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■第101話 留守の部屋


 

 

 『今日は取り敢えず履歴書かいて、片っ端から連絡してみるよ。』

 

 

 

タケが求人誌片手に、張り切った様子を見せる。


片手で丸めて握ったそれを上げて肩に当て、ポンポンと叩いて少しイタズラに

頬を緩めて。


リコは短大が始まるまでのあと数日間、相変わらずスケッチブック片手に出歩

くつもりだったので、タケの相手が出来ない事を少し気にして申し訳なさそう

に眉根をひそめる。

 

 

 

 『じゃぁ、ずっと家にいるの? ・・・一人で平気?』

 

 

 

リコの過保護な一言に『子供じゃないんだからさぁ~!』と、タケが笑った。


それでもなんだか後ろ髪を引かれた様子のリコに、タケは可笑しそうに眉尻

を下げ『描いて来いっ!描いて来いっ!』と、その細い背中を両手で押して

玄関ドアから出すと、手をひらひら振って送り出す。

 

 

『なんかあったら連絡して!』とリコがケータイを持った手を笑顔で振り返

し坂道を下って絵の練習に出掛けて行った。

 

  

 

 

 

キッチンで朝食後の食器洗いをしているリコの母ハルコの背中が目に入る。


背は小さいけれど丸くて柔らかそうな、まるでドラマや漫画にでも描かれる

ような典型的な ”お母さん ”の背中。

タケはそっと嬉しそうに微笑むと、静かに隣に立つ。そしてすばやく布巾を

取ると、洗い終わってカゴに伏せられた濡れた食器を拭きはじめた。

 

 

 

 『あら! 手馴れたもんねぇ~。』

 

 

 

ハルコは何も言わずに手伝ってくれるタケに優しく目を向けると、嬉しそう

に微笑んで褒める。


ハルコの言葉には、嘘も大袈裟な感じもない。真っ直ぐ染み入るようにタケ

の弱く柔らかい部分を包み込む。

 

 

タケは肩をすくめると、『ずっと家事もやって来たからね。』と、どこか寂

しそうに小さく笑って呟いた。かすかに震えた、色褪せたような声色。


すると、ハルコは濡れた手の水気をエプロンで拭くとタケの背中に手を当て

る。そしてすっかり男っぽくなったそれを、手の平でポンポンと叩いた。

 

 

 

 『タケ君はいい経験をしてきたわね。

 

 

  お茶碗を洗う大変さを知ってる人と知らない人とでは、


  ご飯を食べる時の感謝の気持ちが全然違うものよ。

 

 

  タケ君のお母さんに感謝しなきゃね・・・。』

 

 

 

そう言って微笑むハルコが、タケは大好きだった。

この家族の一員になれたらどんなに良いだろうと、心から思った。


もし願いがひとつだけ叶うのならば、迷いもせずにハルコの子供になる事

を選ぶだろう。幼い自分がハルコに溢れるほどの愛情で包まれるそれを思

い浮かべ、決して叶うことのない夢のまた夢に小さく苦笑いをした。

 

 

午後からハルコがクリーニングを取りに出かけると言うので、タケが代わ

りに行こうかと申し出る。なにか少しでも役に立てることがないか、タケ

は常に目を凝らして、自分でも気付かぬうちに神経を張り巡らせていた。

 

 

すると、『そんなに気を使わなくていいのよ。』とハルコはやさしく諭す。

 

 

 

 『タケ君はもっと自分のことを頑張っていいのよ。


  もっと、自分を大切にしていいの・・・。』

 

 

 

そう言って微笑んだハルコをタケは玄関先で見送った。


バタンと玄関ドアが閉まると突然閉塞感が込み上げ、家にひとりぼっちだ

と感じた。

 

 

 

  (自分ん家だとひとりに慣れ過ぎて、


   こんな風に感じたことなんか無かったのにな・・・。)

 

 

 

タケは、ひとり留守番をしながら、履歴書がきを進めることにした。


誰もいない物音ひとつしない静かなリビングに、ペンが紙面の上を進む小さ

な音だけが響く。


しかし、その音はすぐにやんだ。

高卒のタケには書くほどの履歴もたいして無かった。

 

 

 

  (こんなんで何の仕事が出来るって言うんだよ・・・。)

 

 

 

改めて自分の履歴を目にし窒息しそうな程の絶望感と焦燥感に、気付かぬうち

に溜息が漏れ、ダラリと力無く頭をうな垂れる。


かと思うと苛ついたように握ったペンをカツカツと高速で紙にノックし、今ま

で丁寧に書き進めていたそれに意味の無い黒点が付けられた。

 

 

ふと我に返ったようにペンを持つ手を置くと、フラフラと家の中を歩き回りは

じめたタケ。なんとなくその足は2階のリコの部屋へ向かっていた。

 

 

2階の廊下に並ぶ、リコの部屋のドアノブに手をかける。


一瞬、罪悪感が顔を出し手を離した。

しかし、リコがコースケに微笑みかける柔らかい表情を思い出し、再びドアノ

ブを握った手をゆっくり回した。

 

 

主の居ない部屋はシーンと静まり返っていた。


キレイに掃除されきちんと整頓された、リコらしい可愛い部屋。

ほんの少しリコの甘いにおいがする気がして、タケは沓摺で立ち竦んだまま

目をつぶって鼻から息を吸った。

 

 

ゆっくり慎重に室内へ進むと真っ直ぐリコのベットへと向かう。

そしてそれに静かに腰掛けた。花柄のベッドカバーがタケの重みで軋んで沈む。

部屋をゆっくりと見渡した。


すると、机の上に飾ってある3つの写真立が目に入る。

 

 

ひとつは、家族写真。

ひとつは、中学時代のタケ達との写真。

 

 

コースケ達との写真が目に入り、タケはベッドから立ち上がって机の前に移動

すると、そっとそれを手に取った。

 

 

 


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