■第83話 コースケとの待合せ
『今、どこ・・・?』
急に電話をかけてきたコースケが、そっと訊ねる。
リコは思ってもみなかった突然の電話に、絵に描いたようにただただ慌て
狼狽えた。
『今・・・ えぇと。 合格発表の、帰りで・・・
・・・道を、歩いて、ます・・・。
えーぇっと・・・
ここ、何処・・・だろ・・・・・・・
なんて説明したら、いいのかな・・・
駅の近く・・・? そんな近くもないのかな・・・。』
あまりのシドロモドロ具合に、コースケが電話口で吹き出し大笑いした。
リコもそれにつられて恥ずかしそうにケラケラと笑い出す。
『ほんとに、おめでとう・・・
リコちゃん、すげぇな。 頑張ったんだな・・・。』
コースケにそんな風に褒められて、リコは嬉しくて嬉しくてたまらなかっ
た。別にコースケの為に美術学校に進んだわけでも、コースケに褒めても
らう為でも無かったけれど、純粋に真っ直ぐその言葉は胸に響く。
すると、ケータイを当てたまま目を細め嬉しそうに俯くリコに、コースケ
が急に先程までとはまるで違う真面目な声色で言った。
『今から少し時間ある・・・?』
その一言に、リコの胸が途端にギュっと痛み縮み上がる。
ケータイを握る手に無意識に力が入り、押し寄せる言いえぬ不安にリコは
哀しげに目を伏せた。
待合せた場所は、いつものファミレスだった。
先に到着したリコは、窓際の席でコースケを待つ。ため息がちに窓からの
景色をぼんやり眺めた。まだ昼前の街並みは、仕事中のサラリーマンの姿
や荷物を運ぶ作業着の男性など、気忙しくどこか苛立っている様に見える。
これからコースケに逢えるというのに、リコの胸は切なく痛んだ。
コースケの言いたい事は分かっていた。
生真面目なコースケのことだから、”あの時 ”の事をきちんと謝まろう
とでも思っているに違いない。困ったような情けない顔を向け、申し訳な
さそうにリコに哀しい目を向けるコースケが頭に浮かんだ。
しかし、リコはもうあの時の話はして欲しくなかった。
あの時、胸に秘め続けた素直な想いを伝えられてスッキリと心が軽くなっ
てそれで良かったのだ。勇気を出して伝えられただけで、それだけで。
次第に憂鬱になってゆくリコ。
窓の外へ目を向けるも、その目はコースケの姿が見付からないことを願い
胸の中はチグハグに揺れる。
(謝ってほしくなんか、ないのにな・・・。)
すると、20分ほどしてコースケが走って店にやって来た。
なんだか思ったより時間がかかった様に感じる。保育園からならここまで
そんなに時間は要しないはずなのに。
何か用事でもあり忙しいのなら話は後日でも構わないのにと、内心逃げた
い気持ちが見え隠れするリコの手首をぎゅっと掴んで立たせ、コースケは
『行こう!』と店の出口へと再び駆ける。
何がなんだか分からず、リコは手を引かれるままにコースケについて走っ
た。店を出ても変わらずコースケは何も言わずに小走りで進む。
『ね、ねぇ・・・
コーチャン先生・・・? どこに行くの・・・?』
息を切らせながら問いかけるリコのそれにも答えず、ただ、商店街を駆け
抜けるコースケ。逃げたりしないというのにその大きな手はしっかりリコ
の細い手首を掴んだまま。やけに力強いその手に、照れくさい反面なんだ
か若干の恐怖すら感じるほど。
そして、走り続けてやって来たのはひまわり保育園だった。
今は平日の昼前なため、グラウンドにまで園児の賑やかな声が色とりどり
のスーパーボールのように跳ねて響いている。
コースケに続いて裏口に回り、久しぶりに園に入った。
懐かしさと嬉しさが込み上げるも、あの頃の思い出に胸が少しだけ苦しい。
園児たちは各教室で絵本の読み聞かせの時間らしく、扉向こうから愉しげ
な幼い声がくぐもって聴こえる。二人がそっと足を踏み入れた中央の遊戯
室は、ひと気もなくひっそりとしていた。
リコが顔をあげ、懐かしそうに目を細めて遊戯室内をゆっくり見渡す。
すると壁一面に、四季のイラストとそれに伴った立体的なキャラクターの
数々が優しく佇んでいた。
『あれから、俺も・・・
・・・実は、 ケッコー頑張ってたんだぁ・・・。』
そう言ってコースケが笑う。
優しく目尻を下げ、照れくさくて緩む口元を手の甲で隠すように当てて。
1年前には見るも無残だった絵の腕前が、たった一人で頑張ってここまで
仕上げられる程に進歩していたのだった。
瞬きを忘れ壁のイラストに見入るリコが、瞳にゆらゆらと涙をいっぱい
溜めてやわらかく微笑んだ。




