■第99話 散歩
『タケ・・・? どしたの?』
なんとなく様子が可笑しいタケを、リコが玄関ポーチの段差に座り直して覗き
込む。先程までコースケ達と一緒にビールを飲んでいたタケの背中を、そっと
さすってみるリコ。
『もしかして、酔っぱらった?
・・・気持ち悪い・・・?』
すると、タケが背中をさするリコの白く細い手を優しくほどいた。
『大丈夫だよ』と微笑むその顔は、なんだか心からは笑っていない感じがして
リコは増々心配になり、その目の奥の本心をさぐろうとじっと見つめる。
真っ直ぐ見られてタケは弱々しく目を逸らした。
リコは『お水、持ってくるね。』と一旦室内に戻ろうと、段差に手をついて立
ち上がろうとしたその時、一拍早くタケがその手を掴み立ち上がった。
(リコは・・・ 中に戻ったら、どうせ・・・。)
1秒もリコから離れたくなくて、タケは咄嗟にリコの手を引くと室内に戻さな
い口実を必死に考えあぐねる。
そして、ふと目を上げた時に広がった藍色の夜空に目を細めた。
『ちょっと散歩行かない? ふたりで・・・。』
星が満天の高い夜空を仰ぎながら、リコとタケは住宅街を散歩していた。
上着を羽織っていない二人が寒さに体を震わせながら、辿り着いた場所。
それは丘の上のお寺の境内だった。
リコがスケッチをした場所。コースケに気持ちを打ち明けた場所。
そしてコースケを困らせて逢えなくなったその場所は、中学時代にタケとナチ
の三人でよく来た思い出の場所だった。
『夏はよくここで花火したよなぁ~・・・。』
タケが懐かしそうに目を細めて呟く。
三人で手持ち花火をした夏のはじめの夜。
コバルトブルーの紫陽花が咲き誇るその境内に、3人、顔を揃えてしゃがみ込み
ロウソクに火を灯すと、3人の嬉しそうに笑う顔がほんのり浮かび上がった。
生ぬるくそよぐ風に、花火の煙が白く優しく流れる。
火薬のにおいは煙とともに、そこかしこにまとわりついた。
手持ち花火の閃光に、リコのはしゃぐ顔が暗闇に浮かび上がる。
リコもナチも、子供のように花火を振り回し、煙の残影でハートの形を作っては
笑い合った、あの夜。
『落ち葉集めて焼き芋焼こうとして、住職さんに怒られたよね?』
リコも思い出し笑いをした。肩をすくめてクスクスと愉しそうに笑う。
目を細め遠い過去の話をするようなその横顔が、なんだかとても寂しく感じる。
タケはそのリコの微笑む顔を見ながら、ポツリと呟いた。
『リコは、少し変わったな・・・。』
そう言われ、驚いてパチクリと瞬きをしてタケの顔を見るリコ。
確かにあれから3年経ったけれど、自分では然程変わったつもりなどなかった
のだから。
『どんな風に~?
大人になったとか?
・・・ぁ、キレイになったとか~ぁ??』
リコが敢えて大仰にふざけて返すと、タケが少し寂しそうに目を伏せた。
『確かに・・・
あの頃より、キレイになったな・・・。』
急に真面目な口調でそんな事を言われて、リコが少し狼狽える。
昔はお互い絶対に褒めたりなんかせず、邪険にけなし合っては笑っていた仲だ
ったのに。
『ちょっと、タケ・・・
どうしたのよ~? ・・・さっきから、なんか変だよ??』
リコが眉尻を下げ困り顔の笑顔を作って、タケに努めて明るく話し掛ける。
しかし、タケは寂しげな視線で虚空を見つめて黙ったまま。
ふたりの間に妙な空気が流れるまま、ただ時間が過ぎた。
(僕は、リコのことが・・・。)
タケの胸の中に今にも溢れそうな想いが込み上げる。
喉の奥がつかえて息苦しくて、熱い飲み物を飲んだ時のようにみぞおちの辺りが
ジリジリと熱を持つ。
(言ったら、どんな顔するのかな・・・
ビックリして、困った顔して・・・ 最後は謝るのかな・・・。)
タケがひとつ息を呑む。そして重い口を開いた。『リコ・・・ 僕・・・』
その時、
『リーーコォォオオ! ターーケェエエエ!!』
ナチが二人の名を叫ぶ声が暗い住宅街にこだました。
何処かに行ったまま戻らない二人を、ナチが心配して探しに来たのだった。
境内にその姿を見つけるとナチが猛ダッシュで走ってやって来て、二人の間に
突進しリコとタケの間に無理矢理割って入る。そしてナチは二人の腕をガッチ
リ腕組みすると、ぎゅぅっと力を込めて決して離さなかった。
『ズルいじゃ~ん、ふたりで~ぇ!
・・・私も輪に入れてよねぇ~~!!』
そう言ってリコとタケの顔を交互に睨む、ナチ。
『ふたりでナンの話してたのよぉ~?』と、子供のように駄々捏ねて絡むナチ
にタケが笑って言った。
『ナチの悪口言ってたんだよ。 ・・・なぁ?』
イタズラな笑みでリコに同意を求める。リコも、慌てて笑顔を作り『うんうん』
と頷いた。
タケが言い掛けた言葉が無性に気になっていた。
何かモヤモヤしたものが、リコの心に生まれていた。




