でも、特に変わらず暇そうだったよ」
「ふぅん」
「僕も今年の冬は暇だったね。いつもの流行病も最小限に抑えられた感じがするし。医者の僕にとっては儲けが出ない厳しい冬だったよ」
アスモは突然自分語りを始め、大げさに残念がってみせた。毎年、冬にはこの診療所は流行病にかかった患者で賑わう。アスモがそちらにかかりきりになる分、情報屋としての仕事が私に振られることが多くなって、忙しかったことを思い出した。
「あんたには夜の客がいるでしょ」
「いやいや」
アスモは笑って誤魔化した。
「あ、でも夜といえば、最近困るのが酒の飲み過ぎで中毒者が出て、僕が急に呼び出されることが増えたんだよね。寝ようとしている時に呼び出されるのが一番嫌なんだよ」
「酒」
その言葉に私は引っかかりを覚える。一見世間話をしているように見えて、アスモは会話の中にヒントを出すことが多い。これがそうなのかはわからないが、私はこのことについて更に聞いてみることにする。
「酒なんて景気のいい話ね。こんなど田舎で」
「ど田舎でも娯楽は必要なものさ。でも、最近はすごい量を飲むみたいでね。しかも、慣れてない若者が調子に乗って飲んだりするんだ。リコルも気をつけなよ? 慣れてない内に調子に乗ると中毒になって、死ぬ危険性もあるんだからね」
キースのじとっとした目が私を見ているような気がするのは無視して、私は自分の引っ掛かりが正しかったことを悟る。
「それはどんな仕事の人?」
「この辺りで高給と言ったらあれしかないだろう」
「リークル神国への馬車の御者」
「そう」
アスモは笑みを深くする。
「でも、そこまで儲かるものだったかしら? ダイス帝国からの巡礼者が突然増えたとか?」
「そんな話は聞かないねぇ」
嘘くさい笑みを浮かべて首を横に振った。
「御者の仕事ぶりはどうなの? 変わらず?」
「そうじゃないかな。彼らの仕事はダイス帝国から巡礼に向かう人達をリークル神国へ運ぶだけの仕事だからね。難しいこともない」
「そうね」
それがパリス地方の収入源の一つだ。ダイス帝国からの巡礼者を馬車に乗せるという名目で通行料を取る。しかし、その通行料の額はユーロラン帝国が定めていて、そこから変わったという話は聞いたこともなく、巡礼者が増えた以外で儲けが増えるとは考えにくい。それならば何故、高い酒を医者にかかるほど多く飲むことができるのか?
「まぁ、ただ、単純な仕事程、長く続けるといい加減になっていくものだよねぇ」
「どういうこと?」
「僕なんかだと毎日違う患者が来て、その度に頭を使わなきゃならないだろ? リコルだってそうだ。でも、毎日毎日、国境から国境へ人を運ぶだけの仕事。それはさぞ退屈だろうし、いい加減にもなるでしょう」
「そうかもしれないわね」
アスモが何を言おうとしているのか。私は言葉を選んでさらに尋ねる。
「でも、いい加減になりすぎたら国からお咎めがくるわよね?」
「それはね。だから、国にバレないようにサボるのさ」
「例えば?」
「街で一旦馬車を止めて休んだりとか」
「!?」
キースが驚いて目をむく。
「それは違法よね。ダイス帝国の人はユーロラン帝国の領土に降り立っちゃいけないことになってるから、馬車は休まず走るのが決まりでしょ」
「そうなんだけどね、休まず走るって結構疲れるだろ? だから、人によっては中間地点の小さな街で馬車を止めたりしているらしいよ」
「それってどこ?」
「ソーケトルが多いって噂だよ。ほら、あそこって森の中にあるから目立たないし」
ソーケトルはここカンネから北へ行った小さな街だ。
「ソーケトルの街の住人も新たな収入源になるから大歓迎で誰も国に報告しようとする人はいないしさ」
「ダイス帝国の人も降りてるの?」
「そう。僕もこの前見かけたよ。そのうち体調を崩したダイス人を治療することになるかもね」
アスモは新たな収入源を喜ぶように朗らかな笑顔を見せる。
「そのままダイス帝国の人が逃げちゃったりしないの?」
「それは不法入国になるねぇ」
アスモは穏やかに笑う。
「まぁ、でも、いい加減な御者だったら、それにも気が付かないかもしれないよね」
私の背中にひやりと汗が伝う。これだ。ここからならダイス帝国からユーロラン帝国に入国できる。しかも、ベルサロムやミョルンの関所を突破するより遥かに楽に。
「そう」
聞ける情報は聞けた。ソーケトルへ向かえば真実がわかるだろう。
「よし、じゃあ僕は出かけて来るかな。今日は街に行く用事があるんだ。今日は戻らないから、リコルはここを使ってくれて構わないよ。もう夜になるし」
私は今得た情報で頭をいっぱいにしながら頷く。
「あ、そうだ」
階段へ向かおうとしたアスモが足を止めて私に向き直る。
「サイ」
「……え?」
その言葉に私の意識は一気にアスモの方へ向かう。アスモはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている。
「リコルの弟の、サイのことなんだけど」
聞きたくない名前だ。それを意に介さずアスモは続ける。
「そのダイス帝国の巡礼者を乗せる馬車の御者になったみたいだよ。今はダイス帝国との関所近くの宿舎で暮らしてるらしいんだけど、稼ぎもいいみたいでね。このままだったらリコルの毎月のお金、いらなくなるかもよ? 交渉してみたら?」
一気に私の頭が冷えていく。サイが御者に……?
「それじゃあ、いってくるね」
アスモは言いたいことだけ言うと、呆然とする私を残して階段を降りて行った。
●登場人物の見た目紹介
アスモディウス・ベーク(?)
性別:男
身長171cm、緑の瞳
パリス地方の田舎街、カンネで診療所を開く医者。
情報屋もやっている。
黒に近い深い青色の髪の毛には白髪が混じっている。




