王都にて手がかりを掴め4
バー・クランクに向かいながら私はレイリーズに再度確認する。
「レイリーズは私が誰かと喋ってる時は極力気配を消してね。余計なことは喋らないで」
「はい」
私の隣で背筋を伸ばして立つレイリーズはどう見ても綺麗なだけの女性じゃない。少しの仕草や立ち振舞から、分かる人には武の心得があるとわかるだろう。本当は誰も連れて行きたくなかったのだが、どうしても一人で行かせないというキースに負けて連れて行くことにした。
「なるべく軍人っぽいふるまいはやめてね。女性らしく、柔らかく」
「はい」
返事だけは立派だが、どうも伸ばされた背筋は曲がらない。恐らく緊張しているせいもあるのだろう。無理に言っても不自然になるだけなので、この辺りで諦める。
「会話はするけど、どうでもいい日常会話だけにするわよ。名前とか個人が特定される情報も避けて」
「わかりました。それでは私はリコルを何と呼べば?」
「うーん」
私とレイリーズの名前を聞いたところで有名人ではないので第三守護兵団と特定されるまでには至らないだろう。だが、念のため。
「じゃあリコでいいわ。私はレイと呼ぶから」
「わかりました」
レイリーズは相変わらずの固い表情で頷いた。
昼間に下見したバー・クランクにやってきた。王都の裏路地の地下にある小さな店だ。この裏路地の先には守護兵団的に言えば要警戒地区がある。表社会と裏社会の間。この店はそんな場所にある。
私は迷わず堂々とバー・クランクに入った。薄暗い店内にはカウンターの他にテーブル席が二席ある。テーブル席では痩せた男が二人で酒を飲んでいる。私は迷わずにカウンターに座った。
「……いらっしゃい」
出迎えてくれたのは初老の男性だ。細いサングラスをかけていて表情は読み取れない。
私とレイリーズは酒の入っていないカクテルを頼んだ。巻いていたストールを外して隣の椅子にかける。カウンターには他に客の姿はない。店の奥には一つ扉があり、その扉は閉じている。
「今日は……いい天気でしたね」
身体を固くしたレイリーズが私に日常会話を振ってきた。でも、そうじゃないよレイリーズ。それじゃあまりにも不自然だ。
私は苦笑いを噛み殺して、何とかレイリーズと交わせる日常会話をひねり出す。
「ねぇ、レイはあの眼鏡男のこと、好きなの?」
「へっ……!?」
レイリーズは途端に顔を赤くした。私は普段はしない優雅な仕草でくすりと笑って見せる。
「やっぱり。今日のやり取りでそうじゃないかと思っていたの」
「……お待たせいたしました」
マスターが小さな声でそっとカクテルとナッツを出してくれた。私はレイリーズから視線を逸らさないまま軽く会釈をし、カクテルに口をつけた。
「す……好きとかそういうんじゃありません。尊敬、と言いますか……」
レイリーズも必死に動揺を隠すようにカクテルに口をつけた。完全に会話に集中しているレイリーズ。これで私達は手頃なバーに恋の話をしにきた女同士に見えるだろう。
「尊敬、ねぇ。とてもそうは思えなかったけどね」
私はくすりと笑って頬杖をついた。
「どの辺りを尊敬しているの?」
「……きっかけは昔、私の命を救ってくれた方に似ていたからです」
「命、か」
レイリーズのトーンからしてきっと本当の話だろう。
「それで気がついたら好きに?」
「それは……」
伸ばしていた背筋が丸って小さくなる。
「ずっと接してきて人柄も尊敬できる方で、あぁいう方になりたい、という気持ちはありますがそれが好きと言うかは……」
人柄も尊敬できる、か。私から見たらブルームは適当で胡散臭い男にしか見えないけど。好みは人それぞれだもんな。
マスターは洗ったグラスを布で磨いている。特に私達に警戒する様子は見せていない。
「リコこそどうなんですか? その、眼鏡の方のことを……」
「好きなわけないでしょ」
もじもじとするレイリーズにそう言い放つ。心からそれはないから安心してほしい。
「本当ですか?」
「しつこい」
「そうですか……」
レイリーズは安堵の息を吐いた。
「それじゃあ、あの灰色の髪の人のことはどうなんですか?」
灰色の髪。きっとキースのことを言っているのだろう。
「好きかってこと?」
「はい」
「好きじゃ、ない。私は誰のことも好きになるつもりはないから」
「それは何故……ですか?」
「誰かを好きになる、とかそういうことは私にはあり得ないことだから。考えたこともない」
「何故……そんな」
レイリーズは悲しそうに眉を下げた。私の答えでは納得できなかったらしい。
「誰にでも誰かを好きになる権利はあるはずです。それなのに、何故?」
「男でも女でも、誰かを好きになったり好きになられたりすることって、私にとっては別世界の出来事なんだよね」
例えばブルームとキース、アルロの関係のような。恋愛であっても友情であっても、どれも私に起こることのない出来事。
「そういう経験もないからさ」
テーブル席に座った二人組が勘定をして出ていこうとしている。他の来客もなく、マスターは新たな酒を作る気配もない。
レイリーズは神妙な面持ちで黙り込んでしまった。自分のことを話しすぎたかもしれない。
「リコは……不思議です」
グラスをいじりながらぽつりとそんな言葉を落とした。
「私が今まで出会ったことのない人です。得体が知れなくて怖いし、腹立たしくすら感じるのに……でも、」
グラスに落とされていた視線が私の方を向いた。
「今は貴女のこと、知りたいと思っている自分もいます」
綺麗な青い瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
「リコのこと、好きになれるよう努力します」
「いいよ。努力してなるもんでもないでしょ」
「いえ、私がなりたいんです」
あまりに真っ直ぐな瞳に思わずたじろぐ。
「もっとリコのことを知ってもっと親しくなりたいです」
「……同情?」
「……ないとは言い切れません。でも、それだけじゃない、近づきたい魅力がリコにはある。だからこそ、リコは眼鏡の方達にここに呼ばれたんだと思います」
真っ直ぐな瞳の裏に何があるのだろう。思わず手を伸ばして確かめたくなる。いや、手を伸ばさなくても少し身体を揺らして腕に触れればいいだけだ。
それを私はできない。したくないと思った。勘違いなら勘違いで良い。たまには言葉通りに受け取ってみようか、と。
「ふふ、変な人」
「そんなことありません」
レイリーズが少し頬を膨らませると可愛らしくなる。普段凛々しい分、別の面を見るとドキリとする。そういう表情をブルームにしてやれば、少しは彼もなびくのではないだろうか、とぼんやりと思った。
●守護兵団について
第五守護兵団
ユーロラン帝国の5つの地方(ベルサロム、ミョルン、パリス、フィデロ、ブグダンジー)にそれぞれ配置される治安維持部隊。
守護兵団内では通称ダメ五と呼ばれ、魔力や能力値の低い者が配属される部隊として蔑まれている。
それぞれの地域の自警団と協力して治安維持任務に当たるが、国境付近の警備は第四守護兵団が行うし王都に関わる重大事件は第三守護兵団が出て来ることもあって、兵士もやる気のない者が多い。
ただ、ブグダンジーだけは住民の人柄も影響して、鉱夫の仕事の手伝いを頼まれるために実質鉱夫としての作業が多いので、ある意味で真っ当に仕事はしているようだ。




