■第79話 病室
それからというもの、ナチは毎日リュータの病室へ通った。
放課後、自習室で勉強した後ほんのわずかな時間だったとしても欠かさず
に病院を訪れてはリュータの様子を見舞っていた。
しかしだからといって特に何をする訳でもなく、顔を合わせては悪態つい
てまるで小学生の喧嘩のように『バカ』だの『アホ』だの罵り合う二人。
『もう帰るからね! バカっ。』
『さっさと帰れ! バカっ。』
決まってこの言葉で締め、また翌日・・・という繰り返しだった。
リュータは風の噂で、ナチがレベルの高い志望校を目指している話は
聞いていたので、見舞なんかいいから勉強に集中するよう何度も何度
も言ったのだが、ナチは頑として受け入れなかった。
ナチはナチで、一度リュータの顔を見てしまったら途端に今までの我
慢が崩れ溢れ出し、見舞にかこつけてただ逢いたい一心で病室に通っ
ていた。
しかしそれによって、逢えない間に無我夢中で頑張って来た努力が水
の泡になっては元も子もないのは充分わかっている。だから、毎日放
課後にはすぐにでもリュータの元へ飛んで来たい気持ちを必死に抑え
受験勉強をしてから足を運んでいたのだった。
病院へと全速力で駆ける時のナチの顔は、ほんのりと桜色に染まって
その口元は嬉しそうにきゅっと上がり、病室で待つその人を1秒でも
早く見つめたい瞳は潤んで輝いた。
ナチはまるで羽根が生えた妖精のように全身でキラキラ煌めいていた。
しかし実際に顔を見合わせると、二人は互いに自分の本当の気持ちは
隠して、まるで1年前の事なんて何もなかったように接していた。
ナチはそれでいいと思っていた。
もう二度と自分の一方的な想いを押し付けたりしたくない。勝手に想
ってるだけのくせに、それに見返りがない事にもがき苛立つなんて。
また皆で集まる事が出来て、騒いで笑い合えるだけで充分だと思った。
それとは逆に、自分の ”ナチへの気持ち ”に気付いてしまったリュ
ータは、伝えたいのに伝えられない状況を歯がゆくもどかしく感じて
いた。
(もう・・・ 誰か他に、好きな奴できたかな・・・。)
珍しくリュータはウジウジと悩んでいた。
幸か不幸か事故によって再びナチに逢うことが出来て嬉しくて仕方な
い反面、あの無邪気な笑顔を見ていると胸が締め付けられる。
病室のベッドで一人、天井の継ぎ目をぼんやり眺めては溜息をついた。
リュータの中にも、せっかく戻りかけたあの頃の関係をまたギクシャク
させたくないという思いもやはりあった。
1年前にナチが感じていた思いを、リュータが全く同じように感じ、
焦り、不安にかられながらジリジリと時間だけが過ぎていった。
そして、明日に入試を控えた夕方。
いつもより少し遅い時間にナチが緊張し強張った面持ちで病室へやって
来た。リュータはいつもの様にベッド背部を背上げし、上半身を起こし
て雑誌を読みながらその姿を待っていた。
ナチは翌日の試験にガチガチに緊張しているのを、何とか必死に隠そう
としている。リュータに話し聞かせるたわいない雑談も、心此処に在ら
ずで全く身が入っていない。
すると、
『・・・そこの引出しあけてくんない?』
ベッド脇に設置された小さなテレビ台の棚を差し、リュータが言った。
『ここ?』 ナチは言われたままにそっとその引出しを開けると、乱雑
に入院書類などが入ったそこの奥にボロボロの御守りが出て来た。
『お前に、貸す。
バイク引っくり返っても死ななかった、強力な御守りだ。
・・・お前に、貸す。』
リュータが、ナチの手の平に優しく乗せその小さな手をぎゅっと握る。
やけに熱くて汗ばんだ、リュータの大きなゴツい手。
ナチは、それを両手で包むとギュっと胸に抱き目を伏せて微笑んだ。




