■第93話 懐かしい顔
『・・・リコ、だよな?』
駅で電車を降り少し混雑するホームを歩くリコに背後から呼びかけて来た
その低い声。それは聞き覚えのある、なんだかやけに懐かしいそれで。
人が行き交うホームの真ん中で立ち止まり、リコは一瞬その声の思い出を
さぐると、息を呑んで目を見張り声の主へと大きく振り返る。
『・・・タケっ!!!』
リコは少し声が裏返りながらそう呼び返すと、あまりの驚きで鳩が豆鉄砲
を食ったような顔で固まり、じわじわ後から込み上げる喜びで顔をくしゃ
くしゃにして頬を高揚させた。
駆け寄って来たリコに思いっきり腕をつかまれ、興奮気味に揺らされて、
タケのオリーブ色のアウターのラクーンファーが付いたフードまでがその
振動で揺れる。そして、矢継ぎ早な質問攻めが始まった。
『どうしたのっ? こっちにはなんか用があって来たのっ?』
『今、なにしてるのっ? 進学っ? もしかして就職っ?』
『って言うか、何してたのよぉ~。 連絡くらいしなさいよ~!』
『私は今も、ナチとしょっちゅう会っ・・・』
息継ぎも忘れたかのようにその口から飛び出す質問が止まらないリコを、
やわらかく笑いながらタケが制した。
リコに掴まれた腕を優しくほどいて、その懐かしい華奢な指先を少しだけ
握り返すと、もう一度微笑んでそっと手を離す。
『そんな一気に訊かれても答えられないよ・・・
ってゆうか。 答える隙を与えてくれよ、少しは・・・。』
そう言って、タケが愉しそうに声を上げて笑った。
あの頃のまま、穏やかで優しくて心地のよいその佇まい。
あまりにまっしぐら過ぎた自分の見境ない行動に、リコもちょっと照れ臭
そうに微笑んだ。
タケは中学時代の友達だった。
当時、リコとナチそしてタケの三人でいつも一緒にいた。
男とか女とか関係なく、毎日三人でよく笑い合っていたのだった。
しかし中3の終わりに突然タケが転校をする事になり、手紙を書くという
約束も果たされないまま連絡が取れなくなり、それ以来一度も会えずにい
た。複雑な家庭の事情があったタケを、リコもナチもずっと心配していた
が何も出来ないまま時間だけが経っていたのだった。
『ねぇ、タケ。 ・・・時間ある?』
リコは嬉しくて仕方ないほころんだ顔で小首を傾げ訊ねると、まるでタケの
答えなど最初から聞くつもりなど無かったかのように、ぎゅっとその腕を取
り引っ張るように足早に歩き出した。
『ただいまぁ~・・・
お母さぁぁああああん、タケだよ! タケっ!!』
リコはタケを自宅に連れて帰った。
玄関で叫ぶその声に、母ハルコが菜箸片手にバタバタと慌ててキッチンから
走って来る。甘辛い匂いがほんのり漂っているという事は、今晩は煮物かな
にかだろうか。タケは数年ぶりのリコ自宅のその家庭的なにおいと雰囲気に
泣き出してしまいそうになる胸の震えを必死に堪えていた。
『タケ君なのっ?!
ほんとにほんとに、本物のタケ君??
・・・あら、やだもぉ・・・ 元気だったのぉ??』
まくし立てるように一気に言い切ると、ハルコは少しの迷いもなくギュっ
とタケをその胸に抱き締めた。
それはまるで久々に会った息子のように、強く優しく。
ハルコの肉付きのよい柔らかい二の腕が、タケの痩せた体をあたたかく包み
込んでその優しい温度に溶けてしまいそうで。
そして、小さく呟いた。 『心配してたのよ・・・。』
ハルコの声には、ほんの少し涙がはらんでいた。
タケは当時ナチとよくリコの家に遊びに来ていて、母ハルコには特に可愛が
られていた。複雑な家庭環境のため、家庭の温かさを渇望していたタケにと
ってハルコは理想に描く母親像だった。
そんなタケを、ハルコもまるで本当の息子のように気にかけていたのだった。
『こっちにはなんか用があって来たの?』
タケを抱き締めて離そうとしなかったハルコが、タケの頬に浮かぶ困ったよ
うな照れ笑いに気付き、そっと寄り添った体を離して覗き込むようにその男
っぽくなった顔をまじまじと見つめ、訊く。
それはリコが聞いた質問と全く同じで、リコとタケが顔を見合わせて笑った。
丁度夕飯時だった為、嬉しい来客タケをまじえてみんなで夕飯を食べながら
あの頃の懐かしい話に花が咲く。
時間を忘れ、たくさん喋ってたくさん笑った。
しかし楽しい時間なはずなのに、どことなくタケが沈んでいるような気がし
てならない。
リコはチラっとタケの様子を横目で盗み見る。
(何か、あったのかな・・・。)
すると、リコの心配そうなその視線に気付いたタケが、寂しげに少し笑い
ながら呟いた。
『こっちに戻って来たいんだ・・・ 僕。』




