■第87話 退院
リュータは無事、退院する日を迎えた。
人生初の入院は、引っ切り無しに見舞ってくれる友人たちのお陰で寂しい事もな
かった。なにより、無事志望校に合格したナチが毎日毎日やって来ては、朝から
晩まで笑わせてくれたのがリュータにとって本当に大きかった。
骨折してしまった脚をギブスで固め、まだ暫くは松葉杖での生活になる。
しかし、リュータは一人暮らしでしかも自宅は坂の上にある。唯一の公共交通機
関であるバスも坂下の大きな車道までしか通っていなかった為、松葉杖でそれを
上り下りして自活するのはどう考えても不可能に近かった。
一時的に実家にでも戻るしかないかと、本当は一番選びたくないその選択肢に苦
い顔をつくってうな垂れたリュータへ、退院の付添でやって来てくれたコースケ
がさも当たり前という感じで言った。
『俺ん家に、暫く生活する為のお前の私物。 もう運んであるから。』
耳に聴こえたその言葉に、リュータは呆気にとられていた。
『俺ん家へ来ないか?』でもなく『私物運ぼうか?』でもなく、なんの断りも
相談もなく『運んであるから。』
思わず吹き出して笑ってしまった。
心の底から有難くて嬉しくて、でもその遠慮なしの距離がどこか照れくさくて
リュータは緩む頬を隠しポツリと呟いた。 『佐川男子か、お前。』
その日から、松葉杖がとれるまでの間コースケとリュータの奇妙な同居生活が
始まった。元々愛猫あおいもコースケの所で預かってもらっていたので、なん
の心配も無かったというのが正直なところだった。
2階の6畳の部屋にコースケはベット、リュータはその足元に布団を敷いて寝
起きし食事はコースケの家族と一緒に居間で食べた。バイトもこの足では行け
ないので、コースケの留守の間もリュータは家の中にいる事になる。
歩行練習も兼ねて、リュータは園の手伝いが出来ないかとふと園児がいる昼間
の時間帯に遊戯室に行ってみた。
丁度そこは紙芝居の時間だったようで、保育士が園児の輪の中心で話を聞かせ
ているところだった。キャラクターのエプロンをしたジャージ姿の若い保育士
が少し大仰な程に感情豊かに、紙芝居をめくり昔話を繰り広げる。
その園児の輪から少し離れた所にぺたんと座り込み、なんとなくリュータも話
を聞いていた。
すると、 『ねぇ。 あし、いたいの?』 男児が一人、紙芝居の輪から抜け
てリュータの元へ近寄り、小首を傾げてギブスの足を不思議そうに見ている。
その子はリュータの目の前でしゃがみ込むと、紅葉のような小さな手をギブス
にのせて優しく優しく撫ではじめた。
『いたいの いたいの とんでけ~ぇ!』
そう言って一生懸命に幾度も撫でる男児。リュータはやわらかく微笑んでサラ
サラの髪の毛が天使の輪を作る頭を撫でると、『ありがとな。』と呟いた。
褒められて得意気な男児は、リュータの脚と脚の間にちょこんと座る。
思わずリュータもその子が愛しくなってしまって、後ろから抱っこするように
手を回して抱え込み、一緒に紙芝居を見ていた。
しかし、男児は紙芝居そっちのけで顔だけ振り返り、リュータに質問をする。
『なんで、あし いたくしたの?』
『ないた?』
『ちゅうしゃ した?』
矢継ぎ早なそれにリュータは我慢しきれずぷっと吹き出し、頭をガシガシ撫で
ながら事故の話を男児に聞かせた。
リュータがコースケの所に居候している話を聞いたリコとナチが訪ねて来ている
事など何も知らないリュータだった。




