■第100話 棘
『モテる男はツライねぇ~。』
月明りに照らされた静かな夜道を歩きながら、リュータはコースケにわざと聞こ
えよがしに言う。
手巻き寿司パーティはお開きとなり、二人はコースケの自宅へ帰るために坂道を
下っていた。
ナチはそのままリコの家に泊まり、引き続きタケを交えた三人で夜通し語り合う
んだと鼻息も荒く張り切っていた。
リュータの松葉杖の歩行スピードに合わせて、ゆっくり慎重に進む帰り道。
杖の先端ゴム部分がアスファルトに擦れた音と、コースケのスニーカーの靴底の
それが歯がゆいくらいにのんびりと住宅街に響き渡る。
『・・・なんだよそれ?』
コースケが少しムっとしてリュータに聞き返す。
普段リュータに対してもあまり負の感情を表すことがないコースケの、その明ら
かに苛ついた反応に、リュータは内心一瞬驚きそして呆れたように眉根を寄せた。
そして小さく鼻で笑うと、肩をすくめながら『別っに~ぃ。』と、はぐらかして
松葉杖を付き片脚を前に出してノロノロと気怠く歩く。
『・・・タケのことだろ?』
コースケが実はあまり口にしたくなかったその固有名詞をこぼす。
コースケは気付いていた。タケの自分への棘のある攻撃を、気付いていてなんと
か巧くかわそうとしていたのだった。
いつもは鈍くて鈍くて呆れるくらいのコースケが、タケのそれに気付いていた事
にリュータは驚いていた。そして驚くと同時に、そこに ”リコ ”が関わってい
ることに対してはどう感じているのか、気になって仕方が無かった。
『・・・タケ、大丈夫なのかね?』
リュータが真顔で呟いた。
そしてチラリ横目でコースケの様子を盗み見ながら、続ける。
『まぁ。 お前に敵対心ムキ出しなのは、別にアレだけどよ~・・・
好きな女とひとつ屋根の下で暮らすって、
実際、ケッコーォしんどいと思うけど。
・・・俺なら。』
コースケは黙って前を向いたまま歩き続ける。
『リコは、お前の事しか見えてなくて~・・・
・・・タケ。 あの調子ならきっと、中学ん時からだぞ?』
『・・・。』 尚も黙ったままのコースケ。
リュータが目線を遣るも、その横顔は必死に感情を出すまいと堪えている様な
それ。しかしせわしなく繰り返す瞬きが、心中の動揺を表している。
『これが。
リコがお前と付き合ってるとかなら、まだ諦めも付くだろうけど・・・
お前は、イイ奴ぶってニコニコしてるだけで
リコをゼンゼン好きじゃない、と来ちゃあ~
・・・そりゃあ。 タケの心中、穏やかじゃねぇよなぁ??』
その言葉に、コースケが即座に反論した。
ゆっくり前進していたスニーカーがピタリと止まり、ガバっとリュータへ向く。
奥歯の食いしばる強さが、その引き締まった頬に強張りとなって現れる。
『別に、好きじゃないなんて言ってな・・・』
『なら、好きなわけっ?! 受け止める気持ちあるわけっ?!』
間髪いれず、リュータが強い口調で突っ込んだ。
コースケを睨むように目を眇めると、互いの鋭い視線が火花を散らしぶつかる。
リュータの脳裏に、リコの ”もう、2回もぶつかって玉砕してるのよ・・・ ”
と寂しそうに呟く横顔がよぎっていた。
コースケはまたしても黙ってしまった。
そのやり切れない感じのコースケの眼差しを目に、リュータは一気に切なさが
込み上げる。
コースケの諸々の事情は誰より知っている。
知っているけれど、知ってるからこそ、コースケ自身ラクになって欲しいと
リュータは一番近くで見ていてそう願っているのだ。
『タケが押しまくってリコの気持ちを動かしたとしても、
お前には、なんにも言う権利は無いんだからな?
俺は・・・ リコにも、いっつも笑っててほしい。
・・・ちゃんと幸せになってほしいんだよ・・・。』
リュータが真剣な口調で言った。
敢えて ”リコにも ”と言った。その後にもう一人の名前が続くことに鈍い
本人は気付いているのだろうか。
(気付いてねぇだろうな。) かぶりを振ってリュータは哀しげに微笑む。
コースケはしかめっ面で考え込むように、それから一言も発せず歩き続けた。
その頃、リコの部屋で三人は尚もしゃべり笑い合っていた。
話しても話しても話し足りない。一向に話は尽きない。
寝る時間も惜しいくらい、懐かしい三人の時間を楽しんでいたのだった。
『ねぇねぇ! タケは、彼女とかいなかったの?』
ナチが懐かしい思い出話から突如方向転換し、身を乗り出して訊く。
突然のそれに、タケは少し照れながら困り顔を向ける。
『・・・な、なんだよ。 急に・・・。』と、あからさまに戸惑って濁した。
逃げたところでどこまでも追及するナチは、更に前のめりになって同じ質問を
繰り返した。仕舞にはタケの肩を掴んでぐわんぐわんと揺らして、強硬手段で。
すると、観念したようにひとつ息をついたタケ。
『・・・もうずっと前から、好きな子がいるよ。』
真っ直ぐリコを射るように睨んで、タケが静かに言った。
その刺さるような視線と抑揚のない声色に、リコは慌てて目を逸らす。
リコの胸が急に、棘が刺さったように痛みを発した。




