王都にて手がかりを掴め3
アルロと別れた後、ブルームに頼んでバー・クランクの下見を済ませてから私達は寮へ戻った。第一会議室へ行ってみると、キースを含めた全員が揃っていた。
「どうだった?」
全員浮かない顔をしているので聞く必要もないと思ったが、念のために聞いてみる。
「私達は……尋問を担当した兵士に話を聞いてはみたのですが、聞いていた以上の成果は得られず。ポリー商会にも足を運んでみましたが、捜査の為に全て荷物は撤去された後でした。その資料もすべて第一守護兵団が持っていってしまった、と……」
レイリーズは色艶の良い唇を噛み締めた。
「俺は……第一守護兵団の本部で父上に少しの間会うことができた」
キースは苦い顔をしながら続ける。
「特務部隊の存続を後押ししてもらえるように頼んだんだが、これで事件が解決したとすれば存続を後押しするのは難しい、ただもしまだ事件が終わっていないという証拠を掴めたのなら必ず後押しをしよう、とは言ってくださった」
「結局何も変わらない、か……」
「くそっ」
感情を露わにしたキースは握った拳で机を叩いた。血管は浮き出て身体が震えている。
「こっちは成果があった」
ブルームがみんなの顔を見渡して報告する。
「信頼できる情報屋の居所を掴んだ」
「情報屋……」
レイリーズが忌々しげにそう呟いた。
「それしか方法はない。特務部隊を存続させて王都から薬物を根絶させるためには」
「そんなことを……本気で……」
私の言葉にレイリーズが顔を上げて、私をきっと睨んだ。
「私達は守護兵団です! 裏社会に手を借りるなどあってはなりません!」
レイリーズはどこまでも真っ直ぐだ。そういう真っ直ぐな考え方は私にはない。
「私達を解散させようとしているのは皇帝陛下の部隊だ。この国そのものと言っても良い人達を私達は相手にしようとしてる」
私は極めて冷静に続ける。
「私達がポリー商会を捕まえただけで王都に薬物が入って来なくなるなら解散してもいいでしょう。でも、本当にこれで終わると思ってる?」
レイリーズは唇を噛み締めたまま私を睨むように見つめている。
「この国にはスパイがいる可能性がある。それが私達を解散させようとしてる可能性だって否定できない。そんな腐った国に対抗するのに、正攻法だけ追い求めてていいと思う?」
もし、相手がスパイだけじゃなくこの国そのものなら、私達7人に何ができるだろう。無謀な戦いを挑んでいるのかもしれない。それでも、ここで終わりなんて私は悔しいんだ。
「なりふり構っていられない。使えるものは使わないと、私達は潰されるよ」
レイリーズは青白い顔で唇を震わせたまま何も口にしなくなった。私はキースに目を合わす。
「情報屋に接触する作戦、私に任せてくれる?」
「リコルに……?」
「私一人じゃできない。みんなの協力が必要だ。だけど、裏社会に接触するならそれなりの作戦も必要。それを、私は立てられる」
キースの黒い瞳が不思議そうに揺れた。
「まずは作戦を言うよ。決めるのはキースだから」
「あなたは……」
私の隣からレイリーズの掠れた声が聞こえた。
「あなたは何者……なんですか?」
レイリーズの瞳から僅かな恐怖が見て取れた。その瞳、今まで何度も見てきた。得体の知れないものを見る目。そして、今レイリーズが聞いたことはここにいる全員の疑問だろう。
「覚悟もないのに人の人生に立ち入るもんじゃないよ」
私は薄く笑う。でもこのままでは誰も私の作戦についてきてはくれないだろう。
「でも……そうだね。そういう心理戦には慣れてる、って言っておけばいいかな」
これで拒否されるならもう仕方ない。決めるのは隊長であるキースだ。私は目線を上げてキースを見ると、キースの黒い瞳としっかり目が合った。
「わかった、聞こう」
少し待っても周りから異議の声は出ない。私は頷いて作戦の説明を始めた。
***
「ほ……本当にこの格好で行くのですか?」
レイリーズは先程から自分の格好を確認しては顔を白黒させている。
「行きたくないなら行かなくてもいいよ」
イオルに化粧をされている私は横目でレイリーズを見る。イオルは集中しているようで触れられる手からは何の感情も伝わってこない。
「い……行きます」
きっと表情を凛々しくしてレイリーズは言ったが、スカートの丈を確認してまた顔を赤くさせた。
私達は会議の後、イオルの部屋で身支度を整えている。レイリーズはイオルのブルーグレーのワンピースを着ている。胸の下に黒いリボンがついた可愛らしいデザインだが、身長差のあるイオルの服だけあってスカートの丈が短く艶めかしい太ももが見え隠れしている。
「それにしても、あんたがこんな洋服持ってるなんて思わなかった」
私の髪の毛をいじりながらイオルがポツリと零した。私は胸元の開いたミントグリーンのワンピースを着ている。露出の高いこのワンピースは能力を使うのに便利なのと、こういう女子力を利用した仕事の時に役に立つ。
「必要な時もあるでしょ」
「そりゃそうね」
イオルは違った意味で納得してくれたらしい。
「はい、できたわよ」
鏡に映った自分はしっかりと化粧をしていて、髪も耳の後ろ辺りで団子にして綺麗にまとめられている。私にはよくわからないが、編み込みなどもされていて見るからに複雑そうだ。
「ありがとう、イオル。あんたの無駄な女子力が役に立ったわ」
「無駄って何よ。あんたは一言余計なのよっ!」
イオルに軽くど突かれながら私は立ち上がった。
「じゃあイオル。合図するから、頼んだわよ」
私はイオルから預かった通信の石を掲げて見せる。
「注意しておくけど、できるだけ強く叩きなさい。ま、私が見逃す訳ないけど」
「頼んだわよ。じゃあレイリーズ、行くわよ」
「……はい」
レイリーズは顔を赤くしながらも、こくりと頷いた。
「私が髪の毛も化粧もやってあげたんだから、自信持ちなさい。ブルーム様にはあんまり見せなくていいわよ」
「変だから……ですか?」
「逆よ! ま、可愛いイオルちゃんには敵わないけどね」
「ほら、早く行くわよ!」
ごちゃごちゃとやっているレイリーズを急かしながら私はストールを巻いて先に部屋を出る。あまり時間がない。急いで一階に降りて第一会議室に顔を出す。
「じゃあこれから行ってくるから」
「わっ……」
顔を揃えていた男性陣が私達を見て絶句する。一様に口を大きく開けて、酷いアホ面だ。
「何よ」
「いや……これは驚いた」
いち早く普通の顔を取り戻したブルームが眼鏡をくいっと上げた。
「見違えたよ。綺麗じゃないか、ね、キース?」
「お、俺に振るな!」
耳を赤くしたキースがすごい形相でブルームに噛み付く。
「いいよ、お世辞は」
「お世辞じゃないんだけど……」
ブルームが困ったように笑った。
「イオルが髪型と化粧をやってあげたんです~! レイリーズのワンピースも私が!」
「わっ、イオル! 押さないでくださいっ!」
顔を真赤にしたレイリーズが私の横に押し出されてきた。
「へ、変ではないでしょうか……?」
「うん、レイもリコルちゃんも綺麗だよ」
ブルームが安っぽい営業スマイルを浮かべた。レイリーズは震えながら俯いた。
「いい? 作戦通り、私が通信の石でイオルに合図したらキースとベルロイはバー・クランクに歩いて来てね? それまでは何があっても来ちゃダメ。来る時も走ったりしちゃダメ。近づくまで普通に歩いて来て。私達が襲われそうになったら助けてね。難しいと思うけど……」
「わかった。でも、もし何かあったら通信の石を五回叩けよ? そうしたら通信を開いてすぐに助けに向かうからな」
「うん、お願いね」
私は作戦を確認すると、踵を返す。
「行こう。時間がない」
急いで部屋から出ようとする私に、
「気をつけろよ」
と、言うキースの声が飛んでくる。
「大丈夫、上手くやる」
「レイ、リコルちゃんを頼んだよ」
「承知しました」
ブルームの声にレイリーズが敬礼で応え、二人で部屋を出た。さて、作戦開始だ。
●守護兵団について
第四守護兵団
国境警備を任される兵団。
他国が攻め入ってこないかどうかの監視と、検問の職務を担う。




