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■第86話 2週間前のこと


 

 

それは、今から2週間前のこと・・・ 

  

 

その日、リュータはいつもの様にバイト先へ向かう為にバイクに乗って出

掛けた。あまり積もるほど雪は降らないこの街の風景が、今シーズン初め

てうっすら白くやわらかく包まれていた。


玄関ドアを開けた瞬間、忌々しくさえ思える初雪にバイクに跨るのは諦め

ようか迷い、しかしこの程度ならすぐ溶けるだろうと予定通りキーを回し

てエンジンをかけた。

 

 

あれからコースケは毎日忙しく、リカコもさっさと一人で海外に旅立って

しまった。仲間達がどんどん自分の道を見付けて前進する姿を目の当たり

にして、焦りが無かったといえば嘘になる。


少しでも何かしなければと躍起になり、知人の紹介で好きな車やバイク修理

のバイトを始めていたリュータ。

 

 

少しずつ日が傾きはじめていた夕暮れ前の時間帯、街は帰宅ラッシュには

まだ早かったが学校終わりの学生の姿は多く見受けられた。

 

 

信号待ちで止まっていると、ナチと同じ学校の制服を着た女子高生が数名

で楽しそうにしゃべって笑いながら歩いているのが向かいの歩道に見える。

何がそんなに楽しいのか、道端で肩を小突き合ってお腹を抱えて笑って。

 

 

 

  ふと、ナチの事を考えていた・・・

 

 

 

ナチもリコと二人でよく、何が面白いんだかさっぱり分からないような話

をしては涙を流して大袈裟に笑い転げていた。お日様みたいにキラキラに

眩しく、豪快に口を開けて笑うナチの顔が心に浮かんだ。


そんな事を思い出して、自然に頬は緩む。切なげに小さくついたため息が

ヘルメットの中で行き場なくくぐもった。

 

 

そっと顔を上げると信号が青に変わったのが目に入った。

リュータは握り締めるグリップをひねり、バイクを進めようとした、その時。

  

  

  

  (ナチ・・・・・?!)

 

  

  

何気なく流した視線の先、遠く斜向かいの歩道にナチの姿が見えた気がした。

ナチの、あの、栗色で癖っ毛のクリクリの髪が。 

 

 

 

  (今の・・・ ナチじゃ・・・・??)

 

  

  

そう思い気を取られて余所見をしていた時、後続車から進行を急かすクラク

ションを鳴らされ慌てたリュータは、グリップを思い切り回して急発進。


リュータを乗せたバイクは空回りする低いエンジン音を轟かせ、真っ直ぐ吸

い寄せられるように道路脇の電柱めがけ突っ込んで行った。


『ヤバイ』と思った瞬間ハンドルを切った為、真正面からの衝突は防げたが

左半身は強打し、鈍い痛みを感じた瞬間・・・その後の記憶はとんだ。

 

  

 

  

 

  『リュータさん? リュータさん?!』

  

  

 

次に目を開けた時、一番最初に飛びこんで来たのはナチの顔だった。


あんなに逢いたくて逢いたくて、でもほんの少しの勇気がなくて逢いに行け

なかったナチが目の前に。

 

 

1年ぶりのナチは、以前より髪の毛が伸びていた。


栗色の癖っ毛はそのままだけれど、顎あたりの長さだった毛先は今は肩に触

れて優しく揺れている。ほんの少しだけ大人っぽくなった、ナチ。

 

 

 

 (さっきの子は、人違いだったんだなぁ・・・。)

 

 

 

リュータは、いまだぼんやりする頭で思っていた。

一瞬の余所見なんかでこんな事になってしまって、自分に呆れ情けなく眉根

をひそめる。

 

 

あちこち体中は痛むけれど、それよりなによりナチがあまりに強く握り締め

てくれる手が正直なところ結構痛くて、しかしその何百倍もあたたかい。

 

 

 

 (俺。 まさか、死んだわけじゃねぇよな・・・。)

  

  

  

 

  

 

   『髪・・・ 伸びたなぁ・・・。』

 

  

  

 

たどたどしく口を開き第一声そう呟くと、ナチがぽろぽろ涙をこぼしながら

真っ赤な顔で猛烈に激怒した。全身で怒って、ぐしゃぐしゃになって泣くそ

の姿を見て、リュータは改めて思った。

  

  

 

  (やっぱ、本物のナチだ・・・。)

  

  

 

怒って弾かれたように病室を飛び出したナチの、小さく遠ざかるブーツが立てる

足音を聴きながら、リュータは目を細めて口元を緩める。

 

 

 

  (・・・初雪も、悪くねぇなぁ・・・。) 

  

 

 

ジーンズのポケットから、ボロボロになった御守りが出て来た。

 

 

 


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