表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
94/227

■第94話 タケ


 

 

タケが、こっちに戻って来た・・・

 

 

本来なら飛び上がりたいくらい嬉しい事なはずなのに、タケの様子から

無条件で喜ばしい事ではないと直感的に感じる。

俯いたままのタケが二の句を継ぐのを、リコも母ハルコもただ黙ってそ

っと待っていた。

 

 

リビングの付けっ放しにしたテレビからバラエティ番組の大袈裟な笑い

声が流れている。場違いな大仰なそれに、リコは立ち上がってリモコン

を手に取るとテレビの電源をオフにした。

 

 

タケはそんなリコの背中を流し見ると、静かに口を開いた。

  

 

 

 『母さんが、また別の男と暮らすらしくて・・・

 

 

  家、出てきたんだ・・・ 


  ・・・働いて、僕一人でやってこうと思って・・・。』

 

  

 

そう言うタケの顔は笑っていた。

なんだか泣いているみたいに、哀しく笑っていた。

 

 

タケが中学の時に引越したのも、母親の問題からだった。

『母さんを一人には出来ない』と、タケは大好きなこの街を離れたのだ。

  

 

しかしそんなタケも18歳になり、いい加減母親の犠牲にならず自分の

人生を歩もうとして真っ先に強く思ったのが ”あの街に戻ろう ”とい

う事だった。リコ達と過ごした街に・・・

 

 

ただ戻りたいという気持ちだけで、カバンにほんの少しの洋服を詰めて

飛び出して来たタケ。


これからの事などまだ何一つ決まっていない状態で、ただただこの街へ

向かう電車に飛び乗った。車窓から見える景色がだんだん懐かしいそれ

に変わる頃、不安だらけのざわざわする胸は少しずつあの温かさに包ま

れていった。

  

 

すると、眉根を寄せ口をつぐんで考え込んでいたハルコが、自分自身で

納得するようにコクリとひとつ頷くと、静かに口を開いた。

 

 

  

 『お母さんとは、ちゃんと話し合って来たの・・・?』

 

  

 

タケがゆっくり首を縦に振る。

 

 

  

 『もう18なんだから、


  後は好きに生きてけって言われたよ・・・。』

  

 

 

そう呟いて、どこか投げやりに小さく笑う。

 

 

リコは今にも泣きそうな顔で、タケを見つめる。


やり場のない思いに、膝の上で握り締めた手に力がこもる。

タケに何かしてあげられる事はないか、必死に考えていた。

必死に、懸命に、タケが少しでも幸せになれる方法を。

 

 

しかしタケ同様、まだたった18歳のリコには最善の策など何も浮かび

はしない。ただ近くにいて一緒に笑い合うことぐらいしか。無力な自分

を痛感し、リコは途方に暮れたように情けなく目を伏せる。

 

 

すると、

 

 

 

 『そう・・・ ぅん、分かったわ。


  じゃぁ、タケ君。 暫くウチに下宿しなさい!』

  

 

 

暫く黙っていたハルコが、いつもの大らかな全てを包み込む笑顔で言っ

た。両の手の平を叩いてパチンと鳴らすと、まるで夕飯のメニューが決

まったぐらいの軽快なトーンで。


リコもタケも、驚いて目を見張り声も出ない。

 

 

そんなハルコは続ける。

  

 

 

 『いくら18になったからって、身ひとつで出て来て、


  住む所も仕事もまだ何も決まってないのに、


  何が出来るって言うのよ?!

 

 

  取り敢えず、ウチで寝泊まりして、先の事を考えたらいいわ。

 

 

  ウチには使ってない部屋がひとつあるから、そこを使いなさい。


  もちろん食事も一緒よ。

 

 

  タケ君は、元々家族みたいなもんなんだから・・・。』

 

 

 

自信満々に言うハルコ。


それは押しつけがましさなど無いのに、何故か有無を言わせない説得力が

ある。リコは母のこういう豪快であたたかい性分が大好きだった。

  

 

 

 『リクも、一緒にゲーム出来るお兄ちゃんが出来たって喜ぶわ!』

  

 

 

そう言ってチラリと弟リクへと視線を流す。


三人の話し合いの輪から少し離れた所で漫画を読んでいたリクが、盗み

聞きしていた訳ではないけれど聞こえていた話に、照れくさそうに笑う。


リコもハルコも、理屈なしにタケが帰って来た事を純粋に喜んでいた。

  

 

  

タケは下を向いたまま、暫く動かなかった。


鼻をすする音が、不規則に小さく響きはじめる。

そんなタケの心許なく丸まった背中が小刻みに震えると、ハルコはそっ

と温かい手を添え、優しく優しく撫でた。

 

 

ジーンズの膝のあたりに雫が落ちて、小さく濃紺の跡を付けた。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ