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■第81話 ナチとアカリの


 

 

ナチとアカリは、手術室がある入院棟の3階へと向かう。


今は手術室も使用されていなくてそこは全くひと気もなく、二人の立てる

足音だけが床に天井に跳ねて響く。それは相変わらず不機嫌そうなアカリ

のニーハイブーツのヒールが立てる硬い音と、ナチのムートンブーツの靴

底のなんだか気乗りせず擦り歩くそれ。

 

 

手術室前の廊下に設置された長イスに腰掛けた二人。


ナチが先に長イスの右端に腰掛けると、アカリはそれを横目に左端ギリギ

リの所になんだか居心地悪そうにちょこんと腰を下ろした。

 

 

 

 『・・・。』

  

 『・・・。』

 

 

 

二人の間に、どうしようもなく重く気まずい空気が流れる。

どちらも口を真一文字につぐんだまま何も言わない。

 

 

すると、暫く黙っていたアカリが急に立ち上がり、ガバっとナチに向け

て頭を下げた。上半身が90度に曲がり、長いツヤツヤの髪の毛が垂直

に垂れ揺れる。

 

 

 

 『ぁ、あの時・・・ もうだいぶ前だけど・・・


  私、 ・・・イタズラして、ファミレスで・・・

 

 

  ごめん・・・


  ・・・本当に。 悪かったと、思ってる・・・・・・。』

 

 

 

ナチはそんな直角に腰を折って謝るアカリをキョトンと目を見張り見つめ

る。まさかアカリの口からそんな言葉が出て来るとは思ってもいなかった

ので、心の底から驚いていた。


呼び出されたのだって、またきっと嫌味か意地悪でも言われるものだと思

って疑わなかったのだから。

 

 

暫し驚き固まっていたナチが、思わずプっと吹き出た。

 

 

 

 『いつの話よっ?! もっと早く謝りなさいよね~。』

 

 

 

と、いまだ下げたままのアカリの後頭部をポンと小突く。

 

 

アカリは、ナチから散々恨み事を言われることを覚悟していたので、笑い

を含んだ軽い感じのそれに、なんだか拍子抜けしてしまっていた。


アカリが怖々頭を上げる。そして潤んだ上目遣いでナチを見ると、強張っ

たアカリの表情があまりに滑稽で、ナチは更に吹き出し声を上げてケラケ

ラと笑った。

 

 

 

 

 

二人、長イスに並んで座る。

その距離は最初の右端と左端だったそれより、少しだけ近付いて。


遠く、誰も見ていない待合室の付けっ放しのテレビから、明日の天気予報

が細く小さく流れている。

 

 

まだ俯き加減だったアカリが、ポツリポツリと話し始めた。

  

 

 

リュータの父親と、今の母親は再婚だという事。

アカリはその両親の間の子供だという事。

そのアカリの母親とリュータは少しギクシャクしている事。

それを気にして一人、リュータは高校から家を離れた事。

リュータはおちゃらけていそうに見えて、人一倍寂しがり屋な事。

そのくせ小さな頃から妹アカリの事ばかり気にして心配して、自分の事は

いつも後回しだった事。


アカリがそんな兄に本当は心から幸せになってほしいと願っている事。

 

 

ナチがその話を聞きながら、ポロリと涙をこぼした。


リュータの優しさの原点が、そんな寂しい環境にあったなんてなんにも

知らなかった。リュータが大口開けて笑う顔が浮かぶ。いつもいつも元気

で明るいお日様みたいなその笑顔は、人に見えない所で雨雲がかかってい

たのだ。ナチは胸がぎゅうっと締め付けられ、息苦しくて声が出なかった。

 

 

ふと隣を見ると、アカリも涙が流れている。

 

 

 

 『アンタに・・・ リュータの傍にいてほしかったの・・・

 

 

  だから、事故った時・・・


  リカコさんにアンタの連絡先きいて、

 

 

  アンタに・・・


  ・・・アンタに、 連絡したの・・・・・・。』

 

 

 

アカリが涙で詰まりながら呟く。

 

  

 

 『ん・・・ ありがと・・・。』

 

 

 

ナチが俯いて答える。


二人の頬は涙でぐっしょり濡れ、顎から雫がしたたっている。

並んで座る二人の膝にはぽつぽつと幾つもの雫跡が付いていた。

 

  

すると、アカリがカバンからおもむろにティッシュを取り出して、ナチの

手に乱暴に押し付けた。

 

 

 

 『アンタ、めっちゃハナ垂れてる・・・


  小学生かよ!


  ・・・超ぉおお最悪なんですけど・・・。』

 

 

 

すると、ナチも

 

 

 

 『アカリだって、


  マスカラ取れて、めっちゃパンダだよ・・・。』

 

  

 

不器用な互いの顔を見合い、同時に吹き出して笑った。


笑って、笑って、段々それが止んでゆく。

笑い声が震えて揺れて、すすり泣きに変わる。

 

 

すると、どちらからともなく自然に、ちょっとだけ手を握り合った。

相手の手のぬくもりに、なんだか初めて友達が出来た幼い日を思い出して

いた。

 

 

 

    友達になれた瞬間だった・・・

 

  

 

 

 

ナチとアカリが病室へ戻ると、心配そうにリュータが松葉杖でオロオロと

病室内を歩き回っていた。ハイスピードで動き回ったせいでその額には汗

がにじみ、真っ赤な顔をして。

 

 

しかし、二人がなんだか心なしか仲良さそうで、やわらかい空気を醸し出

していて、リュータは何があったのか分からず眉根寄せ、不思議そうに首

を傾げる。

 

 

それでも二人は相変わらず言い合いばかりしている。片方のやる事にイチ

イチいちゃもんを付け、他方はそれに意気揚々と応戦して。

某アニメの猫とねずみの、それ。仲がいいのか悪いのか全く判別が付かな

いリュータだった。

 

  

 

アカリが両親と地元へ戻る時間になった。


なんだか名残惜しそうに、後ろ髪引かれる感じを隠そうともせずチラチラ

とナチに視線を向けるアカリ。

 

 

すると、ナチが言った。

 

 

 

 『今度、ウチ泊まりおいでよ。 リコと3人で女子会しよ?』

 

 

 

その瞬間、アカリが珍しく嬉しそうな泣いてしまいそうな顔を向けた。


そして、慌てて俯き目元を潤ませる雫を指で拭うと、ツンとアゴを上げ目

をすがめ、ナチに向かってピースサインを突き出して帰って行った。

 

 

その顔はちょっと照れ臭そうに赤く染まり、そしてこの上ない最高の笑み

を湛えていた。

 

 

 


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